第42話 3章12話.後世畏るべし/天女下梵

 ガラハド・ガラドリエル・ガラティーン、30才。


 ラース・イラ王都タリエシンに生まれる。


 両親はともに魔力すぐれる名門貴族の子弟であったが、にもかかわらずガラハドには魔力の流れがない魔力欠損症であることが、生後すぐに判明。


 魔力を持たないことが罪悪ではないはずだが、両親はなまじ自分たちが魔法世界のエリートであるためにそうは考えなかった。彼らは息子の欠損した資質は将来自分達の禍になると考え、あるもぐりだが優秀有能な呪術師に相談をもちかける。


 その結果として、ガラハドは全身に呪印というまじないの刻印を刻まれることとなった。この幼子は全身を彫り刻まれながら口をきっと閉じていっさいの悲鳴を上げることがなかったという。ともかくにもこの呪印により、ガラハドはひとつの力を手に入れる。すなわち一度身に受けた力をそのままにコピーして放つという力であり、これゆえにガラハドは「魔力による攻撃を無効化する体質」と「敵が強大な魔力を使えば使うほど、その力を逆用する」という二本の柱をその強さの背景に持つ。


 長じて、彼が15、6才の頃。


 世界は「魔神戦役」のまっただなかであり、暗黒大陸アムドゥシアスの魔族はアルティミシアに上陸、跳梁した。この当時にガラハドは魔族がもちこんだ流行病で両親を失い、孤児となる。


 1799年の秋。孤児院の仲間たちのため教会にパンを取りに行ったガラハドは神父とシスターが魔族に食い殺されているのを見て逆上、祭壇の儀礼用メイスを取ってこの敵に殴りかかる。


 当時まだガラハドは今のような天才ではなく、ただ魔力を通さない体質をもつだけでそこまでの鍛錬を積んでいたわけではない。根性や怒りの力、そんなもので勝てるはずもなく、当然のように返り討ちに遭った。


 しかしガラハド少年は立ち上がる。血まみれになりながら何度も何度も立ち上がる子供に、その魔族は気圧された。本来なら何度死んでいてもおかしくないはずの魔力をたたきつけられて、ダメージを受けていないというところも魔族を不気味がらせた。恐怖で動きがわずかに鈍った、そこをガラハドの天性は見逃さなかった。メイスを全力で突き出す。本来なら魔力の障壁が魔族の身体を防護するはずが、ガラハドの力で障壁は霧散、メイスは魔族の心臓をえぐり、絶命させる。


 あらためて実戦の恐怖と失血で倒れたガラハドは、「騎士団」のセタンタ・フィアンと名乗る青年により助けられる。


「お前、騎士になれ」

「?」

「お前はセンスも才能もないが、根性がある。最後に勝つのはそういう奴だ」


 数ヶ月間ガラハドを養育したセタンタはそう言ってガラハドの背中を押す。魔術の名門に生まれながら魔法は使えず、それまでろくに喧嘩を為たこともなかった少年ガラハド、それがのちに世界最強の騎士といわれるにいたる、ここがはじまりになった。


 以来ガラハドはセタンタの元で厳しい修行に明け暮れる。セタンタのしごきは凄絶を極めた。一日あたり100万回単位の筋トレを課し、甲冑を着けての走り込み100キロメートル、毎日それをこなしたうえで、実戦さながらの打ち合い稽古。セタンタという男は相手が15の少年だろうが容赦なく、ほとんど殺す気で打ち掛けた。試合用に穂先を潰した刀槍とはいえ青痣の耐えることがなかったし、とくに突きを得意とするセタンタの猛撃によりガラハドは何度も喉を潰された。現在も彼の声がややハスキーにかすれ気味なのは、このせいによる。


 修練の効果は3ヶ月目くらいから如実にあらわれ始めた。セタンタの槍が見えるようになり、ガラハドの剣がセタンタに中るようになってきたのである。セタンタは一本取られると悔しがりながら、しかしそれ以上に弟子の成長を喜んで豪放に笑った。


 ガラハドが自分の身に宿る呪印の力を意識したのはこの頃。騎士団所属の魔道部隊は魔術が魔術が使えないくせに魔術のきかない体質のガラハドを苦々しく思ってしばしば嫌がらせを仕掛け、ガラハドはおとなしくそれに耐えたものだが、あるとき気を抜いているところに攻撃魔法をぶつけられると自動で呪印の自衛能力が作動、全力で術をはじき返し、大けがを負わせてしまう。ガラハドはこの魔術師に跪いて詫び、彼が快癒するまで騎士としての修行と平行で彼の身の回りの世話をし、やがて回復したこの魔術師エーンガス・ボァンから魔力制御のすべを学ぶ。


 かくして、15才から16才の間に十分な力をつけたガラハドはその後1800年~1804年ごろまで、騎士団の一員として大陸中を駆け回り魔族や眷属を討って回る。一般に魔神戦役は魔王オディナ・ウシュナハが討たれた1800年をもって終結したとされるが、実のところそう簡単ではない。魔王がいなくなっても魔族がすぐにアルティミシアから引き上げるわけではなかったし、厳格な魔王の統制から解き放たれた魔族たちは以前にも増して凶暴にもなった。人間の苦難と試練はむしろここからだったといってよく、魔王退治の新羅狼牙が凱旋して栄誉を受けたその裏で、ガラハドは多くの魔族を狩った。その中には魔王オディナ同等と互角といわれる、「魔王格」の存在すらいたとされ、彼が一部の識者から「世界最強」を謳われるのはそれゆえだ。


 やがてガラハドが20才を越えると、セタンタは「騎士団団長」の地位を退きガラハドを新団長に推挙、ほぼ満場一致でガラハドは団長に就任し、隠居を考える師匠セタンタを副団長として慰留する。こうして現在のラース・イラ騎士団は形成された。


 その後もガラハドは研鑽を続け、一騎士としてではなく将帥として各地の戦争にも介入した。魔王という共通の敵がいなくなった瞬間から人間は互いの国でそれまで停止していた戦争を再開させたから、ガラハドは「ラース・イラの正義と国益のため」にこれら紛争を潰していき、平和の作りピースメーカーと称されるまでになった。先代女王が亡くなってエレアノールが即位すると「女王の騎士」に叙任され、エレアノールの手の甲にくちづける栄誉に浴す。


 その、無双のガラハドが。


 今、圧倒されていた。


「やぁっ!」


 伸びてくる鋭利な切っ先をすんでで躱すが、すかさず次、次、さらにその次が襲う。その連撃があまりに流れるようにつながり、隙がなく、ガラハドともあろう者が反撃に転じることができない。20合、30合と、圧倒されっぱなしのガラハドはひたすら受けに徹する。


 まさか、この10日でここまで腕を上げるとは・・!


 驚嘆に舌を巻く。10日前はこれほどの威力も、技巧も、速力もなかった相手だ。それが今や・・。


「やっ、てぇいっ! やははーっ、どーしたぁ、ガラハドさんっ!?」


 手にするは銘刀「白露」。牢城雫はピンクのポニーテールを揺らし、元気いっぱいでそう言った。


 言うなり床を蹴る。


 ちっ、ちちち、キン、キィン・・ッ!!


 再び、支えきれないほどの猛攻。10数合目、受けようとしたガラハドの剣が、深く沈んだ雫が跳ね上げた一刀で宙を舞う。


「・・く!」


 すぐさま組み討ちに意識をシフト。格闘技術といえば東方だが、ラース・イラにもパンクラチオンをルーツに持つ甲冑組み討ち格闘術は存在する。迎え撃つ。


 しかし、雫の方が圧倒的に疾い!


 ひぅ! 風切り音が空を裂き、きん、と耳鳴りが劈く。次の瞬間、ガラハドは大きく背後に吹っ飛ばされていた。ダメージを感じる暇もなく、痛みを認識したのは壁に激突して一瞬、とんだ意識がもとに戻った後。ラース・イラ騎士団の胸甲が、ほとんど両断されているのだからすさまじい。


「ふっふー。あたしの勝ちだね、ガラハドさん」

 豊かな胸を昂然と反らし、牢城雫は鼻高々で威張る。それはもう、世界最強の騎士をあそこまで一方的に凌駕したのだから、このくらい威張ってもいい。


「参った。完全に追い抜かれてしまったな・・今のが、新羅江南流“天壌無窮”の境地か」「まぁねー。まだまだ師匠みたいな魔法っぽいことはできないし、集中力が続くのも10分もたないくらいだけど。その10分間、『剣技を理想型に最適化』するくらいはなんとかマスターできたかな-」


 剣技を理想型に最適化。それが雫のつかんだ天壌無窮。転変して極まりなき無限の剣技の中から、常に最高速で最善手を選び、実行する力。過去に存在したありとあらゆる剣豪、剣聖の技術の集積に、雫のオリジナルを載せた究極剣技。もはや剣聖を超越して「剣神」の域だ。それは私もかなうはずがない、とガラハドは苦笑した。


「さて、そんじゃ約束どーり勝ったし。帰ってもいーよね、ガラハドさん」

「それは構わんが、今ここを出るのは危険ではないかな。外は戦場だぞ?」

「んー、なんとかなるでしょ」


・・

・・・


 新羅辰馬にとって事態は快方に向かっていた。


 まず、瑞穂たちの合流。兵力的な安心感もあるが、やはり瑞穂がそばにいるといないとで心理的平穏の度が全然ちがう。山道を登って瑞穂たちが上がってきたときはもう、とびついて抱きつこうかと思ったほどだ。さすがに自分の立場だとかキャラクターだとか世間体を考えて自重したが、辰馬の中で神楽坂瑞穂の存在はことほどかように大きい。長船には瑞穂だけが特別な訳ではないと言ったが、実のところやはり雫やエーリカを相手にしても瑞穂の重みは突出している。


 ついで片倉長親、鷺宮蒼依の参入。ヒノミヤの戦術を知り尽くした老将と、ヒノミヤの象徴である姫巫女の一人がこちらに降ったという事実もまた大きく、そして三つ目、片倉たちの登校が呼び水となって、長船が撒いた調略が花を咲かせた。ヒノミヤの将数人がこちらに寝返り、辰馬はこの戦はじまって初めて、戦力的優位に立つ。


「うし。やっと遠慮なく戦える土俵に立てたな」


 幕舎で兵たちの様子を見て、辰馬は満足げにうなずいた。ここまで常に寡兵での勝負を強いられていたため、この戦況の好転は感慨深い。


「ここでひとつ、決戦前に士気を上げたいところだが・・なんか、スピーチでもすっか・・」

「そんな辰馬サンにこれ! これこれ、これ見て、これ!」


 駆け寄ってきたのはシンタ。なにやら大きめの箱を抱えている。


「うっさい騒ぐなばかたれ。・・で? なんだよ?」

「だからこれこれ! 開けて開けて!」

「ん?」


 開けた。


「なんだこれ? 布・・服か」

「イェス! 着替えて着替えて! さぁ脱ーげ、脱ーげ!」

「おまえ・・、男同士でもセクハラで訴えるぞ・・? ってなんかこれ・・女ものじゃねーか? スカートだし」

「いーから! 着替えて!」

「ぉ・・おう・・」


 着替えた。


「うはあぁ~! かーわーいーいー! 辰馬サン、結婚して!」


 目をハートにしてシンタが叫ぶ。それも無理はないくらい、辰馬は本当に可愛く化けた。


 明眸皓歯。きらめくほどに美しい顔立ちに、まとう衣は神国ウェルスの聖女の法衣。白と青基調の修道衣に、薄くピンク味のかかった白のローブ。藍色のスカートの下でおちつかなげに白い足をもじもじさせているのが、妙になまめかしい。頭にはローブと同生地同色のベール。いつもは呪いまじないいしで束ねて留めている長髪はほどいてゆったり膝下まで垂らしてあり、ふんわり少しだけウェーブのかかった銀髪は幻想的優美。透けるような肌が羞恥と怒りで紅潮しているのがまた、たまらなくかわいらしい。ちなみにいつもの呪い石はひもに連ねて腕に巻いてある。


「しばくぞばかたれ! なんなんだよこれぁよ!?」


激昂。シンタに詰め寄るが、それより周囲が辰馬を発見するほうが早い。天女かなにかとしか思えない美少女の出現に、あたりは騒然となった。


「ぇ? ぁ? うあぁぁ!? なんなんだよお前ら、おれおれ、おれだって! 勘違いすんなばかたれ! うあああああっ、今触った奴誰だこらぁ!?」

「いやー、可愛い。眼福」


 シンタにカメラを向けられ、辰馬は牙を剥く。


「てめぇ殺すぞシンタぁ!! これはどーいうことだお前、説明しろや!」

「いやいや、士気高揚っしょ? ならこれっスよ! 『聖女系美少女アイドル司令官の訓示』!」

「は? ・・この格好で訓示とか・・正気か!?」

「だいじょーぶ、問題ないっス。絶対ウケるから!」


・・

・・・


 片倉長親、鷺宮蒼依の離反、それに続く将校たちの寝返りに、山南交喙はいらいらと歯噛みする。兵力の優位はもはや敵方にあり、交喙は窮地に立たされていた。


「全軍、聞け! 叛徒がいくら敵に回ろうと、恐れることはない! わがホノアカの神名にかけて、敗北は決して・・なんだ?」


 兵員たちに檄を飛ばそうとする交喙の言葉は、天をどよもす大歓声にかき消される。望遠鏡を掴み、敵陣に目をやると、法衣にベールをかぶった銀髪の少女が、なにやら妙にもじもじとしゃべっている。


 その一言一句、一挙一足に、兵士たちが熱狂しているのがここからでもわかる。アカツキ・新羅隊の兵士の多くは長船言継が齎した8000騎によって成り、その多くは女性兵だが、銀髪美少女の魅力は性別の壁をあっけなくうち砕いていた。少女の、頬を赤らめた些細なしぐさひとつひとつで、一瞬一秒ごとに彼ら彼女らが魅了され恐れを打ち消されていくのがわかる。それこそ、神に弓引くことをも畏れぬほどに。


「く・・負けるかあぁ! 近衛、儀礼服をもってこい! 一番ヒラヒラでフリフリのやつだ! 一発、女神の舞を見せてやる!」


・・

・・・


 対抗意識を燃やした山南交喙が間違った方向にはっちゃけた頃。


 羞恥に耐えてかろうじて訓示を読み上げた辰馬は、人生最高のダメージを負って膝から崩れ落ちた。


「うぅっ・・いっそもう殺せよ・・」

「いやいやいや、最高っしたよ辰馬サン! これはウちの隊の定例行事にせにゃぁ」

「新羅さんがあそこまで化けるとは・・いや、もともと可愛いのは知ってたが・・」

「シエルたんには申し訳ないでゴザルが・・正直・・勃ったでゴザル・・」

「あの、ご主人さま・・かわいかった、ですよ?」

「あはははーっ、かわいーかわいー! あー、笑ったぁ!」


 3馬鹿と瑞穂とエーリカの反応はかくのごときだったが、ともかくとして。


 兵たちの士気はかくして大いに上がった。


「くそ・・もうさっさと着替え・・」

「だあぁーああぁぁっ! 辰馬サンそれ脱いじゃダメ! そのカッコのまま指揮しないと!」

「は・・はあぁぁ!?」

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