第10話 今後の【活動方針】と【注意】――


 なんの捻りもないネーミングセンスだが、【投げ銭】というところがかなり重要な項目だ。

 何度も言うがアイドルと言ったって慈善家じゃない。


 そこには少なからず活動費なども必要になってくるし、この魔獣なんかが当たり前に跋扈する世界で生き抜いていくためには誰かの助けが必要になってくる。


 当然、拠点を定め、そこから最初は無一文でも少しずつ活動範囲を広げていって生活を整えていかなければならないわけで、


(アイドルなんてそれこそ売れてなんぼの商売だけど、ファンがいるのといないのとでは全然違う。たぶんここまでの好待遇はそうあることじゃないと思うけど……それでもなにもないよりは絶対マシなのは確かだ)


 『応援』という注釈がつくにせよ報酬があるのとないのとではモチベーションにえらい違いが出てくる。


 この破格の条件の裏を察するに、おそらくこの機能を使って私――アイドルエレンがどういった異世界生活を送っているのかできる限り配信してください、ということだろう。

 

 動画配信は自分で編集するという手間があるにしろ、それに対する報酬を考えればそこまで苦にはならない。

 なにせ――


(これだもんなー)


 あらかた食い尽くされた料理の数々を眺め、満足そうに息をつくシロナを見てそっと苦笑を漏らす。


 たったいま使った奇蹟の残滓だけでも十分すぎる効果を持っているのだ。


「どう? 満足した?」

「はい。生まれて初めてこんなご馳走を頂きました」

「それは上々。食後のデザートにこの特製テケリリゼリーなんかもおいしかったけどお腹いっぱいならもう下げちゃった方が――」

「頂きます!!」


 そうして飛びつくようにして謎の物体Xを美味しそうに口へ掻っ込むシロナ。

 ふっふっふ、背伸びして変に遠慮してるのはお見通しだ。

 どうせ奇跡のチケットの効果でぜんぶタダなのだ。

 変に見栄を張らずどんどん食べたまえ。


 すると得意げに笑う私になにを思ったのか。モグモグと次々出てくる料理を口に運びながらシロナの視線が僅かに下がった。


「あの、先ほどから難しい顔をされていましたけど、エレンさまは一体何をお悩みなのでしょうか?」


「うん? ああ、いやー実はさ。今後のアイドル活動をするにあたってどこを拠点にしようかなって悩んでて」


「活動、拠点ですか?」


「そ、活動拠点。このヲタ神の手紙を読むと、今後生活するにあたってどこか拠点を決めて生活基盤を整えた方がいいと思って」


 旅をしながら行く街ゆく街でゲリラライブを開催する、流れ者スタイルもかっこいいが、やっぱりまずすべきことは地盤固めだろう。


 アイドルとは人気商売。


 各地へ遠征するのはある程度の人気を民衆から獲得してからだと相場が決まっている。


「だからそこそこマイナーでもなくて、いろんな街に繋がる交通の便が良い治安のいい場所に行こうかなーと思ってるんだけど、どこかいいとこ知らない?」

「それなら冒険者ギルドの盛んな王都がたぶん適切だとは思いますが……、商人の話だと住むだけでもお金がかかると聞きます」

「あーやっぱりそうなるよねー」


 どこの世界でも都会は高いというのは変わらないらしい。

 となると、近場の町から徐々に名前を打っていかなきゃいけなくなるわけだけど


「あ、でもその――拙はこのカナンの地から出たことがないのではっきりとは言い切れません。もしかしたら安い物件もあるかと思うので、その――」

「大丈夫大丈夫。ただ参考に効いただけだからそんなにしょんぼりしなくたっていいから」


 今後どういった生活基盤を築くにせよ、ほぼそのままの状態で異世界転生を果たした私が血みどろの戦いに参加できるとは到底思えない。


 今後の活動指針は決めなきゃいけない上で切っても切り離せないのが、間違いなくこの冒険者という枠組みだ。


 おそらく。この世界では狩猟や討伐がメインになっているのだろうが

 ステータスからして獣人の子供に負けているようじゃ、冒険者としての活躍は期待できないだろう。


(まぁ変な筋肉ついちゃうのも嫌だし、そういった野蛮な討伐依頼は受ける気ないけど……やっぱり依頼をえり好みできないってのがツラいところなんだよね)


 基本、アイドルは荒事厳禁なのだ。

 こんな細い身体で荒事家業が務まるとは到底思えない。


「となると、地道にお金を稼ぎつつ定期的にゲリラライブを開催するしかなくなるわけだが――」


 その点、この【神-TuBE】を使えば全てが解決する。


 編集作業をしっかりこなしさえすれば一日の生活は保障されるかもしれないというのはなんだかんだいって大きなアドバンテージだ。


 【投げ銭システム】はその報酬受け取り機能のようなものらしく。神様側から投げ銭のように寄こした『報酬』を受け取るための機能らしい。


 この【動画投稿】の【生配信】と【ライブ機能】の違いに関しては後々検証する必要があるが、この【ライブ機能】に関しては言うまでもなく『これを使って異世界ライブを開催してほしい』というあのヲタ神なりの要望だろう。

 欲望に忠実すぎやしないかあの神。


 【物販ファクトリーシステム】については押してみても反応なしなのでよくわからない。


 いずれにせよアイドルとして活動するためには試さなくちゃいけない機能だと思うけど、これは今じゃない気がする。


 とりあえず今後の方針としては


・拠点となる生活基盤の確保

・固有スキル【神-TuBE】の検証と実践


 の二つになるだろう。

 あとは追々目的を増やしていくとして――


(とりあえず残り一枚は大事に使わないと。いつライブができるか分かったもんじゃないからね)


 ジッと手元の奇蹟のチケットに視線を落としてため息をつけば、満足そうにお腹を膨らませるシロナを見つめる。


 今回は非常事態ゆえ、早急に二枚使ってしまったがこれからは使いどころを考えなくちゃいけない。


 固有スキルを使わないと『応援』してもらえない以上。

 一刻も早くライブできるような環境を整えないと私は世界に殺される可能性が出てくる。


「まぁそのことを見越して、この奇蹟のチケットを転生特典としていきなり私に送りつけたような気がするのは気のせいじゃないよね、やっぱり……」


 異世界転生なのにステータスが常人じみているのも、初回特典がやたら豪華なのも、あわよくばライブを開催せざる負えない状態を作って、私のファンとして今後ともライブを楽しみたいというオタクの本心が見え隠れしているように感じる。


 過度の干渉はしないと言っていたが、がっつりオタ活する気満々じゃないか。

 人の人生を娯楽扱いしおって。

 無理矢理私の魂を引っ張ってきた時もそうだったが、ズルいというか、開き直りがすごいな、この神は。


「なにか分かったのですか?」

「ああ、うん。まぁシロナの信奉する度し難い神さまの執念のおかげというか、今後の活動方針というか、これからの生き方が明確になったよ」


 ありがとね、と言って白くさらさらの髪を撫でつければ気持ちよさそうに目を閉じるシロナ。

 どうやらお腹が膨れたおかげかすごくリラックスしてくれているようだ。


「それにしては信者の子供を使ってこんな危険な森に向かわせたり、餓死寸前まで追い詰めたりとほんっと無茶苦茶だなアイツ」


「なんででふか?」


「だって考えても見てよ。このポーションがなかったら今頃、シロナは死んでたかもしれないんだよ?」


「でも、○×△さまがそれを望むのでしたら拙はそれでも――」


「私、そういう犠牲ありきの考えって好きじゃないなー。なんかすごく胸糞悪いっていうか、後味が悪いし」


 つまりこの【奇蹟のチケット】という転生特典はあのドル神なりに考えた固有スキル【神-TuBE】を使うためのチュートリアルだったという訳か。


 頼みの綱であるシロナが本当に死んだらどうするつもりだったんだろうか、あのろくでなしは――


「まぁ今回は加護の導きと私の機転で何とかなったけど……」


「はい。そのおかげで拙はこうしてエレンさまと出会うことができました。これも全てエレン様の奇蹟のおかげです」


「いやだから、嬉しそうに言わないの。死にかけたんだからね? あとそうやってあんまり持ち上げないでよ。私にそんな力はないんだってば」


 全部、このチケットとポーションのおかげ。

 私の歌にそこまでの力は『まだ』ないの。


「しかし、○×△さまのお力はすごいですね。名前が剥奪され、権能が減衰してしまったとはいえ、拙の身体を一瞬で元通りにしてしまうんですから」


「あーそれに関しては同感かも。でもこんなポーションなら普通にそこらに売ってるんじゃない? 金なし権能無しとか言ってたからどうせそこらから拝借してきた売り物かなんかだと私は思ってるけど」


 そうして横に転がった空になったポーションを逆さに振れば、そこに余った一滴が大地に落ちたかと思えば、まばゆい光が足元から溢れ返り――


「は?」


 少し小高い野山が一面、色とりどりの花畑に咲き乱れた。


「え、えええええええええええええっっ!!!?」


「す、すごいです。一瞬で花畑になっちゃいました!! 今のどうやったんですか!?」


「いや。ただポーションの残りが地面に落ちただけだけど……」


 今の一滴で大地が復活するとかどんなカラクリよ!?


 咄嗟に鑑定してみると『神話級ポーション(祝福済み)』と書かれており、想像以上にヤバい代物だったと判明する。

 だって神話級よ。神話級。

 そんなもの仰々しい名前のつくものが普通であるはずもなく……

 

(気軽にアイテムを受け取れることに喜んでたけど、もしかしなくても神さまの贈り物ってヤバいものなんじゃ……)


 恐る恐る隣を見れば、プルプルと震えるシロナが。

 いやいやまさか。食べ物に奇蹟が作用するなんてそんなお約束あるはずないよね。

 そうして目柄を輝かせてお花畑を見つめるシロナを鑑定したところ――


【名前】:シロナ

【種族】:混成獣人

【職業】:なし


【力強さ】:200+11000

【体力】:350+10000

【器用】:500+9000

【すばやさ】:500+7000

【幸運】:1+8000

【精神力】:1000+27090


 はいオワター。じゃなく何このめちゃくちゃなステータスはっっ!!!?


 鑑定眼さんの能力で、野山に咲き乱れる花のどれもが【古代級】だった【絶滅種】だったりと表示されているけど、一番びっくりしたのはシロナのステータスだ。

 どれもステータス十倍以上ってどんな壊れゲーだ!!


 これはますます安易に神様がぶっこんでくる厄介な『投げ銭』に頼るわけにはいかなくなったわけで――

 すると、ちょいちょいと私の袖を可愛らしく引っ張ってくる存在が。


 ふと視線を落とせばそこには意を決したような顔で私を見上げるシロナが。

 その顔がどこか覚悟めいた色を浮かべており、「あこれ不味いやつだ」と私の本能が警鐘を鳴らしているが【幸運値】8000オーバーに一般人が叶うはずもなく、


「無礼を承知でお願いします。エレンさま。どうかその気液のお力で拙の村を救ってください!!」


 幸運値100の私は運命力に逆らえず、ただ頷くことしかできないのであった。

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