第35話 3章5話.風嘯平/騎と戦うは行馬蒺蔾、而して撃つ
布陣する。
瀬を右手に置き、辰馬率いる本隊300。このいかにも「殴りやすそう」な的に敵が釣れたなら、左手の丘に伏せた明染焔の遊撃700が発って敵側翼を衝く手筈。
とはいえヒノミヤの誇る「突騎」の威力ばかりは当たってみなければわからない。瑞穂曰く通常の騎兵とは一線を画す突撃力というが、瑞穂とてその真骨頂を肌で体験したわけではないから伝聞の域を出ない。
とにかくまあ、初撃で鎧袖一触されなきゃなんとかなる。
と、そう信じるほかない。とりあえず負ける前提で戦いを挑む趣味は辰馬にはなく、今回も勝つつもりではいる。おそらくそれは最低限将として必要な気構えであろう。負けると思って兵を戦わせるぐらいなら、最初から戦わずに
「しず姉、30分したら起こして・・って違うわ・・」
バカかおれ。しず姉今いないだろーがよ。
頭を振った。なんのかんので雫への依存が高い。なにせ1才でアカツキに連れてこられたときすでに9つの雫がお姉ちゃんとしていたわけで、身の回りの世話全部やってもらって過ごしてきた。普段雫の方が辰馬を偏愛していたためにその部分は目立たなかったが、実のところ辰馬はかなりシスコンの甘ったれなのである。
うん、まあ・・寝る。
軍用マントを毛布代わりに、横になるとすぐ寝息を立てる。戦争の凄惨というものに吐き気をおぼえる繊弱さをもちながらにして、こういう部分は驚くほど放胆。普通なら精神が高ぶって落ち着かないはずだが、闘争そのものに関して緊張がないのは弓矢の家の子として慣れがあるせいか。
・
・・
・・・
その頃。
新羅辰馬の放った両路の使者は、それぞれ
この密書について、神楽坂瑞穂は機密レベルの重要文書と言い含めてある。新兵にそこのところの演技など出来ないだろうからいっそ兵自身をも欺いた(冷静に考えて偏将に過ぎない辰馬が気密に与る資格などないのだが、そこは新兵故に騙される)わけだが、ために使者は密書を奪われまいと必死で抵抗し、そのおかげで書面の内容への信憑性は増した。
特に、長船言継は自分が誅殺されるという危機感を深刻に受け止める。もともと
神威の後方を伐って、アカツキに寝返るか・・そんな考えがよぎる。実際それをしなかったのは現状ヒノミヤ優勢なのと那琴の突騎相手に勝てる算段がつかなかったためで、もしヒノミヤの勢いが敗勢に傾いたなら彼はすぐにでも裏切るだろう。言継は使者を供応し、よしみを通じる返書と幾ばくかの財貨すらつけて帰陣させた。どちらにせよ、自分を高く買ってくれるところにつく。それが長船言継という男の処世術である。
対して神威那琴の方は。
「偽書だな」
時間がないのだろうし、多少は
手紙の筆蹟は神楽坂瑞穂のものであり、男の書体らしくしてはあったが那琴にばれないはずもない。なにしろ神威那琴と言えば神楽坂瑞穂のヒノミヤ時代における一番の親友であり、周囲から男女の仲とそやされた関係。瑞穂のことならすべて知っていると豪語する那琴は、敵将のそばに神楽坂瑞穂の姿を認めて瑞穂奪還の意思を固める。この時点で神威那琴という少女は、瑞穂がどれだけ凄惨な陵辱を受けてヒノミヤから去ったかを知らない。アカツキに奪われた、とだけ思っており、取り戻せばまた斎姫として迎えられると信じている。
「この使者はどうしますか?」
「殺す・・までは必要ないか。耳目を潰して送り返してやれ」
それにしても、長船離反、か。ありえないことではないだけに、怖いな・・。
自ら偽りと断じておきながら、なお疑心暗鬼は残る。それだけで新羅辰馬と神楽坂瑞穂の計略は、すでに
・
・・
・・・
そして、
新羅辰馬は神威那琴6500、長船言継8000、総勢14500を迎える。
さすがに偉容というか、兵が立ち上らせる気が
しかし辰馬率いる300は、泰然自若と構えて不動。
いや、実際は指揮官がまだ眠っていて動くに動けなかったのが実情なのだが、兵士たちの間ではこの状況で放胆に眠る辰馬への信頼感が無駄なほどに高まっている。
「突騎隊、掛かれ! ヒノミヤの武威を見せよ!」
両者指呼の間、まず那琴が指揮杖代わりの長剣を振るうと、突騎6500のうちまず2000が突撃を開始する。馬蹄のとどろき、圧倒的勢いで戦場を支配する、まさにその勢は覇王の軍!
「ふぁ・・おあよ-・・と、ちょうどいい頃合いか・・。銃兵砲兵、ひきつけてひきつけて・・うし。てー!」
ぽやーとした、威も迫もないが無性に人をなつかせる声で、寝起きの辰馬は前線に立つ。新羅辰馬隊はわずかに300、しかしそのうち160が新式のマスケット銃兵であり、40が20門の大砲を扱う砲兵隊。新兵故に銃火器の扱いも得手というわけではない。が、敵の方から的になりに来るなら正面に向けて撃鉄をひくだけ。外す道理がない!
ドォフッ! ダンダンダァン、タァーン・・ッ!!
号砲炸裂。なぎ倒される突騎兵。火器運用の神髄は斉射による火力の集中。辰馬は銃兵160を80と80に分け、前列後列を交代させ間断なく撃たせることによってこれを達成した。かつて群雄割拠の戦国アカツキにおいて、同じ戦術で覇をとなえた女将軍・
識っている=実際に使えるではないのだが、新羅辰馬という少年に限ってはこの二つは=で結ばれる。知識を十全な形で自分の武器とできる、それゆえの天才。
「そりゃ、猪みたく突撃してくる騎兵にはこれだろーよ。歴史に学ばないばかたれに、負けてやる道理はないからなー」
目の前の2000が1900になり、1800になり、1700、1600とガンガン減っていく。そのつどに血臭たちのぼり、屍体積み上がり、血の流れが大地を染めて辰馬の精神を責めさいなむが、今の自分は部下の命に責任ある身、と自分を叱咤勉励、せりあがる胃酸をぐっと飲み干して堪える。
1200を切ったところで、相手が退勢を見せる。辰馬はすかさず指揮杖を振り、側翼、丘の上から
「オーーーーーーーーーーーーーーラアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
咆哮。巨大な蛮刀を頭上振り回し、騎上の明染焔は半壊の敵陣に猛追する。この瞬間に初戦の勝敗は決した。備えのなかった側翼からいきなりの強撃、なお戦意を失わなかった最精鋭たちが、焔の振るう蛮刀一閃、まとめて吹っ飛ぶ首4つ5つに、つづけて打ち
辰馬の脇、最首となって敵をなぎ倒すは朝比奈大輔、上杉慎太郎、出水秀規。後世の史書において記される新羅辰馬の伝説において、特筆されることには彼のそばに控える最優秀の元帥、そのほとんどがこの時点ですでに揃っていたことが挙げられる。彼らは辰馬の友として親愛を受けただけでなく将帥として間違いなくこの時代の一流であった。引きながら退きながら、弓矢で鉄砲で追撃を剥がそうとする銃火の中を、辰馬を先頭として4人は無人の野を往くがごとく突撃、戦神の加護でもあるのか、猛然たる銃火はしかし辰馬たちをみずから避けるかのようにことごとく外れ、それに勢いを得た隷下の志士たちも一斉に続く。
完全勝利。1時間とかけない初戦の戦闘において、2000あったヒノミヤ勢はアカツキ1000によりほぼ完全に覆滅される。兵士たちの略奪を強く戒め、辰馬は帰陣。
・
・・
・・・
「あ゛ぁ?」
神楽坂瑞穂から敵の死体から装備を剥いだ兵士が6人いる、という報告を受けた辰馬は、瞬時に怒り心頭、逆鱗に触れた。
「やから最初にそーいうのやめろっていったやんか、ばかたれが!」
思わず、南方方言で瑞穂を怒鳴り、すぐに「すまん」と謝るもののいらだちはどうしようもない。生来の潔癖だけでなく、「新羅辰馬は略奪を容認する」という風評が立つとこの先非常に不都合。もしこの件が市街戦で大規模に略奪がおこなわれたならもう取り返しがつかないわけで、そんなことを助長しかねない噂は根を断たなければならない。
「しゃんねー。おれが自分で斬るわ、そいつら・・用意して」
「はい・・辛いお仕事、お察しします」
辰馬は瑞穂に命じると、罪を犯した6人を引き据えさせた。臨時に作られた刑場に引っ立てられた6人はまだ辰馬とかわらない年格好の少年兵であり、将来のことを考えると許してチャンスを与えたくもあったが、信賞必罰は守らなければならない。
瑞穂が罪状を読み上げる。死体漁りと、略奪した金品を同僚に売りつけ。冒険者としてならなんの罪でもないのだが、兵としての規律に照らせば重罪。
・・その程度で殺すのも実際、なんかなーと思うが。
まあ仕方ない。6人の命で1000人の綱紀が粛正させるなら、やるべきだ。
命が助からないと知った6人の少年兵は、辰馬を口汚く罵った。師団長に取り入って偏将の地位を得た、自分の友人で側近を囲っている、兵士たちのおかげで勝てたのを自分のおかげと勘違いしている・・。
「あー、そーだな。憶えとく。けど、どっちにせよお前らには死んでもらうが」
天桜を抜き、自ら斬首。精妙の斬撃に、6つの首がはかなく落ちる。
そして、とうとう我慢の極に達して吐いた。
「うぇぶ・・けほっ・・かは・・あー、やってられん・・」
この嘔吐がまた、新羅辰馬の評判を上げる。人を殺すことへの忌避感・禁忌感を強く抱えながら、なお規律のため自ら手を下すという姿勢は配下の心を強くつかんだ。
・
・・
・・・
「突騎2000が覆滅・・なるほど、たいした将器だ・・」
被害報告を聞いて、神威那琴はそう呟く。確かに端倪すべからざる戦果ではあるが、こちらにはまだ4500の突騎があり、後詰に長船言継の騎兵8000がいる。敵は1000でしかなく、まだまだこちらに圧倒的有利、悲観する要素はなかった。
そこに。
「本日もご機嫌お麗しゅう、神威嬢」
左右に女神官兵を
従前ならこちらは巫女の二位であり、相手は先手衆といえど祖父の私兵の次席、「無礼な」の一喝で退けられた相手だが、今は事情が違う。ヒノミヤ最強の持ち駒のひとつであり、アカツキに勝利するために不可欠のカードだ、機嫌は損ねられない。
「なに用か、長船卿?」
儀容をただして、そう尋ねる。
「アカツキに寝返ろうかと、思いまして」
薄い淫笑を浮かべ、心底の見えない顔で、長船はそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます