第14話 第一関門突破――!!
◇◇◇
その日の夜。
カナンの村は宴で大盛り上がりだった。
飲めや歌えの大騒ぎ。
盛大に焚き火を上げ、炎を囲んでは語り合う獣人の村人たちのなんと楽しそうなことか。
あれほど敵意満々だった村人は宴の音頭に酔いしれ、この宴によそ者が混じっていようと気にしていない様子だった。
まぁ、絶望的な状況から救われたのだ、ああやってはしゃぐのも仕方ないだろうけど――
「――よしっと、こんな感じでいいかな」
そう言ってスルスルと空中に線を描くように指を動かせば、この騒動の立役者である私は一人、宴から外れるようにカナンの村人たちの宴を遠巻きに眺め、昼間の奇蹟を起こしたとされる『録画映像』を編集していた。
せっかく『奇蹟』を起こすのだ。
どうせなら【神-TuBE】の機能を使ってみよう、と思い立ったがどうやらうまくいったらしい。
今まで切り取った動画を編集し、ライブ映像のように仕上げていく。
日常生活を売ってお金を稼ぐME-TuBERのように上手く編集はできないが、素人なりに上手くまとめられたと思う。会心の出来だ。
その証拠に――
「よし、これでバズること間違いなしっと」
試しに十分程度の動画を再生してみたところ、アニメでも見てるんじゃないかと思えるようなヌルヌルとした視点切り替えと効果音で普通に楽しめた。
しかも音楽・BGMもつけ放題だから余計困る。
これ明らかに地球産だよね? 版権ってどうなってるんだろう。
アイドルとしてはとても気になるところだが、今は考えないようにしよう。きっとあの凝り性なドルオタが何とかしてくれるはず。
でも今回の件で【神-TuBE】試してみてわかったことは、【動画編集機能】マジ便利ということだった。
どうせなら試しに【神-TuBE】でも使ってみようかなーと軽い気持ちで考え、村を巻き込んで劇的な奇蹟を演出して見せたが、まさかここまでハイレベルな編集ができようとは思ってもみなかった。
【動画編集】の録画開始ボタンをポチッとしてから数時間。
どうやってカメラを回していたのか。
見やすい角度、強調したい絵を時間ごとに自由自在に切り取って編集できるとか、撮影を通り越して神の領域に片足を突っ込んじゃっているような気がする。
まぁそのおかげでサムネも動画も消費者目線から見てもなかなかインパクトのある満足なものに仕上がったわけだが――
「やっぱり投稿しなきゃダメだよね、これ――」
せっかく作ったのだ。お蔵入りというのは表現者のプライドとして断固許せない。
でもあのオタクの願い通りになるってのも少し癪で……
「まっ、あのヲタクのおかげで助かったのは真実だし。今回ばかりはお礼として投稿してあげますか。ええっと、タイトルは――『謎の異世界美少女アイドル。現地で奇蹟を説く!?』でいいかな」
そうしてタイトルを打ち込み、編集した動画を【神-TuBE】に上げたところ、
エレたそ親衛隊 隊長:『エレたそキタ――――ッッ!!』
というコメントがポコッと浮かんだ。
はっや、画面待機どころの話じゃない。回線連打レベルの反応だ。
その後、連投されるコメントに目を通していけば『どれだけこの時を待ち望んでいたか』といった情緒あふれる内容がコメントされていく。
「まったく調子がいいったらないな。苦労して編集したんだからせいぜい楽しんでよ」
まぁ調子がいいと言えばこの村の住人もそうだろうけど、
「まぁ楽しそうだからいっか」
そうしてステータス画面のウィンドウを閉じ、スマホをポケットの中にしまい込めば、改めて喧しく騒ぎ立てる村の中心に目を向けた。
いやーまさかそのまま収穫祭から即、宴に突入するとは私も思わなかった。
みんなの心の中には今日、昼間垣間見た奇跡の光景が頭から離れていないようで耳をそばだてれば口々に同じ内容が聞こえくる。
『やっぱりすげーよなあれ』
『アイドルって言ってけどアイドルって一体何のことだ』
『シロナが連れてきたよそ者だけど、何者だ」
『なにせ何度収穫しようと、収穫した端から新しい芽が出てすぐに瑞々しい実をつけていくだぜ。王都の神官だってできるようなことじゃねぇ』
『村長の話じゃ、一年分くらいの蓄えになったって話だぜ。俺、貯蔵庫がパンパンになったのはじめてみた。女衆もやけに騒いでたし』
『なぁ、ダビデ。これってもしかしたらもしかするんじゃねぇか?』
その過大評価な内容にこっちのほうが照れくさくなるほどだ。
実際は面倒な
なにせ奇蹟を目の当たりにした全員が全員。初めて火を発見した人類のような顔をしていたのだ。
それほどまでの衝撃。
奇蹟のチケットが生み出した効果は三時間が限界のようだったが、それでもここ何ヶ月かは飢えずに暮らしていけるほどの蓄えは収穫できたはずだ。
「まっ、とりあえず『種』は植えられたかな?」
少し温くなったよくわからない果実を絞ったジュースを口にし、静かに息をつく。
とりあえずやれることはやった。というのが正直なところだ。
当座の食糧問題はある程度解決しただろうが、それもこの土地に限って言えば焼け石に水なようで、村人の彼らが外の世界に出歩けない以上。この『土地』そのものをどうにかしないと意味がないらしい。
となればこの村の生産体制を復活させるのが一番の近道だと思ったんだけど……
「うーん、ほんとはもっとうまくいくはずだったんだけどなぁー」
結論から言ってしまえば、奇蹟のチケットをもってしてもこの土地の『呪い』を解呪することはできなかった。
それだけこの地に根ざす呪いが強力だったということだろう。
村長と約束した事態解決までの期間はあと三日。
それまでに新しい対策を講じなくちゃいけなくなったけど――
「いま、この盛り上がりに水を差すのは無粋って奴だよね」
それでも今年一年分の穀物は確保できたのは上々だ。
ぬか喜びさせるようでばつの悪い気持ちでいっぱいになるが、わざわざ彼らを絶望に叩き落す必要はない。
(要は真実を知る前に何とかしてやればそれでいい。どうせどんちゃん騒ぎで誰も肝心なことに気がついてないし、土地改善のめどが立つまで今は黙っていよう)
そうやって盛り上がる宴を遠巻きで見守っていれば、酒を片手に豪快な笑い声をキメる村長さんが私の方に近づいてきた。
「おお、ここにおったか。宴の主役がこんなところに居てどうする。こっちにきて美味いもんでも食べんか」
「やぁ村長さん。ずいぶんとご機嫌じゃないか」
「あんな奇蹟をこの目で見せられて興奮しない方がおかしいじゃろう。あれは猛烈に感動したぞ。とりあえず景気づけの乾杯じゃ。お主も飲め飲め」
そう言って上機嫌に酒の入った木製の杯をこっちに押し付けてくるけど、
「いや、私まだ未成年だからお酒はちょっと……」
「はははははっそうつれない事をいうでない。一見酒のように見えるが実はただの果実のしぼり汁。お主が飲んでるものと同じじゃよ」
え、そうなの?
私はてっきり村長が隠し持ってたお酒をみんなに振る舞ってたんだと思ってたんだけど。
なら貰ってもいいかな。でも――
「……本当にお酒じゃないんでしょうね?」
「疑り深いのぅ。そんなものこの村にないのはお主が一番よく理解しておろうに」
「いや、隠し酒とか疑ってないけどさ。事務所的にNGだろうし一応確認しただけだけど、え、なに? 獣人ってのはジュースだけで酔える生き物なの?」
このお祭り騒ぎもそうだけど、どれだけ単純なのさ。
そうして恐る恐るとりあえずちょぴっとジョッキに口をつけてみれば、
「あ、おいしい」
意外なおいしさに声を上げてしまった。
隣を見ればしたり顔の村長さんが。詳しく話を聞けば「儂ら一族に伝わる秘伝の調薬法で生成したからの」と自慢げな言葉が返ってきた。
やはり食べるものがなかっただけで、そういった昔から連綿と受け継がれる技術というのはこの村にも存在するらしい。
『まじない』という意味はよく分からないがさっき飲んでいた果実液より深い甘みのある味わいだからか、ジョッキがぐびぐび進む。
ちなみに秘伝の調薬法で生成したとか言ってたけど、なにしたわけ?」
「なぁにそこは先人の工夫と言うやつじゃよ。果実液にちょっと毒を盛っただけのことじゃよ」
「ぶううううううぅうっ――!?」
盛大に口の中のものを噴き出し、激しくせき込む。
慌てて隣に置いた果実のジュースを流し込み、ほっと息を着けばキョトンとした村長さんと目が合った。
「がはごほっ――、な、なんてもの飲ませやがるクソじじい!?」
「がっはっはっはっ、安心せい。毒とは言ったがただ酩酊感を与えるような代物で身体には害はない。基本無害じゃからな。二日酔いもないぞ」
「いやそういうこと言ってんじゃなく、毒って時点で無害もくそもないからね!! こっちは体が資本だってのに、体調崩したらどう責任とってくれるわけ!?」
マナといい、毒を作り出す精製技術といいなにかと物騒だなこの村は!?
というより仮にも村の恩人に毒盛るとかどんな神経してんだ。
「がっはっは、まぁ気にするな。それよりせっかくの宴じゃ。主役のお主がこんなところに居ていいと思っとるのか?」
「いや、思っとるのかってアンタねぇ……あそこに行ったら私とんでもないことになるでしょうよ。見てよアレ、普通に高い高いしてるように見えるけど、ダイナミックすぎるお手玉だからね。あんなの喰らったらリバース間違いなしなんだけど」
「なんじゃ? てっきり飛竜でも落としてるのかと思ったが、そんなにか弱いのか」
口元を拭いながら小さく息をつけば、村長さんの意外と言いたげな視線が飛んでくる。
いや紐なしバンジーしたり、ダイナミック川越えをしたりと何かと常人離れしつつある私だけど、これでもか弱い乙女なんだからね?
アンタ等にとっては普通のことでも、倍近いステータスのせいで頭撫でられるだけでも死ぬかもしれないのだ。
そこんとこわかって言ってんのだろうか。
「あと酔ったふりまでして私に近づいてきて、いったい私になにするつもりだったわけ? そろそろアルハラで訴えてやってもいいけど……」
「なんじゃ油断も隙もないのぅ。てっきりボロでも出さんかと期待しておったのに」
すると先ほどの酩酊感はどこへやらスッと素面に戻ってみせる村長さん。
あっぶな、念のためカマかけといて本当によかった。
さすが鑑定眼さん。助かりました。
「あいにく、こういう酔っ払いの対処は結構慣れてるんでね。人を酔わせて本音を探ろうなんてまったく油断も隙もないんだから」
「はっはっは、それなら見事に儂を騙くらかしてくれたエレン殿にも言えることだろうよ」
ドキッ!? え、まさかバレてた?
「い、いつからそれを――」
「儂は特別耳がいいのでの。シロナとの会話をある程度、その、な?」
え、なにその適当なネタバレ。めっちゃ恥ずかしいやつじゃん!!
「なんだよー!! わかってたんならそのまま黙っててよー!? これ死にたくなるやつじゃん!!」
「まぁ安心せい。村の者は知らんよ。儂もお主があからさまに儂らを焚きつけるくるものだから何かあるとは踏んでおったが……まさかお主の目的がこんな壮大なものとは思いもしなかったわい」
なにを安心しろと!?
そうして行き場のない羞恥心を隠しながらくだらない談笑に花を咲かせることしばらく。
カラカラと喉をならしジョッキを傾けては、今も愉快にどんちゃん騒ぎを繰り返す村の住人を見つめる村長さんが向き直るようにその深い茶色の瞳を私に向けてきた。
「あらためて感謝を」
厳かに語られる言葉には先ほどまでの孝行爺といった雰囲気は全くない。
まさしく正真正銘。村の長としての言葉だろう。
でも――
「……私はまだ何も解決してないんだけど?」
「いいや。それでも死にかけた村が息を吹き返した。なにもできぬと言ったことを改めてここに謝罪させてほしい。お主の力は本物だった。それこそこの地に伝わる聖典の如き奇蹟の御業じゃった」
「だから何度も言うけど、あれはアンタ等の軟弱な姿勢にカチンと来ただけであって――別に恩義に感じてもらいたいからやったわけじゃないから」
「それでも――村に初めて希望が生まれた。見よあの子らの顔を、未来などないと笑い方も忘れておった子らがみな生きる希望にはしゃいでおる」
まぁ本物の奇蹟だしね。そう感じるのは仕方ない。
けど――
「それで――村長さんは私になにを言いたいわけ?」
「……虫のいいお願いだとは承知しておるが、村を代表して改めてお願い申す。どうかこの村を救ってはくれないだろうか」
「ほんっっと虫のいい話だね」
絞り出すような呻き声に、興が醒める。
シロナの話を聞きもしないで、いざ救われる望みが生まれたら手のひら返しか。
まったくこの村の住人というのは、本当に調子のいい甘ったればかりだ。
グイッと煽るように毒入りのジョッキの残りを胃に流し込み、大きく息をつく。
言いたいことはたくさんある。けどこの問題は部外者の私が口を出していいようなことじゃないことくらいわかる。
だから今日の所は、酒の勢いのせいってことにしておこう。
「ねぇ村長さん。これは確認なんだけど、貴方たちがこの村から出られない呪いってさ。この土地に関係してるんだよね?」
「……助けてくれるのか」
「これでも義理堅い方なんでね。こういう契約ごとは死んでも守るよ私は」
そうして肩をすくめ、夜も更ける深夜。炎立ち昇る村の中心をじっと眺め、私は村長さんの口から語られる長い長い昔話にじっと耳を傾け、これからのことについてジッと思案を巡らせるのであった。
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