29 暗き炎、魔物寄せの闇術

 十三の魔物の首が置かれていた。

 首の種類は様々だが、首は規則正しく魔法円の上に並べられ、全てが中心を向いていた。

 中心にいるのは、術者――闇魔法使いだった。

 闇術の使い手は、黒いフードを目深に被り一心に魔詞を唱えている。


「〝罪深きは汝等の悪徳。同胞をも食らう強欲〟」


 魔詞の詠唱とともに、切断された首がいっせいに目を開き、牙を剥いた。


「〝魂は枯れ、生者は飢え、屍者を食らう。簒奪し、己が同胞を食らう――〟」


 魔法円から黒い炎がゆらめく。呪詛の炎だ。

 呪詛の炎はモンスターの頭に、這い寄るように絡みつく。

 一瞬の間に十三の首は灰となった。


「上々だな。これでまた、魔物が村に寄って来るだろうよ。しかしアーバムさんよ、あんたもひでえ男だ」


 魔物討伐ギルドのリーダー、鉄頭のドドイドの口調はどこか楽しげだった。


「何、必要な犠牲だ。神は全て見ておられる。神にとって必要なことをしたまでだ」


「そして手を汚すのは俺達という訳だ。実に助かるねえ」


 ドドイドがアーバムに握手を求める。


「こちらこそいつも助かるよ。君達くらいだよ。我が領地を守ってくれるのは」


「俺らは金で動く傭兵だ。感謝されることはねえ。ただ依頼を受け、ただ殺すだけだ」


 アーバムは握手に応じ、革袋を渡した。

 ドドイドが革袋の中を見ると満足げに笑った。


「おお、今回は中々の額だな。この様子だとしっかり金を取れたみたいだな。あの武器屋といい、金払いが悪い奴らばかりかと思っていたが」


 アーバムはため息混じりに答える。


「商人ギルドに職人ギルド、教会。領主の苦労も知らず、大した価値を生み出さない割に、面倒なことを言う奴らばかりだ。何かあるごとに、税を減らせとしか言わない。だが、魔物の話となると大人しく金を払う。やはり魔物の効果は絶大という訳だな」


「その金で俺達も潤う。魔物を殺せば、俺達の名も上がる。実に素晴らしい領主だ」


 ――オオオオオオオオオオオン!!!

 二人の会話を遮るように、遠吠えが聞こえて来た。

 闇術に反応し、こちらに近づいてきているのだ。


「今のはトロルか。おい、行くぞ! 他の奴らにも伝令魔法で伝えとけ。挟み撃ちにするってな」


 ドドイドは装備していた大剣を抜き、配下を従えて動きだそうとする。

 しかしアーバムはドドイドを制止した。


「いいや、まだいい」

「なぜだ?」

「化物どもを、村に入らせる」

「……本気か?」


「多少の犠牲はやむを得ないだろう。領民どもに足りないのは、恐怖だ。恐怖を植え付ければ、領主である俺の言うことも聞くようになるだろう。税も確実に払うだろう。二、三人死ぬくらいでちょうど良い。だが二、三人までだ。そこから先は、お前らが圧倒的な力で魔物をねじ伏せろ。そういうさじ加減が重要だ」


「くっくっくっ……。確かに、それ以上死んだら俺等に金を積む意味もねえからな。俺達のおかげで、その程度の犠牲で済んだって話にする訳か。あんた、マジで骨の髄から悪人だな」


「領地を治めるために、必要なことだ」


「その方が俺らも都合がいい。モンスターをぶっ殺すところを間近で見せた方が、俺等の強さを理解してもらえる。他の領主からの討伐依頼も増えるだろうしな…………!!」

「そういう訳だから、お前らは村近くの森で待機だ」


「命令とあらば、何とでも。……ああそうだ。せっかくだから、金払いが悪いあの鍛冶屋は潰しておくか。ちょうど村の外れ、モンスターが最初に侵入してくるあたりだからちょうど良いな。この間なんて、ガキが都で遊んでいやがった。やっぱし領民は蓄えがあるんだよ」


「武器屋のゴードンのことか。まあ、モンスターが壊したとあらば仕方がないだろう。では、私からも一つ……。ルネリウス・ドーンファルの屋敷も潰しておけ。うちの息子がずいぶんと世話になってるみたいだからな」


「話には聞いている。いけ好かないガキだって噂だ。……了解したぜ、マイロード」



 暗く、低い笑みが、闇に響いた。

 ドドイド、アーバム。

 双方の思惑は完全に合致していた。

 魔物殺しによって金と名声を欲する魔物討伐ギルド。

 領民から多くの金を巻き上げる口実が必要な領主。

 まさに完璧な計画であった。

 ――その話を、アルヴィが聞いてさえいなければ。

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