34 邪悪な領主

 馬糞に頭を突っこんで記憶が蘇ったルガーは、早速アーバムの元へ向かった。


「父さん、犯人の手掛かりを掴みました」


「本当か! でかしたぞ、それでこそ俺の息子だ」


 アーバムはルガーを抱擁した。しかし頭に馬糞の拭き残しがあることに気付くと、顔をしかめて距離を置いた。


「なぜ馬糞がついているのだ。さっさと拭け」


「はい、父さん」


 アーバムの機嫌はすっかり良くなっていた。

 当面は殴られることはなさそうだとルガーは安堵する。


「息子よ。手掛かりというのは何だ。言ってみろ」


「分かりました」


 ルガーはあの日にあったことを全て話した。

 アルヴィとの魔法対決に、魔銃という異形の武器。

 そして対決の最後に、何者かに記憶を消されたことを。

 一通り聞き終えると、アーバムは深いため息を漏らした。


「ううむ……そんな話、まったく聞いたことも見たこともないぞ。鉄の筒から鉄の弾を飛ばすというのは……理解できん」


 鉄の筒、とはアルヴィの魔銃のことだ。

 当然ルガーもアーバムも、その武器の名を知らない。そもそもこの世界の人間に「銃」という概念はないのだ。


「その話が本当であれば、間違いなく異端審問にかけるべきだろう」


「それだけではありません。やはり今回モンスターを殺しにしたのも、アルヴィです」


「何だと? それは本当か」


「本当です」


 領主アーバムは目をすっと細め、ルガーを見据えた。

 父親だというのに、ルガーは背筋にぞっとするような寒気を覚えた。


「そこまで言うからには、証拠があるということか?」


「こ、これがその証拠です。モンスターの死体の山に、落ちていました」


 ルガーは薬莢と銃弾をアーバムに見せた。


「これは奴と対決していた時に見たものと、同じものです。奴はこの筒に魔石を詰め込んで、爆発させたようです。そしてその爆発の勢いで、鉄の弾を撃ち出したのです。モンスターの死体の山に同じものがあったということは、やはり奴が犯人に違いありません。恐らく俺に対しては、威力を抑えたものを使っていたのでしょう」


「そんな鉄の弾がモンスターを殺せるというのか。どれ、見せてみろ」


 アーバムは肘掛け椅子にどっかりと座り、薬莢と銃弾をしげしげと見つめた。


「これに魔石を詰める。つまり魔石を粉々にするということか……!! 実に邪悪な発明だ。神々の教えにそむく異端の武器と言えよう。ルガー。これは全て、あの劣等貴族のアルヴィの仕業で間違いないのだな」


 領主アーバムは念押しで確認をした。


「間違いありません」


 ルガーの一言を最後に、部屋に沈黙が降りた。

 居心地の悪い沈黙だ。

 そしてアーバムは顔を手で隠し、肩を震わせた。


「…………はっはっは……はっはっは………あーっはっはっは…………!!」


 深く、地の底から響くような黒い声だった。


「と、父様……?」


「息子よ、これが笑わずにいられるか。元魔法貴族という理由で、この領主アーバムが温情で住まわせてやっているというのに、まさかこの俺に刃向かうとはな。さて……奴をどうしてくれようか」


 眼光は澱み、深い沼のような色をしている。

 アーバムは執務机の引きだしから羊皮紙を取り出した。


「父上、何を書いているのですか」


「魔法同盟への書状だ。異端審問を開き、あのガキを吊す。魔法同盟の後ろ盾があれば、いかに魔法貴族と言えどもどうしようもあるまい。もっとも、今はルネリウス=ドーンファル家からも見捨てられているのだったな。……ならばなおさら殺しても差し支えなかろう」


「…………!!」


「覚えておけルガー。この世界にある法、ルールなど全ては手段にすぎない。殺す必要があれば、殺す口実を見つければいいまでのことだ。こうすれば、元魔法貴族だろうがなんだろうが、問題なく殺すことができる」


「は、はい…………!!」


 ルガーは初めて自らの「殺す」ということの感覚が甘かったことに気付く。

 ルガーもアルヴィを「殺す」つもりでいた。だがルガーの言う「殺す」はせいぜい「権力を背景に脅す、痛めつける」程度のものであった。

 しかし父アーバムはそうではなかった。

 アーバムの「殺す」という言葉の先には、絶対的で確実な「死」が存在している。


 ルガーは我が父ながら、背筋が寒くなる。

 まさに父アーバムは邪悪そのものだった。

 ルガーの中にかすかに疑念が浮かぶ。

 それは言葉にするのさえ恐ろしい、疑念だ。

 父は、正しいことを行なっているのだろうか。

 神々の教えに背いているのではないだろうか。

 ――ドンドンドン!!

 と、ルガーの思考を中断させるかのように、扉がノックされた。


「俺だ、ドドイドだ!」


「入れ。そっちの状況はどうだ」


 ドドイドは、端的に事実を告げた。

「上々だ。どこの誰のものか知らねえが、廃城を見つけた。その地下牢に馬鹿でかいモンスターがいやがった。封印されていた」


「それでどうした」


「手下の闇術士に封印を解かせている。どうやら封印を解除するのに、数日はかかるらしい。まったく、面倒な仕掛けだぜ。城主はよっぽど臆病者だったに違いねえな」


「そんな城がこの近くにあったのか……? まあいい。今度こそうまくやれよ。それから混乱に乗じて口うるさい職人ギルドの奴らを何人か殺しておけ。モンスターが殲滅されたとたん、税を下げろだのと喚く奴らは殺した方がいい」


「分かった。封印を解除したら、すぐに取りかかる」


「いいや、まだだ。俺が指示する時に動け。……物事には順番というものがある」


「順番? そりゃ何の話で?」


「モンスターに村を襲わせるのは、アルヴィを殺した後だ。アルヴィを殺し、モンスターを襲わせる。最後に領民から金を搾り取る」

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