18 長き眠りより覚め、

 薔薇と狼をモチーフにしたレリーフが施された門を抜け、アルヴィは城に入る。

 石像は破壊され、石畳は剥がれ落ち、植物はひたすらに生い茂っている。

 かつてはさぞ立派な城だったのだろうが、今や完全に廃虚になっている。


「ふむ……ただの経年劣化でもなさそうだ。戦争でもあったのだろう」


 アルヴィは城を観察する。

 城は時の流れとともに朽ち果てたというよりは、不自然に壊された形跡があった。


「まあいい。探索するとしよう。何かが分かるかもしれない」


 アルヴィはさっそく城の奥へと進んだ。

 長い回廊を抜けると、城の中庭に出た。


「な、なんだあれは……!?」


 アルヴィにしては珍しく、驚愕の声があがった。

 その光景は、それほどアルヴィの予想を超えていたのだ。

 希少な資源、魔石、歴史資料……アルヴィはそうした資料を城の中に求めていた。

 その予想は完全に裏切られたのだ。

 巨大な宝石が、荒れ果てた庭園の中央に放置されていた。

 宝石はうっすらと赤く、日の光を反射してきらきらと輝いていた。


 そしてその中に、少女がいた。

 少女は、時を止められたかのように固まっていた。

 少女は、白い薔薇のようなドレスと深紅のハイヒールをまとっていた。

 手には杖が握られている。魔法を発動するための触媒だろう。

 そして整った美しい顔は、歪められていた。

 強い感情――おそらくは怒りによって。


「ふむ……これは時間凍結の魔法か? これもまた先端魔導に属するものだ。どうやらこの世界は俺が思うよりも進んでいるのか……しかし、普通の魔法貴族がそうした術を使うのは聞いたことがないが……」


 アルヴィは少女を包む宝石のような結晶を観察した。

 すると、結晶の表面に古き文字が浮かび上がった。アルヴィはその文字を解読する。


「書庫で読んだことがあるぞ。これは……解除、凍結、と読めるな。この封印は――解除されることを前提としているのか?」


 アルヴィはしばしの間その結晶を見つめ、考え込んだ。

 妙だった。

 城そのものは空間を歪め、封じ込める魔法で閉ざされていた。この世界の人間の魔導知識を考えれば、解除するのはほぼ不可能だろう。

 一方で少女の封印は、開けてくれと言わんばかりの状態になっている。

 解除を選択すべきか、立ち去るべきか。

 アルヴィはその二択を前に不敵な笑みを浮かべた。


「いいだろう……『やれ』と言われればやる。『やるな』と言われてもやるのが――俺だ」


 アルヴィは『解除』の文字に触れた。

 すると。

 ――ガシャン!!

 少女を包んでいた結晶が弾けた。数百のグラスが叩き落とされたかのような、派手な音が廃城に響いた。

 少女はがくっと膝を落とし――そして立ち上がった。

 凍り付いていた時間が、再び流れはじめた。


「この裏切りものがあああああああ!! 殺してやる!!」


 封印を解いた次の瞬間、びりびりと空気を震わせるかのような大声が響いた。


「お、おお……? ここは……城? どうして朽ち果てて……?」


 少女は一瞬だけたじろぐ。だがそれも束の間だった。

 さらに怒りを増幅させ、アルヴィを睨みつける。


「そうか……これは幻覚。やはり貴様はストラヴァネモスの黒魔導士か!! このクロエ・スカーレットが焼き尽くしてくれよう!」


「ま――」


 待て、と言うよりも先に少女――クロエは戦闘態勢に入っていた。


「雷神の大鎚!」


 クロエが魔詞を唱える。ごく短い詠唱だ。

 しかしクロエの杖には、灼けるような雷が宿る。


「落ち着くんだ。とにかく話を聞け」


「何を今さら!」


 この世界の魔法の行程は二段階ある。一段回目が魔詞の詠唱とオドの錬成。次に錬成されたオドという魔法の雛形にマナを流し込んで増幅する段階だ。それらの段階を踏むことで、魔法は強力なものになっていく。

 しかしこのクロエの場合、ごく短い魔詞の詠唱のみで極大の魔法を出力している。

 アルヴィは自らの身に危険が迫っているというのに、妙にこの現象を分析したくなってしまう。


「体内のオドを大量に保有している、何らかの能力でマナの大規模運用を可能にしている……そのどちらかか。原初魔法にしてはやけに威力があるな」


「何をごちゃごちゃと!」


 魔法の杖に宿っていた魔法――雷の大鎚が炸裂する。

 アルヴィは魔法の発動と範囲を見切り、後ろにステップを踏んだ。

 クロエが次なる魔法を繰り出す前に、アルヴィは石像の背後に回り込んだ。石は絶縁体だ。電流による攻撃を回避するにはちょうどいいからだ。

 しかしその行為は、クロエの怒りを増した。


「我が父祖の象を盾にとり逃げ回るとは……つくづく馬鹿にされたものだ!!」


「馬鹿にするつもりはない。君がすべきことは、ただ一つだ。落ち着け」


「黙れ黙れ黙れ! 我が国土、我が城、我が民への蛮行を許すつもりなど一切ない! 死んだ後ならば話を聞いてやる!」


 クロエ・スカーレットは完全に臨戦態勢のままだった。

 アルヴィは理解する。クロエは戦のまっただ中で時間を停止されたのだろう。

 クロエは時間を止められる直前まで、この国を守るために戦っていたのだ。

 そしてアルヴィが封印を解除したことで、彼女の戦争が再開したのだ。

 国は滅び城は朽ち、全ては遙か過去に終わっているというのに。


「やれやれ……魔石を拾うつもりが面白いことになったてきたな」


 アルヴィはため息を漏らしつつも、頭では別のことを考えていた。

 封印された廃城に、過去の時系列を生きた人間。

 確保することができれば良い研究材料になるだろう、と。


「さて、どうにかして彼女を無効化するか」


 命の危機すらあるこの状況でも、アルヴィは研究のことしか考えていないのだった。

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