9 神の名は
村を抜けて半日は過ぎていた。
あたりは鬱蒼とした森に覆われていた。日光は木々に遮られ、暗く湿った空気があたりに漂っていた。
――キキ、キキギギギ――――!!
モンスターか獣か、闇の奥からはさっそく奇怪な鳴き声が聞こえてくる。いつ強力なモンスターに出くわしても不思議ではない。
しかしアルヴィは眉一つ動かさず、冷静に前に進む。
「ねえアルヴィ。そこまで自信満々で進むからには何かの根拠があるんだよね?」
「そんなところだ。あらゆる可能性は、まだ試されていない。だからこそ俺は、山へ向かう」
「何て禁忌破りな……。そんな可能性を試すなんて、神話を否定するみたいで恐ろしいよ」
ミハイロはアルヴィの発した言葉にうろたえる。
魔法や魔石の存在は、この世界では神聖不可侵なものだ。
普通の人間がそうやすやすと採掘していいものではない。そもそも採掘したところで見つかるはずがない。……と、人々は堅く信じ込んでいるのだ。
そして、それこそがアルヴィが最も気になることだった。
この世界の人々は神話を盲信しているのだ。
「アルヴィも魔法貴族だったんだから、神話がどれだけ重要か分かっているだろう?」
「……知っているさ。神々が世界を作った。神々は世界各地に五種類の巨大な魔石を配置した。世界は五つの国に分割され、それぞれの王族が代々、魔石を受け継いでいる。ちなみに魔石は、土、炎、水、風、雷の五種類だ」
雷の国――ハイボルド
炎の国――ブランバーン
嵐の国――ストラヴァネモス
水の国――アストランド
土の国――グラーデン
その神話が真実であるかはさておいて、これら五つの国々は魔石を背景にした軍事力の上に均衡している。仮に戦争がはじまれば、各国は魔石を用いた極大級の魔法を発動させるだろう。一夜にして世界は焦土になる可能性もある。
「我らが祖国、グラーデンは土の魔石の国だ。王都には土の魔石の塊が神殿の地下に祀られている」
「そ、そこまで分かっていながら、魔石を採掘しようとしているのかい? 何てクレイジーなんだ……」
「当たり前だ。そうしなければ、書庫に入れないからな」
「うん、最初から書庫に入れるつもりがなかったんだろうね」
ディオレスは「絶対に不可能である」ということのたとえとして、魔石を採掘してみろと言ったのだ。
まさか本気でアルヴィが魔石を採掘するとは思っていない。
だがそのまさかを、アルヴィは成し遂げようとしている。
「そうだろうか? 魔石とは突き詰めれば特殊な石だ。それは先日の実験でも明らかになっただろう。粉々に砕いただけではマナとなって蒸発しないからな。ならば次は石の特性を分析すれば、探し出すことも可能だ」
「うひー! 今の話、僕は聞かなかったぞ! 魔石をそんな風に扱う人なんて、聞いたことがないよ……」
「恐れることはない。俺はただ、仮説を言ってるだけだ」
もっともアルヴィが知っている先端魔導の知識からすれば、「仮説」というよりは「事実」ではあるのだが。
かつてアルヴィが生きていた世界にも魔石は存在した。既に発動した魔法を強化させる素材として使用されていた。アルヴィにとって魔石とは、ごくありふれたものなのだ。
「じゃあその仮説を聞こうじゃないか。……ってアルヴィ、立ち止まってどうしたんだい」
アルヴィは、小高い丘まで来たところで立ち止まった。
そして、周囲に生えている植物をじっくりと見渡した。
一通り周囲の観察を終えると、アルヴィはある程度の目星をつけた。
「…………ふむ。なるほど」
「なるほど、って何が分かったのさ」
「仮説の続きをしよう。魔石は、特殊な効果を帯びた石だ。ただ存在するだけで何らかの魔法効果を周囲に与え続ける。それ故に周囲の植物を見渡して、育ち方が違っていれば何らかの影響を受けている可能性が高い、となる訳だ。ミハイロ。あのあたりをよくみて見るんだ。生え方も、葉っぱの色も、幹の太さも違うと思わないか?」
「た、確かに言われてみれば、何かがおかしい……。やけに育ちが良いような?」
「あのあたりには土や水の魔石があるかもしれない。魔石が、植物に良い影響を及ぼしているんだ。次に、逆方向はどうだ? ずいぶん不自然だと思わないか」
植物の育ちがやけに良いエリアの反対には、何度も山火事になったのだろうか、極端に木々が枯れている場所があった。
「俺の仮説『自然の中に埋もれている魔石は、周辺の環境にも影響を及ぼす』が正しければ、あそこに魔石がある」
「ははは。まったく、アルヴィも冗談がきついよ。僕らはたった半日歩いただけなんだ。そんな簡単にある訳がないじゃないか」
「それでは仮説の検証をしよう。すぐに冗談かどうか、分かる」
「で、もし魔石がなかったら?」
アルヴィは平然と答えた。
「次の仮説を試すだけだ」
「ワオ……クレイジー…………」
かつての人生での知識と、この世界を観察して得られた情報。
そこから仮説を生みだし、検証する。
ごくシンプルな考え方だ。
しかしこの世界の住人はその考え方を放棄している。誰一人として試してなどいないはずだ。
「とにかく掘ってみようか」
アルヴィがスコップを持って、目星を付けた場所を掘り下げていく。
すると、途中でスコップの先端がガチリ、と何かにぶつかった。
アルヴィはその周辺を慎重に掘り下げていった。
「え……これってまさか……」
「魔石だろうな。普通の石とは輝きが違う」
ぱっと見では何の変哲もない石だが、手に触れると痺れるような感覚が伝わってくる。
魔石が周囲に魔力を放っているためだろう。
ミハイロも魔石に触れてみる。
「かなり強いマナを感じる。てことは本物の……!?」
「ふむ。地中にある魔石は、植生に影響を及ぼすという仮説は立証されたようだな」
「アルヴィ、どうして君はそうも冷静でいられるんだい? これは事件だよ。下手をしたら僕ら、捕まって処刑されるんじゃないか?」
「大丈夫だ。その時は、ディオレス先生のせいにすればいい。先生が発掘してこいと言ったせいだとな」
「何たる鬼畜! それじゃあディオレス先生が……!!」
「それよりも他の魔石も探したい。さあ、いこう」
「ねえアルヴィ、それ魔石だよ? 何かほら、もっと良い感じの布に……」
「気にするな」
アルヴィは回収した魔石をバッグの中に適当にしまった。
「あー! 神聖な魔石を!」
「ただの石だ。問題ない」
「石って! ただの石って!?」
アルヴィにとっては、魔石は数ある実験のための素材の一つに過ぎない。丁寧に扱う方が馬鹿げているのだ。
その後もアルヴィは無数の魔石を回収し続けた。
土、炎、水、風、雷。全ての魔石は揃った。
「……ふうむ。中々良い調子だな。仮説の検証とは、実に心躍る作業だ」
アルヴィは上機嫌だった。心地よい疲労感に、全ての魔石を採掘できた達成感。
考えていた仮説が的中したことの嬉しさもある。充実感に満たされていた。
いっぽうミハイロは、憔悴しきっていた。
「信じられない……信じられない……!! 魔石がこんなに簡単に出てくるなんて……神々の恩寵は希なものだと教えられてきたのに……。しかも五つ? アルヴィ、君は一体何者なんだ? なぜそんなことができるんだ……?」
「実験と観察だ。君も『植物の生え方が違う』とか『地形に違和感がある』というのは認識できただろう。そういう情報と魔石の観察結果を結びつける考え方が大事なのだ」
「す、すごい……!! アルヴィ。君は天才だ!! だがどう考えても禁忌だ。さすがに信仰心が薄い僕でも怖くなってくるよ。神々はきっと許さないよ……!!」
「しかし俺が知っている別の神は許すだろう」
「そんな神は聞いたことがない! アルヴィ、君の信じる神とは、何なんだ!?」
その思考方法は、アルヴィにとってはごく当たり前のものだ。
しかしこの世界の人々には明確に欠落している。
もちろん人々が愚鈍な訳ではない。
ただ神々の教えとやらが、その思考を妨げているのだ。
と、アルヴィはそんなことを思いながら、ミハイロに「神の名」を告げた。
「俺が信じる神の名は――科学だ」
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