37 領主アーバム
二人は実験室に戻り、作戦を立て直すことにした。
「まったく、王女としては早々にこの村を出たいと思っているのですが。こうなってはやむをえません。一刻も早く村の人々にしらせるべきでしょうか……」
「悩ましいところだな。だが恐らくは慌てて村人に伝えたところで、モンスターの襲撃が早まるだけだ」
「……確かに言うとおりです。きっとそうなるでしょう」
領主アーバムの狙いは敢えて村に被害を出すことで、モンスターの脅威と討伐ギルドの力を知らしめることにある。アルヴィ達がモンスターの襲撃を村人に知らせたところで、村が被害を受けることには変わらない。
「となると、月並みな結論にしかならないな。俺達はとにかく一刻も早く、黒獣を殺すしかないという訳だ。何か考えはあるか」
「黒獣に通常の魔法攻撃は効果がありません。倒すならば強力な物理攻撃を用いなければなりません」
「ほう、魔法使いなのに物理攻撃か……?」
「あの獣を倒すために我々は大量の槍を使いました。槍の戦端を魔力の炎で極限まで熱し、肉を貫いたのです」
アルヴィはあの獣の姿を思いだす。
あの装甲のような外皮は、生半可な攻撃が通じないのは明らかだ。
「なるほど。槍の切っ先で穴をあけ、その中に熱を通すという訳か。魔法というよりほとんど物理攻撃に近い。だがドドイド達がそこまで敵の弱点を見極められるとは思えないな」
「そのとおりです。我が国も黒獣の対策を確立させるまでに、相当な犠牲を払ったのです。ドドイド達は、全滅するでしょうね」
「であれば、やはり答えは一つしかあるまい」
「まさかあなた……」
「そうだ。そのまさかだ。君も俺の思考回路を理解しはじめているようだな。今の魔銃では、奴の装甲を破ることはできない。ならば、さらに強力な――」
そこでアルヴィの言葉は遮られた。
屋敷の外から、威圧的な声が聞こえてきたのだ。
領主アーバムだった。
*
「アルヴィ! アルヴィ・ルネリウス・ドーンファル! いるならば出てこい!」
アーバムはアルヴィの返事を待たずに屋敷の中に入ってきた。
「いないのか! いないのならば入るぞ!」
どがっ、と屋敷の扉が蹴破られる音がした。
「……やれやれ、この忙しい時に。裸の領主様は俺に何の用だ」
アルヴィはラボにクロエを残し、アーバムの元へ向かった。
アルヴィが扉を開けると、領主アーバムは既に応接用の椅子にどっかりと座っていた。
挑発するようにテーブルに脚を置き、くつろいだ姿勢を取っていた。
「領主様。何の用ですか。それは人の家に入ってする態度とは思えませんが」
「ここは俺の領地だ。それに元々は俺の部下の屋敷だ。今はルネリウス・ドーンファル家からの頼みでお前をここに置いているにすぎない。どうしようが俺の勝手だろう」
「理屈は分かりました。それで何の用ですか」
「お前は神々の教えに反する邪悪な研究をして村の風紀を乱した。モンスターが多いのも全てはお前のせいだ。よってお前を異端審問にかける」
――そう来たか。
アルヴィは即座に状況を理解する。
アーバムもまた、アルヴィの異端の研究やモンスターを殲滅したことを知ったのだろう。
ならばとアルヴィも遠慮せずに反論する。
元々この村を出るつもりでいたのだ、遠慮は不要だ。
「村にモンスターを呼び寄せたことが罪になるのか。ならば領主殿から先に見本を見せるべきでは?」
「……何を言ってるか分からんな」
「俺は森で魔物討伐ギルドとあんたが一緒にいるのを見た訳だが」
「ドドイドは私の配下だ。一緒にいて何が悪い」
「魔物を呼び寄せる儀式をしていたようだが。あれは俺の見間違いだったのか?」
アーバムは立ち上がり、テーブルを蹴り倒した。
威圧するようにアルヴィに近づいて、低い声を出した。
「もちろん見間違いだ。俺は魔物討伐を依頼しているギルドの奴らがしっかりと働いているかを確認していただけだ。魔物を呼び寄せる訳が、ないだろう」
「それにしては生臭い金の話も聞こえたな。モンスターを村にけしかけて適当なところで配下に殺させるとは、実にご立派な計画だ。だがモンスターに自分の領地を破壊し尽くされるという想像力は持ちあわせていないようだな」
「小僧……もう一度言ってみろ!!」
「なるほど。全て言わなければ理解できないということか」
「貴様ッ!!」
威圧するアーバムに対抗するように、アルヴィはゆっくりと含めるように話す。
「領主アーバムは、魔物討伐ギルド〝ブラッククロウ〟のドドイドと裏で結託し、モンスターを村にけしかけようとしている。それは村の人々や他の職業ギルドから多額の税を徴収する口実をつくるためだ。俺はあの場に居合わせて、全てを聞いていた」
アーバムの背は大きく、眼光も鋭い。
領主というよりは狡猾な独裁者といった外見だ。
そのアーバムが睨めば、普通の人間であれば恐怖で萎縮するだろう。
しかしアルヴィは恐れない。
世界を変えることに比べたら、アーバムなど恐るるに足りないのだ。
痛いところを突かれ、しかも恫喝が通用しないと察したアーバムは怒りの表情をすっと収めた。
「…………何とでも言うがいい。そのような証拠などあるはずがないのだからな。しかしお前が異端者であるという証拠は山ほどあるぞ。魔石を用いた異端の兵器。畑を耕す訳の分からん機械。それは明らかに神々の物語に、そして魔法同盟が定める戒律に反するものだ。お前を異端審問にかける」
「くだらん。断ると言ったらどうする」
「ならばあの武器屋の家族を殺す。ミハイロと言ったか。ずいぶん仲が良いようだな。それから農場主のボダムも処刑だ」
「それは関係ないだろう」
「異端者と関わった者もまた異端者だ。俺が処刑すると言えば、処刑する。さて、どうする?」
処刑されると分かっていて行く阿呆はいない。
が、友や世話になった人々が人質に取られるとなれば、話は別だ。
「中々面白い発想だ」
「せいぜい悩むがいい。俺も、たっぷりと楽しませてもらう。お前がどちらを取るか見ものだな。異端審問は明日だ。明日の正午に村の広場に来い」
勝利を確信したアーバムは下卑た笑みを見せる。
アーバムにとって苦しみ、悩む人間を見ることは至上の悦びのようだ。
「せいぜい悩ませてもらおう。悪徳領主を追放するための方法をな」
「なっ……!! ふん、強がりを言ってられるのも今のうちだ。命乞いの練習をしておけ」
アーバムはそう言い残し、屋敷を出て行った。
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