第3話 搾取宣言。なにわともあれ異世界転生!!
どんよりと頭上に暗雲立ち込めた状態でorzしてみせる神様。
いや確かに繊細なオタクの壊れやすいハートを嬉々として砕いたのは私だし、世界を管理するような御方のお部屋が散らかり放題というのはあれだけど、
「べつにそれくらいなんでもなくない? 私だって似たような生活だし」
「あーあー聞きたくない聞きたくない。自分で言ってなんだけど推しの日常生活とか聞きたくない。アイドルはうんこしない、絶対」
いやアイドルにどんだけ夢見てんのよアンタ。私たちだって人間だよ? そりゃトイレだって行くし、万年ジャージだよ? 特に女アイドルの休日なんてそりゃもう酷いったら――
「君はもうちょっとヲタクに夢見させようという意識はないのかい!?」
いやだから知らないって。
アンタは初めてをこじらせすぎた童貞か。
「しかもそんな神様が私のファンだって言われても、これじゃあねぇ――」
「さ、さっきから黙って聞いてれば好き放題言って! き、君は推しが自宅に押し掛けるなんて事態に遭遇したことがないからそんなことが言えるんだ。僕は君がこーーーんな小さい頃から推し神やってるんだからね。そんじゃそこらの馬の骨とは推し度が違うんだよ! 推し度が!!」
「いや、いいこと言ってる風に誤魔化してるけどアンタのそれ、質の悪いストーカのセリフだから。あとなにしれっとセクハラ発言してるわけ?」
まさか神の特権とか言って私の私生活までのぞき見してんじゃないでしょうね?
「ま、まさかそ、そんなわけないじゃないか。別に君が女の子大好きで夜な夜なライバルの子の特典DVDを見て気持ち悪い笑みを浮かべる残念な所があるとか、実はアイドルフェス前に嫌いな先輩から熱烈な告白されたとかそんなこと痛い痛い痛い!! 潰れる。顔潰れちゃうから!?」
ガッツリ見てんじゃねぇかこの野郎!!
「ううっ、ま、待って!! それもこれも推しを愛するがゆえの行動だから。仕方ないことだから!!」
「それ言ったら全部許されると思ってんのかコラ。いくら神様つってもやっていいことと悪いことがあんでしょうが!!」
「だ、だって推しがいつ死ぬかひやひやものだったんだもん。それが初アイドルフェスであんな事故に遭うなんてことがならなければもっと穏便に、それこそ誰にもわからないようにこっそり連れてくるはずだったのに!!」
おい、いまどさくさに紛れて聞き捨てならないことが聞こえたんだけど。
なんならお前を昇天させてあげようか? とお決まりのセリフを口にすれば、
「うおぅ、そのファンサは僕に効く」と気持ち悪く胸を押さえてうずくまる神様。
どうやら私のガチファンだというのは本当らしい。
「き、君は自分がどれほど尊い存在なのか理解した方がいい。僕みたいな金なし権能なしの名も忘れ去られた三流の神が呼び出したからあれだけど、推しと二人っきりって本当に緊張するんだからね!? そこんとこわかってる? というか死んだばかりなのになんでそんなケロッとしてられるのさ!?」
さめざめと言った感じで泣かれたり、急に怒りだしたりと本当に忙しいやつだ。
「それで私をどうするつもり? 天国に行くにしろ地獄に行くにしろさっさとしてほしいんだけど。もう私を呼び出すってアンタの目的は達成したでしょう? だったらもう私はお役目ゴメンなはずだと思うんだけど……」
「……いいや。まだだ。まだ終わりじゃない!!」
そう言ってのっそりと立ち上がる神さま。
その目には今まで茶番じみた感情の色はなく、その黄金色に輝く瞳には真剣そのものといった真面目な光が宿っていた。
「伊吹絵恋。君に、もう一度、人生をやり直すチャンスを上げよう」
「チャンス?」
「そうチャンスさ。僕の他に数多の神々が管理する異世界、アヴァロンに転生して、トップアイドルを勝ち取るチャンスを『あ、そういうの間に合ってますんで』――ふぇ!?」
バッサリ途中で斬り捨ててやれば、思わずびっくり仰天と言った反応が返ってきた。
「え、ちょ――い、今なんて?」
「だからそういうのは間に合ってるって言ってんの」
ドカリとちゃぶ台に座り、冷めきったお茶をずずっと啜る。
正面にはポカーンと呆気にとられたような顔の神様がいるがどうでもいい。
あ、かりんとう美味しい。
「き、君は、もう一度生きたいとか思わないの?」
「思わない」
「え!? だ、だって異世界だよ? あの若者なら誰しもが飛びついてやまない第二の人生だよ? チートライフだよ? 本当に興味ないの?」
「ないねぇ」
「ええー、ちょ――ここでその答えはちょっと予想外なんだけど!?」
きっぱり言い切ってみせれば脱力したような反応が返ってきた。
「いやだってねぇ、生き返るとか言ってあれでしょ、いま流行りの異世界転生とかそう言うやつでしょ? 私そういうの興味ないんだよねぇ……なによその反応。私の人生にケチつける気?」
「い、いやそんなことはないけど……え、本気で言ってる? 僕がない力振り絞って君の魂をこっちへ引っ張ってくるのにめちゃくちゃ頑張ったんだよ? これバレたら創造神の面目丸つぶれなんだけど!? 神力無駄遣いしたってバレたら娘や息子たちだけでなく他の神々にもドチャクソシバかれるんだけど……」
いや、んなこと知らんがな。というか子持ちなのアンタ。
勝手に連れてこられて勝手に責任押し付けてくるとかどんなパワハラよ。
善意の押し売りとかセクハラより面倒で悪質なんだけど。
「いやいやいや、でもさ。ほら何かしらの未練とかあるでしょ? やり残した事とか。絶対ないと僕が困るんだけど」
「いやそんなこと言われても、未練ねぇ……」
あの死が理不尽なものかどうかは関係ない。
確かにやり残したことも一杯あるし、じいちゃんやばあちゃんより先に死んじゃったのは申し訳ないとは思ってる。
けど、それでも私はこの十八年間自分なりに突っ走れたのだ。
今までの地獄もそれなりに好き勝手させてもらったし、そこに悔いがあるかと言われればないとはっきり断言できる。
「まぁアイドルとして大成できなかったってのはちょっとあれだけど」
そう言って肩をすくめてやれば、ずずーんとあからさまに暗雲立ち込める神様の目がキランと怪しく光るではないか。
「なるほど、未練はあるんだね」
「そりゃ私だって何も仙人さまじゃないから、やり残した事っていえばそれくらいだろうけど……今更生き返れますよーって言われてもねぇ」
「ふむふむ。それじゃあ、伊吹絵恋としてでなくアイドル『伊吹エレン』として異世界でもう一度生き直してみる気はないかい?」
「だーかーらー、私はラノベなんかでよくあるお約束みたいな魔王やら世界やらを救ってほしいとかそういうの? とかは面倒だからパスだっていってるんだって――」
「自由だ!!」
「は?」
その今までの茶番を全部吹き飛ばしてしまうような言葉に思わず、呆気にとられる。
「君がこの世界でどう過ごそうが、この世界をどう壊そうが勝手だ。君があの世界で何をしようと僕はなにも強制しない。僕は君が君らしく『伊吹エレン』としてこの世界でどう天寿を全うするのか見てみたいのさ」
だから多少強引にでも君の魂をひぱってきたんだ――って言われてもねぇ。
転生って毎度おなじみのあの異世界転生でしょ?
化物闊歩するような世界で歌って踊ってかわいいくらいしか能のないわたしが転生したところで――
「もちろん僕も色々と手伝うよ。プロデューサーとして、『伊吹エレン』の一ファンとして。面倒事は僕に任せて君は好き勝手生きるといいよ」
「いや、生きるといいってアンタ、プロデューサー舐めてない? 誰かデビューさせたことあんの?」
「ふっふっふー舐めないでもらいたい。いまはこんな形だけど僕は神だよ? 救い主の一人や二人、世界デビューさせることなんてチョチョイのちょいだとも」
いやいや、そんなアイドルゲーみたいなノリで言われても説得力ないんですけど
「と・に・か・く・だ。少なくとも君にはそこまで苦労を掛けないことを約束するよ。もちろんコンプラに則った誓約以上の過度な干渉や覗きもしない事もね」
「それは当然だろうけど……神様の癖にそんな勝手なこと許されるの? つかさっきも言ったけどそれって贔屓なんじゃ――」
「贔屓で何が悪い! 僕は君のファンなんだからオギャーからご臨終までお世話するのは当然だろう! 三流どころか名前すらはく奪され、世界に忘れられちゃった僕だけど、そのくらいの権限はまだ許されているはずさ」
なにせ神だからね! と誇らしげに胸を張ってみせる神の顔は自信に満ちていた。
「それにこんなところで本当に終わっていいのかい? 親友との約束は? 僕には叶わない幼馴染の理想を前に現実から逃げるための言い訳づくりをしているように見えるんだけど」
「――っ、それは」
確かに、言い訳じみてたかもしれないけど。
「あの子の約束を果たせずに死んで、本当にいい人生だったと胸を張れるのかい?」
「……なんでそんなことまで知ってんのよ」
「そりゃなんたって僕は君のファンだからね!! 推しのことならなんでもござれさ」
「……それ言えば全部解決するとか思ってないアンタ」
でも――
生きられると思ったら、ないはずの胸に大きな高鳴りを感じた。
なにより――コイツの言う通り。あれだけ格好つけて、一方的に約束を叩きつけておいて、何もできずに死にましたなんて向こうにいる凛ちゃんに申し訳なさすぎる。
「はぁ、……いいの? そんなこと言って。私はファン相手ならどんな奴でもとことん搾り取ることで有名な下衆野郎だよ? アンタのその力? がどんなものか知らないけど、私を転生させるなら、アンタの存在から何まで全部貢いでもらうことになるよ?」
「むしろ上等だよ。僕は君のその生き汚いくらいの根性と生き様に惚れたんだから。どんどん僕から搾り取って欲しい」
アンタは、ドМか。
まぁ死んでいいことなんてないし、生きられるのならそれはそれで拾い物だ。
私の自由に生きていいというのであればそれはそれでやる気も出るし、生涯の夢を叶えられるというのなら言うことなしだ。
「はぁ、もうわかった。好きにすれば。あとで泣きついても知らないからね」
「ふふん、大船に乗ったつもりで第二のアイドル人生を楽しむといいよ」
と言って大胆不敵に笑みを浮かべてやれば満足そうな返事が返ってくる。
まったく面倒なものだ。
そうして伊吹絵恋は死に、ただの『エレン』としてわたしは新しく異世界転生を果たすのであった。
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