第14話 2章3話.愛欲の斎姫/ウルクリムミ

 神楽坂瑞穂は、すでにいろいろと我慢の限界であった。


 それゆえ、6月22日当日夜半、早々に雫の部屋を抜けると、男子寮に忍び込む。服装は赤ニットにフレアスカート姿。ご主人様辰馬には男受けのいい神衣かんみそのほうがお気に召すかも、とは思うものの、アレは目立ちすぎるというのと気恥ずかしさが先に立つ。まあ、今からやろうということは恥ずかしさなどはるかに超越したことのはずだが。


 気配を殺して、男子寮に入る。当然ながらごろごろしている男子たち。瑞穂は常に死角を取って彼らの視界から自分を隠しつつ、辰馬の部屋を目指す。情報はリアルタイムで頭の中に入ってくる。寮内の人間の精神をまとめてジャックして、必要情報を抜き出す・・超洞察、行動予測などの能力者はアカツキ国内にそこそこ存在するが、完全な形での【読心サトリ】能力者は長い歴史の中でも瑞穂ぐらいしかいない。創作世界にはテレパス能力者があふれているが、この世界においては非常に希有なものである。


 そして読み取った膨大な情報を処理する能力を備える人間も、おそらく瑞穂くらいのものだろう。とにかく圧倒的な頭脳の明晰であり、この双翼をもつゆえに瑞穂は軍師として絶大な能力を誇っていたのだが、心の優しさ・・臆病故に敗北の憂き目に遭ったことは前述のとおり。


そして辰馬の部屋を訪ねる。


「ご主人様、瑞穂です、失礼します・・」


「あぁ、ちっと待って。今、夜のトレーニング中」


 辰馬は日課の筋トレ中であった。友人、朝比奈大輔や明染焔のような「筋トレが趣味であり生きがい」というレベルの回数をこなすことはないが、身につけた修練と術理を十全に使えるだけの肉体を維持するため、最低限にはやる。具体的には日々腕立て、腹筋、スクワットを2万回程度。瑞穂はその鍛錬のストイシズムに驚くが、一度武道的肉体を身につけた人間にとってこの程度はつらかったり苦しかったりではない。やらないと逆に調子を崩してしまうし、せっかく身につけた身体運用がものにならなくなるので、熱でもないかぎりはやる。


 10分ほど待っているうちに、瑞穂は下腹のあたりが熱を持つのを感じる。いよいよ限界が近い。


 あぁ~・・これは・・。


 如実な身体の反応(具体的には規制)に、羞恥に縮こまる瑞穂。神月五十六とその一党による苛烈な陵辱、それは瑞穂の心は清らかなままに、肉体をまるで淫魔のようにみだらに変えてしまっている。男を受け入れなければ気が狂ってしまうなど到底許容しがたい現実なのだが、厳然としてある以上どうしようもない。新羅辰馬という優しくしかも外見的に男を感じさせない男を相手とできたことは、そんな瑞穂にとって、せめてもの奇跡的僥倖だった。


 さらに10分ほどして辰馬がほのかな汗をかきつつ、立ち上がる。


「あー、と・・それで、やっぱ、アレ?」


「アレです。もう、我慢できないので・・失礼します!」


 瑞穂はそう言うと、辰馬の身体をかき抱く。


 うわ、細い・・わたしより華奢かも?


 と、思いつつも衝動任せに身体を動かし、愛撫しながら辰馬の唇を強引に奪った。我慢などできず唇を割り、舌を絡める。乙女のようにびくりとして硬直する辰馬は瑞穂の舌に応じる余裕などなく、されるがまま。自分もかつてそうだったので、相手の心情はわかる。わかるがしかし相手の緊張をほぐしてあげるような余裕は、瑞穂にはなかった。今はひたすら肉欲をむさぼって、満たしたい。はしたないがそれだけだ。


 押し倒し、もどかしくも服を脱いでいき、辰馬の下半身も寛げて解き放つ。


 そして。


・・

・・・


 2時間後。


「うあぁぁ、死ぬ・・もう無理、死ぬって・・うぁ~・・」


 10回戦ばかりして限界まで搾り取られた新羅辰馬は、ぐったりとそう呻いた。


 ようやくに正気づいた瑞穂は自分のやりすぎを反省し、いそいそと服を着て縮こまる。憔悴しきった辰馬とは対照的に、こちらは異様なほどツヤツヤしているわけで、なんの予備知識もなくぱとみただけでもなにがあったのかは察せてしまう。


「ほ、本当に失礼しました、ご主人様・・。わたし、手加減なしに貪ってしまって・・入院中ずっと我慢していたから歯止めがきかなくて・・本当に申し訳ありません・・っ!」


「いや、いーよ・・うん・・正直、なんか会ったことないご先祖様が見えたけど・・」


 水差しから水を口に含んで、なんとか気を持ち直す辰馬。最初の何回戦は正直に言えば気持ちよかったのだが、さすがに5回戦以降はそんなことを考える余裕などなかった。飽くことなく腰を使い続ける瑞穂に殺されるかと思い、16年の人生で感じたことのない種類の恐怖を感じた。辰馬自身あまり性欲の強い方ではなく、対する瑞穂のそれが強烈だったためにこの初体験は辰馬にちょっとした心的外傷を齊した。


「・・ぷは。で、これでしばらくはへーきなわけ?」


「は、はい・・当分、10日・・1週間は・・」


 1週間・・週1であれか・・ま、まぁ、なんとかなるか・・。


 いままでいろいろな戦いで覚悟を決める機会はあったが、これが一番強い覚悟を必要とした。


 まあ、そーしないと我慢できんのだし。たぶんおれも、しばらくしたら気持ちよくなるだろ・・なる、かなぁ?


・・

・・・

 同じ頃。


 女子寮にて、晦日美咲つごもり・みさきは二人の客を迎えていた。


 制服姿だが、その服装は蒼月館通常のそれである緑と茶を基調にした玄服系ブレザーではなく、薄桃色にオレンジのラインを引いたワンピース型の制服に白いケープ。


 一人は3回生、学生会会長、北嶺院文ほくれいいん・あや


 鮮やかな長い濃いめの青髪を腰まで垂らした、眼鏡姿の美女・・大人びて怜悧な風貌は、美少女と言うより美女というにふさわしい。蒼月館開闢かいびゃく以来といわれる、戦術科の大秀才であり、入学以来模擬戦の指揮を執って敗北したことがない名指揮官。すでにアカツキ国軍に連隊長・・大佐としての入隊が内定しており、次代を担う将軍としての活躍を期待される。


 そこに関しては非常に優秀であり、容色も成績も申し分ないわけだが、彼女の欠点としては「自分を基準にものを考える」ということであり、自分が自分に求める水準を満たさないレベルの人間に対しての不寛容さが彼女の性格を苛烈なものとしていた。


 さらにいうなら、極度の男嫌いでもある。彼女の家はアカツキ1等街区、別名貴族街区にある公爵家・北嶺院家であり、父・操は軍兵站部司令官であるが、兵站という軍事の最重要部門を司るこの父がどうしようもない無能であるために文は父を憎悪し、その感情はそのまま拡大して男というものすべてに対する憎悪と蔑視に発展した。


 そのため、彼女の学生会に男子の役員はいない。というより北嶺院文という人物は蒼月館から男子を排斥しようと考えているとすら言われていて、いくら女尊男卑の気風強いアルティミシア大陸であろうと男性の進出めざましいこの時勢、まさかそんな手に出ることはないだろうと思われてはいるのだが、文の性格からして絶対にないとはいえないところであった。・・実際のところ、男子排斥法案は彼女の中に腹案としてある。


 いま一人、制服上から簡易式服を兼ねたローブをまとうは、ツリ目がちでいかにも怜悧、気丈な雰囲気の文に比べ、対照的におっとり優しげなタレ目の少女だった。ショート外ハネ、クリーム・ブラウンの髪の前を編み込みにしたその少女は、アカツキの人間ではなく【神国】ウェルスからの留学生。名前はラシケス・フィーネ・ロザリンド、2回生。先代聖女アーシェ・ユスティニアから正式に位を継いだ、今上きんじょうの聖女である。なにかと苛烈な方向に暴走しがちな文を諫め、立場的に弱い・・今作中、新羅辰馬や神月五十六などの「強い男」が幅をきかせているようではあるが、実のところアルティミシア大陸における主流はあくまで女尊男卑であり、一般的に霊的資質に恵まれるのは女性の側であって男性の立場は弱い・・男子を庇護する慈愛の苦労人。性格的に苦労を苦労と思わない、実に優しい心根の持ち主である。


 それらの情報は美咲の脳内のデータベースにとっくに登録済みだった。


 晦日美咲、16歳。


 密偵である。


 本来的にはアカツキ傍系、小日向こひなた大公家の侍従長なのだが、権力中枢に近いが故に警戒されている小日向家の当主、ゆかをアカツキ筆頭宰相・本田馨綋ほんだ・きよつなに人質に取られているために、特技の一つとしての諜報能力を国のために使わされている。情報の収集と整理が基本的な仕事ではあるが、要人暗殺という汚れ仕事もすでに何度か経験済みだった。


 小日向の使用人連中のゆかに対する忠誠心はおしなべて高いが、美咲のそれは異常なほどに傑出している。それは美咲にとってゆかが実の妹も同然な存在であることと、そしてなにより晦日家がもともと下層の罪人の家柄から異例の引き立てを受けて小日向の側近とされた事情による。晦日の一族はそれゆえに代々極大の忠誠心をもち、美咲も祖母からその精神と侍従長としてメイドだったり料理人だったりの技術を受け継いだ。


 その美咲から言わせてもらえば、文の潔癖な権力志向も笑止であり、ラシケスのあまったるい慈悲心は滑稽でしかなかった。学生なら許されるとして、実際社会に出たなら主義思想なんて一元的なものでは通用しない。主君を人質に取られ意に染まぬ仕事に身を染めている美咲としては二人を面罵してやりたくすらあったが、それは自分の正体を明かすに等しく任務失敗=ゆかの身柄の危険を意味する。口を開く代わりに、美咲は自分の薄く平坦な胸にかるく手を添えて深呼吸した。


「あなたの試験結果、見せてもらいました、晦日さん。学力、体力、武術、指揮統率すべてS+、すばらしいわね」


「それは、どうも」


 普通に試験を受けたまでなのだが、少々手を抜くべきだったと美咲は内心でほぞを噛む。学生会が生徒の試験結果を手に入れるとは思わなかったが、考えておいてしかるべきだった。余計なことで目立ってしまっては、間諜としての意味が失われる。硬い表情の美咲にラシケスが「心配いりませんよ、晦日さん。わたしたちにあなたを害する意思はありません」とほほえんだ。いいからさっさと済ませて帰れと思うが、ここで場を荒立てるわけにもいかない。美咲は心中大きなため息をつき、ひとまず学生会長の言葉を謹聴することにする。


「そして神力・・顕力B、潜力S・・顕力はともかく、潜力のほうが・・聖女でもないとありえない数字なのだけれど、まあ詳しくは聞かない。とにかくあなたは最高の人材だわ。学生会に入りなさい」


「お断りします。忙しいので」


 即答。当然だった。美咲には新羅辰馬内偵という任務がある。学生の組織ごっこにつきあっている暇などないのだった。文が新羅辰馬より優先順位で上位に繰り上がるならともかくとして、まずそうはなるまい。先週末の光の柱、あれを見てはほかの存在など霞んでしまう。美咲とて先代の齋姫を○○にして○○された○○○○だが、真っ向勝負で辰馬と戦えるかと言われれば無理だ。


「わたしが新羅辰馬に勝てない、そう思ってる?」


 文はまさかの核心を突く。新羅辰馬の名を出した覚えはないのだが、と美咲がほんのわずか、驚き目を見開いた。


「彼を打倒する手段にはあてがあるわ。竜の秘宝【天地分かつ開闢のウルクリムミ】。勇者の息子、聖女の息子であろうと、竜の女帝が残した遺産の前には抗いえない。あの男さえ排せば、ほかの男子をまとめて掃除するのは難しくないの」


「ウルクリムミ・・」


「そう。竜の女帝・創世の女神グロリア・ファル・イーリスの【遺産】。・・これで、少しはわたしたちに興味が出たかしら?」


「そう、ですね・・。暇なときに少しお手伝いするくらいは、考えてみてもいいかもしれません」


 竜の秘宝ウルクリムミ。それが文のいうとおりのものであるとするなら、新羅辰馬以上の危険たりうる。かくて小日向の侍従長にしてアカツキの密偵、晦日美咲は蒼月館学生会に迎えられる。


 なんにせよ災難ね、新羅辰馬は・・。学生会はともかく、実の母に命を狙われるのだから・・。


 美咲は辰馬の美しくもぼんやりとした表情を思い出し、わずかながら同情するのだった。 

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