第24話 2章13話.盾姫危急

「しず姉? もひとつ聞きたいんだけど、北嶺院ってお茶が駄目とか、ないよな?」


「ん? まあ、たぶん。旧家のご令嬢だからね、好きかどうかは知んないけど、心得ぐらいはあると思うよ?」


 ん、そんならこのプランでいける。あとは、瑞穂と連絡取らんとならんが・・エーリカに頼むか。なんかいらん要求吹っかけられそーな気もするが、さて今どこでなにしてんのか・・。


 辰馬は結跏趺坐すると、チャクラを回して意識を研ぎ澄ます。


 新羅辰馬という少年の本領。それは輪転聖王に代表される巨大な破壊力の現出などではない。


 大破壊力はサンマヤ法的には降魔調伏法、別名を大元帥法といい、派手ではあるが、これ自体難しい階梯ではない。威力の大きさは術者の体内にある霊的鉱脈と、リンクする心霊のそれに比例するので、いったん術に到達して、大きな力を持つ心霊とのつながりを持てさえすれば、ほかに特別な修行は必要ないといえる。


 なので、重要なのはもうひとつの方にある。


 すなわち、観自在法。


 別名を宇宙知。全知全能の知覚を身につけるもの。目指すところは宇宙の英知との同調であり、そこに到達すればありとあらゆる事象に対して、完璧に最善の最適解を導くことが可能となる。もちろん辰馬のレベルはといえばまだまだ到底だが、目当ての人間が今どこでなにをしているのか、それを探し当てるくらいの超知覚力くらい余裕で発揮できる。その程度には修行してきた。


 ちっとのぞきみたいになって心苦しいが、悪いなっと・・で、エーリカは・・!?


 知覚力の網が補足したエーリカに息を呑む。


 映像の形で脳裏に飛び込んできたのは、男たちに追い詰められ、襲われかけのエーリカの姿。


「ちっ・・!」


 辰馬は大急ぎで学園を飛び出す。エーリカが襲われると思うと、吐き気がした。


 そーだよ、なんでいつも注意してなかった!? 女一人で男たちの中の仕事やってんだ、こーいうことは考えてしかるべきこと!


・・

・・・


「あの、こーいう冗談やめてくれませんか?」


 脂下がった笑みを浮かべてにじり寄るスタッフたちに内心、強い嫌悪感を感じつつ、営業スマイルは崩さずエーリカは言う。


「へへ、エーリカちゃん、冗談だと思うかい? そんな体でそんな水着着て、そりゃもう誘ってるとしか思えないだろぉ? なぁ?」


 スタッフの中でも、いつも一番脂ぎったしつこい視線を投げてくる男が、さもエーリカが自分たちを誘惑したと言わんばかりに言った。そしてほかの連中も、そうだそうだとニタニタしつつ、うなずく。


 知るか、と思う。同時に男というものに対するどうしようもない失望も感じる。やっぱり、辰馬以外の男は信じるに足らない。


「わたしこれで上がりなんで。それじゃ」


ひらり、手を振ってすり抜けようとするエーリカのその手を。


 男がつかんだ。


「待てよ、お姫様」


 まるで狒々のように、品も知性もない笑顔に。


ぷちん。


 とエーリカの中で一本、なにかが切れた。


「離しなさい、下郎」


 その声はバイトのグラドルのものではなく。誇り高いヴェスローディアの姫のそれ。声音の変化に、男たちは一瞬だけ気圧されたが、しかしそれ以上考えることはなく、エーリカを蹂躙しようとする歩みをやめない。


「komem(来い)!」


 短く、力ある言葉。その手に握られる聖盾、アンドヴァラナート。エーリカは全身全霊を込めて、最前の男の側頭部に盾をぶちかます!


「んぼぉはっ!?」


 そこからはエーリカの独擅場どくせんじょうとなった。すべての攻撃を受け止め、そしてカウンターで殴打、殴打、殴打。その大活躍はまさしく撲殺姫と呼ぶにふさわしい。切ったり突いたりではない打撃戦だけに、相手の心身、とくに心理面に残すダメージは大きかった。ともあれ10人以上を盾でボッコボコにし、さすがにエーリカが肩で息をするようになったころ。


「無事か、エーリカっ!?」


 新羅辰馬が到着した。


・・

・・・


「で、辰馬がすっごい必死な顔で飛び込んできて。わたし愛されてるなーって」


「えー、いいなぁ。たぁくん、おねーちゃんが襲われても助けに来てくれる?」


惚気のろけるようなエーリカの言葉に、雫が心底うらやましそうな声をあげ、辰馬に水を向ける。当の辰馬は仏頂面で、南方方言的にいうと「ぶすくれて」いた。


「うっさいばかたれ・・そーいやおまえら、強いんだよ・・。なんであんな馬鹿みたく必死になったのか、さっぱりわからん・・あー、もう、無駄に疲れただけじゃねーか、くそ」


「うんうん。わたし、嬉しかったよ、ありがと、辰馬♡」


「はいはい・・あー、そだ。明日登校するよな、エーリカ?」


「うんまあ。辰馬がやめとけって言うならここにいるけど」


「いや、むしろ行ってくれ。それで瑞穂に・・わたしてほしい・・ものが・・」


 そこまで言った辰馬が、思わず口をつぐむ。


 恐怖で。


 さっきまでの上機嫌から一転、ジト目でにらんでくるエーリカの視線が、尋常でなくきつい。まるで最高裁で死刑か逆転勝訴かの瀬戸際に立たされる死刑囚の気分にさらされ、辰馬は息の詰まるのを感じた。


「ふぅん、また瑞穂ね・・まぁ、いーけど」


 眼光をひっこめたエーリカは、突き放すように言って辰馬から懐紙を受け取る。なぜにらまれたのかわからない辰馬はただ当惑するほかないが、ともかく、これで布石は打った。


・・

・・・


 その頃。


「『これ』が姫様を侮辱したものですね。下等なゴミ屑の分際で」


「ぐあぁぁぁぁぁぁっ、おひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~っ!?」


 学生会室には、一人の少年が招かれていた。1年筆頭、月護孔雀は後ろ手で椅子に拘束され、上半身を裸に剥かれて、あまり逞しくはないその総身には拷問跡のような傷が散見し、鍼灸で使うような針が無数に突き立てられていた。


 鍼灸と違うのは。


 痛みを取るために打たれているのではなく、神経に打撃を加えるために突き立てられている、ということ。


「や、めろ・・やめてくれ・・悪かったから・・。神楽坂さんにも、謝るから・・んぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~ッ!?」


 片手に無数の針を持った少女・・林崎夕姫が、遠慮会釈なしに突き立てた針をぞぶりと横に凪いだ。神経がブチブチと引き裂かれ、孔雀は聞くに堪えない、獣めいた悲鳴を上げる。瑞穂を嬲ろうとした最低の男ではあるが、今の彼の姿を見れば憐憫の情すら湧くというものだった。


 もっとも。今彼を見下す少女たちに、その感情は無縁のようではあるが。


 学生会長、3年A組、北嶺院文ほくれいいん・あや


 その恋人? 愛人? である2-D、林崎夕姫はやしざき・ゆうひ


 もう一人、大長刀をもって佇立する、長身の一年生、1-B、塚原繭つかはら・まゆ


 この三人ともう一人。黒衣をまとい深くフードを下ろした人影が、文の個人的オブザーバーとして控える。


 聖女ラシケスにこの非人道的な行為を見せると絶対に反対するであろうから、神楽坂瑞穂の監視をかねて2人で巡回。晦日美咲つごもり・みさきはもともとが非正規の役員であるから、用事があると言われて強制もできない。


 というわけで最も峻厳苛烈な三人が孔雀拷問に残り、そのせいで彼に慈悲をかける人物が誰一人としていない。ここにいるのは文が掲げる女尊男卑の精神の信奉者であり、男は存在がそれだけで汚らわしく、しかもそれが「女性として最も神聖な」聖女である斎姫に狼藉を働いた相手とあれば、慈悲どころかどれだけむごたらしい処刑に処すかで頭をひねるところだ。


「さて、次は生皮を剥ぎますか」


「ま、待て! 待ってくれ! な、なんでもする、学生会に忠誠を誓うよ! そうだ、忠誠の証に男子を狩ってくるから! だから・・」


「あなたの助けが必要なほど、手が足りないわけではありませんが」


「まあ、待ちなさい、夕姫」


 夕姫がまずは生爪、に手をかけようとするのを、執務机の文が止める。嗜虐的な、蝶の羽をもいで楽しむ子供の表情で。


「男子を狩ってくる、それだけではね・・。どうせなら、1年のトップとして、2年トップに挑んでみたいのではなくて? その機会をあげる」


「2年のトップ・・し、新羅、辰馬?」


 その名は雷鳴のごとく孔雀を打つ。膝が笑った。直接に相対したことはないが、黒い噂には事欠かない。剣術教諭の牢城雫を半殺しに嬲って手籠めにしたとか、ヴェスローディアから亡命してきた姫を籠絡して自分の都合のいい奴隷にしているとか、配下の三人組を使って、自分は手を汚すことなく悪逆の限りを尽くす、暗黒街の帝王だとか。彼の鼻息ひとつで山が消し飛び、のどが渇いたと言っては湖を干上がらせるとか。ほとんどおとぎ話の世界でありどんな化け物だということになるのだが、彼に近しい人間の言によればあながち、それが荒唐無稽ですまされないのが新羅辰馬であり、あまりに隔絶しすぎた相手に挑めと言われて孔雀はめまいを感じる。このまま拷問を受ければ痛みとショックで死ぬだろうし、新羅辰馬という化け物に挑んでも死にそう。前門の狼、後門の虎であった。


「そのままで挑めとは言わないわ。力を貸してあげる・・そうね、この程度で、どうかしら?」


 軽く右手を閃かす文。不可視の力の波動が孔雀をつつみ、孔雀は打ち据えられた痛み以上の力が満ちるのを感じる。力があふれてくるほどに、失われた自身と自尊心も回復され、孔雀は邪悪な自信に満ちた瞳で文を見つめた。


 ぶち、と縄を引きちぎり、孔雀は立ち上がる。制止しようとする夕姫と繭に、文は「無用よ」と押しとどめた。


「ひとまず礼を言うよ、学生会長。だけど、僕に力を与えたこと、あとできっと、後悔することになる・・」


自信満々、薄く笑う孔雀に、文も屈託のない笑みを返した。


 誰が「与えた」と言ったかしら。貸与されただけの力を自分のものになったと勘違いして、本当に馬鹿な男・・いや、男だから馬鹿なのか・・


・・

・・・


「たぁくんはあたしと寝るの!」


「なに言ってるんですか、わたしと一緒に寝るよね、辰馬!」


就寝を前にして、牢城雫とエーリカ・ヴェスローディアは顔を突きつける勢いで口論していた。


「いや、おれ一人で寝るし」


「なに言ってんのたぁくん危ない!」


「いざというとき辰馬を護れるのは『盾の乙女』のわたしだからね!」


「・・あーもう」


寝袋を放って、辰馬は体育館から出た。後ろで二人がわいのわいの言っているが、気にしたら取って食われるので気にしない。


 適当に、しばらくぶらついて。


 人気の少ない、できるだけ開けた場所を探す。


「さて・・そんじゃ、やるかー」


「気づいてましたか、さすが」


 蒼月館制服の上から、孔雀の羽をあしらった天鵞絨ビロードのマントに深紅の腕甲。長い黒髪、はしばみ色の瞳。月護孔雀は凄惨な笑みを浮かべると、辰馬に向けて掌を突き出す。超神速、七色の光条が、辰馬の真横を穿った。


 今の・・七星?


 辰馬はぴくりと、形よい眉をつりあげる。


 七星術。太陽の天使ミカエル、月の天使ガブリエル、金星の天使サマエル、火星の天使アナエル、水星の天使ラファエル、土星の天使ザカリエル、木星の天使オリフィエルとリンクして行使する、借力術。それ自体珍しいものではない。辰馬の七天熾天使も同梱だが、男の神力使いは実に珍しい。


盈力使いってわけでもなさそーだし、完璧に世界的例外・・蛮族王ゴリアテと一緒か・・。へぇ・・。なるほど1年のトップ。


 辰馬は得心して、すっ、と目を細める。


孔雀は休まない。連射。


 辰馬も無詠唱の小技を連発、相手の攻撃を相殺しつつ、間を詰める。


 受け、躱し、捌いて、薄打の間合い。


 対学生会戦を前にして、2年と1年のトップ対決が始まった。

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