第5話 散華の斎姫-1.ヒノミヤの首座
6月12日。
お義父さまが倒れた。
病気かと思いましたが、どうもそうではないらしく。そもそも昨日まで無駄に矍鑠としていたのですから、病気ではあり得ないとはいえませんが可能性としては低いでしょう。となるとまず考えられる線は、毒。
政敵に毒を盛る、盛られるは宗教街区ヒノミヤのお家芸みたいなものです。半月に一度は誰かが倒れ、誰かがその地位に就く、そう揶揄されるほど、この山上の景勝地に聳えたつヒノミヤ内宮府の政争は激しいのですが、まさか全神官を統括する地位にあられる神官長のお義父さまが狙われるとは、信じたくありませんでした。
いろいろと考えて、調べます。
大神官・
お義父さまの同期であり、大親友であるおじさまが、そんな真似をするとは考えたくないのですが、状況も動機も、おじさまには十分すぎるほどあるのでした。
まず、お義父さまへの
そのうえで、現在の地位は大神官の2位。上には神官長のお義父さましかいないわけで、お義父さまを弑す理由としては十分すぎるほど。
とはいえ。もしこの推測が当たっていたとしても、あまり敵に回したい相手ではありません。なんといっても五十六おじさまはわたしの親友、なこちゃん……
しかも。
「神月五十六の腹心」といわれる姫巫女三位、
なんとか話し合いで解決できないものかと、そう思いはするものの、それができれる段階ならばそもそも毒など使わないでしょう。つまり戦うしかないのですが、わたしの中の臆病さはどうしてもそこに踏ん切りがつけません。
五十六おじさまと磐座さんを、どうにかして離間させる……磐座さんの忠誠はまず崩せないから、やるとしたらおじさまに猜疑心を植え付ける方法……。
そこまで考えてイヤになります。人を騙して陥れる詐術。ヒノミヤの姫巫女……戦場において兵を指揮し鼓舞する存在でもあると言うことから、兵学兵法に関しては一通り学びましたが、実際それを使うのには躊躇いがあります。なんといっても陥れた相手は、それで命を落とすかも知れないのですから。
そう
よく見なくても凄い傷。よくこれで動けたものです。
「大丈夫ですか? すぐに治癒を……」
「大丈夫……です、神月五十六、あの男の野心は危険です……齋姫、できうれば今すぐ、この地からお離れを……」
息も絶え絶えに言う、赤髪のそのひとは女性でした。女のわたしから見ても、凄い美人。それよりなにより気になるのは、言葉の内容ですが。五十六おじさまの野心……ヒノミヤの主になる、それだけでは収らない?
女性を寝台に横たわらせ、自分は椅子に座って座臥……のはずが、いつのまにか2時間ほど眠っていたようです。気付は空が白み始めていました。
やはり、話し合いでわかりあうことは、無理なのでしょうね……。そうため息をつき、わたしは齋姫の正装……
・・・
やや時間を遡り、深夜。
「穣よ、本当に瑞穗嬢ちゃん……瑞穗は放置で問題ないのだな?」
置いてなお逞しいたくましい、浅黒い肌の老人の筋肉質な肉体の上で、金髪ショートヘアの少女が、白く小柄な裸身を弾ませる。小柄ながらに豊満な乳房がたふたふと揺れて老人……神月五十六の視覚を愉しませるが、今はそれどころではなかった。
神楽坂瑞穂の聡明を誰より知っているのはおれだという自負がある。もし自分に那琴という孫娘がなければ、相模より先にあの娘を養女に迎えていた。それくらいに才能を熟知している。巫女としての神力の素養はもとより、あれの智謀は神か悪魔のそれだ。普段は優しさという仮面で隠しているが、それを
正直に言えば、怖いのだ。
だが腹の上で
磐座穣、100年に一人の天才軍師、と言われる。
1799年、アカツキ西北、
父母の関係はお互い合意の関係ではなく、西の雄国ラース・イラの無頼漢で国外追放の憂き目にあったリューリクがたまたま目と手をつけた相手が古都であったに過ぎない。
なんにせよリューリクは古都に寄生し、三子をもうける。
アカツキという国自体はそれなりに開明的である。金髪など珍しくもないし、それを差別するなどそもそも考えもしない。だがヒノミヤという閉鎖的空間では、その
そのために兄妹は迫害を受けた。
自分たちが責められるのはまだ良かったが、母まで責められると話が違ってくる。彼らは世間を実力で見返すべく必死で学問に、スポーツに打ち込んだが、彼らが結果を出せば出すほどに周囲は兄妹を憎悪した。どうしようもない放蕩者ですぐに母をののしり、兄弟を
そのおり、神月五十六が兄妹に手を差しのばす。
ヒノミヤ
兄妹にはそれぞれに優れた才能があった。長兄・創は政治力、次兄・遷は剣技と軍事的才能、そして穣には神力と頭脳。それぞれの芸才で国の代表を張れるほどの才能であり、ことに穣の才は
かくして五十六の
その穣が、神楽坂瑞穂恐るるに足らず、という。瑞穗の能力を見誤っているとか、自分の方が勝ると思っているわけでは、断じてない。むしろ瑞穂の才が自分より卓越していると理解しているが、しかし瑞穗の中にある、優しさという名の臆病さをも穣は見切っていた。こちらを追い落とす策までは立てるだろうが、そこで冷静になった瑞穗がさらに一歩を踏み込めるか。答えは否である。穣はそこまでを先読みしていた。
「以上の次第で、瑞穂さんのことはご懸念に及びません・・んっ・・く・・」
そういうと、穣はまた無心に腰を振る。五十六の愛妾となって2年近くが経つが、正直に言ってこの行為自体、自分が気持ちいいわけではない。ただ、五十六に必要とされているその事実確認が穣には必要だった。彼女ら磐座の三兄妹は、どこまで栄達しようが結局、五十六の胸先三寸で終わってしまう。巫女の第三位にまで上り詰めながら、穣は一切自分自身の客観的価値を評価していなかった。
五十六も胸先をなで下ろし、それまで控え目だった腰の動きを激しく繊細にしていく。しかし内心で穣の鬼謀に畏れを抱いたのも事実だ。瑞穗の才能が自分を上回ることを知って、しかし自分が勝つと言い切る分析力には舌を巻くしかない、が……
才気が走り過ぎるのも考え物よ・・あまりに切れすぎる包丁は
五十六は穣の才気に内心、恐れを抱き、いぞとなれば切り捨てることを考えるながら、激しく腰を打ち上げた。
「ワシのために尽くせよ、穣。決してワシを裏切るな、お前が生きて此処に居られるのは、ワシのお陰なのだからな!」
「はい、はいぃっ! わかっております、この身も心も知恵も、すべては五十六さまのためにっ!」
汗と涙の雫を散らし、金髪の少女軍師は白い肢体を跳ねさせた。
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