第16話 2章5話.刺客
例外はあるにせよ、だいたいの場合において5限がはけたら蒼月館は自由時間である。
普通の高等学校より短いこのカリキュラムは、学園内より外で冒険者としての経験を積むべしと言う校風によるものであり、よって多くの生徒は冒険者としての研鑽を積むべくギルドに通いクエスト《依頼》を受ける。
しかしながら、全校男子の求心力である新羅辰馬がどうかというとそのあたりきわめてマイペースであり、どちらかというと怠けたがりで、基本あまり仕事に出ない。金がなくなれば食うために働くが、日雇いバイト感覚。平素は寮の自室で寝ていることが多く、あまり人と関わることもしない。
それが最近やたら勤勉になったと驚くのは、辰馬の追従者である朝比奈大輔、上杉慎太郎、出水秀規である。
「今日も仕事かぁ~。やっぱ瑞穂ねーさんのアレで燃えてんのかねぇ、ヒノミヤ打倒。あ~ぁ、辰馬サン女嫌いで、オレのもんだったはずなのになぁ~・・」
「新羅さんが女に素っ気なかったからって、別にお前のものではねーだろーよ。つーかなんでねーさん? 瑞穂ちゃんって年下じゃんよ?」
緋想院蓮華洞の待合にて。赤髪ロン毛と短髪茶髪が、わいのわいのとやっている。制服はここの更衣室で脱いで、冒険衣に着替え済み。あとは辰馬たちを待つばかりという空き時間に、流れで「辰馬と瑞穂の話」になった。ちなみに出水は妖精シエルと自分の世界に没入中でなんかブツブツ言っている。
「・・いや、まあ。年は関係なくてな、やっぱ辰馬サンの奥さんだし? そこらへんはケーイを表してってやつか。オレってほら、礼儀を知るホモだから」
「つーかお前自分でホモホモ言ってるけど、単に女の子に声かけるのが怖いだけだろ。瑞穂ちゃんに最初遭ったときも「やりてぇー」とか言ってたろーが」
「そらあの乳見たら思わず言うわ。やれるもんならやりてーし。けど女の子って怖いんだよ! なに考えてっかわかんねぇーし! 裏でオレのこと馬鹿にしてるかもとか思ったら耐えらんねぇーの!」
「音楽とかやってる割に肝の細いやつだな。だから大成しねーんだよお前は」
「あ゛ぁ゛! それとこれとは関係ねーだろぉが、殺すぞ筋肉ダルマ!」
「うるせーよ。お前如きに殺されるか、馬鹿」
咆哮して掴みかかるシンタの鳩尾に、遠慮なく貫手の一撃。大概「急所」というのは嘘だったり誇張だったり(人中=鼻下なんて矢が突き立っても平気で戦った将軍の逸話があるくらいである)だが、鳩尾への打撃は間違いなしに横隔膜を痙攣させて相手を悶絶させる。シンタは「おぶ」と呻き、膝をついた。
「お前ら五月蠅いでゴザるよー。後で主様に殴られても知らんでゴザルからな」
「お前こそちび妖精と自分の世界に浸ってんじゃねーよ・・で、またエロ小説書いてんのか」
「そら、これで食ってるでゴザルから。読むでゴザルか?」
「いや、いい・・。お前の話は遠慮会釈なしにえげつねーから、肌に合わん。もっと明るいのが好みなんだよ、俺ぁ」
差し出した紙束を拒絶されると、出水は非常に悲哀と哀愁に満ちた、切なそうな顔になった・・といっても、丸めがねの奥で表情はなかなか読めないのだがそんな雰囲気。
「・・シエルたん、この腐れ筋肉は接写が丹精込めて書き上げた『くのいち地獄変、忍び娘たちは狂騒の果て淫獄に堕つ』を一瞥すらせず! いらんと拒絶したでゴザルよぉぉ!! こんなことが許されていいのか、いいのかあぁ!?」
「お、おいこら、出水?」
「こうなったら・・呪うしかないでゴザルな!」
「そーね、五寸釘だ!」」
「よくねーよ! 小説読んだかどーかくらいのことでガチの呪いなんか食らってたまるか!!」
「ふむ・・では読むでゴザル・・今回だいぶマイルドに仕上げたでござるから」
「そーよ、ちゃんと読みなさいよバァーカ!」
「ぇぇ、ホントかぁ・・? んじゃまあ、読むけど。つーか人前でエロ小説読むってのもなぁ・・ま、いいか。・・それとそこの妖精。毒吐くのも大概にしとかねーと、焼き鳥にすんぞ」
・
・・
・・・
新羅辰馬と神楽坂瑞穂は教員室にいた。
話し相手は牢城雫ながら、今日の雫はいつもの明るいおねーちゃんではなく、仕事モードだ。まじめな顔で、診断書と書かれた紙と医師による所見の類いを見比べ、およそどんな強敵相手にも見せることのない沈痛な表情を浮かべる。
みずほちゃんが先に仕掛けたというのは嘘だとしても、ここまでやられるとなぁ~・・教員2年目の若造にはつらいわ・・。
雫が心中に愚痴ると、瑞穂が深々と頭を下げる。
「申し訳ありません、牢城先生・・わたしのミスです、やり過ぎました・・」
「いや、つーかあれだなぁ、えらく大仰なこと書いてるけど・・
「まあそうなんだけど・・ってこら、たぁくん。勝手に機密書類を見ない! おねーちゃんでも怒るよ!?」
「ん、すんません」
「とは言うもののたぁくんの言うとーりでね。結局あたしは月護くんに会えなかったし、瑞穂ちゃん以外とは面会しないって言ってるしでなんとなく本当のことは隠してある気はするんだけど・・確証がないと難癖だからなぁ。かといってコソコソ嗅ぎ回るとプライバシーがどーのとか言われるし・・」
「ま、そーかな。で、向こうの言い分が瑞穂に封神符を巻いた上で謝罪に来いと・・こんな見え透いた誘いに乗るか、ばかたれ。瑞穂もいらんこと罪の意識とか感じる必要、ねーから。だいたいおれらは冒険に出たら半身不随とか、もっと悪けりゃ落命だって覚悟してこの道に進んでんだ、冒険外だろーとなんだろーと関係ねぇ。覚悟できてなかった馬鹿が悪い」
「はい・・了解です、ご主人さま・・」
辰馬の言葉にそうは言うも、瑞穂の顔色は悪い。「ヒノミヤ開闢以来の天才」「俊英中の俊英」などといわれても、瑞穂はまだ15の小娘。才能はともかく経験はまだまだであり、当然ながら人を殺した経験も殺す覚悟もできていない・・おそらくこれから先もできないだろう。罪悪感を感じるなという方が無理だった。
「つーてもこのままだと寝覚め悪いか・・ちっと様子見にいくとするかね・・サティア?」
「はぁい。わたくしの出番ですか、旦那様?」
辰馬が虚空に呼びかけると、緑髪に扇情的なキトン姿の少女・・サティア・エル・フアリスが姿を現す。守護神霊として辰馬に憑くことで存在を保っているサティアは、
見守ってるんだよ・・この前のアレもなぁ~・・、おれにプライバシーはないのか・・。
思わずうちひしがれる辰馬だが、「まあ、なんだ・・」と切り替えて立ち直ると、サティアに「姿隠し頼むわ。おれと大輔たちと・・しず姉は今日は無理か・・そんじゃ・・」と語りかける。
そこに。
「あと、私もね!」
割って入ったのは瑞穂でも雫でもなく。腰ほどもある長い金髪を左右に分けて括った、ティアラを額に乗せる少女。エーリカ・リスティ・ヴェスローディアだった。
「お、今日は仕事じゃないんだ?」
「辰馬が大変だと思ったから、今日の撮影はキャンセルしたの。私って偉いでしょ、献身的でしょ? ヴェスローディアの王子にならない?」
「いや、ならんけど・・まあ、エーリカが護ってくれるなら心強い。おれらはだいたい攻撃偏重で、打ち込まれると弱いからな」
「まっかせて♡ 期待に応えて見せちゃうよ!」
「あの、ご主人さま・・エーリカさんって・・なんとなく、わたしに近しい力を感じはするのですが?」
瑞穂がそう言って、辰馬の裾を引いた。
「あー、瑞穂は知らんかったか。エーリカはあれよ、あれ。ヴェスローディアの『盾の乙女』」
盾の乙女。大陸北西の国・ヴェスローディアの、剣・盾・弓・斧・槍・牙・杖・書・杯の9人の聖女の一人であり、絶対防御の
「! 9人の、お一人? そ、それは大変失礼しました、改めまして、アカツキの齋姫、神楽坂瑞穂です!」
居住まいを正して正式の礼をとる瑞穂に、エーリカは鼻白む。エーリカとしては盾の乙女としての地位は適当に修行してきたら王女様、どうぞと与えられたものなので、瑞穂のように真摯な努力の結実ではなくそこを純粋に称えられると、居心地が悪い。しかしなおエーリカの独占欲は瑞穂を押さえつけようとし、
「私が王女だって言っても驚かなかったのに、『盾の乙女』だと驚くんだ・・なんだかなぁ・・ま、いいけど。あとあんまり辰馬にベタベタしないよーに。辰馬は、私の、ものだから。いい?」
そう言って辰馬にしがみつくと、瑞穂には二回りほど劣るとはいえそれでも凶悪に豊満な谷間に、辰馬の頭を挟み込む。
「は、はい・・申し訳・・ありません? ご主人さまの奥方様ということは、エーリカ様のことも奥方さまとお呼びした方が?」
「ぶふが・・っ! いらんいらん。つーか誰がだれのもんだお前。瑞穂みたいなタイプは信じるだろーが」
谷間を逃れた辰馬がそう言って睨むと、エーリカはそっぽを向いて口笛を吹いた。
「ちっ・・この泥棒猫にすり込みしておこうと思ったのに・・」
「そーいうことは心の中で言えよ。・・瑞穂がその気だったら無意味だけど。っと、これでおれとエーリカと・・瑞穂は消さないから、5人か。5人ぶん、姿消せるか、サティア?」
「はい、簡単なことです。なにせ今の私は旦那様から毎日、盈力の一部をいただいていますから。
「いきなりサイコな女神に「とりつかせろ」ゆわれても驚くぞ、おれは。まあ、そんじゃ問題ないな。大輔たちのとこに行くか」
と、退出しかかる辰馬に。
「たぁくん。ちょっと」
雫の声がかかる。
「ここ最近なんだけど・・アーシェさん、なんだかおかしいとか、そういうことなかった?」
「? いや、別に」
「そう・・。うーん、なんだかウェルス神聖騎士団が動いてるっぽいんだよね・・それも『聖女』の命令で」
「ラシケスじゃねーの? 今の聖女ならあっちだ。かーさんじゃない」
辰馬は学生会の知り合いを思い浮かべ、そう言ってみる。実のところ、聖女というならあちらだろう。今のアーシェは「もと」聖女でしかない。しかし雫はわからないとかぶりを振った。
「それがねぇー、ホント、よくわかんないんだけど。合い言葉みたいに『魔王を殺せ』って言ってるみたいだから。たぁくん、気をつけて」
「・・わかった」
・
・・
・・・
そうして蒼月館の校舎を出た4人の前に、5人の人影が立ちはだかる。
年は20歳前後。髪型も服装もまちまちであるが、総じて姿貌雄偉な美男美女。一人残らず優秀、かつ油断ない戦士であることは、その物腰の一瞥で知れた。
それだけならともかく。
その威圧感に、新羅辰馬ですらもが圧伏されるのは、実に珍しいこと。
彼らはカッと目を見開き。
それでようやくにわかる。縦割れの瞳孔、竜眼。
一斉に、辰馬たちめがけ、開いた掌を突き出す。
「死ね・・・天地分かつ開闢の
旧い旧い、神代の言葉。旧き神すら凌駕した巨人の名であり、その巨人を殺した「宇宙から造られし鋸」に与えられた銘。その名を冠するは蒼と赤の閃光。辰馬は寸前で障壁を展開するも、無詠唱での不完全な術は強烈無比の光条を支えられない。
閃光が、爆ぜる。
・
・・
・・・
同刻。
「なにやってんだぁ~、辰馬サンはよぉ~!」
「しゃんねぇ、こっちから呼びにいくか」
「大輔、感想は、感想を言うでゴザルよ」
「・・って、言えるかボケェ! あんなもん人前で読ませんなや!」
こちらも賑やかに蓮華洞を出た三人に、甲胄の上から法衣をまとった一団が姿を現す。統一された、規律ある集団。骨柄も髪の色も統一されていて、その物腰から推し量れる練度からも、どこかの国の正規の騎士団であることは間違いない。
「なんだ、魔王の子、ではないな・・ふん、期待外れか」
「だがこいつらも仲間のようですよ、副団長。朝比奈大輔、出水秀規、上杉慎太郎・・。生け捕りにすれば魔王を誘き寄せる餌ぐらいにはなるでしょう」
「そうだな・・よし、掛かれ! 腕の2、3本斬り落としてもかまわんが、殺さんようにな」
「舐めくさったこと言ってくれるぜ、クソが」
「魔王って、辰馬サンのことだよな? あのひとをそーいうふうに言われると、むかつくんだよなぁ、オレとしては」
「とりあえず、礼儀を教えてやるでゴザルよ!」
殺到する騎士たちに。大輔たちも迎戦の構えをとる。
二つの箇所で、同時に。
戦いが始まった。
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