第7話 1章3話.母の影想う
「と、いうわけです・・」
「……あれだな……そのジジイは殺そう、うん。なんならヒノミヤも全部潰す」
辰馬はぽやー、と言い放った。ひなたぼっこ気持ちいい、とでも言い出しそうな顔で殺すのなんのと言うから、違和感がもの凄い。
「うんうん、女の子を非道い目に遭わせた奴らには報いを与えなくちゃね、よくいったぞ、たぁくん」
「あーもー、頭撫でんなや。うっとーしい」
つま先立ちになって頭を撫でてくる雫の手を煩わしげに払いながら辰馬がけだるげに言うと、大輔がおずおずと挙手した。
「あの、新羅さん? さすがに無理じゃないですかね・・。ヒノミヤって、この国のほとんどが信徒なわけで・・あれにケンカ売るとかちょっと・・」
この国に生きる者として宗教街区日ノ
「辰馬サンが無茶言うのは慣れてっスけど、オレも自殺行為だと思うっスよ? ヒノミヤの大神官なんて、それもう人間じゃねーし。ほとんど神様と同じだし」
「拙者もあまりやりたくないでゴザルよぉ~・・、なにせ「呪術の」シロツキ派宗家、神月家のボスでゴザろ? うかつに手を出すと呪われるかもしれんでゴザル。ねぇ、シエルたん?」
「そーそー、ひでちゃんの言うとおり!」
シンタと出水も似たような感じだった。ついでに出水の肩に止まる妖精も出水に
「……くだらね。神だろーが悪魔だろーが、当然人間も。おれはおれを不愉快にする存在を許せるほど寛容にできてねーんだわ。瑞穂をこんなにした五十六ジジイ、ブチのめしてやらんと気が済まんし、五十六に至るまでにこの国中の信徒全員が立ちはだかるなら全員シバき倒して進む。別にお前らについてこいとかいわねーし、いらん。ただ一言いっとくが、邪魔だけはすんな。そのときは、おまえらでも殺す」
普段あまり
辰馬の瑞穂に対する肩入れ。その理由は辰馬の家庭環境にある。簡単に言ってしまえば、辰馬は瑞穂に母を重ねて見ていた。
新羅辰馬の母はアーシェ・ユスティニア・新羅。かつて魔王オディナ・ウシュナハに攫われ、ひどい陵辱を受けた『聖女』である。母に対する
「いやまあ、新羅さんがついてこいってゆーならついて行きますよ? 一の舎弟としては。そらシンタやらエセ忍者やらは裏切るかもしれんですが、俺だけは一生!」
「あ゛ァ!? だれが裏切るかよ! つーか辰馬サンの一の舎弟はオレだっての! ヒノミヤだろーが女神だろーが相手してやるっスよ、オレぁ!」
「拙者だって負けておらんでゴザルよ! やってやるでゴザルーっ! シエルたん、褒めて褒めて!」
「よしよし、ひでちゃん偉い!」
やぶれかぶれ気味に、辰馬への追従を口にする舎弟たち+妖精。
「あー。まあ、ついてくんなら無理せんよーにな。勝手に死んだら殺す……つーてもさすがに、今すぐヒノミヤを攻めるとか自殺行為だしな。まず蓮っさんに連絡して、瑞穂が回復するまで情報収集と訓練がてら依頼こなすか……。瑞穂、おれ、そろそろ行くけど、なんか必要なものとか、して欲しいことあるか?」
はぁ~、と三人がざわめきとともに辰馬の
「たぁく~ん、おねーちゃんにもみずほちゃんにするみたいに優しくして欲しーなぁ~」
「あーはいはい。まとわりつくな、しず姉」
雫が腕に
「仲がよろしいのですね、新羅さんと・・牢城さん。」
「うんうん、仲良しだよー!」「いや別に」
同時に正反対の詞を口にのぼせる雫と辰馬。
「やはは、恥ずかしがんなよー♡」
否定された雫は傷ついた風もなく、辰馬の頭をフェイスロックに抱極めるとかいぐりかいぐりなで回す。144センチと小柄ながら、その部分は十分に発育している姉貴ぶんの胸を押し当てられて辰馬は苦しげにジタバタもがいた。ふりほどけないのは辰馬が貧弱と言うわけでもふりほどけないふりをしているわけでもなく、雫の
「まただよあの姉弟のらぶらぶ。やめてくれねぇかなさすがに……」
「人前でよくあんなにじゃれてられるよなー。つか、生徒と教師で不道徳じゃね?」
「ま、拙者にはシエルたんがいるから羨ましくないでゴザルが」
「牢城さんは・・」
瑞穂は、少し言いにくそうに口を開いた。
「んん?」
「牢城さんは、覇城家傍流の牢城さん、ですよね?」
覇城家。アカツキ皇国最大の貴族であり、雫の牢城家はその傍流に当たる。既得権益にあぐらをかく権威主義者の集まりだが、その権威はいまだ国内に根強い。
そして23年前、雫が生まれた直後、覇城は牢城家を貴族の列から廃した。いろいろともっともらしい理由を付けてはいたものの、要はアールヴ(妖精)の「濁った血」を牢城という「清流」に入れたことが覇城当主の勘気を買ったのだった。
「そーだよー。あんまり知んないけど」
「牢城家は謀略により覇城から逐われた、と聞きます」
「そーだね。うん。まあ、名門になんの相談もなく妖精族の血なんか入れちゃったおとーさんが悪いんだけどねー、やはは」
やははと笑って頬を掻く雫。その表情にはいっさいの翳りもない。
「覇城の家が、憎くはないのですか?」
「? なんで?」
「え・・その、本来であれば、その、覇城で何不自由なく・・」
「んー、今でも別に不自由してないからねー。『本当なら』とか『あのときああだったら』とか、そういう話はあんまり、好きじゃないんだ、あたしは。ま、今ここにたぁくんがいて、おねーちゃん好き好きって行ってくれるからあたしは幸せ。ねー♡」
「好き好きとか言ってねーわ。離せやしず姉」
「うはは、照れるな照れるなー♪」
・・・
辰馬たちが帰って行った後。
どこまでも明るくほのぼのとしたじゃれ合いを思い出し、瑞穂はまぶしげな顔になる。自分が身を置いた汚い権力闘争の場に比べて、あの少年たちのなんと清らかなことか。清らかな聖女として振る舞いながら、自分のどこまで無邪気でなかったことか。
(わたしは・・やり直せるでしょうか・・?)
口の中で呟いた。・・希う。強く。
・・・
病院から徒歩で5,6分。一等市街区の一角、個人の事務所としてはかなり立地のよい区画に、その建物はある。
建物もかなり大きめ。そこいらの公民館程度にはあるだろうか。
看板には『
かつての「魔王退治の勇者」一行の一人、
かつて16年前にはアカツキに「ギルド」なるものはなかったらしい。当時あったのは「互助会」であって、それぞれの店の情報共有や冒険者の
さておき。
「たのもー」
「お邪魔しまーす」
「ちーっす」
「どーもー」
「失礼するでゴザル」
口々に言って事務所に入っていく辰馬たち一行。
「あぁ、いらっしゃい、辰馬。なに、前回のお金、もう使った?」
「よー、おばさん。つーか、さすがにまだ使い切ってねーわ。いくらなんでも。・・おばさんの中でどんだけ浪費家なんだよ、おれは」
「おばさんじゃないでしょ、『ルーチェお姉さん』といいなさい」
「なにいってんだか。31にもなっておねーさんとか、笑わせるのも大概にして欲しい……」
「ん? 殴られたい?」
「いや……すんません、ルーチェお姉さん」
と、一行を迎えたのはルーチェ・ユスティニア・十六夜。16年前の時点ではカタコトで名前の発音がおかしだったが、今ではすっかりと流暢になっている。31才となって容色衰えるどころかますます美しく、彼女目当てでこのギルドに登録する冒険者も多いらしい。もっとも、夫一途のルーチェはほかの誰にもなびかないし、ルーチェに手を出そう者なら愛妻家の夫が黙っていないが。
辰馬と雫はいつも通りリラックスして椅子に腰掛けるも、舎弟たちはえらく緊張していた。この辰馬の叔母の、とんでもない美貌の魔力にどうしようもなく絡め取られてしまっている。
顔立ちそのものは辰馬とほとんど生き写し。二人が対面していると鏡に向き合っているようにすら見える。銀髪白面、髪型は束ね髪と三つ編みで違うし、瞳の色も緋眼と碧眼という違いはあるものの、根源的にうり二つといっていいほどよく似ている。しかしルーチェには辰馬より15年分の経験で上積みされた
「んー、なんか、おれと同じ顔のおば……ルーチェ姉さん見てお前らがそんなふーになるの複雑だな……。おれのこともそーやって見てるのかと思うと気が気じゃないわ」
「いやー、それは……」
「へへ、そりゃ、まぁ? 辰馬サンかわいーし……」
「いやまあ? 拙者はシエルたん一筋でゴザルが……」
曖昧に言葉を濁す三人に、追求するのが怖くなって辰馬はルーチェの方を向き直る。
「
「わたしじゃできない話?」
「んー、どーかな・・。宰相とのパイプがあんのって、蓮っさん個人だしなぁ」
辰馬自身、
「本多様に取り次ぐ必要のある話、か・・。それは蓮純を呼ばないとかもね。・・ちょっと待ってて」
・・・
しばらくして。
奥から出てきた長身蓬髪の男性は、16年前からほとんど変わっていない。25才にしてはやや老けて見えた風貌が41才にしては若作りだといわれるようになり、顔に刻まれたしわがやや深くなってはいるが、かつて新羅狼牙、ルーチェ・ユスティニアとともに世界を旅した頃そのままだ。違いとしては「目つきが悪い、悪役顔」と常々妻に言われる目つきをいくぶんか穏やかにして、かつてより幾分、雰囲気はやわらかくなっている。
「ようこそ、辰馬くん。さて、国の中枢に入れておきたい用件、ということですが」
「ん。えーと、どっから話したもんか・・。昨日ちょっと怪我人拾ったんだけど・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます