35 黒獣

 アルヴィとクロエは城に向かっていた。

 目的は黒獣を封じ込める牢を強化することと、城に人払いの魔術をかけることだ。


「それにしても……アルヴィ。我が城は天然の要塞と言われるほど険しい場所にあるのです。しかも城は魔法で姿を消されていました。どうして見つけることができたのですか?」


 城は深く険しい山奥、まさに僻地と呼ぶべきところにある。

 天然の資源もないし、猟師の狩り場にするには森が深すぎて視界が悪い。

 普通に考えれば、誰も足を踏み入れないような場所だ。


「周辺の土をよく観察したところ、腐葉土に紛れて魔石のかけらが紛れ込んでいた。しかもその量が、城に近づくにつれて増えていた。それで、これは何かあるかもしれないと思って念入りに探索をした。そうしたら魔術で歪曲された空間を発見した、という訳だ」


「……研究に狂っているのも良し悪しということですね。この場合は良い方向に結果が出たというところでしょう」


「そういえば気になっていたのだが、なぜ城の周辺に魔石が多いのだ?」

「恐らくは戦争の名残でしょう。あの時の戦いは、まさに莫大な魔力と魔力のぶつかりあいでした。その時のマナが結晶化したのだと思われます……」

「そういうことか。ずっと疑問だったが、ようやく納得がいった」


 アルヴィは歩きながら研究ノートを取り出した。そして羽根ペンとインクとノートを器用に持ちながら文字を書いた。


「こんな時でもあなたという人は。……いえ、それでこそ我が国の技術参謀です。さらに励みなさい」

「言われるまでもない」


 城がもう少しで見えるという時、クロエは立ち止まった。


「……まずい。これは、まずいです……」

「どうしたのだ」


 突然の変化だった。

 クロエの目つきが鋭くなり、全身から殺気が溢れ出る。


「奴が牢から解放されました」

「俺にはさっぱり分からんが――ま、まてクロエ」

「アルヴィ、急ぎなさい!」


 クロエが走りだした。アルヴィが追いかける。森の茂みを、凸凹の獣道を、棘のある枝を、クロエは一切気にとめることなく駆け抜けた。


「まったく……獣のようなお姫様だ……」


 クロエを追いかけているうちに、巨大な城門、庭園、朽ちた本城が見えてくる。

 黒い塊が現われた。

 ひどく巨大だ。

 アルヴィ達は城にまだたどり着けていない。それほど距離があるというのに、黒い塊はやけに大きく見える。

 そのモンスターは庭園を食い破るように進み、城門を出ようとする。


「クロエ、城から何か――――」


 とアルヴィが言う前に、黒い影が跳躍した。


「くっ……!! 遅かった……!!」


 跳躍したモンスターは空中で滑空するように、幾つもある脚を広げた。

 アルヴィはモンスターの姿をはっきりと目撃する。

 いや、「モンスター」と呼ぶににはあまりに異様な姿だった。


「巨大な蜘蛛……ということは遺伝子改変を施されている……? いや、そんな技術は世界にあるまい。となると何らかの突然変異、ミュータントの類か。あるいはこの世界の『モンスター』の固有種として存在するのか……? クロエ、あれは何だ。これまで見てきたモンスターとは、明らかに何かが違うようだが」


「あれこそが……黒獣。やはり封印が解けてしまった。だがなぜ……?」

「今考えていても仕方あるまい。――来るぞ」


 黒獣は城門を越え、険しい山道を軽々と飛び越えてくる。

 跳躍。

 ぶわり、と黒獣が跳んだ。敵は既にアルヴィ達の姿を捉えているようだ。


「〝壁よ。我を護り、忌まわしき敵を弾け!〟」


 衝撃に備え、クロエが防壁を展開した。

 そして、

 ――ずぅううん!!

 着地の衝撃でアルヴィの足下がぐらぐらと揺れる。

 土煙がもうもうと立ちこめる。その向こう側におぞましい影が迫っていた。


「こいつが黒獣か。中々面白い姿をしている」


 アルヴィは一瞬の間に黒獣を観察した。

 外側は装甲にも似た皮膚で覆われている。

 硬くしなやかな外皮は厚く、アルヴィの銃弾を弾くほどの強度があるだろう。

 さらに、黒く分厚い皮膚の内側は、強靱な筋肉がみっしりと詰め込まれている。


『グギャ――……ガガカカ――……!!』


 威嚇するようにガチガチと鳴らす牙は刃物のように鋭い。

 せわしなく蠢く複眼は高精細なカメラのような挙動で、アルヴィ達を確実に捕えている。


「これはモンスターと、言えるのか……?」


 巨大かつ機動性のある多脚型の生物兵器。

 少なくともアルヴィの目にはそう見えるのだった。


「さすがに手持ちの武器では厳しいだろうな」


「私も杖――魔法触媒がないので強力な魔法は使えません。城を探せばあるかもしれませんが」


「となると、今は逃げるしかないか。だがどうしたものか」


「問題ありません。百年前、我らはこの黒獣に苦しめられました。しかしそれだけに、敵の弱点も知り尽くしています。あの複眼は、強力な光を受けると一度だけ停止するのです。その隙を狙って逃げましょう」


「了解した」


「〝陽の神よ。我に光を。彼の者に光を……〟」


 クロエが詠唱すると、ぶわりと周囲の空気が舞い上がった。

 大気中のマナが渦を巻き、クロエの元に集まってくる。

 クロエの手元に、小さな太陽のような光の塊が現われた。


「はあッ――!!!」


 クロエが光を黒獣の上空に展開する。

 光の塊は膨張し黒獣の目を――――眩ませなかった。

 魔術が発動する瞬間、黒い炎が横から突然現われたのだ。

 黒い炎はクロエの光と混ざり合い、空中で消滅した。


「な、なんですって!?」


 唖然とするクロエ。同時に黒獣が動く。

 巨大な多脚を蠢かせ、鋭い爪を繰り出す。

 クロエは動けない。

 アルヴィは迷うことなくクロエに駆寄り、押し倒すように地面に転がった。

 ――ドガッ!!

 直前までクロエがいた地面が深くえぐられた。


「きゃっ……! あ、アルヴィ……大丈夫ですか?」

「問題ない。それよりも早く。もう一度魔法を――」


 その時間は与えないとばかりに黒獣が牙を剥く。


「待て! 止まれ!!」


 アルヴィ達の背後から声が聞こえた。

 直後、鋭い牙がクロエの目の前でぴたりと止まった。


「こ、これは……?」


 アルヴィ達が声のした方を振り返る。

 茂みから黒い影が現われた。

 出てきたのは、黒いローブを纏った闇術使いだった。

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