26 鉄頭のドドイド

「友よ。これまでの借りを返させてもらうよ。魔石を集めるのも手伝ったし〝オド〟の発動実験では体重がすごく減ったんだ! 死ぬかと思ったくらいさ! という訳で、僕とクロエさんがお近づきになる手伝いをしてくれ! まずはクロエさんと三人で街に買い物に行こうじゃないか。クロエさんのお召し物が汚れていたからね! はっはっは!」

「わ、分かった。仕方がないやつめ……」



 ――というやりとりから数時間後。

 アルヴィ、ミハイロ、クロエは農場から借りた馬に乗り、交易都市に到着していた。


「クロエさん、今日は僕がエスコートいたします。この都の名はダンパー。王都ほど大きくはありませんが、交易が盛んで、豪華なアクセサリーやドレスの専門店が山ほどあります。さあ、行きましょう」


 とミハイロはさっそく華やかにドレスを陳列している仕立屋の方を指さした。

 社交用のドレスを専門に売る店のようだ。


「ミハイロ、今日は旅の道具を揃えるのではないのか?」


「旅先でもパーティーがあったら必要だろう?」


 旅をするにはもっと重要なものがあるが、ミハイロは着飾ったクロエを見たいだけである。ミハイロは店に入ると、次々と試着のドレスを選びだした。


「なんとお美しい! 完璧です、クロエさん!!」


「え……ええ。ありがとうございます。でもこれは旅の衣装には少し派手ではないでしょうか」


「いいのです! クロエさんは美しいので、全く問題ありません!!」


 ぐいぐいと迫るミハイロに、さすがのクロエもたじたじとしている。


「あ、ありがとうございます……」


「礼は及びません。これはちょっとした僕からの…………愛です!! 十年間、貯めに貯めたお小遣い。神は、この時のために貯めておけと言っていたに違いない! いいや、神は言っているっ! ここで金をすべて使うべきだと!」


 ぜんぜん「ちょっとした愛」でないのは、さすがのアルヴィも気づいている。

 実に面倒なことになった。

 クロエは世界に復讐を果たすため、近いうちにアルヴィとともに旅に出ようというのに。


「嬉しい。ミハイロさん、ありがとう。とても助かります」


 クロエはたおやかな笑みをミハイロに向けた。もちろんそれは「王族としての礼儀」の意味を込めた笑みだった。

 しかしミハイロには劇薬だった。

 その笑顔に、ミハイロは心臓を撃ち抜かれてしまった。


「ひ、ひえええ!! 僕はもう死んでもいい……これまで恋人がいなかった十六年。でも何だか、全体的にどうでもよくなってきたよ」


「君の人生はまだこれからだ。死ぬのは早いぞ。そして冷静になれ。今のままじゃ、ただ貢いでるだけだ」


「うう、アルヴィ! 本当にありがとう。君は心の底からの、僕の心の友だ! 全ては君がクロエさんを助けてくれたからに他ならない!」


「それはよかった――」


 ふとアルヴィは思う。

 ミハイロの人生にとって、きっとこの瞬間は宝物になるのだろうと。

 そしてアルヴィは少しだけ罪悪感を感じていた。

 一応、クロエはまだ記憶と有り金を失った旅行中の貴族という設定にしている。

 いずれ遠くないうちに、クロエは記憶が戻ったことにして村を出る。

 追ってアルヴィも姿を消すつもりでいた。

 ――旅に出て、世界の情勢を見極める。

 それが二人の出した結論だった。

 ミハイロがクロエと時間を過ごすのは、これが最初で最後になるだろう。

 だからこそアルヴィは思う。

 今だけはミハイロに夢を見させてあげよう、と。



 だがしかし。

 夢のような時間は一瞬で終わった。

 文字通り、一瞬で。



 ミハイロの背後に、大男が立っていた。

 およそドレスを売る場には似合わない、大剣と革の鎧で武装した男だ。

 男は染みついた血の匂いが漂っていた。モンスターの返り血だろう。


「息子がそんなに金を持っているなら、支払いを後回しにする必要はねえな。今すぐ金をよこせ」


「ひっ……!!」


 その声を聞いたとたん、ミハイロは体を強ばらせた。


「おい、お前だよ。武器屋のガキ。お前に言ってるんだ」


「…………」


 ミハイロは悪事を見咎められた罪人のように、身をすくませた。


「お、お客様、店内では」


 店員が間に入ろうとする。しかし無駄だった。


「うるせえ、殺すぞ!」


「ひええ……」


 このままでは事態はこう着したままだ。アルヴィがその会話を引き取った。


「俺たちは買い物をしているところだ。店内で阿呆みたいに騒がれると、他のお客様の邪魔になる。消えてくれないか」


「何だテメーは、ムカつく喋りかたしやがって。あいにく俺には消えられない理由があんだよ。俺は魔物討伐ギルド〝ブラッククロウ〟の頭領、鉄頭のドドイドだ。んで、俺の仕事は金をもらって、あんたらの村を守ることだ。村の武器屋に宿屋、服屋に風呂屋、あらゆる商売人は領主に税を払い、領主は討伐代を〝ブラッククロウ〟に払うことになっている。それで、肝心の税を払わない武器屋がいる。だが武器屋の息子は金をたんまり持ってるのを見ちまった。だから俺はこうして債権を回収に来たんだ。金があるなら払えってな!」


 ――今月は五万ビードだ。

 ルガーの憎たらしい顔が脳裏をよぎった。

 確かに最近、モンスターの増加を理由に領主への支払額は増えていた。

 そしてミハイロの家は支払いが滞っていたのも事実だ。

 だがその問題は解決していたはずだった。

 アルヴィが耕運機のパーツを発注したことによって、相当な額をミハイロの家に支払っていたのだ。


「そもそもこれはミハイロの小遣いで、鍛冶屋の金ではない。それに先日、まとめて支払いをしたはずだ」


「うるせえ! これまでこのガキの家の支払いが滞ってたんだ、これから先の分を早めに回収して何が悪い! それにこっちも命かけて魔物と戦ってんだ、金払いが悪いってことは、分かってるよな? モンスターが村に襲撃してきたら、このガキの家だけ『うっかり守りきれない』ってなことになるかもしれねえな?」


 ドドイドは脅すような口調でアルヴィを睨みつける。

 アルヴィは冷静だった。

 どうやってこの男を撃退するか、その方法を既に五つほど考案していた。

 が、それよりも速くクロエが動いた。


「貴様……引き下がれ。この者は、私のために金を使おうとしているのです。ということは、もはやその金は私のもの。貴様は私から金を奪うつもりか? ならばこっちにも考えがある」


「何だ、てめえは……!!」


 威圧するドドイド。

 しかしクロエは一切退かない。むしろ威圧し返している。

 アルヴィは前にクロエと戦闘した時のことを思いだす。

 クロエは見た目は美しく清楚な少女だ。

 が、一度戦闘に入るればどう猛な狂犬になる。

 ――シュライハズ王国の第三王女にして王土の守護者。

 ――雷と炎の魔法士団長。

 それがクロエの正体だ。


「私は、」


 クロエがドドイドに攻撃しようとするところを、アルヴィが制止した。


「今は君は出るべきじゃない。ここは俺が――」


 しかし。アルヴィのセリフに被せるように、ミハイロが叫んだ。


「……アルヴィ、クロエさん! もう大丈夫だ。いいんだよ…………!!」


 ミハイロは泣きそうな顔でアルヴィの肩をつかんだ。

 ふるえている。

 どうしようもない悲しみに。理不尽に。

 ミハイロは、ただふるえていた。

 あまりにも酷すぎる。アルヴィは心の底から思う。

 何年もかけて貯めた金が、そんな理由で奪われて良い訳がない。

 だがミハイロは、無力だった。


「分かりました。払います」


   *


「はっはっは! はっはっはー!! 分かればいいんだよ、分かればよお! 今日はツイてるぜ! つっても、これでもまだ足りねえんだわ。帰ったら親父に言っとけ。次に支払いが滞ったら、鉄頭のドドイドがお前の商売道具も差し押さえに行くってよお!!!」


 鉄頭のドドイドは上機嫌で店を出て行った。

 あまりにも店の雰囲気が悪くなったため、三人もすぐに店を出た。――何も買わずに。

 そのまま、誰も一言もしゃべらず村に戻った。

 屋敷に戻ると、クロエが言った。


「アルヴィ。旅に出るのはもう少し後にしましょう」


 クロエ・スカーレットの瞳には炎が宿っていた。

 それは紛れもなく、怒りの炎だ。

 何かが間違っている。間違っているものは、正さなければならない。

 領主が悪いのか? 魔物が悪いのか? 世界が悪いのか?

 それは今から確かめなければならない。

 クロエの瞳は、そう言いたげだった。


「奇遇ですね。俺も同じことを考えていた」


「アルヴィ。あなたは新生シュライハズ王国の参謀です。ミハイロは参謀の友人ということになるでしょう」


「その通りだ」


「ならば、参謀の友人を救えない程度の王は、王ではない。この借りは必ず返すとしましょう」


「言われるまでもない。そして既に――答えは出ている」

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