第11話 邪悪の創世神4.焉奏・輪転聖王

 迷宮と化した長尾邸、ガーディアンたる神使を連破して、辰馬は深奥にたどり着く。


 扉を、開け放った。


 そこに待つのは長い紺碧の髪に青い瞳、はしたないほど肉感的な肢体に露出の高いキトンをまとった、人間であるとするなら辰馬より1つ、2つかぐらい年上の少女。シンタや出水なら「うは、エロねーちゃん♪」と喜ぶところだろうが、あいにく情動の振り幅が少ない辰馬はそこのところ淡泊であり、なんか恥ずかしい格好してんな、と思うぐらいで特段、動じない。


 少女・・女神サティアは、清冽な顔には不似合いな、艶然たる笑顔で辰馬を迎える。

「ようこそ、可愛い可愛い男の子。ここまでたどり着いたこと、まずは褒めてあげましょう・・それで、お望みはわたしを殺すこと、なのかしら?」

「まあ、あんたはちょっと許せんことをしたからな。神様だろーが何だろーが知ったこっ

ちゃねえ、人間喰いモンにしたらどーなるか、思い知らす」

「そう殺気立つものではないわ。少しお話ししましょう? 見たところあなたもただの人間ではないようだけれど、故ない差別を受けたことはない?」

「……」

「人間などというものはわざわざ護ってやるに値しないと思わないしら。貴方のような特別な存在を正当に評価も出来ない・・醜い存在。あなたも人間と心底理解し合えているとは思わないのではなくて?」

「……」

「……その点、わたしなら理解してあげられる。……わたしと一緒にこの国を、最終的には大陸も、外の世界もすべて支配してみない? なんならこの村の土后とちがみ宇土御社之媛神うとのみやしろのひめがみをあなたにあげてもいい。どう使ってもいいわ。わたしはもう、十分にここから力をもらったから」

「……ふぁ……。話終わった? ほんと、つまらんなぁ。なんのかんので言うこと三文悪役だし……。そんじゃ、始めっか……」

「……ッ! わたしの話を……」

「そんなもんどーでもいいわ、ばかたれ。思い知らす、っつーただろーがよ」


 辰馬は力を解放する。

 相手は創神、様子見は禁物。いきなり全開で行く!

 轟!

 と。陽炎のように黒く揺らめく、六枚の光の羽が、その背に現出した。


「……いいでしょう、来なさい。もうあなたは要らない。その顔だけ切り取って、剥製にして可愛がってあげる!」


 女神サティアもまた、その絶塵ぜつじんたる力を解放した。顕現するは流麗たる水の羽衣。羽衣は竜を象り、威嚇するように辰馬を睥睨へいげいする。


 宮代最後の戦いが、始まった。


・・・


 辰馬の右貫手。サティアは腕を差し出してその突きをそらし、カウンターで膝蹴り。これを辰馬が受けて、懐に入りつつ脇腹の急所に打突。サティアはこれも軽くかわし、掌底を辰馬の顎先に落とす。辰馬は「流水」の身ごなしで回避。


 約束組手のような、流麗精緻な攻防が続く。互いにほとんど接触の距離から苛烈な攻撃を繰り出しながら、どちらの攻撃も相手に当たらない。互いに、達人の域での攻防だった。


 ふむ・・なかなかやる。


 辰馬は内心で舌を巻く。なにが驚くといって、サティアが「本能的反射」で回避していないことだ。無意識や反射での回避行動に頼っているうちは、達人の中では2流。本物の達人は明確に意識的に思考した動きを取らなければいけない。本能任せの動きはとうてい、本物の動きを追えないからだ。よく「極限状態にあって身体が無意識で動いた」などという逸話があるが、あんなものは相手が三流以下だったから生き延びることができたに過ぎない。身体運用技法も魔術も同根、理性で御せないものは1流たり得ないのだから。


 そしてサティアは明らかに、しっかりとした理性のもとに技を繰り出し、回避している。これが出来る人間を、辰馬は自分以外に3人しか知らない。祖父・新羅牛雄、父・新羅狼牙、そして牢城雫である。辰馬自身は理屈としてそれを知ってはいるが、まだ本能や反射に頼ってしまいがちだ。精緻に計算された読みあいとか、まだその境地にない。


 そう思いつつ、鉈のような下段回し蹴り。これをサティアはかわしつつ入り身で懐に入りながら肘を打ってくる。辰馬はそれを外しつつ、カウンターにカウンターの肘を返す。互いに示し合わせたように互いの技をかわし、息がかかるほどの超接近戦からようやくにして間を離す。


「女神様が下賎の武道なんか知ってるとはね。ちょっと意外……」

「あら、そんなもの知らないわ」


 サティアは声高に揚言ようげんする。辰馬は「あ?」と怪訝に片眉をつり上げた。あれだけ動けて武道の身体運用を修めていないはずがないのだ。しかし知らないということは……虚勢か、もしくは……。


「あなたの動きをトレースしているだけ。武道なんて簡単なものね。……所詮、人間の遊びということかしら。力を使ったら? 持っているのでしょう、盈力ゲアラッハ。それでなくてはわたしは倒せないわよ、わかっているとは思うけど」

「うるせーわ、ばかたれ。指図すんなよ根腐れ女神。そー言われて新羅の技で一発当てねーと、負けた気になる……。盈力使えば一撃でぶっ倒せるとしてもな」


 確かに、盈力の出番なのだろうが。辰馬は武道を虚仮にされるのが許せないし、人間が積み上げてきた術理を馬鹿にされるのはもっと許せない。どうあっても一撃入れるという方向に、思考の舵を切ってしまう。


「見せてくれないというなら別にいいわ。あなたの骸から力の塊を抜き取るだけ。さぁ、死になさい、可愛い子!」


 サティアがぶお、と羽衣をふるう。羽衣は獅子吼する竜と化し、哮ゆる口から猛然たる流水の刃を縦横に放つ! それは鋼も瞬時に両断する超高圧のカッター、竜涎刀りゅうぜんとう


 かすっただけで致命となりうる刃の乱舞を前に、辰馬は下がらない。逆に自分から前に出た。


「!?」


 サティアの目が見開かれる。どう見ても、目の前の少年は回避運動を取っているように思えなかった。にもかかわらず、平然と、竜涎の嵐の中を、新羅辰馬は突っ切ってくる。


「流水」と「柳」二つの体術の複合、「陽炎」。あらゆる運動エネルギーを最小限の柔らかい接触でそらし、捌き、無力化する絶対回避。辰馬のそれはまだ「絶対」の域に到達できていないが、サティアの威力任せで荒い術をはじいてのけるぐらいは造作もない。


 そして驚愕がサティアの反応速度を鈍らせる。ついに間合いに入った辰馬はつ、とサティアの下腹、赤いガードルに包まれた部位に手を添える。烈しい攻撃の意志がなかったために、サティアの反応は更に一手遅れる。


「盈力が見たいってんなら、見せてやるよ……よっくと見ろ!」


 辰馬の身体から、力の波動が吹き出す。背から生える三対六枚の黒き光の翼は、ごうごうと燃えるように猛り、絶対的な支配者の威を示す。さきほど、サティアは辰馬にこの世界を支配してみないかと持ちかけたが、サティアにしてもらうまでもなく辰馬は紛れもない支配者であった。怖じ気をふるうサティアの腹に添えた手に、辰馬はぐ、と力を込める。接触状態から気息と身体運用により強大な破壊力を生み出す技法、粘勁ねんけい。それに関節のひねりと回転をのせる纏糸勁てんしけいを重ねて、放つ。


 どぐぉっ!!


 まるで炸薬さくやくが爆発したような轟音が、空気をつんざいた。


「ぶぇぐ・・、ぎぅぃ!?」


 つぶれた蛙のような、情けない声を上げてサティアが膝を突く。沈む顔面、その顎先に、容赦のない顎の跳ね上げ。力なく打ち上げられた肢体に、瞬点六打、目にもとまらぬ拳の六連撃がめり込んだ。


「は……はぁ……ぐ……そ、んな……わたしが……この、わたしが……あぶぅっ!?」


「お前が殺した連中の苦しみは、こんなもんじゃなかったろーよ……」


 サティアの背中を踏みつけ、動きを扼しつつ、辰馬は静謐せいひつな声で淡々と言った。その声に慈悲の欠片もないことを悟ったサティアは、心底恐怖した。【神の繭】から生まれ落ちて400年、はじめて憶える消失への恐怖。ほとんど失禁すらしそうになりながら、サティアは思いつくかぎりの語彙力を動員して辰馬に媚び諂い、賞賛の言葉を並べ、へりくだった。一分前までの昂然とした余裕の女神の姿は、どこにもなかった。


「うるせーわ。実のない言葉を並べんな」

「いぎあぁぁ~っ!!」


 辰馬が踏みつける脚に力を込めると、サティアは本当にどうしようもなく無様な悲鳴を上げた。その美しかった顔は痛みと恐怖で醜く歪み、彼女が女神であるといって信じる者はいないだろう。


「さて。ふんじばって支部に引き渡すか……。そんじゃ、動くなよ」

 辰馬はそう言ってサティアから足をはなし、背嚢を降ろす。封神符を編んだ縄を取り出して縛り上げるはずだったが、これがサティアに最後で最大のチャンスを与えた。サティアはキトンの胸元を探り、豊かな乳房がむき出しになるのもかまわず一つの小瓶を取り出すと栓を開けた。一気に中身を呷る。


 それはサティアの切り札。宮代の土后とちがみ宇土御社之媛神うとのみやしろのひめかみ。宮代は御社に通じ、すなわち宇土御社之媛神がこの村一帯の祭儀を司る「社」であって、土地に眠る大いなる力の管理者であったことを示す。それこそ、この宮代という土地においてはアカツキの主神ホノアカにも劣らぬほどの力を行使しうる存在。その力には多重の封印が施されていたため媛神自身も自分のポテンシャルに気づいていなかったが、本来的な力を解放すれば……!


「っ!?」

 あまりに強烈な神気に、辰馬が思わず目を覆う。


 その頭が、途方もない怪力で掴まれた。ぐぉっ、と持ち上げられた次の瞬間、壁に叩きつけられる。「がふ・・っ!?」そのまま今度は床に叩きつけられた。「くぁっ!?」そしてもう一度、壁にぶち当てられる。あまりに強い威力で叩きつけられたため、壁に大きなクレーターが穿たれた。


「よくも……よくも恥をかかせてくれたわね、人間!!」

「かけ……げほ……っ! 知るかよ、ばかたれ。お前が勝手に命乞いしたんだろーが……」

「うるさい!!」


 神力が巨大な見えざる手となって、辰馬の身体を掴み、握りしめる。あまりに凄絶な威力の前に、辰馬は眉根をひそめた。サティアは握りつぶさんばかりに神力を込めながら、壁のクレーターに何度も何度も、辰馬の身体を叩きつける。そして空間を開き、生み出すは光の剣。これが辰馬の両手足に突き立てられ、その華奢な身体を壁に磔にする。


「くぁっ……があぁ……っ!?」

「このまま手足をもいであげる! ダルマになりなさい!!」


「ばかたれがよ……宇土御社之媛神、聞こえっか! 殺されて、いいように力を使われて、悔しくねーのか? お前の意志を取り戻せ! そうじゃないと、お前自身あんまりにも報われねーだろーがッ!」


「は、くだらない。これはもうただの力の塊。万言を費やしたとしても届かない!」


 サティアが吼える。辰馬の身体に無数の神力の刃が突き立てられた。生身とは言え神霊に近い辰馬がそれで即死することはないが、ダメージは確実に残る。どうにかして盈力を振り絞って逆転、と考えても、さすがに創神×女神×土地の神気が累乗されているのでは少しばかり届かない。


 さらに追加の刃が、右肩の付け根に突き立てられる。


「くぁ・・っ!」

「もっと悲鳴を上げなさいよ! 情けなく命乞いして、無様な姿をさらしなさい!」

「……るせー……、おれにゃプライドがあんだよ、おまえと違うわ。死んでもみっともないこと言えるか、ばかたれ……」

「なら、死になさい!!」


 サティアは光の刃を振りかざす。


 あー、こりゃ死んだわ……初の依頼不履行か、悪いな、蓮っさん……。親父も、おばさんも……それに、瑞穂か……護ってやらにゃーならんのにな、悪い……悪いって……そんな簡単に諦めてたまっか!


 一度、閉ざして諦めた瞳を、強く見開く。


 そして、願いは届いた。


 刃が突き立てられることは、ついになく。


「あああああああああっ!?」


 もてあました力の、烈しい内訌ないこう。サティアはうめき声を上げ、膝を突く。我が身を拘束する神威しんいが急に萎み、辰馬は解放される。光の刃を力尽くで払い、壁から床に降り立つ。


「く、媛神……この期に及んで、抵抗を……!」

 鬼女の形相で、身を焼く宇土御社之媛神の力に対抗するサティア。だが前述の通り、媛神は単体で存在するものでなく近隣一帯の祭神。サティアであっても簡単に押さえつけることはできない。


「……お前に人望がなくて助かったな……さあ、終わりとしようや、クソ女神! 「暗涯あんがいの冥主! 兜率とそつの主を喰らうもの、かつえの毒竜ヴリトラ! 汝の毒の牙もちて、不死なる天主に死を与えん! ・・覇葬はそう天楼絶禍てんろうぜっかァ!!」


 必殺の全力、父から受け継いだ必殺、であり、父とはまた違う、氷れる光の天楼絶禍。三対六翼の黒い翼が、世界を覆う漆黒の大闇となってサティアを襲う。


 が。


「舐めるな、人間ッ!! この程度の力!!」


 サティアも必死である。限界を超えた力を引き出し、巨大な光の剣をぶつけて天楼絶禍を食い破る。


 盈力だからって魔力偏重へんちょう、神力偏重の力だと駄目か。完全に両方を融合させんと・・やっぱ、盈力しかない……となれば、未完成だがこれを使う!


デーヴァにしてまたアスラの王、大暗黒マハーカーラの主なる、破壊神にして自在天! 汝、燃える男根より生まれし者! 世界を遍く照らす三眼! 偉大なるマハーデーヴァにして悪鬼のブーテーシュヴァラ! 破壊者ハリにして創造者ハラ! 1000の名を持つ王、その霊威を示せ!!」


 瞳を閉ざした辰馬の周りの空気が、質を変える。その力の高まりとは正反対に、外に発されるそれは激しさをなくす。引き絞られる弓のように一極集中であり、内に向かって高められた力は恐ろしいほどに凄絶。


 サティアは畏怖し、それ故に全力で攻撃を仕掛ける。全力を込めて、羽衣をふるう。巨大な竜となった羽衣は、その顎で辰馬を丸呑みしようとして、しかし咬み合わせようとした牙は辰馬の前で止められ、逆に大顎をひしがれる。


眼を開く。


「嵐とともに来たれ、焉奏えんそう輪転聖王ルドラ・チャクリン!!」


 極限まで引き絞られた力が、一気に放たれる。神力と魔力、それを別個に扱うのではなく、両者を完全な形で融合させて放つ一撃。魔力をもってなす「焉葬」ではなく、神力を兼ね備えるゆえに「焉奏」。過去に地上で発現したあらゆるエネルギーを超越する大破壊力が、この玄室の中一極に収束して炸裂した。


 音すらさせず、大気を震わす震動もなく。


 ただ強大無比の光が一条、天に向かって伸びてゆく。


 その日。


 天を貫く一条の黒き光の柱を、世界中の人々が見たという。


 そして、勝敗は決した。


・・・


「辰馬サン、ケツ触らせて!」

「あ゛ァ!?」


 シンタの第一声に、疲労困憊の辰馬は瞬時に元気を取り戻して顔面蹴りを繰り出す。


「げぶ!?」

「なに言ってんだお前は。殺すぞ」

「いや、だって出水が触りほーだいって・・」

「申し訳ないでゴザル主様。まあ、このバカも少しは頑張ったので、多少のご褒美があればと・・」

「なんでおれがケツさわらせなきゃなんねーんだよ・・。ケツ触りたけりゃ彼女でも作れお前。おれと違ってそこそこいい男なんだからなんとでもなるだろ?」

「ぁ゛あ゛!?」

「・・なんだよ?」

「正気っスか辰馬サン!? 『おれと違って』って、あんたほどいい男ほかにいないでしょーが!!」

「おれは女顔だからな-、男として見られん・・お前みたいなアホにばっかもてるし・・で、大輔はどーした?」

「あぁ、あれは裏切りモンです」

「?」

「あのアホぁ早雪ちゃんと・・くああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」

「??」


「誰が裏切りモンだよ、バカ」


 そう言いながら遅れてやってきた大輔には、少女が付き添っていた。長尾早雪。女神サティアより神使をその身に降ろされ、望まぬ暴虐をふるった少女。牢城雫に敗れたことで解放された彼女は、派手さはないが素朴な美少女であり、大輔を見上げる視線には明確な好意が込められていた。


「みなさん、この度はご迷惑をおかけしました、村長の娘として、この通りお詫びいたします」

「頭さげることないですよ、長尾さん。新羅さんはそーいうの嫌いですし、それに貴方だって被害者でしょーが。今までずっと操られて、今だって体力的に無理してんじゃないですか?」

「そんなことは・・、っ」

「ん、無理してるらしいな。大輔、休ましてやれ・・とその前に、ちょと耳」

「はい?」


 辰馬は大輔をちょい、と呼んで、その耳に村長の死を告げる。宮代=御社から力を吸い上げるための触媒として、村長長尾氏は生かさず殺さずの状態で命だけ長らえされられていたが、辰馬が発見したときもうどうしようもなかった。宇佐見たちのケースは操られている間魂をサティアの傀儡である精霊のものに換えられていたために損耗が少なかったが、長尾村長の場合は完璧に手遅れだった。


「というわけで、あの娘に言うかどうかはおまえに任す」

「え、そーいうの俺、苦手ですよ?」

「お前が言わないでどーすんだよ、彼氏! いーから任すぞ」


「ふぁー、疲れた……さっきの光の柱、あれたぁくん?」


 やや遅れて、雫もやってくる。輪転聖王ルドラ・チャクリンの光を見たらしい。


「ああ、あれでおれもひとまず開眼ってとこかな。まあ、親父とかおばさんには、まだ勝てそうにないけど」


「やはは、謙虚なこというねー、たぁくんは。あれ見たら狼牙さんもルーチェお姉さんも驚くと思うよ?」

「ならいーが。さて……この村にギルドの支局はないらしーんだよな。この女神、太宰の蓮華洞まで連れてくか……」


「ちょっと待ってくだせぇよ!」

「ん?」


 異界化から解かれた長尾邸の周りには、村の衆、老若の男が集まっていた。


「その女にどんだけ俺たちが苦しめられたか、報復してやらねぇと気が済まねぇ!」

 一人の男が言うと、ほかのみんなも「そうだ、そうだ」と唱和した。


「・・報復ねぇ、具体的に、なにすんの?」

「復讐だ! 男衆全員で犯して、村門に磔にしてやる!」

「あ゛ぁ!?」

「なんだ、庇い立てする気か! この女を倒してくれたことには感謝するが、邪魔するならお前たちもただでは済まさんぞ!」

「ふざけんなよ、おれはそーいう、やられたらやりかえすとか大嫌いで……」

「たぁくん、まずいよ。殺すわけにいかないでしょ?」


 雫が辰馬の袖をちょいちょいと引くも、辰馬はぼんやりした表情にサティアと戦っていたときより烈しい怒りを浮かべていた。この村人たちの他力本願と身勝手ぶりに、どうしようもなく怒りがこみ上げた。


「うるせー。なんなら一般人だろうと殺す。なんだ、報復だとか復讐だとか。理屈つけて女抱きたいだけだろーが。つまらんこといってんじゃねーぞ、ばかたれどもが!」


言って、ふんじばって放置していたサティアを抱き起こすと腰を引き寄せる。


「こいつはおれのもんにする! 手ェ出すやつは殺す。度胸があるヤツはかかってこい、一瞬で塵にしてやる」


 便宜的にそう言ったのだが、自分の腕の中でサティアが頬を赤らめ、胸板に顔を埋めたことに辰馬はまったく気づかない。


 さきほどの輪転聖王を見せつけられたからには、村人たちも辰馬に対して徹底的に高圧的には出られない。辰馬たちは感謝されるどころか恨みがましい目で睨まれながら、宮代を後にした。


「あー、くそが! なぁーにが報復だ、ばかたれ、ばかたれ、ばかちんが!」

「たぁくん、静かに。汽車の中だからね」

「だってなぁ・・あんなこと言われると、自分がなんのために戦ったのかわからんくなる……ほんとに人間って守る価値あんのかな……」

「それはたぁくんが決めることだけど。まあ一面だけ見て決めてちゃ駄目じゃないかな」「ん……まぁ、そーか……で、サティア、だっけ? お前さっきからなんで黙ってんの?」

「はゃ!? は、はひ……あの……新羅……さん、いえ、さま?」

「? なんだよ?」

「わたしのことを、『おれのもの』と仰いましたが、あれは・・」

「あ・・」


 気づいた雫が、可愛い弟分を巡るライバル増加になんともいえない顔になる。


 うっぎゃああぁー! もともとあたしとエーリカちゃんだけだったのに、ここ数日でみずほちゃんにこの娘までとか、どーすんのよ! ううー、でもたぁくんのやることに指図はしたくないし……。困ったなあ-……。


 雫の懊悩はさておき。辰馬はサティアの言葉に特段の動揺を見せることもなく、平然と答える。


「あぁ、あれはその場しのぎだ。別に拘束するつもりとかねーし。とりあえず罪を償ったらどこへ行くなり好きにすればいい。まあ、数年は牢屋暮らしになると思うけど、そこらへんは自業自得って事で」

「そ……そう、ですか……」

 なんか残念そうに縮こまるサティアに怪訝な視線を向けるも、辰馬は消耗と汽車の揺れに眠気を誘われ、眠りに落ちた。


・・・


 ヒノミヤで神楽坂瑞穗に救われた密偵、晦日美咲つごもり・みさきは、帰るなり筆頭宰相本田馨綋ほんだ・きよつなの執務室に呼ばれた。だいたい、次の任務には想像がつく。


「お呼びでしょうか、宰相様」

「うむ。先ほど、宮代の方角で発した光の柱は?」


 やはりそうか、と思う。というより、あれだけ巨大な力を見せつけられて、宰相ともあろうものが手を打たないわけにはいかないだろう。


「はい、わたしの方でも観測しましたが」

「魔王と聖女の子、か。蓮純の友人と言うことでこれまで放置してはいたが、あれほどの力を見せつけられてはほったらかしというわけにもいかん。猛獣には縄をかけておく必要があろう」

「それで、内偵を?」

「ひとまず、そういうことだ。幸い、お前とあれは同い年。おなじ学園に転入するとて、特に問題ない」

 宰相はそう言うと、少女に数枚の書類を渡す。


 表紙には【魔王継嗣まおうけいし・新羅辰馬】と記され、数十枚に及ぶプロフィールが記されていた。馨綋個人としての知り合い……馨綋の古い上官が辰馬の祖父……でもあるらしく、ところどころ宰相自らの手で注釈が入っていた。仕事が細かい。


晦日美咲つごもり・みさき、ご下命確かに拝命いたしました。では」

 美咲は書類を受け取り、軽く目を通すと、そう言って場を辞す。


 宰相・本田馨綋は執務机に座り直すと、眉間のしわを軽くほぐした。

「聖女アーシェ・ユスティニアの予言……あれが、辰馬が世界を壊すことがなければ、それが一番よいのだがな……」

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