39 異端審問
異端審問の日は、快晴だった。
村は妙に静まり、人の気配がなかった。
アルヴィは冷えきった村の空気を感じながら、一人で村の広場に向かった。
隣にはクロエも、ミハイロもいない。
村の広場にあと少しで着くというところで、声をかけられた。
「まさか魔法貴族の血縁者が異端審問を受けるとはな。しかし神々の教えを冒涜する者の末路は、必ずこうなる」
「ディオレス先生。なぜここに」
「魔法同盟として立合いを求められたのだ。残念ながら君は今日……死ぬだろう」
ディオレスは、さして残念でもなさそうな様子で言った。
審問への立合いは形式に過ぎず、アルヴィの生死は領主が決める、ということだろう。
アルヴィは皮肉めいた口調でそのことを指摘した。
「審問が始ってすらいないのに結果が決まっているとは、神々はずいぶんと気が早い」
ディオレスはその皮肉に取り合わない。
「そもそもお前は何もかもが異端だ。神々の恩寵たる魔石を掘り出し、磨り潰すなど……正気の沙汰ではない。やはり魔石を掘りだしてきた時から、対処しておくべきだったな」
アルヴィは五種類の魔石を全て探しだし、ディオレスを驚愕させた。
通常の信心深い人々からしたら、決してあり得ない話である。
「しかし先生は、最初から知っていたのでは? 魔石というものが――――」
「さて、何の話かな……今から死に行く者に、かける言葉は何もない」
ディオレスはアルヴィのセリフを遮り、それきり口をつぐんだ。
やはり魔法同盟は、この世界の秘密を知っているのかもしれない。だがそれを突き止める方法は、今のアルヴィにはなかった。
そして――朝霧の向こう側から人の姿が現われた。
領主達だ。
「ようアルヴィ、久しぶりだなあ?」
声の主は悪徳領主の馬鹿息子――馬糞のルガーだ。
人の姿は他にもあった。
領主アーバム、そして〝ブラッククロウ〟の頭領、ドドイドだ。
ドドイドは鎧で身を固め、大剣で武装している。
用心棒と処刑人を兼ねているのだろう。
「お前がアルヴィか。そう言えば都の服屋で見た奴じゃねえか。……何がどうとは言わねえが、俺達の仕事をよくも奪ってくれたなあ? 覚悟しとけや」
「何をどう覚悟すればいいのか、分からないな」
アルヴィはこともなげに言い返す。
その余裕とも言える態度に、ドドイドは警戒する。
「今から殺されるってのに余裕だな。てめえ何考えてんだ……」
「気をつけてください。こいつが持つ棒は危険だ。恐ろしい勢いで鉄の弾が飛んできます。父さん。異端審問の前に身体検査をすべきでしょう」
ルガーはアルヴィを指さし、憎々しげに言う。
しかし領主アーバムはそれを制止した。
「それには及ばない。そのためにドドイドを連れてきたのだ。何も危険なことはないだろう」
「おうよ。このガキが暴れ出したら審問もクソもねえ。俺が首をブッたぎってやるよ。へへへ……!!」
殺伐とした空気を洗い流すかのように、強い風が吹いた。
そして広場に立ちこめていた朝もやが消え、視界が広がった。
「そろそろ頃合いだな。これより異端審問を行う。魔法同盟のディオレス先生には、この件をしっかりと見届けてもらおう。そして魔法同盟には正当な処刑であったことを報告してもう」
「……承った」
ディオレスの返事を合図に、アーバムが切り出した。
「アルヴィ。お前は異端の魔導具を作ったそうだな。これについて、証言がある」
アーバムの目配せに応じて、息子のルガーが話をする。
「お前と魔法対決をした時のことだ。俺は正しく〝魔詞〟を詠唱し、正々堂々と対決を申し込んだ。だがお前は魔法を冒涜した。魔詞の詠唱も何もなしに、鉄の棒から金属の弾を撃ちだした。あの時お前は言っていたな? 弾を撃ちだすのに魔石を使っていると」
「な、何だと? 魔石だと? あの希少素材の魔石だと? こいつは驚いたなあ! とんでもねえ野郎だ!」
ドドイドは審問を誘導するかのように、わざとらしく驚いてみせた。
勢いづいたルガーが、さらに証言を続けた。
「それだけじゃない。お前は奇妙な道具で農地を耕していた!! やはりこれも異端の道具だ。魔石で動く、奇妙で忌まわしい…………邪悪な異端の道具だ!!!!」
ルガーは言い終えるとしたり顔で笑った。
決め台詞が言えて満足なのだろう。
アルヴィはため息を漏らした。
それはただの耕耘機――畑を耕す機械だ。
この世界の人間は、自ら文明を後退させることに喜びを感じているのだろう。効率的に畑を耕すことが罪になるとは、何とも愚かなことだ。
アーバムは懐から一枚の紙を取り出した。
「これは、ボダムの署名入りの書面だ。『魔石を使った機械は、アルヴィが作った。私はそのことを認めます』とのことだ。本来であればボダムも異端者として裁くところだが、今は見逃すこととする」
「神聖な魔石を使って畑を耕すなんてなあ? そいつは農民の仕事だろうが!」
またもドドイドがわざとらしく驚いてみせる。
アルヴィの発明が、いかに異端であるかを示そうとしているのだ。
「アルヴィ、ここまでで何か反論することはあるか」
「ない。俺が魔石で駆動する機構を生み出したのは事実だ」
「そうか。ならば決まりだな。貴様は異端者だ。神々の物語、魔法同盟の認める魔法の術理、王が定める戒律を全てを破った、大異端者ということになる」
茶番だな、とアルヴィは内心でため息を漏らした。
アルヴィは、あるいはアルヴィの魂は――この世界よりも遙かに未来から来ている。
魔石などはごくありふれた素材にすぎない。
魔法工学、先端魔法という学術分野に組み込まれる、一要素でしかないのだ。
それをここまで大仰に扱うというのは、ただひたすらに理解に苦しむ。
茶番であると同時に、人々は何か特殊な力で洗脳されているのではないかと思うほどだ。
アーバムは自ら望む結論を告げた。
「アルヴィ。お前は死刑だ。ディオレス先生、よろしいですな?」
「ええ。妥当な判決でしょう」
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