25 農場の誓い
「精神魔術で記憶を消しました。できればもっと時間をかけたかったのですが……」
クロエは地面に倒れたルガーを見下した。
ルガーは完全に意識を失っている。
そしてまたも――馬糞に頭をつっこんでいた。
アルヴィはルガーを蹴っ飛ばし、馬糞から離してやった。
「つくづくこいつは馬糞に縁があるな。クロエ……なぜやった」
「我が配下があまりに可哀想になったので助けたまでです」
「よけいな世話を……」
と言うが、助けられたのは事実だった。
あのまま行けば確実にルガーは領主の父に報告し、アルヴィは異端審問にかけられていただろう。
そうなる前に手を打つ必要があった。
人気のいない農場に、殺傷力のある魔弾……。
クロエがいなければ最悪の展開もあり得たかもしれない。マッドサイエンティストは既に、死体を跡形もなく処分する方法を三つほど考えていたのだ。
「だが礼は言っておこう。助けられたのは事実だ」
アルヴィはうんざりとした気分になる。
この村の人々の信心が薄いところまでは計算どおりだった。
しかし、ルガーの底意地の悪さと魔法貴族への劣等感だけは想定外だった。
「それにしても、この者はずいぶんと信心深いようですね」
「ただ俺を敵視しているだけだろう。まったく、俺は普通に研究がしたいだけなのだがな」
「アルヴィ。やはりあなたは、私の配下になるべきでしょう。私はむしろ、あなたの技術や知識を必要としています」
「……やはりそれが君の望みか。俺は手下になるつもりはないぞ。国民は俺一人しかいないだろう」
奪われた国土を取り戻す。
失われた歴史を取り戻す。
裏切った国々に復讐する。
それがクロエの望みで、そのためにはアルヴィの狂った知識が必要だ、という訳だ。
「私は、あなたを我が国の魔導参謀として任命するつもりです。国を取り戻した暁には、研究に必要なものを全て与えましょう。実験区画として巨大な街を与えてもかまいません。地下の実験室とは比べものにならない、巨大なものです」
クロエの言葉にアルヴィが反応する。
「研究都市をつくる、という訳か。ずいぶん大胆なことを」
一国のトップが後ろ盾にあるならば、文明を一気に進めることは可能かもしれない。
ある程度能力のある者を選別して教育を施し、世界の文明水準を加速させる。
そうなれば、アルヴィが本来求める研究に着手することができるだろう。
もちろん全ては仮定の話だ。
「だが悪くない提案だ。それで、国を取り戻す公算はあるのか」
「私一人でも十分に。しかしあなたが配下になれば、さらに確実になるでしょう」
「口先だけならどうとでも言えるな」
あまりにも先が見えない話だ、とアルヴィは思う。
しかし、この先の人生がどうなるかは目に見えていた。
権力者の目を逃れ、異端審問を恐れながら地下で細々と研究をすることになるだろう。
魔石で駆動するメカも、武器も、この世界では無意味なものになる。
何とも皮肉な話だが、アルヴィを敵視ルガーがその事実をまざまざと教えてくれたのだ。
「あなたが今の世界で研究をする限り、最終的には世界が敵に回るでしょう。それが嫌なら地下で隠れながら研究をするしかありません……」
「うむ、実につまらん未来が見えた。しかしどいつもこいつも……なぜ俺に構おうとするのか。放ってもらいたいのだが……」
アルヴィは決断した。
今の状況では退屈な人生がただ続いていくだけだ。
「クロエ・スカーレット。君の提案を受け入れよう。だが俺からも一つ条件がある。復讐を果たすだけなら、五つの国に乗り込んで王族を暗殺すればいい。クロエの魔法ならば可能だろう。だが国を取り戻すということはそれだけではない」
「真の復讐を果たすならば、倒すべき敵と、倒すべき時期を見極めなくてはならない。あなたはそう言いたいのですね」
「そういうことだ」
「その条件、受け入れましょう。私も同じ意見です。今はまだ世界の情勢を見極める時です」
今の状況で五つの国の王族を殺すというのは、ただの逆賊でしかない。
ある意味で国を取り戻すという行為とは真逆のものだ。
そしてクロエは姿勢を正し、凛とした空気を漂わせ、言った。
「今やシュライハズの王家は私一人になってしまった。しかしこの私がいる限り、王家は、王国は何度でも再建する。シュライハズ王国が王女、クロエ・スカーレットが命ずる。汝、アルヴィは我が臣下となるべし。その異形の智慧を我が王国のために振るうがいい。王土を取り戻したその暁には……汝が求めるものを与えよう」
アルヴィは跪き、応じる。
ただ純粋に面白そうだから。
ただ純粋に研究が捗るから。
アルヴィにとってはそれだけで十分だった。
「拝命しました、マイレディー。これより我が知識は、知恵はあなたのものとなる。いついかなる時も、私はあなたの求めに応じよう。そして――俺の研究に地獄までつきあってもらう」
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