3章.ヒノミヤ事変

第31話 3章1話.雲雨の交わり

「おはよー!」

「来てやったわよ、辰馬!」

「あの・・おはよう、ございます・・」


 ホントに・・三人で来た・・。


 早暁。


 新羅辰馬はシーツの中で頭を抱える。自分の知り合いの女性は全員、どこか頭がおかしいと思ってはいたが、ここまでトンチキだとは思っていなかった。


 三人とも勝負服ということなのか、いつもとは装いがちがう。雫は普段の活動的レオタード+ショートパンツといういでたちを捨て、ひらひら、ふわふわの純白ワンピース。妖精族の血を引くだけあって、そういう清楚な恰好をすると異常なほどに嵌る。これで中身がまともならな、と辰馬は眉間に皺を寄せた。


 エーリカはスタジオから借用してきたのだろう、淡い青と緑と白をベースにした、胸空きドレス姿。貧乏暮らしにあまんじているとはいえさすがに本物のお姫様だけあり、ドレスの着こなしは見事の一言につきる。これで常識わきまえてくれればな、と辰馬は眉間の皺を揉んだ。


 瑞穂は・・一番どえらい変化球でやってきた。淫魔=サキュバスのコスプレ。ほとんど裸に近い露出過多のレオタード? に、蝙蝠の翼を模した腕飾り、脚飾り。ヤギの角も忘れず装備という、念の入りようである。あー、この子だけはまともだと信じたかった・・辰馬は眉間を押さえていた手で、そのまま頭を抱えた。


「ふふふ、どーよお姉ちゃんのこの装い? かわいーでしょ?」


「お帰りください」


 シーツを頭までかぶって、かかわりを拒絶。すかさず引っ剥がされる。


「うひぃ!?」


 気分はほとんど夜盗に襲われる乙女のそれ。ワキワキとにじり寄る雫に、辰馬はせめてもの抵抗で足を払う。もちろん、辰馬と雫の技量差。通用しない。軽くいなされて「おいたはダメだなぁ」と口実を与えてしまい、辰馬は自分の失策を呪った。


 組み伏せられる。


「たぁくーん、えへへ、たぁくーん、あーもうっ、かわいーなぁぁ♡」

「あーっ! ズルいですよ牢城先生、先生ばっかり!」

「ええ、と・・わたしも、したほうがいいでしょうか・・?」


 辰馬に頬を擦り寄せる雫と、雫を押しのけて場所を代わろうとするエーリカ、そして控えめながらにいらんこと張り合おうとする瑞穂。


「うあーっ、やめろ、離れろ、退け!」


 と、いくら叫ぼうが バタつこうが、雫の拘束は小揺るぎもしない。達人は指一本でたやすく相手の死命を制すというが、雫の技はまさにその域に達していた。


 その域の技をこんなことに使わんでくれるかな!?


 ほとんど泣き顔の辰馬を見て、雫はゾクゾクっと体の芯を振るわせた。可愛い弟が見せるか弱さに、もうほんとどうしようもなく、嗜虐的な愉悦で心が満たされてしまう。


 もう我慢できないとばかり雫は辰馬の唇へと自分のそれを近づけ。


「ちょ、待て待て、ホントにこれ以上はマズ・・んっんぶふうぅぅっ・・? んぅ・・んっ・・ん・・んく・・」


「ぷぁ・・それじゃ、いただきます♡」


 そのままなし崩し的に事が始まり。


・・

・・・


 事が終わった時、辰馬はこんな流されやすくておれはどーすりゃいいのかと途方に暮れた。


「ふあぁ・・まだ痛いや・・まあこれも? 幸せな痛みってやつ♡」


「あー、そーな・・」


 睦言にささやく雫に、おざなりに返す。実際始まってしまうと案外に燃えてしまう自分もいて、無理矢理搾られるばかりでもなく楽しんでしまったこともあり、やかましーわばかたれ、とは言えない。


「辰馬って案外激しいよね。瑞穂は? いつもあんなだったの?」


 同じようにそばに寝そべるエーリカが、さらにその隣の瑞穂に尋ねる。瑞穂は少しためらってから、


「は、はい・・その、ご主人さまは多少強引なのがお好きだと、思います・・でもちゃんと労わってくれますよ?」


 そういって辰馬の無自覚なSっ気を指摘した。


 そーいう批評本人の前でやってほしくないなぁ・・。つーかおれってSなんか・・。


 などと思いつ、立ち上がる。三人満足させるために精魂使い果たして、喉が乾いていた。いらんものを大量に出したせいで、頭もくらくらする。水道口を開き、コップに水を注ぐと一気に呷った。上手くはないが、染み渡る。続けてもう一杯干し、最後にばしゃっと顔を洗う。自分の匂いが立ち込める寝所で着替える気分でもなく、この場で服を着替えた。


・・

・・・


 そして、昼。


「なーんか、ダルそうっスね、辰馬サン」


「あー、まーなぁ・・」


 朝のあれが尾を引いて、すでに昼の時点で体力が限界に近い。もともと読書と寝るのが楽しみという自堕落少年である辰馬としてはさっさと自室にかえって惰眠をむさぼりたいところだが、今日は対ヒノミヤ戦の初日である。さすがにサボれない。というか最近勤勉すぎて、辰馬の精神は失調をきたしかねないところだ。


「・・ヒノミヤ各所には封神符を利した術の無効結界が各所にあります。この戦い、術はほとんど意味をなさないと思っておいてください」


 図南の12師詰所では、美咲がベテランの冒険者/傭兵たちにヒノミヤ戦の注意点をレクチャーしていた。学生の身で師団長らしい。たいしたもんだねー、とは思いつつ、絶対、かわりたくはねーなーと思うのが新羅辰馬である。


 ・・それにしても、霊力無効か・・。神力も魔力も同根の力、一次元上の力になってねとはいえ、盈力も相当に制限されるか・・向こうは封神符の効果を無効化する護符持ってるってことで、かなり一方的になるな・・。こっちもしっかり作戦立てていかんと。


「瑞穂、ヒノミヤの内情について聞きたい。だいじょーぶか?」


「はい。ご心配いただきありがとうございます、大丈夫ですよ。・・ヒノミヤの中核はまず神月五十六こうづき・いそろく磐座いわくら三兄妹、そして神月直属の先手衆さきてしゅうになります。そして五位の姫巫女。一番脅威になるとすれば、まず間違いなく磐座穣いわくら・みのりさん・・姫巫女の三位、だと思います。敵を料ること神のごとし、といわれた天才で、ヒノミヤのほぼすべてを彼女が総括しているといえばどれだけの才能か分かるかと」


「・・ヒノミヤって、言ってみりゃひとつの独立国だよな・・。それを個人の才能で動かしてんのか、それは・・欲しいな」


「え?」

「は?」

「たぁくん?」


「・・なに? 三人ともいきなりなんか、怖い顔して」


「それは、ご主人さまがいきなり浮気とか・・」

「まったく、今朝いたしたばっかでしょーが、あんたは」

「まあ、おねーちゃんとしてはたぁくんが浮気しても構わないんだけどね。最後に帰ってくるなら」


「んー、そーいう欲しいと違うわ。なんつーかな・・いやまぁ、いーや。それで? その磐座の穣さんの智謀を躱してどこに出るべきか、瑞穂の見立ては?」


「わたし如きが、あの磐座さんの頭脳を出し抜けるはずもないんですが・・それでもどうにか考えるとすれば・・」


 正面は激戦区。迂回して左右の側翼も、すでにおそらく対策済み。となるとどうすればいいかとということで。


・・

・・・


 辰馬たちは細く切立った弾劾を、一列で渡っていた。


「これ、落ちたら死ぬよな・・」

「まず助からんでゴザルな・・」

「なんでオレら、こんなとこ歩いてんだよ・・」


「だから、磐座穣の裏をかけるルートがほかにないんだって」


 さすがに辰馬と雫、軍属である美咲と、1級冒険者である焔、武人には余裕がある。しかしエーリカと3バカ、そして言い出しっぺの瑞穂は、すでにしてかなり危険そうだ。とくに一番どんくさい瑞穂は、足元の危うさに恐恐としている。


「瑞穂、手ぇつないどけ」

「は、はいぃ・・」

「ちょ、みずほちゃんまたズルいぃ!」

「ズルくねーわ。しず姉はエーリカの手、引いてやれ」

「むー、しよーがないなぁ・・」


・・

・・・


「難道は抜けたか・・これで待ち伏せされてたらホント、泣くが・・」


「では、泣いてもらおう」


 男の声。


 2時間以上かけて越山、隠し通路を衝くというルートをとってなお、向こうが上手を行くというのか。


「とんでもねーな、磐座穣ってやつの智謀は・・」


「いや? ミス・磐座もここは想定の外だったようだよ。彼女は天才だが、まだ経験が足りない。だが私は地図を見てここが急所と気づいたのでね。単騎で待ち伏せさせてもらった・・まさか辰馬、君と当たることになるとはな・・」


 そういって姿を現したのは。


 ガラハド・ガラドリエル・ガラティーン。


 央国ラース・イラの騎士団長。


 そして。


 世界最強の、騎士。


 それが馬腹を蹴った。


 佩剣を抜く。


 風より疾く、間を詰める。狙うは辰馬の首!


「ち!」


 辰馬も天桜を抜いた。蛇腹刀を叩きつけるが、武器の性質、重さ、そして上から下へ打ち下ろす勢いと、下から上を跳ね上げる勢いの差が如実に出る。支えきれない。押し切られて頭をたたき割られる寸前で、飛びのきざま馬を狙う。


 汚いとか動物虐待とか言ってられるか、まず機動力を削ぐ!


 蛇腹を収め、短刀にして馬腹に突き。しかしガラハドは驚異的な馬術の冴えを見せ、人馬一体、跳躍して躱す。


 躱した先に焔の拳、武人の刃。軽く数号合わせて、練達の二人をガラハドは余裕で圧倒する!


 雫が鯉口を切った。


「牢城雫、行きます! ガラハドさん、一手ご指南!」


 踏み込み、撃ち合う。切り結ぶ、切り結ぶ! ほかの誰とも隔絶したレベルの、まるで舞の手のような激突。しかしそれでもガラハド有利。これまでの戦いで一度の挫敗も経験したことのない雫が、1対1の剣技勝負で圧倒される!


 呆けていた辰馬が、立ち直って天桜を取り直す。撃ち合う二人の間に、割って入った。ガラハドとの実力差は歴然、それでも雫と息を合わせることにおいては、辰馬以上の適任はいない。


「俺らもやんで、武人!」

「了解です。ふふっ、最強の騎士に引導を渡す、最高の役回りだ!」


 辰馬の天桜が払われる。


 鋭い毒蛇のごとき突き。それをかいくぐって雫が白露の斬撃を打ち込む。なお余裕あるガラハド、そこに焔の拳と武人の剣が加わるも、さらになお精彩あるのはガラハドのほう。あまりにも、あまりにも圧倒的。天と地より広い、力の差。


 隙と見て、美咲が鋼糸を放つ。ほぼ不可視と言っていいそれを、ガラハドは空中でみじんに寸断。


「つーかさぁ、なんでおれらがあんたと闘わないといけないんだよ!? 友人だろ?」


「友誼は友誼、将としての責務はまた別!」


 辰馬の言葉を鋭く切り裂き、斬撃が襲う。雫が辰馬をカバー、果たせない。雫が斬られる寸前で割って入ったエーリカが、修復されたアンドヴァラナートで止める。ガラハドの鋭鋒がエーリカに向く。その注意をそらすべく、瑞穂が弓を引き搾りガラハドの横顔を射る。ほぼ銃弾と同等の速度で奔る矢を、ガラハドはなんなく掴みとめた。


・・

・・・


 そのころ。


 ヒノミヤ内宮府正門前第一防衛線。


 1師から7師までの、ほぼ討伐隊の全力と言っていい戦力は、ヒノミヤの勢を前に覆滅されつつあった。


 兵力から言えばアカツキ4万、ヒノミヤ側は1万2千ほどなのだが。


「こちらの動きが・・見えているのか?」


 指揮官級の一人が、戦慄とともに呟く。敵はこちらの動きをことごとく読み切って、そのうえで一枚上を行く。隙とも思えないようなわずかなほころびを見つけてこちらが仕掛ければ瞬時に散開、こちらを引きずり込み、打撃。


 そしていいようにこちらを翻弄した相手が、兵力の差から退く。こちらはすわ反撃だと襲いかかるが、しっかり帰師を守るべく配された伏兵が、やはりこちらに出血を強いる。そして離脱を考えたとき、すでに彼らは敵の掌の上。艾川沿いに追い立てられ、背水の陣を強いられてまともな指揮官もないまま押し切られて、足場を確保できず鏖殺される。艾川に無数の死体が流れた。


 この半日で、4万の兵が2万を切り。アカツキの勢は軍を退く。


 磐座穣は引き揚げる敵兵を見やりながら、軽く息を吐いた。


「お疲れ様だ、穣」


 そう言う、黒衣の巫女は姫御子の第2位、神威那琴。神楽坂瑞穂廃位とともに繰り上げで斎姫いなるはずだった彼女だが、祖父であり大神官である神月五十六はどこかから連れてきた山南交喙やまなみ・いすかという少女に斎姫を継がせた。そこに穣の恣意がなかったはずはないのだが、そのあたりについて那琴が追求することはない。実直なのだった。


「それで、逃げる敵を追わなくて、いいのか?」


 那琴がやったのは、穣が命じたタイミングで兵を吶喊させる、あるいは撤退させることだけだ。実のところどうやって敵が敗勢に至ったのか、彼女にはわかっていないところが大きい。


「ええ。帰師は囲むべからず。窮鼠となって牙をむく可能性がありますから」

「そういうものか。私にはよくわからんが」

「かまいません。策を立てるのはわたしの仕事、実戦部隊の指揮は那琴さんの仕事。分担していきましょう」


・・

・・・


 一番の地獄は左翼であった。


 突撃につぐ突撃を敢行する指揮官。その面前で、投入すればするだけ兵が吹き飛ばされていく。


 この方面を守る、ヒノミヤの手勢は数千。


 というか、実質少女が一人。


 薄緑の着物に燃え立つような赤い髪の少女は、名を山南交喙やまなみ・いすか


戦場に張り巡らされた封神結界。


 その中にあって彼女一人が、砲台となってど派手な炎を打ちまくる。その殺傷力たるや凄絶そのものであり、万余の突撃を一人で押し返すに足りた。


「交喙、首尾はどうじゃな?」


 神月五十六が現れると、交喙の無表情な鉄面皮に血色がともる。それは思慕の情、恋情とはまた違う、孫が祖父に抱く感情に近い。


「やりました。いっぱい倒しましたよ!」

「ふふ、よしよし。明日も頑張ってくれよ、おまえが頼みじゃ」

「はい! 頑張ります!」


・・

・・・


 新羅辰馬一行は、壊滅した。


 ガラハドに手も足も出ず、一方的に叩き伏せられた。


「これは・・逃げるほかないですね。神楽坂さん!」

「はい!」


 美咲と瑞穂が、転移の術式に入る。そのために必要な時間を、ガラハドは見逃さない。三軍も帥を奪うべし、一番の求心力たる辰馬を倒してしまえば、この戦いヒノミヤが勝つ!


「たぁくんっ!」


 雫が、辰馬を庇った。拍子に、瑞穂たちの設定した術の効果範囲を、雫が越える。辰馬が手を伸ばすが、憔悴困憊の身体では及ばない。光の粒子に包まれて消える辰馬たち、後に残されるのはガラハドと、雫。


「あー、やはは・・どうしましょ?」

「とりあえずは捕虜、ということに。君には新羅辰馬を釣る餌としての価値がある。である以上、まず不具合を感じさせることはないと、約束しよう」

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