第4話 空から落ちてくる系アイドル。異世界に立つ!!

◇◇◇


 ――で、とりあえず異世界転生って流れになったけど、そこから約束された順風満帆なチートライフを甘受できれば苦労しない。

 当然、転生の儀において新たな異世界で生まれ直すにあたってそれなりの形式美というものがある訳で――


「ぬああああああああんでぇこおおおーーなるのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!?」


 アイドルらしからぬ絶叫を上げれば現在進行形で、私はでっかい流星となって落下中だった。


『それじゃあ詳しいことは僕を信仰してくれるの最後の信者に伝えといたから、頑張ってね☆』

 

 と景気よく送り出されてこの始末。

 緑あふれる新天地を見る余裕もなければ、新しい生活に心を高鳴らせる余裕もない。

 この危機的状況をどう楽しめと言うのだあのヲタ神ドルオタめッッ!!


 さっそく神なんぞ胡散臭いやつの口車に乗っちゃったことを後悔しつつ、私の頭のなかは『どうしよう』で埋め尽くされていた。


 文字通り、迫りくる新世界が音を立てて私を殺しにかかってる。


 このまま着地すれば地面激突、即お陀仏間違いなし。

 何とかして上手く衝撃を逃がしたところで大怪我するのは目に見えてる訳で――


「むりむりむりむりむりぃいいいいいいいいいいいい!!」


 情けない叫びが口から零れ、あわや真っ赤なひき肉が完成すると思った瞬間。

 ドシャッと地面が抉れる音が鼓膜に鳴り響いた。


 と言っても想定以上に軽い衝撃で、お尻がジンジンと痛むだけだ。


「た、助かった~~!!」

 

 よく地面を見れば魔方陣的な見えない何かが展開されており、どうやらこれが私の身体を守ってくれたらしい。

 と言ってもその光も徐々に力を失うように輝きを失い、遂には効力がなくなりつつはあるようだが――


「まったく、あの馬鹿神。なんて雑な送り出し方してくれるのさ」


 何はともあれ無事、転生完了ということだろう。

 尻についた土埃を手で払って立ち上がれば、青々とした懐かしい風が髪を攫い、柔らかな日差しが私の頭上に降り注いだ。


「ここが異世界か……」


 あたり一面草むらの廃墟といったところか。

 よくあるRPG然とした中世の街並みでもなければ、特別栄えているという訳でもない、なんの誇張もない草原だ。


 目の前には祠というよりどこかの廃れた神殿が堂々と鎮座しており、そのどこか異文化じみた見慣れない意匠の数々が、ここが間違いなく居世界であるということを証明している。


 おそらくここがあの神様なる存在を祀っていた場所なのだろう。

 本人も世界の運営に関われるくらいすごい存在なのだーとか言ってたし、この大きさも納得なのだが、


「マジで廃れてるじゃん。人っ子一人いない場所に転移させるとかなに考えてんのよアイツ」


 こういうのって普通、街の近くとかに転移させるものじゃない?

 ほんと頼りになるんだかならないんだかわからない神さまだ。


 まぁ、あんな重度のヲタクが神だって言われても誰も信じないだろうし、あんな人でなしの薄情者に時間を割いている暇なんてない。

 そんな事より状況確認だ。


 ということで――


「ステータスオープン」


 お決まりのセリフを口にすればビュンと表れる半透明なボードが現れた。

 まったくつくづく現実離れしてるなー。

 そうして若干の照れを隠しつつ表示された基礎情報に視線を落とし、私は不覚にも目の前の【現実】に思わず苦笑してしまった。


【名前】:エレン

【種族】:人間

【職業】:アイドル


【力強さ】:50

【体力】:150

【器用】:65

【すばやさ】:100

【幸運】:100

【精神力】:120+50


【装備】:神さまお手製アイドル衣装

【固有スキル】:神-TuBE

【スキル】:鑑定眼

      アイテムボックス

【加護】:名無し神の推し

     お試し加護『運命神の導き』


 なるほどなるほど。

 まぁ一般的にそれなりの装備というか可もなく不可もなくと言ったステータスだ。

 スキルの【鑑定眼】や【アイテムボックス】もこの手の異世界転生にはありがちな特典と言える。


「まぁ、この辺はいいとしてだ。この【固有スキル】神-TuBEってのはいったいなんだろ?」


 ME-TuBEのような動画閲覧サイトのようなものだろうか?

 異世界に転生してまで、こんなよくわからないスキルを与えてくるとか、ほんといまいちよくわからない事をする神様である。


「エレちゃんが異世界転生中に流行に後れないようにするため僕からの配慮だよ!! とか言いそうだから怖いなー」


 それよりもっと有意義なスキルとかあったでしょうよ。


 まったくこれだからオタクの思考はホント思いもよらないところで飛躍するから恐ろしい。


 とりあえずこっちのチェックは後にするとしてだ――


「ざっと見たところ気になるところと言えばそれくらいで、後は妥当と思えるようなステータスばかり――か」


 特にチートじみた筋力がある訳でもなければ特に尖った転生特典がある訳でもない。

 平均能力値が100とするのなら、あながち間違ってないかもしれない。

 つかさっきの紐なしバンジーで何気に精神力が平均の半分近く上がってるのはどういうことだろう。あれか? 精神的に図太いと言いたいのか?


「まぁ、職業欄に『アイドル』と書かれてあるあたり、そこだけは相当こだわったってことなんだろうけど。ほんと――徹底してるなーあの神様」


 ステータス画面を弄っていけば、スリーサイズまで全部『生前』と一緒とか呆れを通り越して感心してしまう。

 ちょっとくらい盛ってくれてもいいだろうにあのキモオタめ。

 スリーサイズは一度、ナイナーな雑誌の端っこにちっさく載ったっきりだというのに、ヲタク極まり過ぎだろう。


 ふにふにと小ぶりな己の胸を触り、小さくため息を落としながら違和感がないか確認していく。


 どうやら本当に事故に遭う前の状態で異世界転生されたらしい。

 つまり文字通り『伊吹エレン』を地続きで生きているという事か。


 おっぱいのサイズまで一緒とか、ほんとヤバい。


「まぁ、この可愛らし意匠は私好みだし、そこだけはファインプレーって思わなくもないけど」


 そうして近くにあった湖にぐるっと全身を透かしてみせれば、白い何かの生き物を模したかのようなフードに、牧羊人のようなセーラー服を基調にした純白の貫頭衣を着た美少女がいた。


 おそらく改造制服の類なのだろうが、アイドルの衣装をそのまま私服に転用するとかなに考えてるだろう。

 常にアイドルでいてほしいというオタクの願望の表れなのか、いかにもライブ向きな格好だ。


「動きやすいことこの上ないけど、その分大事なところのガードが危ういというか。すごく心もとないんだけど……ちゃんと脱げるんでしょうね、これ」


『貞操がッ!! 僕以外の男に触らせて堪るか!!』とかヲタク特有の面倒な思考回路を拗ねらせてなければいいんだが……。

 なんだか着心地が良すぎて一生脱ぎたくなってこないのが怖すぎる。


 まぁ素っ裸で転生しましたって展開は回避できただけでも儲けもんか。


 指先で閉じるようにステータス画面をスクロールすれば、収縮したステータス画面がなんとお馴染みのスマホタイプのタブレットに大変身。

 ほんとここが異世界だと忘れてしまいそうになる。


 さてと、状況確認は終わったわけだけど――


「あとは自由に生きろって言われてもなー、ここからどうしろってのさ」


 周りを見渡すがこれと言った町がある訳でもない。


 正面には廃神殿。右手には鬱蒼と生い茂る森で、左手には大きな湖が。

 ここは噂に名高い異世界なので、下手に森に入れば魔物とか盗賊と言った野蛮な奴らと出会う可能性がある。


 となればここは大人しく北の平原を目指すのがセオリーなんだろうけど。


「上空からチラッと見た感じ、ザ・荒野って感じだったし、この装備でうろつくのもあれなんだよなぁ。異世界ってことはやっぱり魔物とかいるんだよね。なんかこのあと面倒事が待ってそうな気がするんだけど……」


 ううん、悩ましい。

 そういえば『僕の自慢の信者が僕の代わりに君を導いてくれるだろう』とか言ってたけど、その肝心の信者さまの姿はどこだ?


 ここは転生直後、信者様とご対面。

 あらまビックリというイベントが待ってそうなものなのだが――


「あのどこか抜けた神のことだから転移場所間違えたとかありそうだな――っと?」


 探索するように森周辺をぶらついていると視界の端で、ピコンピコンとステータス画面が妙な反応を見せた。


 慌ててスマホをスクロールし、ステータス画面を実体化させれば――お試し加護『運命神の導き』と表示された文字がピコピコと赤く点滅していた。

 これを使え、ということだろうか。


「まぁあの極まったドルオタのことだから使ったところで私にデメリットはないと思うけど……」


 怪しさマックス。いや、信じるよ。信じるけどさぁ。


「頼むからさっきの紐なしバンジーみたいなコメディ展開に放りだすのだけはやめてよ」 


 さっそくポチって見れば、おわっ!? なんか赤い矢印が現れたんだけど!?


 急かすようにピコピコ表示される矢印は、まっすぐ荒れ野へと続いているであろう方角へ向けられており――


 こっちに来いということなのだろうか?


 急かされるように森を抜け、林をかき分けて走って行けば、そこには行き倒れの子供の姿があった。


 ボロキレ同然の薄汚れた衣を纏っただけの獣人の子供だろうか?

 ピコンピコンと赤い矢印が道端に倒れ伏している子供を指している。


 どうやら矢印はこの子に反応してたみたいだけど……えっ、あのヲタ神が言ってた案内人ってもしかしてこの子のこと?


 信者、いまにも死にそうじゃん!?

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