第7話 1章3話.母の影想う

「と、いうわけです・・」

 新羅辰馬しらぎ・たつま牢城雫ろうじょう・しずく朝比奈大輔あさひな・だいすけ上杉慎太郎うえすぎ・しんたろう出水秀規いずみ・ひでのりの5人は声もなく、瑞穂みずほの凄惨な自分語りを聞いていた。あまりの胸くその悪さに、シンタや出水でも「うひゃ~、エロい、コーフンするぅ~!」とか言えない状況である。


「……あれだな……そのジジイは殺そう、うん。なんならヒノミヤも全部潰す」


 辰馬はぽやー、と言い放った。ひなたぼっこ気持ちいい、とでも言い出しそうな顔で殺すのなんのと言うから、違和感がもの凄い。


「うんうん、女の子を非道い目に遭わせた奴らには報いを与えなくちゃね、よくいったぞ、たぁくん」

「あーもー、頭撫でんなや。うっとーしい」


 つま先立ちになって頭を撫でてくる雫の手を煩わしげに払いながら辰馬がけだるげに言うと、大輔がおずおずと挙手した。


「あの、新羅さん? さすがに無理じゃないですかね・・。ヒノミヤって、この国のほとんどが信徒なわけで・・あれにケンカ売るとかちょっと・・」


 この国に生きる者として宗教街区日ノヒノミヤの隠然たる力は身に染みている。個人で抗うには巨大すぎる相手だ。主神火之緋ホノアカと陪審・健速タケハヤ白月シロツキの三女神への信仰に裏打ちされた宗教的・現世的な威力は、アカツキ国民の原的精神に根付いている。それにたてつこうという考えがそもそも浮かばないし、浮かんだとして抵抗はおよそ現実的ではない。辰馬や雫のような無神論者・・正確には神的存在不要論者が、この世界のマイノリティなのだ。辰馬の言うことになら二つ返事で従う大輔からして乗り気でない。


「辰馬サンが無茶言うのは慣れてっスけど、オレも自殺行為だと思うっスよ? ヒノミヤの大神官なんて、それもう人間じゃねーし。ほとんど神様と同じだし」

「拙者もあまりやりたくないでゴザルよぉ~・・、なにせ「呪術の」シロツキ派宗家、神月家のボスでゴザろ? うかつに手を出すと呪われるかもしれんでゴザル。ねぇ、シエルたん?」

「そーそー、ひでちゃんの言うとおり!」


 シンタと出水も似たような感じだった。ついでに出水の肩に止まる妖精も出水に追従ついしょうする。及び腰の舎弟分たちを、辰馬は鼻で笑った。


「……くだらね。神だろーが悪魔だろーが、当然人間も。おれはおれを不愉快にする存在を許せるほど寛容にできてねーんだわ。瑞穂をこんなにした五十六ジジイ、ブチのめしてやらんと気が済まんし、五十六に至るまでにこの国中の信徒全員が立ちはだかるなら全員シバき倒して進む。別にお前らについてこいとかいわねーし、いらん。ただ一言いっとくが、邪魔だけはすんな。そのときは、おまえらでも殺す」


 普段あまり饒舌じょうぜつな方でない辰馬の珍しい熱気に、大輔たちは気圧され、そこにある違和感……あまり積極的に他人に干渉したがらない辰馬の、瑞穂に対する肩入れの度……に驚かされた。


 辰馬の瑞穂に対する肩入れ。その理由は辰馬の家庭環境にある。簡単に言ってしまえば、辰馬は瑞穂に母を重ねて見ていた。


 新羅辰馬の母はアーシェ・ユスティニア・新羅。かつて魔王オディナ・ウシュナハに攫われ、ひどい陵辱を受けた『聖女』である。母に対する敬慕けいぼの念が強い辰馬としては、境遇が母に似た相手に対して無意識的に強い同情心というかシンパシーを感じてしまうらしい。辰馬自身自分にそんなところがあることを知らなかったが、辰馬が生まれる以前から新羅江南流講武所しらぎこうなんりゅうこうぶしょに出入りして辰馬の父・狼牙ろうがや祖父・牛雄うしおといった新羅家の男たちを見知っている雫としては非常に腑に落ちるところだった。そういう部分を見て、雫はうんうんとニコニコしている。


「いやまあ、新羅さんがついてこいってゆーならついて行きますよ? 一の舎弟としては。そらシンタやらエセ忍者やらは裏切るかもしれんですが、俺だけは一生!」

「あ゛ァ!? だれが裏切るかよ! つーか辰馬サンの一の舎弟はオレだっての! ヒノミヤだろーが女神だろーが相手してやるっスよ、オレぁ!」

「拙者だって負けておらんでゴザルよ! やってやるでゴザルーっ! シエルたん、褒めて褒めて!」

「よしよし、ひでちゃん偉い!」


 やぶれかぶれ気味に、辰馬への追従を口にする舎弟たち+妖精。


「あー。まあ、ついてくんなら無理せんよーにな。勝手に死んだら殺す……つーてもさすがに、今すぐヒノミヤを攻めるとか自殺行為だしな。まず蓮っさんに連絡して、瑞穂が回復するまで情報収集と訓練がてら依頼こなすか……。瑞穂、おれ、そろそろ行くけど、なんか必要なものとか、して欲しいことあるか?」


 はぁ~、と三人がざわめきとともに辰馬のかんばせに注目し、雫でさえもわずかに驚き動揺する。基本超然として他人に無関心な辰馬が、わざわざ人に気配りする、それだけで信じられないくらいの珍事だった。


「たぁく~ん、おねーちゃんにもみずほちゃんにするみたいに優しくして欲しーなぁ~」

「あーはいはい。まとわりつくな、しず姉」


 雫が腕に撓垂しなだれかかると、辰馬はいつも通りドライに引っぺがす。そこは平常運転。


「仲がよろしいのですね、新羅さんと・・牢城さん。」

「うんうん、仲良しだよー!」「いや別に」


 同時に正反対の詞を口にのぼせる雫と辰馬。


「やはは、恥ずかしがんなよー♡」


 否定された雫は傷ついた風もなく、辰馬の頭をフェイスロックに抱極めるとかいぐりかいぐりなで回す。144センチと小柄ながら、その部分は十分に発育している姉貴ぶんの胸を押し当てられて辰馬は苦しげにジタバタもがいた。ふりほどけないのは辰馬が貧弱と言うわけでもふりほどけないふりをしているわけでもなく、雫の膂力りょりょくが異様に強い。これには多少の理由がある。


「まただよあの姉弟のらぶらぶ。やめてくれねぇかなさすがに……」

「人前でよくあんなにじゃれてられるよなー。つか、生徒と教師で不道徳じゃね?」

「ま、拙者にはシエルたんがいるから羨ましくないでゴザルが」


「牢城さんは・・」


 瑞穂は、少し言いにくそうに口を開いた。

「んん?」

「牢城さんは、覇城家傍流の牢城さん、ですよね?」


 覇城家。アカツキ皇国最大の貴族であり、雫の牢城家はその傍流に当たる。既得権益にあぐらをかく権威主義者の集まりだが、その権威はいまだ国内に根強い。

 そして23年前、雫が生まれた直後、覇城は牢城家を貴族の列から廃した。いろいろともっともらしい理由を付けてはいたものの、要はアールヴ(妖精)の「濁った血」を牢城という「清流」に入れたことが覇城当主の勘気を買ったのだった。


「そーだよー。あんまり知んないけど」

「牢城家は謀略により覇城から逐われた、と聞きます」

「そーだね。うん。まあ、名門になんの相談もなく妖精族の血なんか入れちゃったおとーさんが悪いんだけどねー、やはは」

 やははと笑って頬を掻く雫。その表情にはいっさいの翳りもない。


「覇城の家が、憎くはないのですか?」

「? なんで?」

「え・・その、本来であれば、その、覇城で何不自由なく・・」

「んー、今でも別に不自由してないからねー。『本当なら』とか『あのときああだったら』とか、そういう話はあんまり、好きじゃないんだ、あたしは。ま、今ここにたぁくんがいて、おねーちゃん好き好きって行ってくれるからあたしは幸せ。ねー♡」

「好き好きとか言ってねーわ。離せやしず姉」

「うはは、照れるな照れるなー♪」


・・・


 辰馬たちが帰って行った後。

 どこまでも明るくほのぼのとしたじゃれ合いを思い出し、瑞穂はまぶしげな顔になる。自分が身を置いた汚い権力闘争の場に比べて、あの少年たちのなんと清らかなことか。清らかな聖女として振る舞いながら、自分のどこまで無邪気でなかったことか。


(わたしは・・やり直せるでしょうか・・?)

 口の中で呟いた。・・希う。強く。


・・・


 病院から徒歩で5,6分。一等市街区の一角、個人の事務所としてはかなり立地のよい区画に、その建物はある。

 建物もかなり大きめ。そこいらの公民館程度にはあるだろうか。

 看板には『悲想院蓮華洞ひそういんれんげどう』。

 かつての「魔王退治の勇者」一行の一人、十六夜蓮純いざよい・はすみが営む冒険者ギルドである。


 かつて16年前にはアカツキに「ギルド」なるものはなかったらしい。当時あったのは「互助会」であって、それぞれの店の情報共有や冒険者の紐帯ちゅうたいも薄かった。登録冒険者に対する恩恵も薄く、野良の冒険者が多かったのを、帰国した蓮純が宰相・本多馨綋ほんだ・きよつなの支援も受けて抜本的に造り変えたのだ、と自慢げに離してくれたのは蓮純の妻で辰馬の叔母ルーチェ・ユスティニア・十六夜。この叔父と叔母は本当に見ていて胸焼けがするほど仲むつまじく、辰馬としては少し「イラっ♪」とする。


 さておき。


「たのもー」

「お邪魔しまーす」

「ちーっす」

「どーもー」

「失礼するでゴザル」


 口々に言って事務所に入っていく辰馬たち一行。


「あぁ、いらっしゃい、辰馬。なに、前回のお金、もう使った?」

「よー、おばさん。つーか、さすがにまだ使い切ってねーわ。いくらなんでも。・・おばさんの中でどんだけ浪費家なんだよ、おれは」

「おばさんじゃないでしょ、『ルーチェお姉さん』といいなさい」

「なにいってんだか。31にもなっておねーさんとか、笑わせるのも大概にして欲しい……」

「ん? 殴られたい?」

「いや……すんません、ルーチェお姉さん」

 と、一行を迎えたのはルーチェ・ユスティニア・十六夜。16年前の時点ではカタコトで名前の発音がおかしだったが、今ではすっかりと流暢になっている。31才となって容色衰えるどころかますます美しく、彼女目当てでこのギルドに登録する冒険者も多いらしい。もっとも、夫一途のルーチェはほかの誰にもなびかないし、ルーチェに手を出そう者なら愛妻家の夫が黙っていないが。


 辰馬と雫はいつも通りリラックスして椅子に腰掛けるも、舎弟たちはえらく緊張していた。この辰馬の叔母の、とんでもない美貌の魔力にどうしようもなく絡め取られてしまっている。


 顔立ちそのものは辰馬とほとんど生き写し。二人が対面していると鏡に向き合っているようにすら見える。銀髪白面、髪型は束ね髪と三つ編みで違うし、瞳の色も緋眼と碧眼という違いはあるものの、根源的にうり二つといっていいほどよく似ている。しかしルーチェには辰馬より15年分の経験で上積みされたろうたけた人妻の色香があり、男である辰馬では出せない艶味えんみをまとう。免疫のない16才の少年たちには刺激が強すぎ、大輔もシンタも出水も、ここにくるたびこうして棒立ちになってしまう。


「んー、なんか、おれと同じ顔のおば……ルーチェ姉さん見てお前らがそんなふーになるの複雑だな……。おれのこともそーやって見てるのかと思うと気が気じゃないわ」

「いやー、それは……」

「へへ、そりゃ、まぁ? 辰馬サンかわいーし……」

「いやまあ? 拙者はシエルたん一筋でゴザルが……」


 曖昧に言葉を濁す三人に、追求するのが怖くなって辰馬はルーチェの方を向き直る。


っさんいる? ちょっと報告」

「わたしじゃできない話?」

「んー、どーかな・・。宰相とのパイプがあんのって、蓮っさん個人だしなぁ」


 辰馬自身、筆頭宰相本田馨綋ほんだ・きよつなとの間に面識がないわけではないのだが、やはり公式な話をするのに自分では役者が足りていない、そう判断できる程度に辰馬は理性的ではある。


「本多様に取り次ぐ必要のある話、か・・。それは蓮純を呼ばないとかもね。・・ちょっと待ってて」


・・・


 しばらくして。

 奥から出てきた長身蓬髪の男性は、16年前からほとんど変わっていない。25才にしてはやや老けて見えた風貌が41才にしては若作りだといわれるようになり、顔に刻まれたしわがやや深くなってはいるが、かつて新羅狼牙、ルーチェ・ユスティニアとともに世界を旅した頃そのままだ。違いとしては「目つきが悪い、悪役顔」と常々妻に言われる目つきをいくぶんか穏やかにして、かつてより幾分、雰囲気はやわらかくなっている。


「ようこそ、辰馬くん。さて、国の中枢に入れておきたい用件、ということですが」

「ん。えーと、どっから話したもんか・・。昨日ちょっと怪我人拾ったんだけど・・」

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