36 闇術使いのシーファ

「あなたたち、どうしてこんなところにいるの?」


 黒いローブの少女が問う。

 アルヴィは即座に思いだす。モンスターを呼び寄せる儀式を行なっていた、あの時の闇術師だ。

 そしてこの闇術使いは、アルヴィ達のことを知らないようだ。

 アルヴィは小声でクロエに耳打ちする。


「クロエ、ここは俺にまかせろ」


 そしてアルヴィは自らを偽り、少女にかまをかけた。


「俺は村人の〝ミハイロ〟だ。こちらのお嬢さんは旅行中の貴族〝エリス〟。ちょっと散歩にと歩いていたら道に迷ってしまった。ところで君はこんなモンスターを手なづけるとは、さぞ有名な魔術師なのだろう。名前を聞いてもいいか?」


 もちろんブラッククロウと領主アーバムが裏で手を組んでいることも、この少女が魔物を村に呼び寄せたことも知っている。

 そして恐らく封じられていた黒獣を解放したのもこの少女だろう。

 案の定少女は言いにくそうに言葉を濁した。


「私の名は……シーファ」

「君の名はシーファ、か。うん、危ないところを助けてもらってありがとう。ああ、そう言えば君を村で見たことがあるような気がする。ブラッククロウの一員だったか。どうして君こそこんなところでモンスターを? もしかしてこれは、君のペットなのか?」

「そ、そう……そんなところ。これは私のペット」


 クロエが絶句する気配を感じながらも、アルヴィは話を進める。


「ほう。だがそのモンスターが城から出てきたのが見えたが」

「ギルドはお金がないから、このモンスターを従えて探索していた」

「そうか。もしかして、そのモンスターは城から捕まえてきたという訳か」

「まあそんなところ……」

「なるほど。ところでこちらのエリスは、あの城の城主の遠縁と聞いている。今は廃城となっているが、ある意味ではあの城はエリスのものと言えるだろう」


 その発言をした途端、シーファの目の色が変わった。


「……何が目的なの」

「城から奪った金品は君にやろう。しかしその魔物は城に戻してくれないか」

「それはできない。これはギルドの命令だから」

「ほう。どんな命令だ?」


 ――モンスターを新たに確保し、村を襲わせる。

 当然、シーファがそんなことを村人に言えるはずがない。


「…………分からない」

「分からないのに命令に従っていると?」

「ギルドの掟は鉄の掟。だから従う」

「それが間違っていると分かっていてもか」

「それが間違っていると分かっていても。今は〝ブラッククロウ〟との契約中。作戦中に仕事を放棄するのは不可能」

「その作戦とは?」

「言えない」


 シーファが白状せずとも、敵の狙いは明らかだ。

 領主アーバムやドドイドは、再びモンスターを村にけしかけるつもりでいるのだ。

 だが間の悪いことに、シーファが確保したモンスターは恐ろしく凶悪な存在だ。


「いい加減になさい。ギルドの掟以前の問題です。そのモンスターを早く、元の場所に戻しなさい」

「いや」

「どうして?」

「それは、どうしてもダメなの」


 しびれを切らしたクロエが殺気立った口調で問い詰めた。


「そのモンスターは、あなたが思っているような簡単なものではありません」

「分かっている」

「そうでしょうね。その獣に隷属の魔術はかなり効果が薄い。今こうしている間も、あなたの魔力はどんどんと削られている」

「…………!!! どうして知ってるの」

「私には分かるのです。恐らく数日と持たないでしょう。それでも良いのですか」

「……構わない」

「隷属の闇術が切れた瞬間、あなたは食らい殺されるでしょう」

「…………」


 シーファは頑なだった。

 それがギルドの掟だから、という理由だけではなさそうだった。

 黒獣に食われることよりも、ブラッククロウの方が恐ろしいのだろう。


「ならば……力尽くでその闇術を解除するしかありませんね」


 クロエが再び魔法を発動させようとする。

 しかしシーファの判断は速かった。


「そうはさせない……ほら、行くよ」

「ヂヂヂィイイイイ――――!!」


 シーファが命令すると、モンスターは土埃を舞い上げてアルヴィ達の視界を遮った。

 土煙が収まった時には、シーファは黒獣の背中に乗っていた。


「くっ……待ちなさい!!」


 クロエの叫びも虚しく、シーファは森の深くに姿を消していった。


「実に厄介なことになったな。我らが悪徳領主様は、実に諦めが悪いようだ」

「よりによってなぜ黒獣を……? 愚かを通りこして、もう言葉もありません。村は壊滅するでしょう」

「早々に村を出るつもりでいたが、もう少しここに残る必要があるだろうな。あの領主はどうでもいい。だがあの地はミハイロ達の故郷だ。クロエ、黒獣を始末するのを手伝ってくれ」


  *


「これで準備は整った」


 領主アーバムは嗤い、羊皮紙を執務机に投げるようにして置いた。

 それは魔法同盟からの書状で、内容はごく簡素なものだった。


『異端の魔導具が作られたことが真実であるならば、異端審問の執行を認める。

 アルヴィ・ルネリウス・ドーンファルの処遇は貴殿に一任する』

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