23 地獄の四角関係
亡国の姫を拾おうが歴史が改竄されていようが、アルヴィは働かなければならない。
それが追放された元貴族の辛いところだ。
という訳で、まだ薄暗い朝の農場にアルヴィはいた。
「魔法の才能がない」ことになっているアルヴィは、慎重に周囲を確かめる。そしてアルヴィは耕耘機の発火装置に意識を集中した。
「〝発火〟」
ドッ、ドドッ、ドドドド…………
点火プラグが魔力の火花を散らし、魔石が燃焼する。エンジンの始動は成功だ。
「いいぞ、今日のエンジン音はいつもにまして心地良い……」
駆動するエンジン音に、アルヴィは心が安らぐ。
クロエが屋敷に来てからというもの、アルヴィは妙に疲労が溜まっていた。
亡国の姫、美しい少女と共に過ごす訳だから、普通の男であれば舞い上がって喜んでいるところだ。
しかしアルヴィは人間よりも機械と会話をする方が楽しいのだ。
クロエとの会話よりも、こうして機械に触れる時間はアルヴィにとって何よりの癒しなのだった。
しかしその時間はまたも奪われてしまう。
畑の奥、薄暗い闇の中から――ざくり、ざくりと草を踏む足音がした。足音はアルヴィをめがけてまっすぐ近づいてくる。
「待ち伏せされていたか。……毎回、面倒な男だ」
アルヴィはその陰湿極まる顔を、うんざりとした気分で見た。
馬糞のルガーだ。
「よう劣等貴族。噂を聞いてやってきたが本当だったか。何だ、その変な機械は! これは異端審問にかけるしかないな!」
ルガーは機械を指さし、声を荒らげた。しかしルガーの意図は読めている。
本当に異端審問にかけるつもりなら、とっくの昔にアルヴィの機械は押収されているはずだ。
「……やれやれ、何が望みだ」
「愚鈍なる没落貴族にしては、察しがいいじゃないか。――あの女をよこせ」
「あの女とは?」
「お前が連れ込んできた、やけに綺麗で良い体つきの女だよ。この領地は俺のもの。ならば、お前がこの領地に無断で持ち込んだあの女も俺のものだ。味見をして当然だろう」
正しくはルガーの父であるアーバムこそが領主な訳だが、ルガーは我が物顔でアルヴィを威圧する。
「彼女は旅行中の貴族らしい。魔物に襲われたところをたまたま助けただけだ。お前に渡すようなものでもない」
「めんどくせえことを言うなよ。何だったらお前を異端審問にかけてもいいんだぞ? こっちには魔法同盟のディオレス先生もついてるんだ。魔法同盟がこの事を知ったら、お前は間違いなく死罪だろうな」
ルガーはアルヴィの耕運機を蹴り飛ばした。
「いいからさっさとあの女をよこせ。まてよ……さてはあれはお前の女か?」
的外れもいいところだが、ルガーはアルヴィの痛いところを突けたと思っているのだろう。満足そうに顔を歪めた。
対するアルヴィは苦笑した。
ミハイロとルガーはクロエに惹かれてている。
しかしクロエはアルヴィの能力に惹かれている。
そしてアルヴィは、研究にしか興味がない。
何とも地獄のような四角関係だ。
「俺の答えは同じだ。彼女は全くの他人だ。そして俺の所有物ではない。だから引き渡す立場にはない」
しかしルガーは人の話を聞かない。
相変わらず傲慢かつ強引に話を進めるのだった。
「うるせえなあ! どのみちお前の屋敷にいるんだろうが。じゃあ、こうするとしよう。魔法対決だ。今度こそ決着をつけるぞ。俺が勝ったらあの女を奪い、犯す。魔法対決をしなくても、あの女を犯す。お前も異端審問にかける」
「結局それがやりたかったという訳か。まどろっこしいやつめ」
「違うな。俺は対決をやりたいんじゃない。魔法でお前をブチのめしたいんだよ。……いいか。魔法対決の『魔法』の定義は分かっているだろう。オドのコントロール、魔詞の詠唱、マナの錬成の三つが揃ったものが本物の魔法だ。どうだ、できるか? 言ってみろよ」
前回の対決から、ルガーも対策を練ってきたようだ。
この世界の定義するところの「魔法」は、アルヴィが決定的にできないことだった。
厳密には「できないふり」をしているだけだが、魔詞の詠唱についてはアルヴィは本当に知らない。
非科学的かつ非効率なまじないの言葉など、知る価値がないからだ。
「いいだろう。ちょうど俺も試したいことがあった。受けて立とう」
「決まりだな」
対決が決まった後で、ルガーは背中に腕をのばした。
ギラリ、と刃物が鞘から抜き出される音がした。
鈍い銀色の光が、ルガーの横顔を照らした。
「魔法対決は刃物も使って良いのか?」
「当たり前だ。卑怯などと言うなよ。魔法を使った対決だからな。これがディオレス先生から教わった新しい魔法だ――――」
ルガーが魔詞を唱えた。
すると、剣の刀身が白く輝きだした。
「剣の表面に魔力を付与した。これならどれだけお前を切っても『魔法対決』になるな……!!」
「妙に自信があると思ったら、そういうことか。まいどつまらんことを」
「死ねェッ!!」
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