33 ブラックギルドと百年の目覚め

「マジでモンスターがどこにもいねえな! シーファ、お前が闇術でモンスターを集めすぎたせいだろうが。何とかしろ」


「不可能。最大級の闇魔法で魔物を呼び寄せろと言ったのは、ドドイドの方。それに私が呼んだモンスターを殲滅したのも、知らない誰か。私はやれと言われたことをやったまで」


 黒いフードとマントを身に纏った、漆黒の少女――シーファが答えた。

 荒々しい口調のドドイドとは対照的に、凍てつくように冷たい口調だった。


「いちいち口答えすんじゃねえよ! どのみち俺らはこのままじゃやべえんだ。また闇術で魔物を呼び寄せるしかねえだろう」


「それも不可能。このあたりのモンスターは本当に殲滅されたみたい。闇術を使ってもぜんぜんやってこない」


「まったく、めんどくせえなあ……」


 ドドイドは焦っていた。

 領主アーバムの支払いを受けるには、モンスターを村に襲撃させた上でギルドが討伐しなければならない。


 そうしないことには、領主も領民から税を取る口実がなくなってしまうのだ。

 しかもブラッククロウは、百名を越す大所帯だ。あまり稼ぎが少ないとなれば、ギルドリーダーとしてのメンツにも関わるのだ。


「でも……モンスターを殲滅した犯人を捜すのが先では?」


「それは領主の息子がやってるところだ。つうか、魔物討伐ギルドが探偵ごっこなんてできるはずがねえだろう。分かったらさっさとモンスターを探すぞ!」


「分かった……」


 ふとシーファが立ち止まる。

 森の奥、山の方向を指さした。


「……あっちの方向から、強い魔力を感じる」


 それを聞いたドドイドが、喜びの声をあげた。


「何だと? それは魔物か? 魔法使いか? 魔物なら捕まえるぞ。魔法使いなら、そいつがモンスターを殲滅させた奴かもしれねえ。やっぱり捕まえるしかねえな」


「それはどちらも難しい」


「なぜだ」


「魔力が強力すぎる。下手に近づいたら、こちらも危険な目に遭うかもしれない」


「いちいちつまんねえ女だな。黒魔術師なら、もっとなんかあるだろう。悪そうなセリフとかよ。まあいいわ。とにかく行ってみるぞ。案内しろ」


 シーファは無言でこくりと頷いた。

 魔物の気配をたどり、二人はさらに森の奥へと進んだ。

 すると二人の眼前に、巨大な廃城が現れた。


「ああん? こんな所に城ってあったか?」


「分からない。かなり古びているから忘れ去られた城なのかもしれない」


 シーファの言葉は当たっていた。その城を知るものは、この世界にはほとんどいない。

 しかも最近まで、隠匿魔法によって存在を隠されていたのだ。

 そう、そこはクロエが封印されていた場所――シュライハズ王国の城だった。

 アルヴィが封印を解いたことで、今や誰でも入れるようになっているのだ。


「なるほど。ここから魔力が漏れてるって訳だな? つうか、こんな立派な城だ、金目のものも期待できそうだな」


「分かった。でも気をつけないと。本当に強力な魔物の気配がする……。たぶん地下の方から」


「はっはっは! そりゃいいや。決まりだな。まずは地下に行くぞ」


 シーファの不安をよそに、ドドイドは強引に城の地下へ進んでいった。


「はあ…………」


 シーファは静かにため息を漏らした。黒い法衣で身を固めているため、その気配がドドイドに伝わることはなかった。

 この魔物討伐ギルドに入ってから、うんざりすることばかりだった。

 リーダーのドドイドは暴力的、依頼主のアーバムは下品。

 金払いもそれほどよくない。

 修業と経験のために入ってみたが、そろそろ潮時だろう。


「おい、シーファ。奥から何か聞こえてこないか」


 ドドイドの声に、シーファは我に返った。

 二人は城の地下牢に来ていた。

 牢の空気は澱んでいた。黒く立ちこめるような瘴気が全身にまとわりつくようだった。

 牢は奥に向かって細長く、通路の左右に鉄格子で区切られた独房が無数に並んでいる。

 廊下の突き当たり、一番奥の牢は他に比べて異様に巨大だった。

 その牢から、瘴気と腐臭、かすかな呼吸音らしきものが聞こえてきた。


「……魔物の気配は、あそこから」


「やっぱりそうか。灯りだ。灯りの魔法を使え」


 ドドイドはどこか高揚した声を出しながら牢に近づく。


「分かった……〝篝火よ。我らに光を与えたまえ〟」


 シーファが魔詞を唱えた瞬間、地下牢がぼんやりとした光に照らされた。

 そして、モンスターの全貌があらわになった。


「こいつはとんでもねえ…………。こんなやつ、見たことねえぞ」


 そのモンスターは多脚型の昆虫――蜘蛛のような姿をしている。

 数十個はある目が、筋肉の塊のような八つの脚が、不気味に蠢いていた。

 突然に現れた餌――人間を捕らえようとしているのかもしれない。


「ジジジジ――……ググググガアアア――――…………」


 獣は腐臭にもにた獣臭を周囲に漂わせ、牙を唾液でぬめらせる。


「いいじゃねえか。こいつは領主様も喜ぶぜ。領民どももしょんべんちびって泣きだすに違いない。シーファ、こいつを解き放て」


「正気?」


「当たり前だ。どんな素性のやつかは知らねえが、おあつらえ向きにモンスターが出てきたんだ。使わない手はない。これは我らが依頼主、偉大なる領主アーバムの命令だ。『とにかくモンスターを見つけてこい。村にけしかけて、お前らで討伐しろ。必ずだ』ってな」


「でもこんな魔物、私達だけで倒せるとは思えない」


「ああ、俺達二人だけじゃ無理だな。だが我が〝ブラッククロウ〟は百人以上いるんだ。倒せるに決まってるだろう。おら、開けるぞ――おっと!」


 ドドイドが牢に触れた途端、バチン!! と弾けるような音がした。


「ちっ、魔法で封印されてやがる。おいシーファ。お前が解除しとけや」


「……わかった」


 シーファは鉄格子に触れ、かけられている魔法を確かめた。


「術式が複雑で、しかも古い。解読にもかなり時間がかかりそう」


「どんだけかかるんだ」


「恐らく数日は」


「何だと? そんなにかかるのか。……ったく、使えねえやつだな。まあ良い。とにかくやれ。俺は先に村に戻る。どうせその手の魔法は、お前の方が得意だからな。俺は上に行って金目のものがないか見てくる」


 ドドイドは言い終えるとさっさと牢から出ていった。

 ――仲間ならば一緒にとどまるべきでは?

 シーファはそんな感情をため息とともに押し殺した。

 ドドイドは明らかに、モンスターが暴走する可能性を想定している。そして最悪の場合、シーファを見捨てるつもりでいるのだ。


 ――最悪だ。

 落胆にもにた感情が、シーファを包んでいた。

 ドドイドは暴力的で卑怯、依頼主のアーバムも下品。

 やはりこのギルドを抜け出すべきだろうか。

 しかし。

 暴力が、怖い。

 復讐が、怖い。

 ギルドの掟は鉄の掟。ギルドを抜けると言ったら、ドドイドに何をされるか分からない。

 シーファは去りゆくドドイドの背中にもう一度聞いた。


「本当にいいの?」


「くどいぞ。さっさとやれ」


 ドドイドが去った後、シーファはゆっくりと準備に取りかかった。

 牢にかけられた魔法はずいぶんと古く、強力だ。

 聞いたことがない〝魔詞〟で術がかけられている。

 シーファは師匠の教えを思いだしながら、発動すべき魔法を吟味していった。


 しかしシーファは、まだ知らなかった。

 そのモンスターが村にもたらす恐ろしい被害を。

 そのモンスターがかつて世界に地獄をもたらしたことを。


  *


 アルヴィの屋敷、地下の実験室。

 二人は、ひどく真剣な顔で話をしていた。


「その名を〝黒獣〟と呼びます。形状も特性も様々で、『ゴブリン』とか『オーク』のような固有名詞をつけることは不可能でした。しかしどの個体も俊敏で頑丈、攻撃魔法の効果は薄く、人間と、人間が作った人工物を破壊する性質を持つのです。そして何より、その全身は黒い皮膜で覆われている。故に黒き獣――黒獣という訳です」


「……ふむ。その話が本当だとしたら、中々危険だな」


「これまでいがみ合っていた国々が、黒獣の出現によって同盟を結ぶほどですから――もっとも、我が国は裏切られた訳ですが」


 アルヴィにしては珍しく、真剣な顔でクロエの話を聞き、逐一メモを取っていた。

 それほどまでにクロエの話は驚異に満ちていたのだ。

 驚異の再生能力に、増殖能力、魔法攻撃の無効化、謎に包まれた生態……黒獣は、アルヴィが知るモンスターや野生動物とは全く異なる存在だったのだ。

 それが百年前、群れをなして文明を破壊し尽くしたというのだから恐ろしい。


「実に厄介な話だ。その黒獣は、今も城にいるというのだな?」


「ええ。シュライハズ王国では黒獣の生態を解析するため、実験用に生け捕りにしていたのです。黒獣の生命力は恐ろしく強い。恐らくはまだ地下牢に封じられたまま生き延びているでしょう」


「一応はまだ安全、ということか」


「しかし城を荒らす不届き者が、うっかり牢を開けなければよいのですが」


「ははは、まさかそんな間抜けはいないだろう。だが一応、城に戻って封印をかけなおしておくか。これから旅に出るとあれば、心配の種は消しておいた方がいい」


「そうと決まれば急ぎましょう」


 二人は立ち上がり、実験室を後にした。

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