第11話 無謀な挑戦状――

◇◇◇


 そんなわけで世界を味方につけた子供の泣き顔に敗北した私は、貧困にあえぐ村を助けてください、というシロナの頼みを聞きつけ『カナンの村』と呼ばれる村の入口に立っていた。


 過酷な道を歩いて三時間。

 普通なら足が壊れる無謀な行進だったけどどうやら私にも『奇跡』の恩恵を受けているらしい。

 

 という訳で私とシロナは森を抜け、荒野を越え、ポツンと荒野の中で寂しそうに拠点を構える村まで到着したまではよかったんだけど――


「帰れ帰れ、冷やかしに来たのか」


「この裏切り者の疫病神め」


「今更なにしに戻ってきた。恩を仇で返すつもりか!!」


 絶賛、村人の人たちから壮絶なブーイングの嵐に苛まれていた。

 

 シロナの話を聞けば貧困にあえぐ村が作物取れずに困っているという話だったがこれはどういうことだろう。

 

 アイドルとは人を笑顔にすること。


 そのためなら私にできることなら何でもするつもりだけど――これはさすがに専門外だ。


「えっと、シロナちゃーん? これはさすがにちょっと無理なんじゃないかなぁ」


「お願いしますエレンさま。エレンさまだけが最後の希望なんです。この村を助けていただいた暁にはエレンさまにこの村の全てを明け渡すことをお約束いたします」


「いやお約束しますって言われても――」


 みんなオコだよ?


 よく見れば冷静な人もチラホラいるようだけどそれはほんの一部で、村でなにがあったか知らないが鍬を持ち出し、いまにも襲いかかろうとしている人までいる。


 今更ながらかわいい『シロナ』のキラキラ具合に負けて碌に話も聞かずに承諾してしまった自分を呪いたい。


 思い返せばシロナを助けたあたりからこの既定路線はすでに決まっていたのかもしれないけど、いくら何でもこれはさすがに無理だ。


「うーんせめて、話の通じる人が出てきてくれたならまだやりようがあるんだけど」


 戦いになったらまず勝ち目がないのは明白だ。

 まぁ……鑑定眼でざっと彼らのステータスを確認する限り、彼ら全員が束にな手かかっても食事パワーで補正のかかっているシロナをどうこうできるはずがないが……


【名前】:シロナ

【種族】:混成獣人

【職業】:なし


【力強さ】:200

【体力】:350

【器用】:500

【すばやさ】:500

【幸運】:1

【精神力】:1000


(あれ? でもシロナのステータスが元に戻ってるのはなんでだ? さっきまでは平均四ケタ越えだったのに……)


 よくよく見れば補正のかかっている私のステータスまで元に戻っているではないか。あれほど心地よかった万能感が気づけば消え失せていた。

 何らかの条件付けでもあるのかな? 

 そう一人首を傾げていると――


「なにを騒いでおるかお前たち!! そんなことをする余裕があるのなら食料を探してこいとあれほど行ったであろうが!!」


 村の奥。若い衆の男たちの声をかき消すような大地を震わせるような怒声が轟いた。

 誰しも体を硬直させて気まずそうに視線を逸らすなか、

 若い衆のリーダらしき厳つい獣人の男が大声の主に食って掛かる。


「でも村長! 聞いてください。またシロナの奴が問題を抱えてやってきました」


「……なんじゃと? シロナならたしかお主らが体よく追い出したと喜んでおったはずではないか」


「ですが現にコイツは帰って来ました! 神に呼ばれたか何だか知らないが、もう二度とこの地に足を踏み入れないなんてことを言っておきながら!!」


 そう言ってリーダーらしき男がシロナを指させば、びくりと大きく肩を震わせるシロナの姿が。

 その強張った表情は悪戯がバレてしまった子供のようで、


「またお主かシロナよ。お主は毎度毎度、厄介ごとをもってくるのぅ」


「申し訳ありません、マカロフさま。拙は、この村に二度と足を踏み入れないと誓ったのに……」


「よい、お主がなにを考え、なにを思いこの村から出ていったかこの老いぼれにもわかっておるつもりじゃ。――よくぞ戻ってまいった」


「――ッ、貴様! 穢れた身の裏切者の分際でどの口で叔父上の名を呼ぶか――ッッ!!」


 大きく見開かれたシロナの琥珀色の瞳が寂しいそうに薄く細められた。

 何かただならぬ関係なのだろうか。すごいややこしいことになっているような気がするのは私だけだろうか。

 しかしその声は男たちには聞こえなかったようで、


「所詮、村を見捨て己だけ助かろうとした裏切者が!! どの面下げてこの村の敷居を跨ごうとしてる!!」


 リーダーらしき獣人の訴えに便乗し、負けじと声を荒げてみせる若い衆の姿が喧しく響き渡る。

 まったく、これじゃあ話も聞けないじゃないか。

 だがその便乗じみた声も老人の口から被せるような一喝で、誰もが借りてきた『犬』みたいに黙りだしてしまった。


「ダビデよ。儂の跡を継ぐ者がいちいち声を荒げてどうする。儂はお主にもっと寛容さを学べと言ったはずじゃぞ。それにシロナが儂の名を呼ぶことが許したことは随分と前に言ったはずじゃが、よもや忘れたわけではあるまいな?」


「で、ですが――叔父上。コイツは――」


「ダビデよ。客人の前じゃ二度は言わんぞ」


「……っ!? す、すみません出過ぎた真似を」


 そして、その白く長い口髭の中から重苦しいため息が零れ、続いてそのくすんだ茶色の瞳がゆっくりと私の方へ向けられた。


「見苦しいところをお見せしましたな旅の御仁。どうにも皆腹が減って気が立っているようで。村の者が失礼をしました」


「いいよ別に。アポイントもなしにいきなり訪問したこっちも悪いし、どうやら私のような旅人には及びもつかないような事情を抱えてるみたいだしね」


「そう言っていただけたら幸いですな。それで本日はどのようなご用件で?」


「それがちょっとこの子に村を助けてほしいって言われてね。事情も知らず立ち寄った感じだから別に何か目的があって来たわけじゃないんだけど」


「……なるほどそういうことでしたか」


 そう言って僅かに肩をすくめてやれば、ヤレヤレと気だるげに頭を抱え、首を横に振るうマカロフと呼ばれる老獣人。

 物腰は柔らかなのに、たしかな圧を感じる。

 まさしくリーダーの器と言うやつだろう。


 どうやら周りで騒いでいる人たちよりこのおじいさんは話が通じそうだ。


「旅の御仁。お主がシロナを助けてくださったのじゃな」


「そうだけど、何か不都合でもあった?」


「……いや、ならば礼を言わねばならぬと思っての。貴女とシロナがどのような関係で知り合ったかはわからぬ。じゃが――村を代表してお礼申し上げる。よくぞ我が同胞を救ってくださった」


 あくまで真摯に対応してくれる。

 だがそれはあくまで表面上の問題で、しかし――と続く言葉尻には隠しようもない棘が現れていた。


「これは儂らの村の問題。村人の恩人とは言え、お主ら部外者が立ち入っていい問題ではない事はわかってくださるな」


「あの、ですがマカロフさま。この方は……」


「シロナよ。お主がなにを思い、何故この村から出ていったかは知らぬが儂は責めん。どのみち我らが辿る定めは皆同じじゃ、お主の言う神から賜った使命に怖気づき、この村に戻って最期の時を共に迎えたいというのなら儂はそれを歓迎しよう。

 じゃがな、無用な期待をわし等に背負わせることだけは村の長として許すことはできん。それはすでに部外者であるお主であっても例外ではない」


「そんな、拙は、拙はそんなつもりは――」


「ふっ――わかっておる。お主が我らのために一人生贄となって神の供物になろうとしたことも。予言の記述を実行しようとしたのも何もかも。

 その甘さだけは評価しよう。じゃがお主のその思いやりの結果、どれだけの者の心に絶望をもたらすのか考えたことはあるのか? 希望などもはや儂らには不要。解決できる力もないのに変な同情心で関わられても虚しいだけなんじゃよ」


 すると村長さんの言葉にショックを受けたのか、フラフラと頼りなく後退するシロナがペタンと地面に尻餅をつく。

 なるほど、見たくもない希望を見るくらいなら死を選ぶと。

 彼はそう言いたいのか。


「ということで、旅の御仁よ。我々は見ての通り客人をもてなせるだけの蓄えを持ち合わせておらぬ、そこの娘が貴女をどう唆したのかは知らぬが、死にゆく村に留まっても厄介ごとしか生まぬ。どうかお引き取りを」


「そう、ですか……失礼しましたマカロフ村長。エレンさまも、ごめんなさい。拙のわがままのせいでしなくてもいい苦労をかけちゃったみたいです」


「いいの?」


「はい。彼らはもう――、拙を必要としていないみたいなので」


 そう言って頭を下げる村長さんを悲しそうな目で見つめ立ち上がるシロナ。

 その目尻にはうっすらと涙の痕が浮かび上がっており、その薄っすらと輝く涙が彼女の本心を物語っているように見えた。


 まぁ今回ばかりは村長さん側の主張がある意味正しい。


 私だっていきなり知らない奴が来て、彼女なら何とかしてくれますって言われても信じない。むしろふざけんなと怒り出さないだけ上等だろう。

 でもさ――


「そんなに簡単にあきらめるんだ」


「……なんじゃと?」


「エ、エレンさま……」


 私を見上げるシロナの瞳に大粒の涙が浮かび上がる。

 例え抗えなかったとはいえ一度やると言ったことだ。ここで引き下がったら女が廃る。

 それに――


「私、こういう諦めたくないのに諦めてるふりする人見るとイライラするんだよね」


「旅人の貴女様には我らカナンの地の守り人としての誇りはわかるまい。我らとてこのような終わり方は無念でならない。だが仕方のない結末なのだ」


「それじゃあさ。あなたたちが直面している問題をいますぐ解決できる力が私にあるって言ったらどうする?」


 すると私を見る村長さんの目は先ほどまでの穏やかさとは比較にならないくらい鋭い敵意をむき出しにし、村長の敵意を皮切りに村全体の圧が膨れ上がっていた。

 おおこわっ、


「……言葉を選びなされよ旅の御仁。その言葉が我らにとってどれほど重い言葉か、わかって言っておるのでしょうな?」


「もちろんわかってるつもりだよ。私だってそこまで馬鹿じゃない。普通ならこんな面倒ごとに首を突っ込む理由はないね」


「だとしたら何故踏み込んでくる」


「誇りのため」


「ほぅ……、儂の半分も生きておらん小娘が誇りとぬかすか」


 ピリピリとした緊張感が背筋をあぶり、感じなれない殺意の波動に皮膚が粟立つ。

 でも『誇り』なんて言葉を言い訳にされたら黙ってなどいられない。

 『誇り』ってのはそんな簡単に手放していいような代物じゃないことを私が一番よく理解してるから――


「どうやら私はシロナにとっては唯一の希望みたいだし。誰かの期待を裏切るのはあんまり好きじゃないんだよね。だから今回だけ特別サービスで助けてあげる」


 なにせこう見えても私、みんなのアイドルだから。


 挑戦的に鼻を鳴らしてやれば、ジロリといくつもの眼球が私を捉える。

 これも乗り掛かった舟だし。ここで恩を売るのも悪くない。

 幸いにも私にはこの件をとりあえず何とか出来る秘策が残ってるわけだし――


 まるで何かを考えこむようにじっと瞼を閉じる村長さん。

 

 そのケモノじみた鋭い眼光が開かれた時、老いた者とは思えない白く長い髭の奥から底冷えするような挑戦状が轟き、


「旅の御仁。そう言えばまだお名前を聞いておりませんでしたな。名はなんと?」


「エレン。いまはまだ無名だけど、いずれ誰もが私の虜になるそんな素敵な存在さ」


 いっそ開き直るような気軽さで、自己紹介を決めるのであった。

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