第23話 2章12話-狩り

 まだ倒れんな、おれ! 倒れたら死ぬ、どーにもならん。ここで死ぬわけにいかねーだろーが!


「大輔、出水も、転がってんな! 起きろ、やるぞ!」


「く・・そ、あの女ども・・早雪さんとはえらい違いだ、まったく・・」


 血を吐きながらも、大輔が立ちあがる。ペッと吐き出した中に混じる白いものは、歯が欠けたらしい。


「次会ったらヒーヒー言わすでゴザルよ、いや、アヒアヒか、とにかくメチャクチャにするでゴザル・・」


 出水も、フラつきながら立ちあがる。二人とも減らず口がたたける程度には元気が残っているようで、重畳。


「こいつら蹴散らして、学校まで帰るぞ。瑞穂を取り返す!」


「押忍!」


「委細承知!」


 そして。


 数百に及ぶ魔獸たちとの戦いが始まった。


 相手が獣だろうがなんだろうが、できる限りは殺さない精神でここまでやってきた辰馬たちだが、今回ばかりはそうもいかない。立場的に今回は魔獸たちが猫で自分たちが鼠であり、必死に窮鼠たるの力を満腔から引き出す必要があった。出水が足を止め、大輔が打ち込んで、辰馬が仕留める。その連携をひたすらに繰り返す。獣は知性はなくとも人間以上に狡猾な智慧があり、戦いが長引くほどにこちらの手の内を学習して手強くなっていく。最初通用した戦術は10分後には通用しなくなっており、こちらの技も敵に即応させて洗練させる必要があった。普段なら出来ないかもしれないが、今の三人はここで負けたら食い殺される背水の陣。そのぶん必死であり、神経は研ぎ澄まされ、困難を達成する。


 永遠にも思える数十分。やがて周囲に動くものがいなくなり、辰馬たちはそこに広がる地獄絵図におもわず呻き、自分たちが築いた屍山血河に嘔吐いた。吐瀉しなかったのは精神力と言うより腹の中が空っぽになっていたからで、とんでもなく不快だったことは間違いない。


「うし・・そんじゃ、帰るか・・」


 萎えかける意気を自分に檄して奮い立たせる。どれだけ厭世的になろうとも、今、闘志を失っていい状況ではない。瑞穂をどう扱うつもりか知らんが、どうせろくでもないことに決まってる。普段他人に対して決めつけや先入観をもたない辰馬だが、学生会長、北嶺院文のやりようはもう、一度見ただけで十分、辰馬の心に嫌悪感を植え付けた。


 女尊男卑思想が過ぎるとか、そんな問題じゃねーわ、あれは。他人をモノとしか見てない・・昔のサティアと変わらん。サティアは女神としては未熟だったからまだよかったが、あの女の力・・能力の吸収・・はどーにか対策せんと。全力叩きつけて破裂させるとか、そーいうナンセンスな博打じゃなく、もっと確実な方法で・・。


「・・封神符って、どこで売ってる?」


「さあ? ヒノミヤの内宮にでも行かんと駄目なんじゃないですか?」


 まあ、そーか。となると普通には手に入らん・・ヒノミヤに知り合いがいたらなー・・。


・・

・・・


 新羅辰馬はあずかり知らない事ではあったが。


 辰馬の知り合いで、ヒノミヤに住んでいて。


 なおかつ封神符という呪具に伝手のある人間と、辰馬はコネクションを結んでいた。


 ガラハド・ガラドリエル・ガラティーン。


 央国ラース・イラの『騎士団』第一師団長にして、世界最強の聖騎士。


 辰馬たちが夕暮れ空の下を蒼月館へと急ぐ、その同じ頃、ガラハドは、彼には珍しく逡巡の中にあった。


 それでヒノミヤ内宮、拝殿のご神木まえに立ち、手を合わせる。女神ホノアカを祀るご神体を前に、ラース・イラの守護神、魔術の女神オルドウェンと彼自身の出身地アルスターの守護女神、狩りの女神メルドウェンに祈るという事実に、自分で苦笑してしまうが。


 魔王の継嗣は邪悪ではなかった・・ああも見事に澄み切った心の持ち主、そうそういるものではない・・。むしろ、このヒノミヤの主、神月五十六のほうこそが・・、


 そこまで考えて、思考を止める。


 足音。


 軽く、小さい。少女のそれ。


「お祈りですか?」


 静かに、祈りの間へと入ってきたのは、肩までの金髪と白い肌をゆったりとした巫女服につつんだ、小柄な少女。ヒノミヤの軍師、磐座穣いわくら・みのり。最初、同国人かと思ったほどその容姿にはラース・イラのふうがあり、聞いてみたところやはり父親がラース・イラの下士官であったらしい。もっともその父親が相当なろくでなしで苦労させられた、ということ以外、詳しいことまではガラハドは聞けていない。


 静かな瞳。


 ガラハドは心眼を凝らすが、この人形めいた少女の心底は、まるでつかめない。新羅辰馬の清澄、神月五十六の深淵、とういったものとは別の階梯に、磐座穣の精神はある。


「夫ある身でほかの男と二人きりにはならないほうがいい。不貞を疑われますよ、レディ」


「神月さまは恩人です。夫ではありません。恐れ多いことです」


 変わらず感情を乗せずに言って、穣はガラハドの前までやってくる。


「先日はウェルス神聖騎士団撃滅、お疲れ様でした」


「いえ・・あなたからの情報あってのことです」


 ガラハドはそう言って謙遜するが、実際、穣はどこからどうやって仕入れてくるのか、おそろしく正確な情報網をもっている。ウェルス神聖騎士団が新羅辰馬を待ち伏せするルートに先回りしてこれを撃滅、新羅辰馬とのコンタクトにおよんだという事実について、偶然の介在する余地はまったくなかった。ありとあらゆる事象、AとBを会談させるとして、その日の天気、風の向き、その日の朝に両者が食べた食事の内容と、そこから導かれる会話の内容にいたるまで、すべてを計算に入れて五十六のために策を献じる磐座穣という少女に、ガラハドは恐怖に近い感情を抱く。五十六も相当な怪物だが、得体が知れないというならこの少女のほうが凄絶であった。


「謙遜も過ぎれば嫌味ですよ、ガラハドさま。ウェルス神聖騎士団長、ホノリウス・センプローティス・ウェルギリウスは決して簡単な相手ではなかったはず。それを鎧袖一触してのけたあなたはやはりとてつもない・・女神から賜ったその力、くれぐれも間違った方向にお使いなさいませんように」


「承知しております、巫女様」


 女神の寵児。ガラハドを世界最強たらしめる力、すなわち一切の心霊的なる力の無効化と、それでありながら一度見たあらゆる技を、どんな大魔力、どんな高等技巧であろうと一度に一回だけ、コピーしてまったく同じ威力、同精度で使うことが出来るという能力。先日、新羅辰馬の輪転聖王をコピーして使ってのけたのは、まさしくこれによる。「天地が覆ってわが身をつぶさぬ限り」の誓い(ゲッサ)によるこの絶対的能力ゆえに、彼は生涯不犯を誓っており、それを破った時彼は報いとしてもっともむごたらしい死を迎える宿命にある。ゆえに、若き女王エレアノーラの思いを知り、また自らも女王を愛しつつ、彼らが結ばれることはない。


 さておき。


 そぶりを見せたつもりはないが、やはり私の中の迷いに、気付かれたか・・?


「ではこれを」


穣は懐紙に包まれたなにかを、ガラハドに渡した。


「これは?」


「魔王の継嗣に、おそらくは必要なものです。塩を贈るわけではありません。彼らの終焉はここで、日之宮の祭壇に命を捧げてもらわないとならないので。竜の魔女や神喰らいの女王などに、負けて貰っては困るのです」


 そう言う青い瞳には、無感情ながらも凛然とした決意が漲る。新羅辰馬と神楽坂瑞穂を、自分たちヒノミヤ以外の相手に殺させはしないという。


「なるほど・・ええ、渡しておきましょう。蒼月館、でしたか、学園を訪ねれば?」


「はい、よろしくお願いいたします。では・・」


 静かに去って行く穣の小さな背中を見送りつつ、ガラハドは天を仰いだ。神木の枝を見上げ、息を吐く。穣の相手をして、相当なプレッシャーを感じていたらしい。注連縄を巻かれた神木の姿は、縄を巻かれた咎人のように不自由に見えた。


 私も、同じか。


 心にごちる。ラース・イラ女王エレアノーラ・オルトリンデへの忠誠、女神へに捧げたゲッサ、宰相ハジルとの主従関係。騎士団長としてのしがらみ。一個人としても、完全なプライバシーを保たれることはなかなかない状況に、自分の疲弊と消耗を痛感してしまう。


今更、変われもしないが。


 そう呟き、ガラハドは拝殿を出た。


・・

・・・


 夜7時。蒼月館に戻った辰馬たち。


 男子寮にほど近く近づいて、違和感に気づく。


 妙に人の気配がない。映画のように、色や音が感じられない。まるでゴーストタウンだった。


 視界の端に、人影。辰馬が声をかけると、相手は滑稽なほどに狼狽する。


「ああああああああああ! いやだ、やめてくれ、許して!」


「おいちょっと、おちつけ。なにがあった? なんでだれもいない?」


「はああ、お、女じゃ、ない・・」


 悪かったな、女みたいな顔でな。辰馬はぴくりと片眉を釣り上げたが、まあ相手に悪気もないことなので殴り倒すのは勘弁する。というかこの状態の相手を殴るような趣味は、さすがにない。


「狩り、だ。学生会が、北嶺院が、本気になった。あいつら、本気で男子を潰しに・・俺たちは牢城先生に匿われて、なんとか・・おまえ2-Ðの新羅だよな? いつもみたいにあいつらをぶちのめしてくれよ! 」


 ・・なーんか、おれがいつも暴れてばっかみたいな言いようだが・・ま、あたらずともか・・。この際その認識でいいとして・・。


「まず、しず姉んとこいこーか。ひとまず身体休めて、作戦練らんと」


 と、いうわけで、第2体育館のに仮設された居住スペースに、辰馬たちは案内される。災害避難所のような様相は、いままでそこそこ良家の子弟としていい寮に住んでいた皆にとって、それだけでストレスフルなもののようだ。気の落ち沈んだ雰囲気が、どうにも重たい。


「たぁくん? だいじょーぶ? あーっ、こんなケガして。誰よあたしのかわいー弟にこんな傷つけたのは! 許さないんだから!」


 炊き出しに奮闘していた雫が、辰馬を見つけるなり目の前の生徒をほっぽらかして飛んでくる。「え、あ、先生?」という戸惑いがちの声は、当然のごとく無視。


「あー、うっとうしい。だから、べたべたひっつくなって、しず姉」


 本人がどう思っているかはともかく。傍目にどう見ても間違いない幸せを体現する辰馬に、周囲の嫉視が殺意のレベルで突き刺さる。あーあ、これだから・・と辰馬はうんざりするも、力でも技でも、辰馬が雫をひっぺがすことは不可能なので好きなようにさせておくしかない。


「寝床ある? しばらく休憩したい。あと、しず姉が北嶺院の力について知ってることがあったら、教えてくれ」


「んー、いいけど、あんまり詳しくないよ? 力の系統は神力系で、潜力A、顕力S。もともとは「ある地点からある地点までの範囲内に存在する力を切り取る」能力なんだけど、この春から突然レベルを上げて「意志の及ぶ範囲にある、すべての力を飲み込む」力に進化してる、ってことぐらい? たぁくんみたいに「力を波動にしてぶつける」系の能力者には厳しいかも。意識をそらしてその隙に撃つか、彼女の許容量の限界を超す力をぶつけるか」


「やっぱそーか・・後者は簡単だけど、無理。1対1ならともかく、今回集団戦になるからには、1人倒すためにおれがガス欠になってちゃどーにもならん。となると前者しかないんだが・・あの女、隙がなさそーなんだよなぁ。やっぱり封神符が必要だろ、どー考えても」


「封神符かー。まあ、無理だねー、100万幣(約1000万円)とかするらしーよ、あのお札」


「100万か・・あー・・誰か持ってきてくれんかな、なんか、懸賞の当たりとかで」


 思わず非現実的な、宝くじ当たれ的なことを言ってしまう辰馬だが、この瞬間つぎにおこる展開は、まさに宝くじだった。


「新羅、なんか、お前に客・・金髪の、いい男なんだけど、なんかものものしー兄さん」


「んぁ・・、あー、この前の、ガラハド。・・なにしに?」


「知るかよ。待たせてるから、行ってこい」


「おう」


・・

・・・


「や、どーも」


「お久しぶり、だ」


 星夜の下で、銀髪の美少年と金髪の美青年が対面する。刹那、見つめあい、交錯し錯綜する視線。ガラハドが朱唇を開く。「これを」と懐紙に包んだなにかを手渡した。「?」怪訝な顔をしてそれを開いた辰馬が、そこにあるものを知ってまつげを震わせ、愁眉を開く。


「これは・・!  封神符! なんで? どーしてあんたが・・」


 父、狼牙が何度か使ったのを見たことがある、間違いない。それにしてもなぜこのタイミングで、この男がこれを持ち込むのか。


「詳しいことは言えないが、私には預言者がついているのでね。貴公がこれを必要としていることがわかった。それでは、な」


「あぁー、待て待て。ちょっと茶でも飲んでいけって。これでも瑞穂からちろっと習ったし」


「いや、私は・・」


「いーからいーから。今ちょっとごたついてるけど、まあ寛いで」


 そうして第2体育館にガラハドを連れて行くと。


「あれ? ガラハドさん」


 雫が、キョトンとした顔でそう言った。


「ん? 知り合い?」


「うん。あたしが煌玉展覧武芸会で3年連続優勝した時、エキシビジョンで相手してもらった騎士さんだよー。お久しぶりでーす」


「あぁ・・久しい・・。あれから8年か。君はあの当時と変わらないな、アールヴの血か、うらやましい限りだ。・・今なら逆転されるかもしれんな」


「またまたー、ガラハドさんそんなこと思ってないくせに。あたしが絶対かなわないって思う、世界で三人の一人なんですから」


「しず姉が・・へぇ、やっぱすごかったんだな、ガラハド」


「いや・・ミス牢城の言葉には誇張がある」


「そんなことないでしょ」


「まあ、この前のあの動きからすると、しず姉の言葉に信憑性もあるよな・・

そんじゃ、茶、点てるとすっか」


 簡易キッチンに立って適当にお茶を点てる。濃茶は個人的に苦手なので、薄茶。作法とかは本当に適当。道具も揃ってないし、インスタントとあまり変わらない手際。


 まあこーいうのは心だって。たぶん。


 そうして雫を交えて話し込み、ガラハドのことを聞いて、帰る彼を見送り、寝床に入る。懐紙包みの封神符を見つめて、


 ふーむ・・封神符。込められた力も、まず間違いなく本物。こんな簡単に、向こうから舞い込んでくると思わなかったが、まあ楽できるにこしたことはねーや。あとは・・

どうやって北嶺院にこれを触らせるか、か。

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