聖人化

 小山田の頭から足を離した魔呼が僕の隣にしゃがみ、小山田の頭に爪を突き付けた。


 「力を借りた事は分かった。けどお前が翔馬に向けた情念は借りた力とは無関係。その強い思念がお前自身を『魔』にしている。」


 魔呼の爪が仄かに光を帯びる。

 抵抗出来ない小山田は魔呼を睨み付けたまま動けないようだ。


 「あくせぷと…」


 魔呼が可愛らしい口調で呟くと、爪が小山田の頭にめり込んでいった。

 小山田は睨んだまま表情を変えない。

 肉体的な痛みは無いのか?


 魔呼の爪が止まった。

 長い爪の半分くらいが小山田の頭の中に刺さっている。


 「な、何を…」


 小山田が口を開いた瞬間だった。








 「よっしゃ見付けたぁぁぁ出て来やがれぇぇぇ!!!」




 「うぎやぁぁぁぁぁ!!!」




 魔呼の爪が一瞬『ずぼっ!』っと小山田の頭を貫いた直後、一気に引き抜かれた。

 小山田は頭の中から何かを引き摺り出され、目を見開いて魔呼の爪が抜かれた所を両手で押さえてのたうち回っていた。


 「え?何?」


 呆然とする僕の目の前に、魔呼が小山田の頭から抜いた爪を見せる。

 爪の先に真っ黒い塊り…動いてる?


 「これがこいつの情念を増幅させてたのよ。」


 よく見ると、それは『ちっさい小山田』だった。

 顔は小山田そのもので、その顔の半分くらいの大きさの体に手足は有るのか無いのか分からない程度に突起のようなものがあるだけ。

 ちっさい小山田は魔呼の爪に貫かれたままビクビクと痙攣していたが、やがて動かなくなった。


 「死ん…だ?」

 「これは誰の中にでも居るんだけど、こいつのは異様に大きくてが強すぎるわ。」


 魔呼が手をぶんっと振ると、爪からそれが抜けて地面に叩きつけられた。

 『べしゃ』と鈍い音がして、やがて溶けるようにして消えていった。


 「これでこいつはもう大丈夫よ。」

 「そうなの?」

 「今までみたいな強い思念が生まれなければ…ね。」


 魔呼曰く、あれは感情があれば誰もが持っている感情の産物らしい。

 それが極限まで大きくなると小山田のように感情が暴走し、普通では考えられない行動をとってしまうようだ。


 「取り敢えずは安心って事…」


 と、小山田がゆらりと立ち上がった。

 一瞬身構えそうになって、小山田の顔を見て唖然としてしまった。


 『憑き物が取れた」とはこの事だろうか。

 険しさも棘も無い澄んだ表情。


 「鳥居君!僕は目が覚めたようだよ!」


 小山田が…僕を『君』付け…だと?

 『僕』?


 誰だよお前…。


 「後遺症かしらね。」


 魔呼が乾いた声で呟いた。

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