13 税と禁忌破りの悪だくみ
アルヴィは自らの屋敷の中で思索していた。
「ディオレスの書庫でこの世界の歴史を調査する時間、地下で研究をする時間、農作業で小遣いを稼ぐ時間……と。これらの配分を考える必要がある訳だ」
テーブルの上にはいくつかの金貨、銀貨、銅貨があった。
ルネリウス・ドーンファル家から送られた金と、アルヴィが農作業で稼いだ金が半々といったところだ。
今月のアルヴィの収入は十万ビード。数百ビードあればパン一つ買えるので、日本円換算すれば十万円、といったところだろう。
そして数ヶ月後には、家からの金はゼロになる。
当面は金を援助するがあとは自分で生きろ。お前はルネリウス・ドーンファル家とは関わるな、という訳だ。
「金を稼ぐには農作業をしなければならない。農作業をすれば、しかし時間はなくなる。効率よく稼ぎ、時間を捻出するためにはどうするか……と言ったところか。ならば、農作業の時間をゼロにしつつも倍稼ぐには……」
――ドンドンドンドン!!
アルヴィの思考を遮るように屋敷の扉が強く叩かれた。
「誰だ」
「俺様だ。人頭税を取り立てに来た」
いつもであれば領主の使いの者が集金に来るのだが、今日はなぜかルガーが来ている。
ルガーはニタニタと不気味な笑みを浮かべている。
特に話すこともないので、アルヴィは黙って三万ビードを渡した。
「何だ、この金は。ぜんぜん足りないぞ! お前、領主様の通達を知らんのか?」
領主様と言うが、要するにルガーの父親である。
ルガーは一体何をもったいぶっているのか? アルヴィは訝しんだ。
「毎月の支払いは三万ビードじゃないのか」
「今月からは五万ビードだ。最近、モンスターの出現頻度が高まっている。そのせいで討伐ギルドへの支払いが嵩んでいるんだよ。高いって言うなら、このエンドデッドの地を出ていけ。我が父、領主エピタフは、お前のような役立たずの劣等貴族を温情で置いてやってるだけだからな」
「なるほど……お前が取り立てに来るなんて珍しいと思ったが、そういうことか」
「御託はいいから、金を払え! 領主の息子が税を取り立てに来て何か問題でもあるのか?」
ルガーはアルヴィの困った顔を見るために、わざわざやってきたのだろう。
何とも難儀な性格をしている。とアルヴィは思う。
アルヴィは革袋からさらに二万ビードを追加で渡した。
「これで文句はあるまい。さっさと帰れ」
「ふん、将来の領主に向かって生意気な口を。……まあ、せいぜい金を稼げよ。来月はさらに上がるだろうな。ああ、そうなったら書庫でのお勉強もできないだろうな! まあどのみちお前が魔法貴族に戻れる可能性なんてゼロだろうから、お勉強の意味もないだろうがな!!」
馬糞のルガーはそう言うと、ドアを勢いよく閉めて帰っていった。
アルヴィはうんざりとした気分になりながら、とりあえず茶を入れた。
「まったく、二万ビード程度で何を粋がっているんだ」
ルガーの狙いは最初から破綻していた。
アルヴィは魔法貴族だった時から密かに小遣いを貯めていた。資金には十分な余裕があるのだ。数万ビードの支出が増えたところで、困窮する訳でもない。
そしてアルヴィにはルガーに困った顔を見せてやる義理もない。
「相変わらず奴はゴミのような話しか持ってこないな。実に馬糞のような男だ……いや、馬糞でさえも肥料になる。ということは奴は馬糞以下だな。とりあえずはディオレスの書庫に行くとするか。手持ちの金はまだあることだしな」
アルヴィは温かい茶を飲み終えると、ディオレスの屋敷へと向かった。
*
ディオレスの書庫を出た後、アルヴィは夕食を買いに道を歩いていた。
手には革の表紙の研究ノートとペン。
書庫で書いたメモは数百ページに及んでいた。
アルヴィはそれらを眺めながら、ぶつぶつと思索しながら歩いていた。
「――やはり歴史というものは、権力によって書き換えられるという訳だ。現在の国々の成り立ちが神話化されているのは分かった。だが問題は事実だ。神々の物語はあまりに抽象化されすぎている。史実が全く見えない。そこが問題だ。なぜ人々は科学的な思考法を捨てているのだ? なぜこうも、史実が書かれていないのか? 奇妙だ…………」
意識の遠くから、アルヴィを呼ぶ声が聞こえた。
「…………おいアルヴィ。アルヴィ!? 聞こえてるかい!?」
「どうしたミハイロ。突然、俺の目の前に現われるのはやめてくれ」
「突然じゃないよ、さっきから呼んでいたじゃないか」
「そうか、それはすまないな。思索に夢中になりすぎていた。それで、何の用だ?」
「友よ。君に語りかけるのに用なんているのかい?」
「まあ、ミハイロであれば用がなくても問題はない」
「まったく、君というやつは…………はあ」
ミハイロは苦笑しながらも浮かない顔をしている。いつもであれば、アルヴィの奇行をもっと陽気に笑い飛ばすはずだ。
人間にはほとんど興味のないアルヴィでも、その変化には気付くことができた。
そしてアルヴィにはその可能性に心当たりがあった。
ミハイロは話は上手いが歌は絶望的に下手だ。武器屋の父からついにその事実を告げられたのかもしれない。
「ミハイロ、何かあったのか。まさか吟遊詩人になるのを諦めたのか」
「な、なんだい急に? 僕はまだ吟遊詩人になるつもりさ」
「そうか……ならいいのだが」
アルヴィの読みは外れた。
人間を観察する能力はまだ足りないな……とアルヴィは反省する。
「それにしてはいつもよりは元気がないじゃないか」
「友よ。やっぱり分かるのだね。ほら、税が上がっただろう? あれが中々厳しくてね」
「なるほど、そういうことか……」
「辺境の武器屋の経営も楽ではないということさ。それですまないのだがアルヴィ。これから、君にはあまり夕食を分けられなくなった」
ミハイロはあの日以来、数日に一度は夕食を分けてくれる。
残り物だとか何だとか理由をつけてはいるが、常に温かく旨い食事だった。
「……元々俺は、君の家から貰う立場ではない。君が謝る必要など何もないだろう」
「まあ、そうなんだけどさ」
「それよりもミハイロ。君の家はそれほど厳しい状況なのか」
「うん……実は税の支払いが滞っているんだ。その上でさらに今回の値上げだろう。本当に困ったよ」
アルヴィにとっては大した問題ではなかった。さらに金を増やす算段も既についていた。
だが普通の領民は困窮している。
アルヴィの脳裡に浮かぶのは、あの憎悪に満ちた笑みだ。
――馬糞のルガー。
領主を気取り、権力を振りかざす男。
奴の父、領主のアーバムも似たようなものだろう。
税を上げるぞ、と言えば蛇口を捻るように金が出てくると思っているのだ。
「一つ分かったことがある。ここの領主は阿呆だ」
「ちょ……! アルヴィ、声が大きいよ! それは言っちゃいけない!」
「事実だろう。民が払えない税を要求するなら、民は反抗するか逃げるしかなくなる。領主はこのエンドデッドの地でデッドエンドすることになるぞ」
「上手いこと言ってるけど、アルヴィ、とにかく声を下げて! 誰が聞いているか分からないんだから」
「君の声の方が大きいぞ。とにかく事情は分かった。俺に考えがある」
「考えって、どうするつもりさ」
「全員にメリットがある方法を思いついた。……ただしミハイロ。君には俺の実験につきあってもらおう。ちょうど歴史書を読むのに飽きていたところだ。やはり俺はこっちの方が、性に合っている。ラボを本格稼働させる時が来たな」
「え、アルヴィ? 何か目が怖いよ。しかもすごい喋るし。……僕ら、お金の話をしてたはずだよね?」
実験し、試作し、思索する。
アルヴィは既に、新しい機械を作り出す高揚感でいっぱいだった。
というか、目がギラギラと輝いていた。
歴史書を読むよりは、やはりこっちの方が性に合っているのだ。
「問題ない……多少この世界の禁忌を破ることにはなるがな」
「問題だよ!」
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