第30話 2章19話.開戦

「・・以上が、竜の魔女事件に関する報告となります」


 跪き、晦日美咲は厳粛に言う。蒼月館の制服姿であればそうでもないが、こうして軍諜報部の薄黒い隠密装束に身を纏うと彼女が明らかに、一般人とは一線を画すということがはっきりとする。


 ここはアカツキ京城柱天、小会議室翡翠の間。筆頭宰相・本田馨綋 《ほんだ・きよつな》は座椅子に座り、盤面に碁石を打っていきながら報告書をめくった。老人ながら背筋の伸びた、美髯の偉丈夫、しかしその眼光は蛇のように鋭く、油断ない。彼が、味方には頼もしい支援者だが一度敵と見定めた相手に対してどこまで執拗で残忍であるか、それを知る美咲としては、竜の魔女などより馨綋のほうが百倍怖い。なんといっても、美咲の主家である小日向家を潰す権限を持っているのだ。その時点で死命を制せられているといってよい。


「で、新羅の小倅は?」


「・・特に申し上げるべきことはないかと。彼にみずからの力を積極的に振るう野心はありません。危惧するようなことはないかと存じ上げます」


「ふむ・・では、魔王の力を我が国のものとして使えるかどうかは?」


「それは・・難しいかと。彼は彼の正義に従います。おそらくは誰の掣肘せいちゅうも受けません」


「それは困るな。これから忙しくなるというのに、このままではどうしようと駒が足らぬ」


 ぴし、と碁石を打ち。盤上が美しくなかったのか、不快げな顔になる。


・・

・・・


 7月20日、1学期終業の放課後。


 明日から夏休みとはいえ、蒼月館の学生たちに休みはない。むしろ学業に裂かれる時間がなくなる分、クエストに出る生徒の比率は高くなる。新羅辰馬たち一行もご多分に漏れずだった。


「みずほちゃん、ズルくないかなぁ!」


「わたしもそー思います、先生!」


「あ゛? なんよお前ら?」


「あの・・すみません、先生、エーリカさま・・」


 蓮華洞の待合にて。突然声を張り上げる雫と、それに追従ついしょうするエーリカ。なにを言ってるのか分からない辰馬はとりあえず聞き返し、なにを言われているにせよオドオドした瑞穂はとりあえず謝る。


「だからー、なーんでたぁくんと一人だけえっちするかなーって」


「うんうん。全くそのとーり!」


「・・いや、そんなもん必要だからだろ。好きでやってるわけと違うわ」


「ぁ・・はい、そうです、よね・・ごめんなさい」


「まあ? 事情はわかります。先生としてもね、怒りたくはないんだけど。でもたぁくんと一番つきあいが長いのはあたしなんだなー、これが!」


 ズババン、と胸を張る雫。ここにいる女子連中の中で一番小ぶりなはずなのだが、背丈が144㎝と非常に小柄であるため、実質プロポーション的にはエーリカにも負けていない。グリーンのジャケットの下は直にオレンジのレオタードであり、よくよく見れば非常に煽情的でもあるその姿を雫は、ことさら辰馬に見せつけるようにして迫る。


「やめれやめれやめれ! そーいうのはナシで!」


「いんや、今日という今日はうやむやにさせないと決めたんだよ! ねー、エーリカちゃん?」


「そーよ。だいたいあんた、いっつも思わせぶりな態度とっときながら手ぇ出さないから、こっちとしては生殺しなのよ!」


「グルかよ! つーか、んなこと言われても知らん! だいたい、女のほうからそんな、はしたないと思わんのかしず姉もエーリカも!」


「はしたないって今さら。そんじゃ聞くけど、みずほちゃんは?」


「ぁう・・はしたないです、すみません・・」


「と、ゆーわけで。これからは三人仲良く相手をするよーに。いい?」


「いや・・なんかおかしいだろ、それ・・法的にとか倫理的にとか」


「法とか倫理とか、そんなもん知らん! たぁくんはあたしたちをしあわせーにすればいーの!」


 侃々諤々の議論。辰馬は理性的に反論しようと務めるも、雫とエーリカは半歩たりとも譲らない。自分たちとしないのであれば瑞穂ともするなと言われ、窮した辰馬のこめかみを、冷や汗が伝う。


 いや・・まずいだろ・・。瑞穂はまぁ、やむに已まれぬ事情だけど。しず姉はほとんど本物の姉貴だし、エーリカなんかよその国のお姫様だし。いろいろ問題あるわー・・。


「おれ、ちょっと大輔たちのほう行ってくる・・」


「だから、今日は逃がさないって!」


「今日はわたしたちの覚悟が違うのよ、辰馬! 観念なさい!」


 少女たちは必死の形相で辰馬に迫るが、突然、頭の中がピンクに染まったわけではない。


 先日の「竜の魔女」事件以来、新羅辰馬という存在がいつ消えていなくなってもおかしくないことを思い知った彼女らが、ならばどうにかして辰馬をつなぎとめておきたいと思うに至ったのは、むしろ当然なことでもあった。そのための手段がどこか、間違っている気はしなくもないが。


「辰馬! ちょっと来て。みんなも!」


ドアをバァン! とあけ放ち、ルーチェが駆けこみ、「ん?」と甥たちの狂態を見やって・・「乱交、か・・。ほどほどにね」とやや冷たいトーンで言い放つ。身内にいらん姿を見られた辰馬は自殺ものの羞恥にかられるも、とりあえずそれよりも。


「なに、おばさん」


「おばさんじゃないでしょーが。あぁ、それより。政府が・・」


 ルーチェはそういうと受付に戻り、一台しかないラジオの音量を上げる。あまり音質の良くないスピーカーから、名前も知らない政府高官の読み上げる文言が聞こえてきた。


 曰く。


 ヒノミヤの神官長代理(大神官とは言わなかった)・上月五十六が正統の斎姫・神楽坂瑞穂を追放して専権をほしいままにしていること、上月の野心と数々の謀略(その一つとして「竜の魔女」事件の使嗾も数えられた)、そして彼の狙う国家転覆計画などが数えられ。


 最終的な結論として。


 アカツキのヒノミヤに対する宣戦布告が告げられた。


「ついに、か・・くるべきものが来た、って感じだな・・」


 このひと月。牙を研いできたのはひとえにこのときのため。独力でヒノミヤという組織に抗しえないなら、ヒノミヤ討伐隊の一員として参加する。その選抜に通るべく、力を鍛えてきた。


「ようやく・・お義父さまの、仇が・・」


瑞穂にとっては誰よりも感慨深いはず。なにせ義父の仇であり、自分に陵虐の爪痕を刻んだ悪党への反撃が、始まるのだから。


「うし、こんなとこにいる場合じゃねーや。城に行くか」


・・

・・・


 そして京城、柱天ちゅうてん練兵場、図南となん


 翼を広げた鵬を模したとされる広場には、数千からの冒険者、傭兵らが列をなし、人いきれがすごい。


「うぁ・・酔った・・」


 辰馬は口を押えてふらつく。あまり人の騒々しい場の雰囲気が得意ではない。自律神経系が弱いのかもしれない。


 その点、大輔たち3バカは舞台度胸が違う。大輔は中等学校まで有名な大会荒らしだったし、自称ミュージシャンのシンタはつい最近まで暇があれば路上ライブ、一応作家先生(エロ小説というジャンルはともかく)の出水はセミプロながら、即売会経験で慣れたものである。惰弱な辰馬とはモノが違った。


「主様、酔い止めあるでゴザルが?」


「ああ、飲む・・って水がねーわ・・」


 口に含んだ後で気づく。薬が顆粒状であることがまた、どうにも地獄だった。口の中で、行き場のない粉末が喉にこびりつき、猛威を振るう。


「こふ、げほっ・・ぶふ・・!」


 盛大に噎せ返る辰馬。それとみた傭兵風の男が、小馬鹿にした態度で寄ってくる。


「おいおい、なにやってんだぁお嬢ちゃん?    ここが何の会場か、わかってんのかぁ?」


「けふ・・って、あ゛? なんだよ、おまえら」


 明らかに相手は年長であり、この場にみずから志願してやってきているということは実力も実績もあるはず。しかし辰馬はだからといって遠慮も会釈も自重もしない。無造作に、そこらへんのヤンキーを相手にする感覚で一瞥すると、鼻を鳴らす。


 この態度が相手の癇に障った。


「このガキ・・俺が誰か分かってんのか? 女じゃなかったら一発殴ってるとこだぜ・・かわいい顔に産んでくれたかーちゃんに感謝しろよ、かわいこちゃんよぉ?」


 そういって弄う男の頭が、水平にぐわん、と傾ぎ、倒れる。辰馬の速度に慣れているご一行にはその挙動もばっちり追えているわけだが、常人レベル、に過ぎない傭兵の仲間たちにはやはり、辰馬の動きは見えなかったようで。突然倒れた仲間に、残りの連中は慌てふためく。


「だれがかわいこちゃんか・・しばくぞ!」


低く抑えた声で(といっても、辰馬の声は基本的にソプラノで、高いが)、不機嫌に唸る辰馬。そこで傭兵たちは辰馬を犯人と認め、身構える。


「あー、たぁくん気が立っちゃってる・・」


「こんなところで暴れていいんですか? 止めないと・・」


 やれやれと呟く雫に、ハラハラ慌てる瑞穂。エーリカはよその国のことだし、分からんという顔。3バカのほうはというと「新羅さん(辰馬サン、主様)がやるなら、やるよ?」とむしろやる気である。


 若手冒険者の新羅辰馬がいろいろやっている、という噂はそこそこ著名なはずではあるのだが、辰馬の容姿を知るものはほとんどいない。いたとして、その勇ましい武勲譚といまこの場にある辰馬のぽや~んとした容姿をつなげて考えることは無理があるというものだろう。よって、容姿や名前だけで人を圧伏するには、至らない。


 とはいえ。ここは国の最枢要の一角。私闘は厳禁。辰馬や3バカにそのルールは知ったことではないが、一触即発のムードはすぐさま駆け付けた衛兵により分けられる。この場はそれだけのこと、で収まるはずだったのだがそれで終わらず。


「あぁぁ!? い、斎姫さま!! ど、どうもうちの息子がご無礼を・・!!」


 衛兵隊長らしき初老のおっさんが、瑞穂を見るなり半狂乱の恐縮を見せた。瑞穂に、このおっさんとの面識は間違いなくない。しかし向こうは瑞穂のことを知っているようで、何度も何度も、五体投地しそうな勢いで頭を下げた。


「ぁ・・あの、なんでしょう? 謝られる理由が、わかりません・・」


「いえその・・私、長船と申しまして・・」


「おさ・・ふね・・!?」


 瑞穂の脳裏に、一人の男の人影が去来する。必死に押し込めて、辰馬にすがることで忘れることにしていた男の顔。それは神月五十六を筆頭とした凌辱者の数々であり、もっとも多くの時間と回数をかけて、瑞穂を汚した男、それが上級神官兵団『先手衆さきてしゅう』の二番手、長船言継おさふね・ときつぐ


 ふら、と。瑞穂の足元がよろめく。顔は真っ青になり、息が荒い。過呼吸になっている瑞穂の腰帯と首輪を、雫が緩める。この状態、背中をさすったりしても感覚過敏で余計に悪くしたりするし、できることは少ない。


「それで、あんたはあの人の娘さんか? ルーチェ、とか言ったか。私は16年前、この国で最初にあの人に会ったんだ。案外に生意気な娘さんだったなぁ」


「あー・・、うん。それうちのおばさん。おれはそっちじゃなくて、新羅の・・」


「新羅!?」


 ここにきて、辰馬の名前に周囲が反応する。いったん名前さえ出てしまえば、それは雷鳴の威。もっともそれは新羅辰馬というより【魔王退治の勇者】新羅狼牙に対する畏敬であり、辰馬本人に対するものではないが。


「あれが、新羅・・」


 誰かが辰馬の物腰を油断なく盗み見る。注視してみれば、辰馬はただのぼんやりおっとりした少年ではない。寸分の隙もない、達人の身ごなし。要注意、と彼は認める。


 別の誰かもまた、辰馬に注目した。豪奢で瀟洒で華奢な顔立ちはどう見ても美少女、物腰可憐にして可憫であり、すらりとしなやかな四肢もまた男の厳つさとは無縁。新羅の息子、というが実は女の子だったのか、お近づきになりたい! と彼は断じた。


「・・?」


 なんだか寒気を感じて、辰馬はわずかに身震いするが。さておき。


 そうこうする間に、高楼から一人の人影が姿を現す。


 アカツキ皇国皇帝、永安帝えいあんてい暁政國あかつき・まさくに


 恰幅のいい、そこそこの美丈夫。60に近いはずだが白髪は少なく、健康状態もいいのだろう、血色の良さもあって10歳ばかり若く見える。皇帝はやけに自信満々な、鷹揚な態度で注目を集めると、小さくためをつくって口を開いた。


「よくぞ集まった、敢闘の諸士よ! いま、本邦わがくには危急にさらされている。西方ラース・イラ、北の桃華帝国、しかして一番の憂いはなにか? 内憂、すなわち宗教特区ヒノミヤの猖獗しょうけつである!


 ヒノミヤ大神官、神月家当主神月五十六は、あろうことか新官長・神楽坂相模に無実の罪をかぶせて殺し、その嫡女・斎姫たる瑞穂をも陥れてヒノミヤを逐い、みずから彼らに代わって神官長を僭称、さらには勝手に新たな斎姫を立て、ほしいままに神事を統括する不遜! 女神ホノアカの信徒たちよ、この無軌道を許すべき矢や否や? 断じて否なり! かの者たちに断罪の裁きあるべし。


 諸君らにはこの聖戦のための志士となり、粉骨砕身、働いてもらう! むろん功績には賞をもって報いる! 財も官位も望むままだ! ヒノミヤをその軍靴で踏み潰し、蹂躙し、破壊しつくし! わが目の前に神月の首を捧げよ! 我こそと思うものは待機の受付員に・・待て待て、まだわしの言葉は・・」


 ノリノリでスピーチを続ける永安帝。しかし楼下の人々はもうそちらを向いていない。永安帝の言葉と同時に降りてきた受付員に、群衆が殺到する。


 辰馬たちはあまりの勢いに、茫然と立ち尽くす。


 それが結果として、人々の命を救った。


 ぞくりとして上を見る。横目で雫を確認。雫も頷いた。気のせいではない。


 空中。柱天城の天守よりはるか高くに、人。


 おそらく、着物姿。女。


 髪が、紅蓮の赤。


 腕を、振った。


「んげ!?」


 猛然。超高熱量を帯びて空気すら燃やす炎が、巨大ならせんを描いて天から降り注ぐ! それも一本や二本ではない、数十本が、同時。


「く・・輪転聖王ルドラ・チャクリンッッ!!」


 反応が間に合ったのは、唯一辰馬一人。高エネルギー体には高エネルギー体で相殺。しかし神讃なしでは本来の威力に遠く及ばず、全てのらせんをなぎ払うには役不足。それでも半分以上は消したのだから上出来は上出来だが、完全に守れなかったとしたらそれは辰馬の気分的に守れなかったのと道義。市街区に炎がまかれたのを見て、辰馬は歯噛みする。


 人影が、言葉した。


「我は、ホノアカ。この国統べる女神にして、至高の創造主グロリア・ファル・イーリスの娘神が一人。愚昧ぐまいの民たち、平服して自らの罪に震えるがよい。あえて牙をむくというのなら・・わが神焔しんえんで万象悉く灰燼に帰さん」


 静かに淡々と。感情の乗らない声でそう言った相手は、突然現れたかと思えば忽然と消える。


 本物か偽物か、女神ホノアカを名乗る相手の襲撃。場は騒然となり、ホノアカの神焔

見て受付を取り消す冒険者も少なからずいた。大概の冒険者は命知らずであるから、残った人数のほうが脱落者より多いのは幸いだったが。


 かくして。


 アルティミシア9国史「赤の章」における山場の一つ、「ヒノミヤ事変」が幕を開けることとなる。


・・

・・・


「第12師詰所・・ここだな。また人のことを女とか言うばかたれがいなきゃいーが」


「いやまあ、辰馬サン初見で男だと思うほーがおかしいっスよ?」


 シンタの言葉に、女性陣が無言でうんうん頷く。


「・・」


辰馬は屈辱に耐えながら、ドアをあけ放った。


「おう、来よったな、辰馬」


 そこに待つのは雄偉な巨漢。


 身にまとうは藍染の袖なしジージャンと、同じく袖なしのシャツ。ボトムスもやはり藍染のジーンズで、圧倒的な筋肉のために服がぱんぱんに腫れあがっている。髪は顎先にかかるほどのすだれ髪で、半分型隠れている顔立ちは端正ながら、この夏場に暑苦しい感は否めない。


 リンゴを軽く手に持ち、人差し指で穿って割り、ひょいぱく、と口にする。これをやるために必要な握力は100キロ前後を要し、それをたやすくこなすということはこの男の握力は最低でも100やそこら。


 浮かべるは獰猛な笑み。まるで野生の虎を思わせる。大輔も虎の気風だが、格が全然違った。大虎と赤ちゃん虎の差がある。


 まあ、ぶっちゃけて知り合いなわけで、先日も共闘した明染焔みょうぜん・ほむらなのだが。あれから大輔を鍛えながら、自分も相当に鍛え上げたようで以前とは気の質が画然と違う。みずちが変じて竜となったかのごとしだ。


「よー、ほむやん。レベル上げたなー」


「おう。狭所やと闘えませんとか、そないなことゆーてられんからな。今回こそ本領発揮やで」


「うんうん。前回、おまえなんのためにいんの? みたいな役回りだったからなー。心配してた」


「ぐっ!」


 辰馬の、悪気のない無邪気な一言の痛みに、焔は肺腑をえぐられる。このガキしばいたろかと思いつつ、すぐ後ろに雫がいると思うとそういう真似もできない。相変わらず、明染焔は雫への免疫がゼロだった。


 そこに。


「明染先輩、いつまでもつまらん漫才をしていないで俺の紹介を」


 クールそのものの声が、焔の脇から躍り出た。


 身の丈は180そこそこ。たぶん辰馬の父、狼牙とどっこいか、ややこちらの方が長身。髪はいわゆる緑の黒髪、涼やかな目元に描いたような眉。鼻梁はすらりと通り、きゅっと意志の強さを感じさせて引き結ばれた唇はほのかに朱い。姿貌すぐれる、とはまさにこのことというべきの整った美男子で、体躯はほどよく引き締まり剽悍、同じ美少年でも「女の子みたい、人形みたい、かわいー」でみんなからかわいがられる辰馬とは、印象がまったく違う。


 学生服のような軍服のような黒スーツの上下をまとい、左手に携えるは藍鞘に収められた一口の太刀。拵えから言って、雫の「白露」に劣らぬ名刀であり、そして白露と違って霊力を帯びる。


「あー、こいつかいな


 それだけしか言わない焔にやれやれと頭を振ると、厷といわれた少年は辰馬たちの前に立ち、口を開く。


厷武人かいな・たけひと。今年、勁風館を卒業して明染先輩と組ませてもらっている。・・おまえが現在のクエスト達成実績ナンバー1らしいが、本年度が終わったとき、その場所は俺と先輩のものだ」


 胸先に指を突きつけてそういう武人。普段ならこういう態度の相手はばかたれと文字通りに一蹴するはずの辰馬だが、なんとなく、相手からライバル心はあっても敵愾心が感じられず、毒気を抜かれる。


「・・はあ」


 んー、なーんかな。なんか妙に嫌われて・・るって感じでもないが、うーん、まあ、いっか。さておき。


「ほかの連中はぱっとしない、か。まあ、おれらにほむやんもいりゃあ、ほかはどーでもなる、かな」


「いえ、わたしも同道しますよ」


 そういって最後にやってきたのは。


 鮮やかに赤い長髪をひとまとめにしシニヨンで包んだ、太陽も熱を失い月もため息をつくほどの美少女。すなわち人造聖女、晦日美咲つごもり・みさき。あのあとしばらく蒼月館を休校していたが、こちらの仕事が忙しかったらしい。


「おう、晦日。この前はあんがとさん」


「いえ。わたしは特になにも。それより、今度の戦いは個人ではなく対組織。覚悟はできていますか?」


「んー、たぶん。それより飯にしよーぜ。頭数もそろったことだし、ちょっとぱーっと食いたいよな」


「新羅さん、金ないでしょ」


「・・出水。今度おまえの本買うから・・」


「駄目でゴザル」


「辰馬サン、オレオレ、オレに聞いて! お金あるよー!」


「おめーはイヤだ。またケツ触らせろとかゆーだろーが!」


「えぇ-、いーじゃないスかケツぐらい。・・あぁ、辰馬サンがイヤならまぁ、瑞穂ねーさんのケツ、いやチチでも・・」


「ははは、シンタぁ。おまえ、殺すぞ?」


 とかなんとかありつつ。


 結局誰よりも辰馬に甘い雫が「たぁくんのぶんくらいあたしが出すよー」といって場をおさめ。


 一行は桃華料理の高級店に入って大散財。辰馬も人の金だというのに遠慮なく食い散らかし、その日は解散となった。


「ふふふ、たぁくーん? 明日の朝、起こしにいくからね、3人で。まさかおねーちゃんのお金でたっぷり飲み食いしといて、逃げられるとか・・思ってないよねぇ?」


 寮の前で別れしな、そう言われて、辰馬は一気に胃が軽くなるのを感じる。


 あー、どーしよ・・。


 とはいえどーもこーもなく、夜は明けて。また一日が始まるのだった。

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