31 報酬
魔物を討伐した翌日。アルヴィは実験室に籠もり、作り上げた銃や耕耘機を分解していた。
「アルヴィ、何をしているのです? せっかく作ったのにもったいないでしょう」
クロエが言う。
「証拠隠滅だ。またルガーに異端審問だ何だと言われたら、たまったものではないからな。それに俺達はいずれ旅に出るだろう。余計なものは残さない方がいい」
「それもそうですね。私も手伝いましょう」
と、クロエが銃に触れようとした時、ミハイロが実験室に入ってきた。
「アルヴィ、君ってやつは……君ってやつは……村の英雄だ!! あっ、クロエさんこんにちはっ! 今日もお美しい! おいアルヴィ、うらやましいぞ!」
「どうしたのだミハイロ。いつもにまして様子がおかしいぞ。落ち着くんだ」
通常のミハイロは「吟遊詩人を目指す、ややキザな風を装っている少年」だ。
しかし何が原因なのか、いつもよりも余計に取り乱している。
「これが落ち着いてなどいられるか! 森に転がっていた大量のモンスターの死骸。あれはアルヴィがやったんだね?」
「さあ。俺は知らんな」
「しらばっくれても無駄さ。あんなことが出来るのは君しかいないよ。村の人達も表だっては言わないけど、すごく感謝している。だからこれを……」
ミハイロは手にしていたカゴを、そのままアルヴィに手渡した。
カゴの中には大量のパンと燻製にした肉、そして金貨が入っていた。
焼きたてのパンの香りがふわりと漂い、肉のスパイシーな香りが食欲を刺激する。
「実に旨そうだ。というか、この金貨はどうしたのだ」
「村の人達からのチップだよ。何のチップかは、ちょっと言えないけどさ」
もちろんそれは、アルヴィがモンスターを討伐したことによるチップだった。
しかしそれを表だって認めれば、アルヴィが魔物を殲滅したことが明らかになる。
そうなれば自動的に、アルヴィの異端の研究も領主に知られてしまう。
だから村の人々は口裏を合わせ、秘密裏にアルヴィにチップを渡しているのだ。
異端の研究者アルヴィは、いつの間にか村の人々に認められ、感謝すらされていたのだ。
「色々と気遣いをしてもらって感謝する。だがこれは……すごい額だ。村の人たちは大丈夫なのか?」
「モンスター討伐分の税を払い続けることを考えたら、安いものさ! それじゃあ三人で食事にしようか。このパンと肉はうちの母さんから!」
とミハイロはちらっと意味ありげな目線をアルヴィによこす。
やはりミハイロは、クロエ目当てでここに来たのだ。
その目線は「友よ、今度こそ僕がクロエさんとお近づきになるのを手伝いたまえ」と言いたげだ。
もちろん友の頼みを断る理由などない。
「それはありがたい。では、三人で食事にしよう。クロエ、いいだろう?」
「ええ、ぜひとも」
「やったね。じゃあ、僕からはこれを」
ミハイロは鞄の中から酒瓶を取り出した。
「おお……君が初めて家に来た時の酒か」
「そうとも。このぶどう酒のおかげで、僕らの友情が生まれた。こういう日にはもってこいだね。さあ、今夜はお祝いさ」
*
食事が終わる頃、ミハイロは意を決して切り出した。
「クロエさん……今度こそ僕と一緒に……都に買い物に行きませんか?」
「え、ええ……」
「先日は無様な姿を見せてしまいました」
ひしっ、とミハイロはクロエの手を握った。
「でも、あれから再びお金を貯めました。夜明けから深夜遅くまで。一心不乱に出稼ぎに行きました。僕はただ、あなたが美しく着飾った姿を見たいのです」
「え、ええ……!?」
クロエはミハイロのアプローチに戸惑う。
しかしまんざら悪い気分でもなさそうだった。
「あれから姿を見せなかったと思ったが、そういう理由だったのか……まったく何てやつだ」
「落ち込んでいる時間など、僕にはないのさ」
「やれやれ……もの凄い精神力だな」
クロエのために服を買おうとした直前、ミハイロはドドイドに金を奪われた。
あれほど惨めな目に遭ったにも関わらず、ミハイロはどこまでも前向きだった。
「クロエ、ありがたくいただこうじゃないか。今度こそミハイロの金を散財してやろう」
「わ、分かりました。それでは行きましょう。ミハイロさん、ありがとう」
「ひゃっほう!」
ミハイロはその場でジャンプし、喜びを全身で表現した。
見てて微笑ましくなるほどの純粋さだ。
「すっかり立ち直ったようだな。君が陽気でいてくれると、俺も嬉しいよ」
「全ては君のおかげさ。ありがとう、アルヴィ」
数日後、三人は揃って都に買い物に出かけた。
一方、領主アーバムは怒りに震えていた。
この俺に断りなく魔物を一掃したのはどこのどいつだ、と。
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