16 マッドサイエンティスト、秒速で金を稼ぐ
それから十日が過ぎた。
農場には四人の男が立っていた。
ボダム、ミハイロ、ゴードン、そしてアルヴィだ。
「ほう、これが前に言っていた新しい農機具か……? 何か見たことねえな」
農場主のボダムは、不思議そうな顔で耕耘機のハンドルを握った。
「あの設計図がこうなるのか……アルヴィ、君の頭はどうなっているんだい?」
とミハイロ。
「いやあ、苦労して作ったかいがあるな。中々良いできだ。だが、本当に動くのか?」
と、ミハイロの父のゴードン。
「それは今からやってみて、ということですね」
とアルヴィ。
試作機は完成し、今日が初めての実践投入の日だ。
アルヴィは特殊な配合をした魔石をケースに入れ、耕耘機のエンジン部分に差込んだ。
燃焼部分の安全装置を外し、全ての準備は完了する。
「では最終実験といこう。ミハイロ、〝オド〟の発動を頼む」
「了解。――爆ぜよ!」
――ドドドドド!!
ミハイロが告げた瞬間、魔石が発火する。そして獣が目を覚ましたかのような唸る音とともに、耕耘機のエンジンが始動した。
「うおおおおお! なんじゃこりゃああ!!」
農場主のボダムが叫んだ。
「アルヴィ! やったよ! 成功だよ!!」
ミハイロが、大仰な口調で大喜びする。
「こいつは凄いな! 本当に動くとはな」
ミハイロの父、ゴードンもまた信じられないと言った様子だ。
「みんな、落ち着くんだ。まだエンジンが稼働しただけだ。次は畑を耕してみよう」
しかしアルヴィは冷静に答える。まだ実験は終わっていない。アルヴィがレバーを操作すると、耕耘機のブレードが回転して地面を掘り返した。
「ま、回ったぞ? 何つう仕掛けだ!?」
「ふむ、まずまずのトルクだな。魔石の燃焼効率も悪くない。では、ちょっと畑を耕してみようか」
手押し車よりも小さいサイズの機械だが、驚くほどの馬力があった。
アルヴィが畑をただ進むだけで、見る間に耕されていった。
その光景に、他の三人は言葉を失った。
アルヴィが生み出した耕耘機は、それほどまでに圧倒的だった。
「文明のスピード感で言えば、ざっと千年程度は進めたことになるか……まあ今はこの程度でいいだろう。そのうち、原油を採掘して普通のエンジンも作りたいところだが――」
などと呟きながら農場を一周するうちに、畑は耕されてしまった。
通常では一日がかりの作業が、ものの数分で終わってしまったのだ。
農場主のボダムは、ただ唖然としていた。
「これまで何日もかけてた畑仕事が一瞬で終わるとはなあ。アルヴィ、お前……ただの魔法貴族じゃないな? とんでもねえ才能だ……。こりゃあ、革命じゃねえかよ。世界が変わっちまうぜ!!」
「ありがとうございます。だが俺の研究はまだまだこれからです」
「まだまだこれから……? 訳が分からねえよ……俺は頭がおかしくなりそうだ」
ボダムは天を仰いだ。
圧倒的なアルヴィの能力に、ただ圧倒されるしかない。
だがアルヴィは一切喜んでいない。
なぜならこれはまだ「研究」と言えるものではないからだ。
アルヴィの記憶の中にある機械を何となく再現したに過ぎない。本格的に研究をスタートするための下準備でしかないのだ。
「にしても、こいつは王都の闇市で売ったらとんでもないことになるな……。百万ビードは下らねえだろうよ」
と耕耘機の金属パーツを作りあげたゴードンが言った。
農場主のボダムが即座に反論する。
「だが魔石をこんな風に使うってのはなあ。闇市でもおおっぴらにするのは難しいだろう」
「まったくその通りだ。実に残念だがな」
反論されたゴードンだが、ボダムに深く同調した。
そう、考えていることは二人とも同じなのだ。
アルヴィが生み出した機械は禁忌に触れているのだ。
魔石は神々の恩寵。磨り潰して農機具の動力に使うなどとんでもない。
……というのがこの世界の常識だ。
ボダムは諭すように、話を続けた。
「アルヴィ、お前の発明はとんでもなく世界を変えるだろう。だが……余りにも危険すぎる。魔法同盟が黙っちゃいないだろう。もちろん王もだ。魔石は力と信仰の象徴だ。うかつに使うものじゃない。この農場で使う時も、早朝の誰もいない時間帯に使うのが良いだろう」
「俺も面倒ごとを起こすつもりは全くありません。限られた時間に、少しだけ使います」
「頼んだぞ。異端審問なんかやられたら、たまったもんじゃないからな。ゴードンさん、ミハイロ。これは俺達の秘密にしようや」
農場主のボダムは二人に語りかけた。
「もちろんだ。そもそも俺達家族はアルヴィに借りがある。言いふらす理由なんて、どこにもねえって話だ」
「そうとも。アルヴィはとんでもない天才だ。もっと色々な発明をしてもらうべきなんだよ」
計画どおりだ、とアルヴィは内心で思う。
やはり辺境の住民の信仰心は薄い。魔法や魔石をそこまで神聖視してはいない。
しかし一方で王や魔法同盟のことは、ほどほどに恐れている。
この世界の禁忌は、十二分に理解しているのだ。
となれば、アルヴィの発明が村に利益をもたらす限り、おおっぴらに語る者はいないだろう。これで研究も自由にできるというものだ。
「とりあえず今回の作業分の金を払おう。速く終わっても遅く終わっても、支払う額は同じだ。そこは分かってくれ」
「もちろんです」
ミハイロが不思議そうに問いかけた。
「でもアルヴィ。そんなに速く終わらせたら、暇を持てあますんじゃないのかい?」
「何を言っているのだ? その時間で、さらに研究をするに決まっているだろう」
農作業を一瞬で終わらせて日銭を稼ぐ。
そして残りの時間全てを研究に費やす。
それこそがアルヴィの真の狙いだった。
「ははは。そうだとは思っていたけどね。……友よ、やはり君は狂っている」
*
――その数日後。
「んああああ! 何故だ! 何故あいつは……!」
領主の息子、馬糞のルガーは歯噛みしていた。
エンドデッドの領民には、さらに税を課した。
税を課したということは、領民は必死で金を稼がなければならいということである。
それは、元魔法貴族と言えど例外ではない。
であるならば、アルヴィはこれまで以上に農場で働かなければならないはずなのだ。
ルガーはアルヴィが朝から晩まで働き、ボロボロになることを期待していた。
それがどういう訳か、毎日のようにディオレスの書庫に通っているではないか。
「おかしいだろ!? どうしてそんなに速く畑仕事が終わってるんだ? くそ、ボダムは何も話さないし……!! くそ、くそ!!」
ルガーは、腹立ち紛れに農場に生えている木を蹴りつけた。
何度も何度も、蹴りつけた。
そのうちに脚を滑らせて、転んだ。
転んだ先にはまたも馬糞があった。
「あああ…………ああああああああ!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます