幼馴染の存在

 人からは見えない。

 声も聞こえない。

 物に触れられない。

 この状況でどうやって僕の事を調べればいいんだろうか。

 僕は信号機の上でふわふわと浮かびながら思案を巡らせていた。


 「考えていても進まないな。取り敢えず自宅に行ってみるか。」


 さすがに自宅の場所を忘れる事は無い。

 事故現場からそれほど離れてもいないしな。


 しかしこの何と言うか、誰にも邪魔されず飛ぶように移動出来るというのも逆に新鮮な感じがして面白い。

 人にぶつかる事も無ければ、大声で叫んでも誰の耳にも入らない。

 案外快適な部分もあるかもしれない。


 ゆらゆらと漂いつつ、僕は事故現場から1km程南、細い通りを2本ほど中に入った住宅街にある自宅に到着した。

 大通りの喧騒が嘘のように住宅街は静かだった。

 とりわけ我が家の前に来ると、何となく『音が消えている』という感じがする。


 玄関から『ただいま』と言ったところで誰にも聞こえない。

 僕はそのまま裏庭へ回り、庭に面した応接室を覗き込んだ。

 応接室には小さな仏壇が置かれ、僕の写真が立てられていた。


 「現実なんだな…」


 受け入れざるを得ない事実と、どうする事も出来ない現状に、少しでも気を緩めたら頭がおかしくなってしまいそうだったが、今はとにかく事故前後にあった事を調べなければならない。




 と、部屋の中をよく見ると、仏壇から少し離れて一人の女子生徒が制服のまま座っていた。

 見覚えがあるなんてものじゃない。

 隣に住んでいる幼馴染の春日愛乃かすがあいのだ。

 小さい頃からずっと一緒で、何処へ行くにも何をするにも、いつも僕の後ろを着いて回っていた。

 幼稚園から高校までずっと同じ道を歩み、いつも一緒で仲良くしていたので、周りからはよく冷やかされていた。

 それでも決して悪い気はせず、寧ろ子供ながらに将来の事を考えるきっかけになっていた。


 僕は愛乃が好きだった。

 愛乃も僕の事が好きだと言ってくれていた。


 愛乃は泣いていたのか、頬は濡れて顎に雫が付いている。

 大きな目は虚ろなまま、今にも零れ落ちそうなくらいに涙を湛えていたが、瞬きと同時にその涙が決壊して頬を伝い、膝の上で握り締めていた手の上に落ちた。


 「翔馬ぁ…」


 愛乃は小さな声で僕の名前を呼んでいた。


 「愛乃…ごめんよ…」


 僕は呟くように愛乃に詫びた。

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