14 爆ぜよ
数日後、アルヴィはミハイロを実験室に迎え入れた。アルヴィは熱い紅茶と砂糖菓子をミハイロに差しだした。
「ようこそ、我が実験室へ。実験への協力、感謝する」
ミハイロは紅茶を飲みながら、意外そうに問い掛ける。
「いつもの君らしくないぞ? なぜそんなに丁重にもてなしてくれるんだい?」
「実験につきあってもらう訳だからな。これくらいはやらせてくれ。あらかじめ糖分と水分を摂取した方がいい」
アルヴィは実験用の機械が完成したせいだろうか、妙に目がぎらついている。いつものごとく研究に夢中になりすぎて、徹夜をしたのだ。
「部屋の中での実験なのに栄養補給? 何か嫌な予感が……それで僕はどんな実験をやらされるんだい?」
「あれの燃焼実験につきあってもらう」
アルヴィが指さした先、実験室の片隅にそれは鎮座していた。
「見たことがない形の機械だ。何かのからくりみたいにも見えるけど……?」
「察しが良いじゃないか。そのとおりだ」
ミハイロが「からくり」と呼んだもの――それは魔石で駆動する動力機関だった。
「魔石が発する莫大なエネルギーを動力に変化させるためのからくりだ。言うなれば〝魔導機工〟といったところか。俺が作ったのはエンジンのコアになる部分だけだ。だがこれで十分に魔石の燃焼実験はできる。これに成功したら、ピストンの往復運動を回転力に変換するためのシャフトやギアを組み合わせ……」
「ちょ、ちょっと待ってアルヴィ! 本気で何を言っているのかよく分からないよ……」
「大丈夫だ。理解できずとも、君がやることはシンプルだ」
「逆に怖い……頼む、アルヴィ。早く教えてくれ!」
「君には、〝オド〟の発動をしてもらいたい」
「オド?」
「そうだ。前にオークを倒した時のように、生命力であるオドを発動させ、魔石を爆発させるのだ」
あの時、ミハイロは短い魔詞を詠唱し、生命力であるオドを発動させた。
それによってマナの結晶である魔石が反応し、強力な魔法となった。
「ふうむ。僕のオドで、マナの結晶である魔石を爆発させる実験か……。でも、それができるってことは、この間証明されたんじゃないのかい? 一体何を実験するというのさ」
「いいや、それだけでは不十分だ。俺が作ろうとしているものは、もっと安定した爆発でなければならない」
「安定した……爆発?」
「そうだ。魔石の量や、配合のバランスによっては大爆発したり、あるいは不発に終わることもある。俺が作ろうとしている機械にちょうどいい威力の魔石の配合を突き止めなければならない。しかし俺は、オドを操る才能がない」
「なるほど……魔石を反応させるためには僕が必要だ、ということか」
「そういうことだ。最初のオドの発動だけミハイロにやってもらいたい。あとは魔石が勝手に反応するからな」
アルヴィは、家を追放されるために魔法を使えないふりをしている。
実は〝オド〟を錬成する程度のことであれば、アルヴィもできる。
だがそれを明るみにしてしまえば、また魔法貴族に逆戻りになるかもしれない。
アルヴィは念のため、ミハイロに実験を手伝ってもらうことにしたのだ。
「なあんだ。そういう実験か。……でも安心したよ。その程度なら、オドの消耗も少ないだろうね。そのくらいのことであれば、ぜひとも手伝わせてくれ」
「それは心強い。では、頼んだぞ――」
と、アルヴィは実験室の引き出しを開けた。
その中には大量の小瓶が入っていた。その数は数百を超えているだろう。
「……それは何だい?」
「魔石を粉末状にすりつぶし、瓶詰めしたものだ」
「ず、ずいぶん多いね」
「そりゃそうだろう。魔石は五種類ある。そしてその組み合わせだけで百二十通りある。さらに分量の比率の組み合わせもあるから、数千どころの話ではないだろう。今回は、とりあえず俺の仮説に基づいた、可能性の高い配合を――」
「ちょ、ちょっと待って? もしかして、僕が〝オド〟を発動させるのって……」
「そうだ。この瓶の数ぶん、全てだ」
「ひえええええ! 一回の〝オド〟の消費が少ないといっても、これはあまりにも殺人的だよ!! 僕は普通の人間だよ? 魔法の才能とか別にないし」
「普通の人間で、じゅうぶんだ。普通の人間であれば、最初の魔力の発火――オドの発動はできるからな」
「ひええええ……友よ、君は何てやつだ……! これじゃあ僕が干からびるじゃないか……って、あらかじめ糖分と水分をとっておくって、そういうことか……」
「疲労を感じたら、紅茶と砂糖菓子を食うと良い。カフェインと糖分は疲労感を一時的に取り除くだろう」
「わ、分かったよ。やるしかないな……。これも僕の家の借金を減らすためだ!」
「そのとおりだ。実験が成功すれば次のステップに進むことになる。そうすれば、君の家に仕事を発注することになるからな」
アルヴィがやろうとしていること――それは魔石を用いたエンジンの開発だ。
まずはエンジンが安定して稼働するための最適な配合を突き止めること。それがこの実験の目的だ。
もちろんそれだけでは終わらない。
エンジンが完成したら、次は「ある機械」の製作だ。
その時に金属加工ができる武器屋――ミハイロの家に仕事を発注する、という訳だ。
「領主も借金取りも、待ってはくれない……やるしかないってことだね!」
「そうなるな。という訳でミハイロ。魔石を封入しているこのカートリッジ部分に向かって詠唱を頼む。〝爆ぜよ〟とな。俺は燃焼の際のデータをひたすら記録する」
ミハイロは紅茶を飲み干し、応えた。
「了解」
そうして命を削るような実験が始まった。
*
「爆ぜよ! 爆ぜよ! 爆ぜよ! 爆ぜよ! うわあああ!!」
実験が始ってから三日が過ぎていた。その間ミハイロは延々〝オド〟を発動し続けていた。一日目が終わった時点で頬はこけ、二日目には立っているのが難しいほどに疲労していた。
ミハイロは既に限界を超えていた。
〝オド〟とは魔力の源であり、人間が発する生命力そのものである。それをミハイロは、連続して放出し続けているのだ。
「はあ……はあ……、アルヴィ。どうだい?」
「ふうむ……中々理想値に近いところまで来ているな。だが魔石はまだある。そうだな……次はこの組み合わせだ。友よ、もう少しで実験は終わるだろう」
「分かったよ、うおおおお! 爆ぜよ! 爆ぜよ! 爆ぜよ……!!」
「……!! ミハイロ、ストップだ!」
アルヴィは無数の計器類が示す数値を凝視し、固まった。
「はあ、はあ……どうしたんだ、友よ。実験はもう終わったのか! 僕はまだまだやれるぞ!!」
「ミハイロ。完成だ」
「完成……!? それはどういう意味だい? 僕には、はあはあ……分からないなあ……!!!」
ミハイロは巨大な瓶に詰めた紅茶をグビグビと飲み、砂糖菓子をぼりぼりと食べた。
もはや実験をしすぎてミハイロも妙なテンションになっている。
アルヴィはミハイロの手をぐっと握り、詠唱するのをやめさせた。
「ミハイロ、しっかりしろ。もう実験は終わりだ。終わったんだ」
「ほ、本当かい……?」
「この配合ならばいけるだろう。次は君の父さんの番だ。もちろん、金ははずむぞ。これまで食事をいただいた分も、まとめて倍にして返してやろう」
アルヴィは実験室の引きだしから、大量の紙を取り出した。
「これは何だい……?」
「機械の設計図だ。君の家は武器のオーダーメイドもやっていて、細かい細工もできると言っていたな。それを見込んで頼みたいのだ」
「分かった。じゃあ僕の家に案内するよ。……う、僕はもうだめだ。アルヴィ、おんぶして連れていってくれ……」
オドの度重なる発動で、ミハイロはその場で蹲ってしまった。
「なるほど……やはりこの手の機構を連続使用する場面が来ると、こうなってしまうのか。やはり根本的な改善が必要かもしれないな」
「……友よ。君は本当に機械バカだな……」
「研究に熱心なだけだ。それでは、君の家に行くとしようか」
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