第2話 異世界の神さまは、ドルオタでした……

◇◇◇


 いやーそれにしても、ありがちな展開だと思ったけどまさか神様来ちゃったかー


 見慣れた反応と部屋のお宝を見てそうなんじゃないかなーと当たりをつけてたけどまさかドンピシャとは。


 庶民じみた六畳一間の小さな一室。


 奥ゆきが見えないくらい広く白い空間に囲まれているのに「このこじんまりした畳のエリアが僕の所有する領域です」と言わんばかり主張する雑多なお宝で溢れた空間を前に、私は思いっきり頭を抱えていた。


 事実は小説より奇なり、とはいうけどはっきり言ってこれはない。

 しかも私のファン第一号とか、どんなご都合展開よ。


「つか、そんなファン第一号に殺されたの?」


「神違い!! 神違いだから!! 僕は異界の神さまだから!? 純粋なエレたそファンクラブ会長である僕がそんなことするはずないでしょ!?」


「神違いぃ?」


 いやこういう展開的に神様の手違いとかそんな文句が飛んでくると思ったんだが――


「エレたそのスリーサイズから、初回ライブにやらかした恥ずかしいエピソードまで暗唱できるけど――」


「もういい分かったもう二度と喋るな腑に落ちないが信用してやる」


 ピシャリと言い放てば「嫌いにならないでぇ!! でもそんなところもいいよね!!」と縋りつくようににじり寄ってくる神様(変態)。


 どうやらそのやらかしを知っているということは私のファンであるのは間違いないようだ。

 ドルオタを名乗るだけあって、マナーが徹底的に染みついてるのか『推しの許可なく触らない』という絶対ルールを律儀に徹底するあたりに彼のガチ具合が窺い知れる。

 く、訓練され切ってやがるコイツ。


「ううっ、あんな事故がなければもっと威厳たっぷりに握手してもらうつもりだったのに、……これでもすっごく高名でえらい神様だったんだからね!?」


「それにしては随分しょぼいというか、小さいように見えるけど」


「推しに全神力つっこみ過ぎてもう自分の身体も碌に保てないくらいすっごく貧乏になちゃったの!! そこらへん察してよ!!」 


 バンバンと畳を叩いては小さい身体を悔しそうに自己主張して見せる神様。

 いや、察してよって言われても私、ソシャゲは無課金勢だからそういうのわかんないし。

 さっき死んだばっかなんで察するもなにもないんだけど――


 するとキョトンとした顔から一転、なにを思い出したのか神様? の顔に薄暗い影が差した。


「そう。だよね。一番大変だったのはエレたそだったよね。せっかく手にした夢の切符をアンチの妨害工作なんかに邪魔されちゃって。夢半ばで一番つらいのはエレたそのはずなのに――君のファンなのをいいことに勝手気ままに僕の主張を押し付けて。困らせて。僕は、僕って奴は――」


 うるうると大粒の涙を浮かべ始める美少年(神さま)


 別にアンタの所為で死んだわけじゃないんだし、謝罪してもらいたいとかそういうのじゃないんだけど。

 というか私の人気を妬んだアンチの妨害工策で死んだの私? そっちの方が驚きなんだけど!? 


「僕にもっと力があればあんなことにはならなかったのに。どうして君みたいないい子が死ななきゃならないんだ!! くそぅ、こんなことになるんだったらもっと神力蓄えておけばよかった。どうして僕は地球担当じゃないんだ!!」


 と八つ当たり気味にバンバンと床を叩いては悔しそうに歯ぎしりして見せる神様。


 なんかゴゴゴゴって床が震えて怖いんだけど。


「でも――ほんとに、ほんとに最初はどうなるかと思ったけど。本当のほんとにエレたそだ。神力全部つっこんで呼べてよかったよぉおおおお!!」


「え、あ、ちょ――そこで泣いちゃいます?」


 よくある課金勢みたいなことを言い出し、突然号泣しだす美少年(年齢不明)。


 情緒不安定かッ!! とツッコんでやりたいところなんだがどうやらマジで感極まってるみたいで手におえない。

 いや泣きたいのはわたしの方なんだけど……


「いや、マジで収拾がつかないから落ち着いて、ね? 私、なにも怒ってないから、とにかくゆっくり話そ、ね? アンタが泣いちゃうと嫌な予感がするってわたしの本能が叫んでるんだけど、って、ちょまっ――」


「びええええええええええええええええん!!」


 私の気遣いも虚しく、神、大号泣と相成るのであった。


◇◇◇


 そうして情けなくしゃっくりを繰り返す神様(赤ちゃん)の背中を撫で、詳しく話を聞くことしばらく。


 どうやらこの異界の神様はかなりの頻度で地球のアイドルライブをのぞき見していたことが判明した。


 いろいろ突っ込みたいところが多いが、どうやら自分が管理していた世界はアイドルや漫画と言った娯楽の発達が乏しく暇だったらしい。

 そこに『異世界チャンネル』なる裏ワザで地球に繋げたところ、アイドルフェスに接続し、そこからドルオタへと昇華したらしい。


 そのアイドルを前に堂々と配信ジャックを告白するあたり、神ながら肝の太い野郎だ。だが――


『ちゃんと神様パワーで事務所に還元してたから問題ないもん』


 と、そこだけは頑なに開き直ってみせるあたり、オタクとして最低限の誇りはあるようだった。


「それで。そのアイドルフェス中に不意のアクシデントで最推しである私が死んじゃってパニくって私の魂をここに呼び出してしまったってとこまではわかったけど――なんであそこまで慌てふためいたわけ?」


 初の顔合わせの時は、喚くは、転がるは、泣きじゃくるはもう本当にひどかった。

 部屋が部屋だけに『あ、察し……』となるまで早かったが、それにしたって時間かかり過ぎである。


「だって失敗したら存在ごと消えるんだよ!? ファン一号である僕に最推しの存在まるごとを消せと!? なんて残酷なことを言うんだい!?」 


 とのことらしいのだが、しょうもない理由すぎてこっちがびっくりだ。

 どうやら向こうの世界での私の死はすでに確定していたらしく、今更私を蘇らせようとしても私の死亡は避けられないようなので魂だけでもとこちらに呼び出したようだ。


 本来、管轄外である私の魂をここに呼び出すのもほぼ反則じみた禁止行為らしいなのだが――推しと別れたくなくて無理やり、持ちうるすべての神様パワーをほとんど費やして運命力を操作したところ偶然にも成功してしまったらしい。


 いや、推しが突然死んでパニクる気持ちもわかるけどさぁ――


「なんかそれズルくない?」


「ズルくない!! こんな反則技がズルいって言われるんだったら、エレたそが不当に死んじゃう世界の方が間違ってるんだ!! おかげで世界の運営権とか権能とかほとんど失っちゃったけど、一向に悔いはない!!」


「ええー」


 目の前にいるお子様(超常存在)は世界の運営に携われるような高名な神様がお子様サイズまでサイズダウンしてしまったのにはそんな理由があるらしい。

 そのせいで情緒まで引っ張られているようなのだが――


「まぁアンタが異世界で言うご高名な神様で、昇天しかけた私の魂を無理やりこっちに引っ張ってきたってのもわかるけどさ。神さまなんだよね?」


「そうさ。これでも僕の世界では知る人ぞ知る神さまだったんだよ。みんながあがめるスーパー存在だったさ。……ちょっと前まではね」


「いやそれはわかったけどさ……それにしてはちょっと部屋小汚くない?」


「うん? なに言ってるのさ。部屋が汚いなんてそんなこと――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!? 忘れてたああああッ!!」


「うおっ!?」


 広すぎる白い部屋の一角。


 ゴミゴミとした疲れた独身男性のような有様の部屋を見渡せば、「何やってんだ僕はあああああああああ!!」と釣りたての青魚のようにビッタンビッタンと畳に転がっては、身体をねじって感情を爆発させる神様(笑)の姿が。


 やっぱり気が動転して周りの状況が見えていなかったらしい。


「見られた!! 推しに絶対に知られたくない情けない姿見られちゃったよおおおおおおおおおおお!!」


 どうやらこの汚部屋は素の状態らしい。


 使い古されたサリウムライトにメッセ入りうちわ。特典DVDにチェキとI♡LOVEエレンと書かれた気合の乗った鉢巻きを抱きかかえて必死に隠そうとするさまは、母親にエロ本がどこぞの思春期少年のようで、見ていられなくなる。


 まぁアイドルだって表の顔はきらびやかだけど、裏ではカップラーメン片手にジャージでぐ~たらしてるのは業界ではほぼ常識なので別に引いたりしないけど、


「それにしたって神様が人間と同レベルのことしちゃいますか」

「うひぃいいいい見ないでえええええええええッッ!!」


 まぁファンの一人に自分のありのままの生活を晒せるか、と言われたら私もさすがに躊躇っちゃうけど、ついつい意地悪しちゃうのはご愛嬌ということで。


「これに懲りたら、もっと大事にすることね」

「うう、死にたい」



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