19 戦の終わり
クロエとの冷静な交渉は不可能だ。敵はこちらを殺そうとしている。
しかしアルヴィはクロエを殺す訳にはいかない。
なぜならクロエは、格好の研究材料なのだから――。
「やはりこれを使うしかないな。パラベラム弾とはよく言ったものだ」
アルヴィは護身用に開発した武器――魔銃を構えた。
魔銃には9mmパラベラム弾を模した銃弾が入っている。「パラベラム」とは、ラテン語の〝平和を望むならば戦いに備えよ〟から来ているという。
まさにアルヴィは、クロエとの平和的な対話を望んでいるのだった。
「実に無様な魔法の杖。裏切り者の犬よ、そんなものでこの私を倒せるとでも思っているのか!」
クロエはアルヴィの魔銃を魔法触媒の杖と勘違いしているようだ。
アルヴィはその話に乗ることにした。
「この杖の使いどころは中々難しくてな。威力は高いのだが、直線的な攻撃しかできないと来ている」
「ふん、そんな杖でよくもこの私と戦うつもりになったな」
「君の杖こそ、中々よく出来ている。一度分解してみたいものだ」
「黙れ。この杖は貴様のような下郎が触れて良いものではない!!」
「そいつは失礼したな」
アルヴィはクロエの強さの理由を見抜いた。
クロエが手にしている杖が、魔法の発動を強力に補助しているのだ。
杖には魔法発動の条件である〝魔詞〟と高密度の〝マナ〟が封じられている。
それ故にクロエが短く詠唱するだけで強力な魔法が発動するのだ。
つまりクロエが持つ杖は強力な武器でありながら、弱点でもあるのだ。
「今度こそ仕留める! 覚悟せよ!」
クロエの杖から七色の光が放射される。
杖の力が解放され、あらゆる属性の魔力があふれ出ているのだ。恐らく次に繰り出される魔法は、強力な範囲攻撃の可能性がある。
真正面から撃ちあっても勝てる可能性は薄いだろう。
そこでアルヴィは、一計を案じた。
「待たれよ!」
アルヴィは威厳のある声で魔法貴族を装い、クロエに語りかけた。
「改めて名乗ろう。我が名はエピタフの子、アルヴィ。アルヴィ・ルネリウス=ドーンファルである。この杖は我が家伝来の魔法の杖。『パラベラムの魔銃』である。それを馬鹿にされることは、戦に負けるよりも不名誉なことである! 貴殿に名誉ある決闘を挑みたい! 魔法による、正々堂々たる決闘だ!」
もちろん全て嘘だ。
しかしその言葉は、クロエには効果があった。
「いいでしょう……受けて立ちましょう」
「感謝する。我が杖は詠唱に時間がかかる故、しばし待たれよ。〝古き神々よ、我が声に耳を傾けたまえ。我は贄なり、我は言葉なり、我は…………〟」
アルヴィは適当な〝魔詞〟をゆっくりと詠唱しながら、魔銃を構える。
その間にもクロエは恐ろしいまでの魔力を放射しながら、アルヴィを睨みつけている。
アルヴィはクロエの杖に照準を合わせた。
角度、風向き、距離……弾道の計算は完璧だった。
アルヴィは引き金を引いた。魔銃の撃鉄が雷管を叩く。
雷管に封じていた魔石が爆発し、銃弾が撃ちだされる。
魔石の破裂音と同時に、クロエの杖が粉々に砕け散った。
「……というのは全て嘘だ。この魔銃は俺が先週作ったものだ」
クロエは絶望的な表情になりながらも、アルヴィを睨みつけた。
「卑怯な……貴様、決闘を汚したか!」
クロエはさらなる攻撃魔法を発動することはなかった。
やはり杖が強力な魔法補助アイテムだったようだ。杖を破壊すれば無効化できる、と踏んだのは正解だった。
アルヴィは銃口を上に向け、クロエに語りかけた。
「クロエ・スカーレット。とにかく落ち着いてくれ。俺に戦う意思はない。遙か過去に戦争は終わっている。君は時を止められていた。それを俺が解除したのだ。この廃虚を見てみるがいい」
「う、嘘だ。この光景はお前が生み出したまぼろし……」
「そんな魔法を行使するのは無駄でしかない。俺は、魔石を探し求めて森を歩いていた。そうしたらここに辿り着いただけだ」
「信じない。絶対に信じないぞ……この裏切りものめ」
「君は宝石の檻のようなものに囲われていた。内部の時間を停止させる魔法に違いない。君はその中で静止していた。今は、魔法暦三千四十二年だ」
「三千!? そ、そんなはずが…………」
クロエの目が、驚愕で見開かれる。
そして一筋の涙が頬を伝った。ようやく状況を理解したようだ。
「そ、そんな。戦が終わっていたなんて……百年も、過ぎていたなんて……」
緊張の糸が途切れたのか、クロエは石畳に倒れこんだ。
「しっかりしろ。まずい、血が出ている」
白いドレスから血が滲み出ていた。アルヴィの攻撃によるものではない。
「百年前の戦い」の時に受けていた傷が広がったのだろう。
「魔石を拾うつもりが面倒なことになったな。まあ、歴史方面の研究も進めたいところだったしな。必要な手順と思えばいいだろう」
魔法で封印されていた城に百年前の王族。これは格好の研究材料と言えるだろう。
アルヴィは応急処置を施し、急いで屋敷に戻った。
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