第27話 2章16話.若獅子たちの奮闘

「我々の役目は陽動です、支援しますので派手にやってください!」


 美咲の言葉。力漲るのを感じた雫、大輔、そして繭が、立ちふさがる竜種に向かい吶喊する。


「たまにゃあいいとこ見せるとすっか・・! おおおぁ!」


 獅子吼とともに。


 大輔の拳から吹き出す、巨大な虎の闘気。明染焔との修行は、大輔を間違いなく一つ上の境地へと高めていた。


「ぶち抜け、『虎食み』ッ!」


 闘気の虎は竜種たちを襲い、直撃の数人を一撃にして無力化。まさに大砲の威力。


 虎食みの壮絶な威力に、恐れ知らずの竜種どもが一瞬たじろぐ。そこに斬り込む、牢城雫。精妙無比にして神速の斬撃。彼女が駆け抜ける先、竜種は手足の健を切り裂かれて倒れ伏す。


 手足を失ってなお、彼らには牙と、そして必殺の炎の吐息ブレスがある。それを止めるのは塚原繭。長身の身の丈よりなお長尺である長刀の、柄を地にたたきつけると、水天の神讃。たちまち周囲を満たす凍気が、空気をも凍らせる。


「あー、こりゃ瑞穂ちゃんと塚原、別でよかったわ。あの子寒いの苦手だし」


「へえ、意外な弱点。みずほちゃんってそーなんだ」


「らしーっすよ。この前も山ン中で鼻水垂らしそーになってたし」


「第二波来ます、気を抜かないで!」


「誰も気ぃ抜いてないから」


「安心しなさいって」


 美咲の叱咤に軽く応えつつ、大輔と雫の見せる力強くも優雅な武技の連携。これまでは雫から見て明らかに格落ちだった大輔が、いまは雫にも引けを取らぬ戦士として獅子奮迅の活躍を見せる。虎食みという大威力の飛び道具もさることながら、戦闘の駆け引きそれ自体において、長足の進歩だ。もともと素質はあったのだから伸びる段になれば一気に伸びる、それは当然ではあるのだが、戦闘技巧はともかく打撃力だけなら、今の大輔は新羅辰馬をすらしのぐといっていい。もちろんまだ荒いところはあるが、大輔が失策を犯す分は雫が完璧なカバーを見せる。隙が無い。学生会の塚原繭はその高い打撃力から遊撃に選抜されたわけだが、彼女のやることはあくまでブレス対策という、支援だけに専念できるというか、させられてしまうというか、それぐらいに大輔と雫だけで完成されていた。


 第二波、大三波。押しのけ、押し返し、少しずつ先に進む。ことさらゆっくりした歩みは、彼らが囮であるためにあえて急くわけにいかない。


 漸進する。その前に巨影。


 黒き巨体、そして、長く伸びる七首。ヒドラめいたその姿、しかしその瞳がたたえる知恵の光は、ヒドラのような下等な頭脳ではない。その威容は神に近く、アカツキの伝承にある八岐大蛇ヤマタノオロチにも似る。


 ウェルスのもっとも古い伝承に言う、天地創造の龍、「真水」の父神アプスーと「塩水」の母神ティアマト、その姿に似せられた彼らを呼ぶに、やはりティアマトとよぶべき。


その、神威すら漂わせる巨躯を前に。


「そんじゃ、さっきは朝比奈くんに見せ場取られちゃったし。あたしもちょっと本気見せちゃおう!」


 牢城雫、神速の踏み込みから抜刀。駆け抜けながら、瞬時に繰り出す七太刀。一太刀で龍鱗を裂き、二の太刀でその切れ目を斬。もろく割れた傷口に三の太刀をたたき込み、四の太刀を繰り出しながら一気にティアマトの背へ抜ける。背後から五の太刀でまた鱗を裂き、六の太刀で割り、七の太刀、傷口に刺突! 深く内部をえぐる刺し傷に、ティアマトは身の毛もよだつような悲鳴を上げた。さきほど学生会室でてこずらされた相手と同じものを相手に、今度の雫は瞬殺で決めてしまう。


 どう、と倒れるティアマトに、大輔がやや青ざめた顔。


「容赦ないっすね。いくらバケモン相手でも殺すのはどーかと・・」


 そういうと、雫は刃の血を払い、鞘に戻しながら


「んー、死んでないと思うよ、多分」


 けろっとした顔で、そう応えた。


「は?」


「全部急所は外したし、竜があの程度で死なないと思うよ。・・まあ、運が悪かったらどーしようもないし、今それを気にしてる場合でもないし」


 あれだけの桁外れを見せつけながら、なお手加減する余裕があったというのだから大輔としては驚嘆するほかない。自分もかなりレベルを上げたはずだが、上には上。辰馬があれだけ強くてそのくせ全然自分を誇らない理由が、ようやく腑に落ちた。


 美咲もさすがに荒肝を抜かれる。牢城雫というハーフ・アールヴが圧倒的強者であることは目に通した資料からとうに承知していたはずだが、やはり実物を前にするとすさまじさが違う。自分の力による能力の底上げが働いているにしても、竜の中でも上位のものを瞬殺するその技量はおよそ人の手並みではない。


・・

・・・


 そのころ、深奥にて。


「はぁ・・はあ・・っ、く・・あぁ・・」


 創神の娘と竜の魔女の一戦は、終焉を迎えようとしていた。


「あらあらブザマ。あれだけ啖呵を切ったのだからもう少し楽しませてくれないかしら、女神さま? チンピラ竜種ごときにこうして見下されて、悔しくないのかしら」


 あまりにも一方的に。ニヌルタはサティアを打ち据える。サティアはすでに瀕死の状態であり、受けた打撃のすさまじさを物語るように、もとから露出の高かったキトンの薄衣はずたずたに裂けて豊満な肢体を隠す役に立っていない。


 そしてなにより、霊体であるはずのサティアが、消耗による存在の希薄化ではなく四肢のあちこちを腫らし、赤い血を垂れ流しているのは。逃げられないようあえて彼女を受肉させ、そのうえでいたぶるニヌルタの悪趣味であった。


「ぅ・・ぁう、ひ・・」


「どうしました、女神さま? まさか命乞いかしら。下等なチンピラ竜種ごときに、まさかそんなことなさるはずがないと思いますけれど」


 嗜虐的な笑みを満面に浮かべ。ニヌルタはサティアに歩み寄る。サティアの口から惨めな敗北宣言を聞いて、はじめて彼女の勝利は達成される。


 そうして、ほぼ間を詰めることのできなかったサティアにとって唯一最大、最後のチャンス。不用意にニヌルタが寄ってきたことで、かつてなく両者の間が縮まる。


 全力の光剣を、そのにやけ面に放つ。至近距離、どうあっても回避も防御も不可能。


 そのはずだったが、しかし。


 光爆がやんだ先。


「手癖の悪い女神さま♡ 少し、躾けが必要なようね」


「あ・・ぁ・・あぁ・・」


 無傷で現れたニヌルタに、サティアの心は砕ける。ガタガタと震え、歯の根も合わず。もうどうしようもなく恐怖が先走って身も世もない命乞いの言葉を、口が勝手に紡ぎだす。女神として絶対的強者の立場にあるゆえに、彼女は自分が弱者の地位に落とされたときのこらえ性があまりにも弱かった。


 許しを乞う女神に。魔女はにっこり、優雅に笑い。


「残念♪ 遅すぎました」


 そう宣告する。


 そして、女神の悲鳴が響き渡った。


・・

・・・

 

「いまの、雌鶏シメたみてーな悲鳴!」


「あれはサティアでゴザルな、間違いないでゴザル!」


 シンタと出水が、口々にいう。


 潜入班本隊。彼らは可能な限りステルスに徹した。物陰から物陰、死角から死角。もともとそういうのが得意なシーフ、シンタとレンジャー、夕姫を擁し、戦闘回避はお手の物。やむなく戦闘の際は全力の一極集中で敵を瞬殺することにより、損耗と時間のロスを最小に抑える。


「こーやって、敵をかわしてやり過ごすだろ。そーいう『戦わずに冒険を達成した』って成果、なんで戦闘に勝ったことみたいに評価されねーんだろってオレは思ってたわけよ」


「あー、ゲームだと経験値にならんやつでゴザルな」


「それ! あれぁおかしーだろとオレは思うんだよ。ただ殴り合いに強いだけのゴリラが偉いんかと」


「まあ、ゲームはゲームでそういうシステムでゴザルからなぁ。逃げるだけで経験値稼ぎになっても困るでござろうよ」


「いーじゃねーかよ、逃げて経験値。今度メーカーに投書してみよっかなー」


 ゲーム、といってもビデオゲームはこの世界にはまだない。白黒写真に絵具彩色がせいぜいの世界なので、シンタや出水がいうのはむしろTRPG。会話による思考の訓練、チームワークの醸成などを目的として、蒼月館では正式な授業科目として存在する。そのゲームシステムに、シンタは文句があるらしい。


「セッション終了後に『よいロールプレイをした』で経験値もらうのはダメなんでゴザルか?」


「大概、おれのロールは『ほかのプレイヤーの迷惑』って言われる」


「それはお前が悪いでゴザルな・・」


 逃げて隠れて歩を進める、というスタイルゆえに、こちらはそこそこの余裕がある。少なくとも陽動で大暴れしている大輔や雫のように、息つく間もない、という緊迫感はない。とはいえ・・。


「あの・・今ゲームの話とかしてる場合ですか?」


 いつもの新羅一党のノリを知らない夕姫が、いささか不安げに聞く。新羅辰馬率いる4人組といえば蒼月館始まって以来の武闘派集団のはずだが、それにしては緊張感に欠けすぎるのではないか。


「ゆーひちゃんてゲームのクラスと自分のクラス、一緒にしてる系?」


 優姫の問いかけに、シンタが逆に問いかける。なれなれしい。このあたりがシンタの女子にモテない理由かもしれないが、本人は気づいてなく、自分はフランクなイケメンと思い込んで疑わない。


「え、はい、まあ。ゲームでもレンジャーで・・」


「オレぁ魔法使い・・火力特化でやんだけど、だいたいいっつも味方殺して終わるわ。やっぱなれねーことするもんじゃねーよな」


「シンタがシーフで本当によかったでゴザルよ・・」


「そ、そうですね・・」


「そろそろ、最奥につく頃です。皆さん、準備を」


 瑞穂が静かに緊張を促す。


「やっと出番ってわけね。よし、ひとつ頑張って、辰馬にいいとこ見せる!」


 それまでゲームの話とかさっぱりわからんと話の輪から外れていたエーリカが、よしと気合を入れなおして。


 玄室の裏門。


 開け放ち、押して参る!


 その最前、聖盾アンドヴァラナートを掲げて往くエーリカに、なにか重いものがぶつかり、どさりと落ちる。


「? ・・!?」


「サティア・・さん・・!!」


 それは見るも無残に壊された、瀕死の女神。四肢も指も、ことごとく執拗なほど、あり雨ない方角にへし折って曲げられ、つぶされた喉からは黒い血が吐き出される。いっそ殺してやることが慈悲であろうに、それをあざ笑うかのような破壊の爪後は、魔女ニヌルタの偏執狂的性質を物語る。


「待ってました。ちょうどいい時間・・いえ、もう少し待ってくれれば、王子さまとの逢瀬も楽しめたのだけれど・・そこのゴミにすこし、時間をかけすぎてしまったわね」


「これ・・酷い・・、あなたは・・!」


 義憤にかられ、瑞穂がくってかかろうとするのを。


 シンタと出水が押しとどめる。


「瑞穂ねーさん、オレらに任せな・・こんなん、いくらいけすかねーサティアだからって胸糞悪い」


「そーでござるな。これを見せられて燃えんわけにいかんでゴザル。ヘイユー、お前は俺たちを怒らせた!」


「また新しいゴミがわくなんて、今日はゴミ掃除の日だったかしら? まあ、まとめて片してあげるから安心なさい・・煉獄の炎できれいさっぱり、処分してあげる」


「やってみろや、おるあぁぁっ!!」


「今回ばかりは拙者も、冷静ではいられんでゴザルうぅぅっ!!」


「あーもう二人とも、盾役より前にでんなっての!!」


 シンタと出水が突出、エーリカが追う。瑞穂は膝をついて、サティアの状態を観た。まず治癒術は間に合わない。完璧に致命だ。となると・・。


 袖をまくる。


 こうすることは、ニヌルタの思う壺かもしれない。瑞穂が今戦列に加われば戦いは優位になるだろうし、それを放棄するということは勝機をみすみすふいにすることになるが、それでも放置できない。放置したならそれは、サティアをここまで嬲ったニヌルタと変わりない。


 口訣を唱える。精神を高める。


 時軸ときじく


 サティアの時間をさかのぼらせる。1時間。


 近々で時軸を使ったのは、辰馬の霊質を仮の肉体から剥離させたとき。あれからそう経っていない。時間という本来人の能力の及ぶところでないものに干渉するのだから、それは代償を瑞穂に求める。具体的には、寿命を。


 3年・・5年くらいは、減りますか・・構いません!


「ぐあぁぁ・・っ!? この、バカ力が・・!」


「あ、頭が割れるでゴザル~っ!?」


「聖女様・・この国では斎姫、だっけ? そのゴミばかりにかまけていていいのかしら、こちらの二つも、すぐ壊れちゃうわよ?」


「・・その方々はご主人様が選んだ旅の仲間。甘く見ると、大けがすることになります」


「へぇ、大怪我? させてほしいものね?」


 そういった、ニヌルタの手首。竜鱗と素肌の切れ目が。


 すぱ、と裂けた。


「?」


「ち、だからなに、って顔かよ・・あんだけ油断させての一太刀でこれかい」


「まったく、主様はよくいつも、こんな連中とやり合ってたもんでゴザルよ・・。やったれぃ、シンタ!」


「っ!?」


 足に絡みつく泥濘。動きを封じたところ、どてっばらにシンタの短刀!


「爆殺呪・改、砕破サイファ!」


 相手が女ということを意識から無理矢理に切り離し、無慈悲に徹する。轟爆。その威力はまさに天も揺るがす震天雷。


 ニヌルタが、たまらずよろめいた。女神サティアですら一矢も報いることのかなわなかった相手に、有効打を与えた。


「ここを隔離世にしたことを後悔するがいいでゴザルよ! こっちも全力、岩石雪崩落とし!」


 ふらつくニヌルタに、容赦なく畳み掛ける。積み上げた岩を、まとめてニヌルタの上に崩して落とす。


「っし、やったか?」


「ちょ、シンタそれ、フラグ!」


「ぁ・・つい言っちまった、あー、これマズいわ・・」


 がれきが吹っ飛び。


 ゆら、と立ち上がるニヌルタ。なおまだ余力のありそうな竜の魔女は、いいことを思いついたと言わんばかりに薄く残忍に笑う。


「少し、血が減ったし。代理をたてるわ」


「?」


「代理・・って、もしかして・・」


 倉皇。恐怖が走る。


 この状況でニヌルタが繰り出すとして、ほかに考えられない相手。


 それはつまり。


「彼の手で死ぬなら、本望でしょう? さ、王子さま。わたしのためにあの連中を、殺してくださいな?」


 部屋の隅から、赤い瞳をうつろに揺らし。


 新羅辰馬が、立ちはだかった。

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