15 禁忌の魔導機工
しばしの休憩の後、アルヴィはさっそくミハイロの家へと向かった。
ミハイロの家は居住部分と武器工房、武器を売る店が一体化していた。
工房には筋骨隆々の男がいた。
ミハイロの父、ゴードンだ。
「おお、お前がアルヴィか。いつもうちの坊主が世話になってるな。俺に作って欲しいものがあるんだって?」
「武器ではないのですが、細かい金属の細工もできると聞いて、頼めるかと思いまして」
「なるほどなあ。ならば、別に俺がやっても構わないが……ミハイロ、お前がやれ。これも勉強だ。お前はこの家を継ぐんだからな」
急に話を振られたミハイロは、怒った口調で反論する。
「僕は将来は吟遊詩人になるんだ。武器職人になんてならないぞ!」
「ったく、強情な奴だな! 吟遊詩人なんてもんは商売じゃねえ。ただの日銭稼ぎだ。そもそもお前、歌下手くそじゃねえか」
「う、うるさいなあ、親父は!」
「アルヴィ。お前もミハイロの歌聞いたろ?」
と、ゴードンはアルヴィに目配せしながら質問する。
「聞いたことはあります」
「下手くそだったろ?」
「…………人にはそれぞれ感性がある。俺は気に入った、とだけ言っておきます」
「ははは! おいミハイロ! お前は良い友達を持ったな!」
「うるさいうるさい!!」
吟遊詩人を目指すならば、控え目に言ってもミハイロはもっと練習をした方が良い。
アルヴィは正直に話すのを何とかこらえ、話を本題に戻した。
「それでこちらとしては、三十万ビードまでならすぐに払えますが、この仕事を請けてくれるでしょうか」
その額を聞いた途端、ミハイロが驚きの声をあげた。
「さ、三十万? アルヴィの今月の稼ぎは五万ビードくらいじゃないか? そんな大金、大丈夫なのかい?」
「問題ない。蓄えは十分にある。それに俺は、この仕事にはそれだけの価値があると考えている」
父ゴードンもまた、感謝と戸惑いが混ざったようなリアクションをする。
「た、確かに最近は受注が減ってたし、かなり厳しい状況だった。助かるよ。……本当に払うつもりか?」
「もちろんです」
アルヴィは即答する。
そこに覚悟を見たのか、ゴードンの目の色が変わった。
三十万ビードという金額も相まって、ゴードンは「職人」としてアルヴィと腰を据えて話すことにしたのだ。
「分かった。それで、仕事の内容は?」
「武器の製作とは全く異なるとは思うが、指定した金属の部品を作ってもらいたい」
「部品……? 面白いな。それで、どんなのを作るつもりだ」
「自動で畑を耕す機械です」
「き、機械? 何だそりゃあ」
とゴードンが素っ頓狂な声を出す。
この世界の住民には機械という存在そのものがよく分からないのだ。
「完成したものを見れば、分かるでしょう。ちょっとしたカラクリ細工のようなものですよ」
かつてアルヴィがいた世界では、それは「耕耘機」と呼ばれるものだった。
企業が売り出している完成品に比べればかなり簡易的なものではあるが、基本的な仕組みは同じだ。エンジンが生み出すエネルギーを回転力に変換し、畑を耕すものだ。
「そうか……でも変わったものを作るんだなあ。畑仕事なんざ、体を動かしてなんぼだろうに」
アルヴィには他に作れる機械はいくらでもあった。
が、最初に作る機械はこれが最適なのだ。
アルヴィは追放された時、農作業をして金を稼ぐことを命じられている。
もちろんアルヴィは農作業を真面目にこなすつもりはない。研究時間が減るからだ。
そこで農業の機械化だ。
この機械が完成すれば農作業は一瞬で終わる。しかもミハイロの家も助かる、という訳だ。
「で、その部品ってのはどういうのだ」
アルヴィは鞄から大量の設計図を取り出し、ゴードンに見せた。
「俺が作った設計図です。全てこの図面の2倍のサイズで作成してもらいたい。パーツの誤差は少なければ少ないほどいい」
ゴードンは設計図を眺めた。
しかし次第に熱中した表情になり、食い入るように読み込み始めた。
「ほう、ほう……。中々面白い仕掛けじゃねえか。まさか武器屋をやっててこんなものを作ることになろうとはな……」
「難しいですか?」
「いいや、楽しみだ。だが分からねえことがある。これはどうやって動かすんだ?」
「動力に使うのは――魔石です」
「ま、魔石だと……!?」
ゴードンはこの世界の住民に典型的な反応を示す。
やはり魔石とは神聖なものだ。それで畑を耕すなど、罰当たりもいいところなのだ。
「まあまあ、父さんは黙ってて。僕も最初は驚いたけど、アルヴィなら大丈夫だよ。頭おかしいから」
何のフォローにもなっていないが、ミハイロは事実を言う。
「そ、そうか……」
ゴードンは改めて、図面を見て深いため息を漏らした。
職人だけあって、その図面に書かれているアイデアの価値を理解出来ているようだ。
「とにかくすげえことは分かった。ううむ! こんだけの量の部品を作るとなると大仕事だ。ミハイロ。やっぱりこれはお前には無理だ。俺がやる」
「分かってるよ。僕は最初から親父にやってもらうつもりだったし。アルヴィ、楽しみに待っててくれよ」
「助かる。これが上手くいけば、追加で報酬を出してもいいくらいだ」
「そんなもんはいらねえよ。これで十分だ。アルヴィ、本当に感謝するぜ。だが一つだけ頼みがあるんだが、いいか? こいつが動くところ、最初に見せてくれ」
「もちろん。お安いご用です」
そうして武器職人のゴードンは、少し風変わりな仕事を引き受けることとなった。
だがその時のゴードンには知る由もなかった。
自分が「世界で初めて魔石で駆動する機械を作った男」として後世に名を残すことを。
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