8 アルヴィ、魔法講師に喧嘩を売る
翌日、アルヴィは魔法講師であるディオレスの屋敷へと向かった。
もちろん魔法を教えてもらうためではない。書庫にある歴史書を読み、人々が科学的な思考法を放棄している理由を確かめるためだ。
アルヴィはディオレスの屋敷の扉をノックした。
すると中から長身痩躯の骸骨のような男が出てきた。
「ディオレス先生ですか」
「いかにも」
「元魔法貴族の、アルヴィです。先生の書庫に入りたいのですが」
「何を寝ぼけたことを言っているのだ。君はそもそもオドの錬成すらできないのだろう。オドも使えないのに知識があっても意味がないだろう」
ディオレスは鼻で笑いながら切り捨てた。
ある意味でそれは当然の反応だった。
魔法同盟から派遣された魔法講師の目的は、魔法の普及と、才能がある子ども達のスカウトである。当然、魔法を使えないアルヴィは対象外なのだ。
アルヴィは一応「お行儀の良い元魔法貴族」のふりをして、食い下がる。
「魔法の知識や歴史を確認したいのです。どうしても駄目でしょうか」
「書庫は神聖不可侵なものだ。魔法という秘術に触れる者には相応の資格がなければならない。つまり君に書庫に入る資格はない」
「なるほど……」
かつてのアルヴィの感覚では、図書館は誰もが入ることができる施設だった。
むしろ書物を読み、知識を蓄えることは推奨されている。
だがこの世界ではそういう訳でもない。知識は秘され、権威化されている。
「どうしてもというならば、初等訓練を合格してからだ。子どもたちに混ざってオドをコントロールする訓練を受けるのだ」
初等訓練とは、五歳前後の子ども達が受けるものだ。
訓練というよりはむしろ、ディオレスの弟子が遊びながら子ども達にオドの使い方を教えている、と言った方が正しいだろう。
それを青年とも言えるアルヴィに言うのだから、侮辱しているようなものだ。
「もう講義の時間だ。私は行かなければならない」
ディオレスは講義室に向かおうとする。
他の生徒達もディオレスの講義を聞くために、続々と屋敷に来ていた。
「ははは! 劣等貴族は何をやっても無駄なんだよ! 一生ガキに混ざって遊んでろ!」
とルガーが追い抜きざまに煽ってくる。
ルガーもまた魔法講義を受ける生徒の一人だ。
馬糞の恨みはまだ残っているようで、酷く憎々しげな目で睨んできた。
アルヴィはルガーを無視し、交渉を続ける。
「俺には魔法は使えない。魔法を使う以外で、書庫に入るための資格を得ることはできないでしょうか」
「君にはプライドというものはないのか。魔法貴族の家に生まれた者なら、魔法で何とかしようとは思わないのかね?」
ディオレスも煩わしそうにして講義室へ行こうとする。
「魔法が使えないならば、別の方法を探るまでです。知識があれば、もしかしたら新たな別の種類の魔法を生み出すこともできるかもしれない。だからこそ俺は書庫に入りたいのです」
そのセリフは、アルヴィにとっては当然のものだった。この世界の魔法は周回遅れで非効率なものだからだ。
だがディオレスにとっては完全に予想外な言葉だったようだ。
ディオレスは驚きと怒りが混じった口調でアルヴィを叱りつけた。
「なっ……何と言うことを!! 魔法を冒涜する気か! 魔法は神々の物語、古の神話に書かれてあるものが全てだ!! 新しい魔法を生み出すということは、新しい神話をお前がねつ造することを意味するのだぞ! ……そのような不信心者を書庫に入れる訳にはいかない!!!」
「どうしても駄目ですか」
「……そこまで言うならばいいだろう。条件を与える。魔石を私のところに持って来なさい。魔法の五大要素である土、水、風、火、雷の五つの魔石を全て集めて来れば、私の書庫に入る許可を与える」
「それが条件か。いいだろう」
「何だと? 魔石とはマナの結晶体のことだぞ。それがどれほど希少資源なのかも知らないのか? いや、そもそも採掘することすら魔法同盟が固く禁じている」
「問題ない。条件を呑もう」
「何たる無知! その発言、確かに聞いたぞ。君は既に狂気の深淵にいるということに気付いていないのか!」
魔法同盟や王の戒律に縛られている方が狂気だとアルヴィは思うが、敢えて言葉にはしない。ただ短く応答する。
「条件を提示したのはそっちだ。約束は果たしてもらうぞ」
「分かった。ならば約束は成立だ。だが魔石を集められなければ、君の父であるエピタフ氏に事の顛末を全て報告する。君はこの村からも追放されるだろう。本当に、それでもいいのか!?」
「全く問題ない。追放でもなんでも好きにするがいい」
「く、狂っている……お前は死にたいのか? 世間知らずの、魔法も使えない魔法貴族が追放されたら、生きる道などどこにもないのだぞ!?」
「何を言っている。俺は死ぬつもりは毛頭ない」
――できるはずがない。
――そんなことは無理だ。
――お前は狂っている。
そうした言葉は、かつての人生でも何度となく投げかけられてきた。
その度に彼はこう思っていた。
何の感情もなく、ただの事実として。
「全ての可能性は検証されていない。不可能と決めるのはまだ早い」
*
アルヴィは屋敷に戻り、石を採掘する準備を整えた。
以前の屋敷の持ち主が使っていた倉庫をあさっていたら、石を採掘するツルハシや携行食、山を歩くためのブーツなどがあったため、準備にはそれほど時間がかからなかった。
「さて……それでは魔石を採掘しにいくか」
アルヴィも、魔石がいかに貴重なものかは理解している。
しかし魔石といえども所詮は石だ。石であるからには必ず自然に存在するはずだ。
そしてアルヴィには既にいくつもの「仮説」を持っていた。
あとはそれを検証するだけだった。
と、アルヴィが屋敷を出た途端に、騒がしい声が聞こえてきた。
「おいアルヴィ。書庫に行くって話が、どうしてそうなるんだい!?」
ミハイロだった。
「どうしたんだ急に。まだ魔法講義をやっている時間だと思うが」
「君の話を聞いて駆けつけてきたんだ。ルガーのやつが、みんなに言いふらしてるんだよ。ほら、今からでも遅くない。先生に謝ろう」
「謝れば全ての可能性が検証できるのか?」
「……まさかと思うけど、本当に魔石を集められると思ってるのかい?」
ミハイロは他人のことだというのにひどく焦っている。
足をじたばたとさせ、騒ぎたてる。
「いいから落ち着くんだ。魔石を集めればいいんだろう」
「それは不可能なことだよ。先生も、『絶対にありえないことのたとえ』で言ったんじゃないのかい?」
落ち着けと言ってもミハイロは落ち着かない。
「絶対にあり得ないことはない。魔石のありかは何となく目星はついている。まずはこの村を出て、森へ向かう」
「今の時期の森はまずいよ。最近やけに魔物が増えている。というかディレオス先生、そうと分かっていてアルヴィに魔石採掘をやらせようとしていたのか…………って、目星がついてる? 何ソレ? ナンデ?」
だんだんとミハイロの口調がおかしくなってくる。
いっぽうでアルヴィは冷静だった。
とりあえずミハイロを落ち着かせようとする。
「ミハイロ、まずは深呼吸だ。オドをコントロールする時のように、精神を整えた方がいい」
「すー、はー……魔法が使えない君に言われたくはないが…………すー、はー。よし、落ち着いてきた。良い調子だ」
ミハイロはどうにかして自分を取り戻した。普段のミハイロのキャラクターは「キザな優男」と言ったところだ。家が鍛冶職人ではあるが、将来は吟遊詩人を目指しているらしい。
さらに深呼吸を重ね、キャラを取り戻したミハイロがアルヴィに提案する。
「だめだ、だめだ。こうなってはしかたがない。僕も一緒にいこうじゃないか」
「森は危険だ。俺だけでいい」
「危険だから僕も一緒にいくんだ。僕は少しだけなら魔法が使える。低級のモンスターなら炎を見ただけで怯えて逃げるはずさ」
アルヴィは追放される日に備え、長年に渡って密かに筋トレをしてきた。筋力、体力は相当なレベルにまで高まっている。さらにかつての人生の経験もある。一人でもサバイバル生活を送れる自信はあった。
だがこの世界についての知識はまだ十分とは言えない。ミハイロがいたほうが心強いのは確かだった。
「ふむ。それでは一緒に来てくれるか」
「もちろん。でも危なくなったら村に帰るんだ。君も僕も」
「その時はミハイロだけ帰ればいい」
「……まったく、君というやつはどこまで強情なんだ」
そうしてアルヴィとミハイロは村を抜け、深い森へと向かった。
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