第13話 想いが生み出す奇跡の力

◇◇◇


 ということでさっそく奇跡の下準備である。


 なにごとも下準備というのは大事だ。

 なにせその下準備如何でライブの質や、演出がグッと変わってくる。


「と言っても私がやるべきことはほとんどやり終わってるんだけどねぇ」


 そうして少し首を持ち上げて視線を上に向ければ、そこには見ずぼらしい村に不釣り合いなほどピカピカに磨き上げられた舞台があった。


 ここは村の中心部。何かを祀っていたと思われる祭壇が設置されている大広間だ。


 今は形だけ残っていてほとんど使われず汚れ放題だった舞台を、私が村の案内をしてもらっている間、シロナが目に見てわかるくらいにピカピカに掃除してくれたのだ。


 私と一緒に行動させるのはまずいとのことで村長さんがさりげなく気を利かせてくれた形だが、あの時の張り切り具合と言ったらもう、仕事を頼んだ私の方が心配になるほどのやる気っぷりだった。


「いやー上等上等、よくあれだけ汚い状態からこの短い時間でここまで綺麗にできたね。これなら上手くいきそうだよ」

「は、はい! がんばりました!!」


 ポンポンと頭を撫でてやれば、下から嬉しそうな声が返ってくる。


 せっかく舞台があるということで使わせてもらっているが、やはりアイドルと言ったらステージだ。


 なにごとも演出というのは大事だ。

 こと私が成し遂げようとしている企みには特に重要になってくるわけで――


「よっし、これなら上手くいきそうかなー。んじゃ村長さん。後はよろしくお願いしますね」

「まかされた。お主が吐いた奇跡とやらが嘘偽りでないことを祈っておるよ」


 そうして村長のマカロフさんに村人を広場に集めるように言えば、隣にちょこんと立つシロナが不安そうに私の袖を引いてくるではないか。


「うんどうしたのシロナ、そんな不安そうな顔をして」

「あの、本当にいんですか? あんなこと言って」

「あんなことってのはもしかして、この村を救ってみせるっていうあのこと?」


 でもなんでいまさらそんなことを……


「だって、その――エレンさまの奇蹟はあと一回しか使えないんですよね。そんな貴重な機会をこの本当に使ってもいいのですか?」


 ああ、なんだそういうことか。

 なんだかんだ言って自分のことを学がないというが、そんなことはない。

 幼いながら、彼女は本当は私が貴重な奇蹟のチケットを使ってまで、この村を助けるメリットがないことをしっかり理解しているのだ。

 でもさ、それ――、


「私に村を助けるよう初めに焚きつけたアンタが言っちゃいます?」

「あ、その――ご、ごめんなさい。たしかに、拙が言っていい言葉じゃありませんでしたよね……考えが足りませんでした」

「ふふっ、冗談だって。そんな真面目に反応しなくてったって大丈夫だから」


 ほんとシロナは泣き虫なんだから。

 可愛い顔が台無しだぞ?

 そうして今にも零れ落ちそうな涙を袖で拭ってやれば「ありがとうございます」と言って子供らしく洟を啜ってみせた。


「まぁシロナが言う通りこのチケットはあと一枚。ここで使ったら打ち止めだろうけど、なにもこのチケットだけが最後の希望って訳じゃないからね」


「だったらなおさら使いどころを考えた方がいいのでは……。その、拙がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんけど、貴重な奇蹟の機会を無駄にしてしまうような気がして……」


 うーん。まぁ確かにこれ以上のアイテムは滅多に入ってこないだろうし、食料を生み出すだけで使ってしまうのはもったいないような気がするけど――


「いずれヲタク共にバンバン貢いでもらう予定だから今はモーマンタイかな」

「そう、なのですか?」

「そうなの。だから別にシロナが気にするようなことじゃないって言ってるでしょ?」


 それにこの程度の苦難、私にかかればチョチョイのチョイよ。

 全部おねぇさんに任せなさいって。


「でも、だったらなんでエレンさまは騙されたふりをしてくれたのですか? その、最初に村長さんにつかっかた挑発。あれってその、演技……ですよね?」


 シロナの言葉に思わず心臓が縮みかける。


「どうして、そう思ったのかな?」

「えっと、なんとなくそうかなーって。あの……これって聞いちゃダメなことでしたか?」

「いやそういう訳じゃないけど……まぁシロナは特別にいっかな」


 本当に賢い子なんだからシロナは。


 あたりを見渡し、誰もいないことを確認する。

 どうやら幸いにもみんなが集まるのにはまだ時間が掛かるようだ。


 ここは共犯者となってくれるシロナにはきちんと説明しておいた方がいいだろう。


「まぁしいて言うなら私の意地かな?」

「意地、ですか?」


 うん。多分この言葉が一番すっきり来るかもしれない。


「だってムカつくじゃん。あいつ等」

「えっ!? ムカつくですか……?」


 だって考えてもみてよ。

 なんだかんだ諦めるスタンス取っておきながら、運命なんてあやふやなものを言い訳にして救われるのを待ってるんだよ?


 それって結局、他人に自分の人生を預けて失敗したら『ほら結局そうなった』って逃げ道作って生きてるのとおんなじじゃん。


 アイドルとしては『想い』や『願い』に力などないと言われてムカつかない子はいないだろう。


「だから私はアイドルとしてあいつらに見せつけてやりたいの。アンタ等の諦めていた想いの力って奴ががどれだけの奇蹟を生むんだぞって」

「でもエレンさま。それは――」

「うん、わかってる。これはあくまで私のエゴ。ぶっちゃけ私の目的にも掠りもしないしメリットも何もない。こんなことで貴重なチケットを使う必要なんて全くないって今でも思ってる。でもこれだけは譲れないんだ」


 確かに彼女の言う通り、私にはこの村の人たちを助ける義理はない。

 少なくとも私にとっては回り道に思えるような寄り道かもしれないし、厄介ごとなのは間違いないだろう。


 アイドルは人を笑顔にする仕事であって、救世主のような真似ごとをするのは私の役目じゃない。

 これはあくまでプライドの問題。

 でもさ――


「目の前に泣きそうな子がいたら助けてたいって思うのが人情じゃん?」


 ハッとなって私を見上げてくるシロナと目が合えば、ニッと微笑み返し、挑むように空を見上げる。


「それにシロナは関係ない事って思うかもしれないうけど、私にとってはたぶんここが出発点になると思うんだよね」

「出発点、ですか?」

「そっ、アイドルとして大成するかの出発点。その第一歩ってやつ」


 よくわからなそうな顔で首を傾げてみせるシロナ。


 たぶんめちゃくちゃなこと言ってると思う。

 だけど、私にはそんな予感がするのだ。

 シロナを助けたことも。この村に導かれたのも。


 全部が全部、偶然でないように感じるのだ。


「だからシロナがこの村を紹介してくれた時、実はシメタって思ったんだよね」

「な、なんでですか」

「だって考えても見てごらんよ。ここで村の住人に恩を売れたら私はデビュー前に三十人以上のファンを作れることになるんだよ? それって素敵なことじゃん!!」

「そ、そうなんですか?」

「そうなの!!」


 ファンのいないアイドルほど虚しいものはないからね。

 こんなチケット一枚でファンを獲得できるなら安いものだ。


「それにさ。こんな奇蹟のチケットに振り回されて生きるのってなんだか癪じゃん。前にも言ったかもだけど運命なんて言葉に翻弄されて自分の生き方を手放す人を見るの嫌なんだよねぇ私」


「な、なんでですか?」


 だってそんなの笑えないじゃん。


 運命が全てを決定づけるなら努力する必要なんてない。ただ漠然と息を吸って言われた通りに行動すればいい。


 でもそんなの死んでいるのと何が違うのだろう?


 私は神さまなんてくだらない存在に振り回されるつもりもないし、運否天賦に自分の夢を預ける気もない。


 私は私が感じたままにこの村を救った方が後々自分のためになるって思ってるから行動してるだけだ。


 そこに同情云々の気持ちは全くない。


「甘いこと言ってるのは理解してるよ。この世はそんなきれいごとだけじゃ通用しない。でもさ――このチケットはそう言った運の枠組みからかけ離れた『約束された将来』ってやつじゃん? そう言うのにいつまでも頼って『これがあるから大丈夫』って逃げ道作って生きていくのはなんか違うような気がするんだよね」


 だからこうしてあえて神の思惑から外れ、貧困にあえぎ今にも滅びそうな村人を誑かしてとしている。


「それにシロナだって本心では微塵も考えついてなかったとしても『私を利用できる』って思ったからこの村に連れてきたんでしょ?」


「――っ!? いえ、エレンさま。拙はそんなつもりじゃ――」


 そんな慌てなくてもわかってるって。

 シロナがそんなこと本気で思ってないのはこれまでの言動が証明してくれている。

 でも賢い彼女のことだ、神頼みの末に私を利用しようって考えが微塵もなかったとは思えない。


「別にシロナを責めるつもりはないよ? 村の人からあんな風に酷いこと言われても守りたいって思うくらいだし、それだけ必死だったってことでしょ? それこそ目的の為なら自分の命すら使ってしまおうって思うくらいに」


「…………はい」


 うん正直でよろしい。

 多分それはとても尊い願いで、価値のある『想い』なんだと思う。


「でもそれを運命だから実現するなって言われたらシロナは納得できる? ちなみに私は無理」


「それは……拙も同じ気持ちだと思います」


「私もさ。自分の命を費やしても成し遂げたい願いってのがあるんだよね。だったらここらでいっちょこの『わかりやすい約束された成功の道』ってのと決別して、想いの力が道を開く瞬間ってのを証明してやりたかったんだよね」


「……エレンさま」


「それに、このお節介なヲタ神のチケットを手放すついでにシロナの笑顔を取り戻せるのなら正直つり合いはとれるかな」


 それで結果的に村の住民を『騙す』ことになろうと、帳尻が会えば問題ない。


 一応、私も私でやりたいことがある訳だし。

 切り札の使いどころを間違えるつもりはないよ。


「で、でもそれならあんな無茶な条件を突きつけなくてもよかったのでは――あ、もちろんエレンさまのお力を疑ってるわけではありません。ただ、その――一時的な食料救済ならまだしも、村の抱える問題ごと解決して見せるなんて……」


「あーまぁそれに関しては私も反省してるかなー。三日以内に食糧問題を解決させるとか我ながら大見栄来ちゃった」


 一時しのぎではダメなのだ。

 あくまで、それなりの具体策を示さなくてはいけない。

 失敗したらどうしようという不安はある。

 けど不思議とできないとは思えなかった。


 すると背後から複数の足を徒が聞こえてきて、私は慌ててシロナに先ほどの話を誰にも言わないように頼み込み、何食わぬ顔で村長さんと向き直った。


「エレン殿。いま無事な村の者を全て集めてまいりましたぞ」

「おっ――、ちょうどいいタイミングだねマカロフさん。それじゃあさっそくはじめよっか」

「それで、わし等は一体何をすればよいのですかな?」

「うーん。ただそこで見てればいいよ。あとはわたしが何とかするから」


 どうせやることなど一瞬で終わるのだ。

 そうしてひらひらと手を振ってやれば、村の人たちの何やら懐疑的な視線が突き刺さった。


「……エレン殿。繰り返し尋ねますが儂らは本当に見てるだけでよいのですな?」

「うん。貴方たちに証明になってもらいたいんだ。想いの力が世界をどれだけ明るく変えるすばらしい奇蹟に満ちてるかを」


 全員が敵意を持った目でわたしたちを見ている。

 おそらく世界に絶望しきっている顔だ。


 一歩二歩と村の中心。何かを祀るために建てられたであろう祭壇の上へと歩み寄る。


 舞台の中央。


 ここは私だけの戦場だ。

 夢を語り、想いを乗せて『嘘』を語ることが許された唯一の聖域だ。

 一人一人の村人たちの視線を一身に受け、大きく息を吸う。

 胸がドキドキ鳴って苦しい。


 アイドルなんて理想像は所詮、演技でしかない。それはわかりきってる。


 どれだけレッスンを積もうと掌から明かりを灯すこともできなければ、空を飛んでみせることもできない。


(私は魔法使いでもなければ救世主でもない。一度、衣装を脱げばみんなと変わらないただの人に成り下がる程度の存在だってのはわかってる)


 でも、そのきぼうを『魅せ』、真実に塗り替えるのが私の役目なわけで――


「こういう顔をいっぺんに変えさせてやるから――アイドルってのはやりがいがあるんだよね!!」


 ポケットから取り出した最後の奇蹟をみんなに見えるように堂々と掲げ、今日、ここで私はアイドルとして活動することを宣言する。

 だから希望を持たぬ民よ。刮目してみよ――ッッ!!


「これが私を応援してくれるファンのチカラだああああああああああ!!」


 結局のところ最後は他力本願。


 でもこれは私――アイドルエレンを応援してくれた誰かの想いの一つには変わりない。だから――


(どう使おうと私の勝手だ!!)


 都合三度目の奇蹟を惜しみなく使い、集まった想いの力がどれだけの奇蹟を成し得るのかを証明する。

 チケット破り捨て、歌に乗せるように願いを口にすれば、瞬く間に淡い粒子は空へと消え、やがて大粒の雨が降り注ぎ、硬い大地から一斉に植物が芽吹きだした。

 それは瞬く間に食べられる植物となって芽を出し、成長し、瑞々しい身をつける。


 その時の衝撃をどう表現しよう。


 あまりにも衝撃に村中が狂喜乱舞。

 村全体がお祭り騒ぎだ。


 誰もが驚きで現実を受け止めきれなくなっている。

 だけど唯一平静を取り戻した村長さんはおぼつかない足取りで私の方に近づいてくる。

 そうして何とも言えない顔で私を見る村長さんを改めて見つめると


「ね? 言ったでしょ。これが奇蹟を願う者が起こす想いの力を証明してみせるって」


 これがその答えだよ。


 そう言ってバッチリと手慣れた感じでウィンクを決めて可愛らしく舌を出し、持ちうる技術の全てを使って嘘を演出し《騙しきり》、ひとまず村全滅の憂目だけは回避することに成功するのであった。

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