第12話 村の現状――
◇◇◇
『もし私がこの状況を何とか出来たら見返りに一つ言うことを聞いてもらいたい』
という約束を取り付けさっそく村を案内してもらう。
といっても村のなかはそれほど広くなく、住人も外に出ている人を数える限りざっと三、四十人くらいの小さな村なようだった。
「ほんっとなにもないんだねこの村は」
「なにせ神に見捨てられた土地じゃからな。王都に比べるとそりゃそう見えてもしかないじゃろう。それとも意外だったかのぅ? こんなに生き残りがいて」
「いやまぁそうことじゃないんだけど。私としては村長さん直々に村案内を買って出てくれるとは思わなくて……戸惑ってると言うかなんというか」
「ほっほっほっ、なぁにこれも村長の仕事じゃよ。他の者に任せたらそれこそどうなるかわからんからな。念のためじゃよ」
え、なに? 私、裏で殺されちゃったりするの?
「そう言った可能性があるだけのこと、約束の期限まではお主に手を出すような馬鹿はおらん。まぁその後のことはわからんが」
「マジですか……」
こりゃ本気でどうにかしなきゃ夜逃げしなきゃいけなくなる。
でも――
「貧困にあえぐってくらいだからよほど切羽詰まった状態なのかと思ってたけが意外とそうは見えないね。みんな一応動ける程度には元気みたいだし」
「そこらへんは人間と獣人の違いじゃろう。ああ見えて皆、限界なんじゃよ」
「ふーん。ようは見栄って奴か」
「はっはっはっ、たしかにそうなんじゃがお主は遠慮がないのぅ」
よく周りを見てみれば、たしかに村長さんの言う通りみんなやせ細ってはいるが、地面に倒れ伏している者は誰一人いなかった。
むしろ彼らの瞳にはそれなりの力強さがあり『あんな奴の前で情けない姿を晒せるか』と言いたげな敵意を私に向ける余裕まであるようだ。
これではシロナと出会った時の方のガリガリ具合が不自然に思えてくるほどだが、
「それにしても村長さんはあの人たちみたいに怒ってないの?」
「怒る? どういうことじゃ?」
「いや、私結構偉そうなこと言ってみんなを怒らせたって自覚はあるんだけど……」
「ふっ――、まぁ確かに血の気の若い者はそうじゃろうな。じゃが、あんな清々しく焚きつけられては怒ろうにも怒れんよ」
みんな遠巻きに私たちのことを見ている中には、
どうしてシロナはこの村を助けたいなんて言い出したのだろうか。
「ずいぶんとみんな衰弱してるんだね。一体、この土地になにがあったの」
「なぁに簡単なことよ。天の恵みが受け取れなくなっただけ、ただそれだけじゃ」
いやただそれだけって、それがこの村の唯一の生命線なんでしょ?
よくそんな軽々しく片付けられるよね。
私はてっきりもっと生き残るため試行錯誤を繰り返した末の諦めとか想像してたんだけど……
「我らはこれでも四百年、この地で暮らしておる。この程度の飢餓は慣れっこじゃよ。ただ今更ジタバタしたところで運命は変わらんというだけでの」
つまりそれって万年、食糧不足ですって言ってるようなもんじゃん。
よく四百年も生き残ってこれたな。
「でもそれを納得できない人たちとかいるんじゃないの」
「まぁいるにはいるが結局どうにもできん。なにせ儂らはこの土地から生きて出ることはできんからの」
「なっ――!?」
「ん? なんじゃ知らんかったのか?」
驚き思わず足を止めれば、意外そうな顔で振り返ってみせる村長さん。
いや初耳なんですけど……
「これまではなんだかんだ言って飢えて死ぬ者はおらんかったのも全ては天のお目こぼしのおかげじゃよ。こんな枯れた土地に訪れる商人などめったにおらん。この村に生まれた子らはこの土地で生きこの土地で死ぬ定めなんじゃ」
「だから誰もが納得して生きていくしかないってこと?」
「まぁそういうことじゃな。――っと年寄りは話が脱線して敵わんわい。ええっと確かマナの話じゃったな」
そう言って長い顎髭をしごく村長さんは地面に視線を落とし、キョロキョロ首を巡らせると、足元に落ちた小石程度の何かを拾い上げ私に見せてきた。
「ちなみにこれがマナじゃよ」
「これが?」
これは、木の根っこ、いや、ジャガイモ? だろうか。
干からびたパンのようにも見えるが、これがマナ――?
「ふふっ珍しいじゃろ。この土地でしかとれぬ天の恵みじゃ。我ら亜人は食べ物の他に魔素が含有しているものを身体に取り込んでおる。だから人間と比べて丈夫で死ににくいのじゃ」
「じゃあこれは――」
「もちろん大気中の魔素を含んでおる。要は亜人専用の栄養食といったところか。人が食べれば毒だが我らにとっては命を繋ぐ天の恵みじゃよ」
「もちろん魔素を身体に取り込みすぎると亜人は魔獣に変化するがの」と付け足すあたり相当ヤバい代物らしい。
食べてみるか? ってそんな危ないもん食べれるか!?
魔獣化するとか怖すぎるわ!!
「……というよりそんな便利な食べ物がこんな簡単に手に入るんだったら貯蔵とかできなかったわけ?」
「無理じゃな。魔素を含んだマナは一日足らずで腐り、また大気の魔素へと拡散してしまう。じゃから一日ごとに村総出で集めなければならんのじゃ。昔はそれこそ村の者が餓死しない程度のマナを集められたのだが――」
「今では全く手に入らなくなったと」
「そういうことじゃの」
村長さんの言葉を引き継ぐように頷いてやれば、目を細めた村長さんから同意の言葉が返ってきた。
なるほど。急にマナの供給量が制限されたのがこの村の貧困の原因か。
「ところでエレン殿。お主は南にある禁呪の森からシロナと一緒に来たそうじゃが――あそこは緑豊かなのに何か違和感を感じなかあったかな」
「そういえば緑豊かなのに食べられるものがなかったような……」
「そうとも、この地は呪われておるのよ。儂らがマナしか食っておらんのもその所為じゃ。我らカナンの一族の自業自得とはいえ、それを良く思わない若者も多い」
「ああ、あのリーダーっぽい目つきの悪い男か。たしかに感じ悪いよねぇああいうのって、変な方向にプライドが高いっていうか。ヤンキー気質っていうか」
「まぁ何を隠そう儂の孫なんじゃけどね」
げ、マジで? それはちょっと――
「もしかして悪いこと言った?」
「よいよい。その点に関してのみは事実じゃしの。まぁ村の悪ガキどもからは慕われてるようじゃが、それでも上に立つような器でない事は儂が一番よくわかっておる」
「だからって子供に八つ当たりすることないでしょうが。弱い者いじめしたって何にもならないってことはあいつ等が一番理解してそうなのに」
「ふっ――つくづく珍しいことをいうのぅお主は。この世は弱肉強食。弱者が淘汰され強者が這い上がる世界。わしらの先祖がそうであったように、わしらは無意識にあの子を害することでしか己を保てなくなっておるのだ」
獣人の価値観というのはよくわからない。
まぁそのことで今更とやかく言うつもりはないが、
「それじゃあ、いま食べてるのはこのマナだけなんだね」
「……そうじゃな。それを煎じて粉にしたものを水に溶かして膨らませて口にしておる。ひと昔は魔獣を狩って腹の足しにしていたが、最近ではそれすらも寄り付かなくなってしまった。生の食材など月に一度来る商隊と交渉してようやく口にできるくらいじゃが……それも今回で終わりじゃろうて」
どこか遠くを見つめ目を細める村長さん。
きっと本心では生きたいのだろう。誰だって死にたくないに決まっている。
でもがんばろうと藻掻けば藻掻くほど、自分が惨めに見えて苦しくなるだけなのを知っているから――
(なにもせずただ運命に身をゆだねる、か)
まぁこの絶望的な状況。分からなくもない心理だけど、
「みじめだね」
「そう、惨めなんじゃよ。我々は」
つい零れた言葉を怒りもなく頷いてみせる村長さん。
その言葉はまさしく彼が全てを諦めている証拠だ。
「そういう訳で、エレン殿。これがわし等の全てじゃ。村から出られず、食料も尽きたこの悲惨な状況を見てそれでもお主はなんとかできると、本気でいうのか?」
「……確かに想像以上だったよ。ぶっちゃけ私がどうにかできる範疇をとっくに超えてると思う。だけど――残念なことにその期待に応えるのが私の仕事だからね。今回ばかりは出血大サービスにしたげるよ」
「……不思議な御方じゃ。我らの一族はゆっくりと滅びを待つ定め、お主はそれでも諦めるなという」
「ふふん。なにせ理想を他人に押し付けるのが私の仕事ですから」
挑戦的に鼻を鳴らしてやれば、村を纏める長の瞳に初めて熱いし闘争心が灯るのが見えた。
「ふーん、そんな顔もできるだ。枯れてるってのやっぱり噓じゃん」
「ふっ――年甲斐もなく熱くなってしまいましたな。ならば見せてもらいましょうぞ。お主の言う『奇跡』とやらを」
「ええ驚きひれ伏し、讃えるといいわ。貴方たちがないがしろにした小さな想いがどれほどの奇蹟を生み出すのかを――」
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