第5話


「忘れるとこだった。はい、これ掛けて」

 何かを渡されたと思ったら眼鏡だった。

「度は入っていないわ。100円の伊達。変装用よ」

 そう言って神下も眼鏡を掛ける。こいつ眼鏡も似合うな。


 ああ、なるほど確かにラーメン屋って若い女性だけだと入りにくいらしいもんな。男の俺を連れて入ろうってか。

 神下のような大人しそうな人間なら余計に周りの目が気になってしまうのだろう。

 眼鏡とこの時間なのは知り合い対策なのかな。



「らっしゃーせ! おふたり様ですか、席どうなさいますか」

「2人です。通路際でお願いします」

「はいおふたり様ごあんなーい」

 神下がなぜか通路側を指定して座る。

 外でラーメンが食べたいとき、たまにここには来る。しかし生憎、晩飯にラーメンを食べてしまってさてどうしたものか。


 メニューを眺め、あまり腹は空いていないがチャーシュー丼でも頼もうか考えていると神下がガラス張りの店内から外を見て話しだした。

「古木くん、そっちから向こうのサイズの中まで見える?」

「え? ああ、見えるけどそれがどうした?」

「今が21時44分。あと16分……」


 神下がシックな腕時計を見ながらそう呟くが何の話かさっぱり分からん。この店のラストオーダーでは無いはずだし。

「すまん。何の話だ」

「労働基準法第61条で18歳未満の者が22時以降に労働することは禁止されているわ。」

 そういえばそんな規制もあったか? だが呼ばれたこととの関係性が分からん。

「それが……?」

「前にサイズで会った佐倉さんは深夜労働している可能性があるわ」

「可能性……。もしかして、それを確かめにこの時間に」|

「ええ、それで付いてきてもらったのだけれど」


 それには俺の付き添いは必要だったのか。まあ、こいつの私服見れてちょっとラッキーくらいに思っておくか。

「ごめんなさい。聞かれなかったからおおむね同じように推察したものだとばかり思っていたわ」

「いや、俺も悪い。俺がちゃんと聞かないのが悪いんだ。それで、何を根拠に深夜労働していると?」


「そうね。でもまず、注文しましょうか」

「じゃあ俺、このチャーシュー丼にするわ」

「あら? ラーメンじゃないの?」

「普段ならそうなんだが、晩飯ラーメンだったんだよ」

「それは申し訳ないわね。ラーメン屋には初めて来たのだけど、何頼めばいいのかしら?」

 ああ、ラーメン屋は本当に初めて来たんだ。やっぱり来にくいのか。単純に興味がないのか。

「別になんでもいいが、店名の付いてるやつが安定だろ」

「そうね、では来翔らいしょうラーメンの小で」

「すいませーん!注文を――」







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