30 殲滅実験

 ドドイド一行の姿が見えなくなった後、クロエは隠密魔法を解いた。

 二人は邪悪極まる会話を全て聞いていたのだ。


「民を従わせるためにあんなことをする領主がいるなんて……世も末です」


「裏から手を回す奴がいるのはどこの世界でも同じということか。かつての人生でも薄汚い政治家は山ほどいたものだ。……それはさておき、このままでは我が友の家も俺の実験室も消えるな」


 いや、家がなくなるだけならまだ良い方だ。

 アーバムは「二、三人の犠牲者」を出せとすら命じていた。

 もはやミハイロ達に命の危険が迫っているとすら言える。


「魔物の動きはどうなっている?」


 クロエは困惑した表情を浮かべながら答えた。


「魔物の気配……その数はおよそ千体……。恐らくあの闇術士は未熟なのでしょう。術が強力すぎたようです。ほとんど全ての魔物が村に殺到しています……!!」


「そうか。ある意味では好都合だな」


「何が好都合なものですか。私はあの杖――魔導触媒をあなたに破壊され、本来の力を出せないのですよ。あなた一人で千体ものモンスターを一気に相手にするなど、不可能でしょう」


「何を今さら。君はあの実験を忘れたのか? テストを積み重ね、徹底的にシミュレーションを行なった。今はその成果を試す時だ」


 アルヴィの魔導機関銃は、もはやこの世界の「武器」や「戦争」の概念を一新するレベルにまで到達していた。

 装填する魔石の配合から銃身に使う鉄の素材、細かいパーツの設計まで、あらゆる要素を検討してきた。十分に実戦に耐えうる状態になっている。


「あの闇術士の魔法の理論は俺にも分からんが、君にも似たようなことはできるだろう。こちらに魔物が来るように仕向けてくれ」


「不可能ではありませんが……ずいぶんな自信ですね。銃弾の数は全部で二万発は用意していたのに、ここに持って来ているのは三千だけですよ」


「問題ない。平均三発の銃弾で敵を仕留めるまでだ。実験の前提条件が少し変わっただけだ」


「本気ですか?」


「当たり前だ。領主の見せしめのためだけに、我が友の家や俺の屋敷がモンスターの被害に遭うのはたまったもんじゃないからな」


「そこまで言うのなら、いいでしょう――」


 アルヴィが本気であることを理解したクロエは、覚悟を決めて〝魔詞〟を詠唱した。

 周囲のマナが活性化し、クロエの元に光の塊が生成された。


「ほう、原初魔法にしては中々面白い。触媒もなしにここまでマナを操るとは」


 などとアルヴィが様子を眺めているうちに、遠くから足音が聞こえてきた。

 魔物の群れがクロエの魔法を感知し、方向を変えたのだ。

 ずん、ずん――――

 その低い振動音は、巨大な暴力の予感を孕んでいる。

 普通の人間であれば、一目散に逃げ出しているだろう。

 しかしアルヴィの心は凪のように静かだった。

 ただ淡々と、準備を進める。

 魔導銃に弾薬をセットし、地面に固定する。

 安全装置を外し、照準を合わせる。


「間もなく来ます。……私もこれだけの数のモンスターに遭遇するのは、初めてです」


「君は一切手を出さないでくれ。俺が全てを片付ける」


「いいでしょう。我が配下、アルヴィ。その異界の知識、異形の兵器。思う存分に試しなさい」


「言われなくともそうするさ。それでは――実験開始といくか」


 森の奥から、魔物が現われた。同時にアルヴィは引き金を引いた。

 ――ドドドドドドドドドッ!!!!

 音速を超える約七ミリの銃弾が、次々と命を刈り取っていく。

 リロード。弾倉を交換。そして発砲。

 銃弾は森の木々を貫き、獣の肉を穿つ。

 赤、青、黄色、緑、色とりどりの液体が周囲にぶちまけられる。

 オーク、ゴブリン、トロル……あらゆる種類のモンスターが銃弾の雨に倒れていった。


 その時間、僅か十秒。

 たったそれだけの時間で、百体近くのモンスターが倒れた。モンスターを倒すごとに経験値が得られ、レベルアップするのであれば、アルヴィはもの凄い勢いで成長しているだろう。

 クロエは完全に圧倒されていた。

 あまりにも一方的な展開に、ただ言葉を失っていた。

 森に静寂が訪れた後、ようやくクロエは言葉を発した。


「な、何という威力……。これは戦争のありかたそのものが変わってしまう……」


「まだだ。まだまだ改善の余地がある。まずは薬莢の排出メカニズムだが、もう少し遊びをもたせておいた方が良さそうだ。それから――」


「ま、待ちなさい。ここは実験室ではないのですよ。何をしようというのですか」


「せっかくの実地テストだ。色々と記録しておく必要がある」


 戦闘中にも関わらず、アルヴィは研究ノートを取り出してメモを取りはじめた。


「狂っている……。頼みますから今は、戦闘に集中してください」


「心配する必要はない。モンスターを殲滅することは確定しているのだからな。そしてそろそろ第二陣が来る頃だ。面制圧、連射機能のテストは終わりだ。次からは弾を節約しながら仕留めていく」


 と、アルヴィは茂みから現われたモンスターに照準を合わせ、トリガーを引いた。

 モンスターは即死した。


「次は、精密射撃のテストだ。移動しながら倒していく」

「アルヴィ、あなたはという人は……」

「驚いている場合ではないぞ。君は銃弾の補充と周囲の確認をしてくれ。囲まれたら不利になる」


 そうしてアルヴィの狂った実験は昼過ぎまで続いた。

 魔物討伐ギルド〝ブラッククロウ〟が異変に気づいた頃には、全てが終わっていた。

 モンスターは一匹として村にたどり着くことなく、殲滅されたのだった。

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