第1話 アイドルデビュー!? まさかこんなことになろうとは……
◇◇◇
私――伊吹エレンは世間一般帯で言うところの三流アイドルと言うやつだった。
だったというところからもわかるだろうけど、誰もが認めるトップアイドルになったのでもなければ、寿引退を決めたのでもない。
『アイドル』伊吹エレンは死んだのだ。
それもよりにもよって念願叶ったアイドルフェスのライブ中に。
漫画でよくあるようなサクセスストーリーに希望を抱き、田舎から東京へ上京してはや三年。
輝かしい学園ライフを自らドロップアウトし、地獄ともいえるレッスンに全てを捧げ、凡庸ともいえるプロデューサーに才能を見出されたまではよかったのだがこの展開はさすがに予想外だった。
人生三回分の不運をこれでもかと煮詰めたようなアクシデント。
三流アイドル事務所に所属後。
地道な営業活動を繰り返し、殺伐としたデビュー争奪戦を勝ち抜き、地下アイドルからようやく一般的に名前が売れ始めたと思った頃に起こった突然の機材トラブルだ。
よりにもよって人の晴れ舞台を文字通りピンポイントで潰しに来るあたり神というクソッタレな存在は相当私のことが嫌いだったようだ。
あそこから奇蹟的に落下してきた照明が私を避け、無事生還! 実はこれは夢で、目を覚ませば白い病院の天井が! なんていう伝統的なオチが待っていればまだ許せたんだろうけど――
「それが見事にぺっしゃんことか本気で笑えないんだよねぇ」
どうやら運命というのはそう上手くできていないらしい。
ポツンと漫画やラノベによくあるようなこじんまりした白い空間。
ドキドキ☆アイドル運動会でもないのに私――伊吹絵恋は目の前ではっきりと異様な存在感を放つちゃぶ台と綱引きの真っ最中であった。
フワフワとした妙な心地だが、身体はちゃんと動くし思考もはっきりしている。
あれだけ他人事とは思えない大事件を体験したばかりだというのに、どういう訳か落ち着いている自分がいる。
まぁ、それもこれもこの目の前にいる
「それとこれとは話が別なんだよねぇ。いい加減、人の晴れ舞台を盛大に潰してくれた弁明を聞かせてもらおうかッッ!!」
「いやあああああ、乱暴しないでえええええええ」
ギリギリッ!! と一本背負いの要領で白い布を引っ掴めば、少年のような少女のような不思議な悲鳴の響きが白い部屋に木霊する。
これこれ二時間くらい続いている綱引き。
正確にはちゃぶ台の下に隠れた存在との攻防なのだが、
「思った以上に食い下がる! 私はただちょっと顔出して一から十まで説明しなさいって言ってるだけなのに――なんでそこまで必死に顔隠す必要があんのよアンタ!! 別に怒ってないから顔出しなさいつってんの!!」
「ちょ、ちょっと待って。落ち着かせてってば!? いろいろなことが起こり過ぎて僕も混乱してるんだから!? というかなんでこんなことになってるの!?」
「アンタが一向に顔出さないからでしょうが! いい加減ちゃぶ台に頭突っ込んでないでこの状況を説明してほしいんだけど!?」
「やめてぇえええええ、いますっぴんだからあああああああ!!」
まるで仕事終わりのOLみたいな言い訳を口にし、いやいやと抵抗して見せるちゃぶ台。
想像以上に幼い声だが、もし私の想像する『あれ』ならもっと年老いてるイメージがあったが、
「そんなの関係ない!! 意地でも引っ張り出す!! つかアンタ男でしょうが!?」
メシメシミシミシっと本来、発揮しちゃいけないアイドルのパワフルな筋繊維が高らかに発揮される。
たかがアイドルと侮るなかれ。
こちとら夢と希望をこれでもか振りまくため普段はあえて猫を被っているのだ。
女としてなりふり構わず婚期をかけた現役アイドルたちの筋肉は一般人のそれとは違う執念を搭載するのだ。
それに比べれば十代後半のチカラなど非力なものだが、
「い、い、加減、諦めて、出てきなさいよッッ!! これじゃあ話が進まないでしょうがッッッ!!!!」
すっぽーん!! とマグロの一本釣りのように白い『なにか』が高らかに宙に舞いごちゃごちゃした『宝の山』に突っ込んでいった。
「はぁはぁ、ようやく出てきたわね」
「いやああああああ!! い、幼気な少年の僕を引っ張り出してどうするつもり!? どうせ、お決まりのお約束みたいに乱暴する気なんでしょ。エロ同人みたいに、エロ同人みたいにぃッッ!?」
「自分で言ってなに興奮してんのアンタ!? バッカじゃないの!! 仮にも女の子に向かって言うセリフがそれでいいわけ!?」
アンタの駄々に付き合ってかれこれ二時間くらいおんなじ会話つき合わされる身にもなれっての!!
いい加減、男ならさっさと覚悟を決めて出てきなさいよ!?
「いやあああああ、おかさられるうううウううう!!」
誰が強姦魔だッ!! ちょ――見かけによらずチカラつよッ!?
ああもう、ほんと埒が明かない。
このまま綱引きしてたって日が暮れるだけだ。
しょうがない。私もこの趣味には理解があるからこれだけはやりたくなかったんだけど……
「早く出てこないと嫌いになるよ。それともこの雑誌が真っ二つになってもいいの?」
そう言って適当に転がった『私の顔が表紙に印刷されたファッション雑誌』を掴んでやれば、ビクゥ!? と目の前の宝の山が大きく震え、
「それだけはやめてええええええええええ!!!?」
中からかなり整った美少年が慌ただしく飛び出してきた。
白いローブにオリーブの冠を載せたいかにもな格好。
やけに小汚いないのが気になるが、餌のファッション雑誌を大層大事に抱え、ワタワタと忙しなく部屋の中を動き回ってはチラチラと私の方を見てくる習性にはどこか既視感があった。
まぁ事情はよく分からないが、死んだはずの私をこんなところに呼び出せる存在なんか一人しか思い浮かばないわけで。
「もう一回聞くから心して聞いてね? やっぱりアンタって――」
「そうだよ。お察しの通り異界の神様だよ! それも君のファン第一号のッッ!!」
正座待機で座らせれば、ほぼ涙目で語られる絶叫じみた告白がやけに大きく白い部屋に響き渡るのだった。
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