第4話 手違い

「ところで小西よ、例の振り込め詐欺のタレコミの件、裏を取れたか?」


「もう少しっす。それにしてもあのタレコミ、最初はガセかと思いましたが、書いてあったメンバーに関する情報はこれまで調べた範囲では全て本当でしたし、奴らが犯行時に集まっているっていう場所も実在するっす」


「そうか。このままいければ、かなりでかい規模の詐欺グループを逮捕できる。急いで頼むぞ」


「ええ、任せて下さいっす!」


 捜査一課の刑事たちは、数日前に警察に届けられたある手紙を基に、振り込め詐欺グループの捜査を進めていた。


 差出人不明のその手紙には、犯行の手口やアジトの他に、詐欺師たちに関する情報、例えば氏名、年齢、住所等が詳しく書かれていた。


 誤字や脱字がほとんど見あたらないその文字面には、一種独特な気品が漂っていた。今時珍しいタイプライターで打ち込まれているせいもあるだろうが、もう何十年も大事に使われ続けた愛機によって作成されたものならば、その文面は自然とそうした雰囲気を帯びるようになるかもしれない。


 鈴木は、新聞を片づけると、捜査一課の部屋を出て給湯室に向かった。


「やれやれ、今はお茶も自分でいれる時代か」


 鈴木がそうつぶやきながら歩いていくと、給湯室の前の廊下で年配の職員と若い婦人警官が立っているのが見えた。年配の職員の方は、総務課の堀野正係長であった。婦人警官の方は知らない顔だったが、二人とも何か神妙な顔つきをしていた。


「困ったなあ河合君、一体どうするつもりだね?」


「申し訳ありません」


 若い婦人警官は、そう言って頭を下げた。


「よおー、堀野係長」


「あっ、これは鈴木警部、おはようございます」


「ん? こっちのお姉ちゃんは見た事ねえ顔だな。新人かい?」


「ええ、今年入った河合巡査です」


 堀野課長は、その婦人警官に鈴木に挨拶するように促した。


「はじめまして、この四月から総務部に配属された河合美緒と申します」


「河合君か。捜査一課の鈴木だ。よろしくな」


「こちらこそよろしくお願いいたします」


「それはそうと、こんなところで二人して神妙な顔して、なんかあったのか?」


 鈴木警部が尋ねると、堀野係長が頭に手をやりながら歯切れの悪い返事をした。


「いやその、ちょっと手違いがありましてね」


「手違い?」


「ええ、先日捜査第一課から話のあった興信所の捜査協力の件です」


「ああ、その件かい。それならいつも通りに葉山探偵事務所に頼んでくれたんだろ?」


「そのつもりだったのですが、彼女が依頼する事務所を間違えてしまいまして……」


 堀野係長が、そう言って河合の方に目をやると、河合は慌てたようにまた頭を下げた。


「申し訳ありません!」


 鈴木警部は、頭を下げている河合に向かってそんなに謝らなくていいという手ぶりをしつつ、堀野係長に聞いた。


「で、彼女が間違えた事務所っていうのは、どういう事務所なんだ?」


「いままで一度も依頼したことがない事務所なんですよ。えーっと、名前は確か……」

「速見探偵事務所です!」


 名前を思い出せない堀野係長に替わって河合が即座に答えた。


「ハヤミ? そんな事務所知らねえなー。でもまあ、とりあえずは探偵事務所なんだし、そこじゃだめなのか?」


 鈴木警部がそう聞くと、堀野係長は少し困ったように言った。


「その事務所は、どうやら一人事務所のようなのです」


 これを聞いた鈴木警部は、表情を曇らせた。


「ひとり? うーん」


「やはり、だめですか?」


「いやなに、今回の捜査には少なくとも三人ぐらいの助っ人が必要だから、人を集めるだけなら他の事務所にも頼めばいいことだが。やはり一匹狼ってところが問題だな」


「そういう探偵と警察とはあまり相性が良くないですからね」


 鈴木警部と堀野係長は、そのまま少し黙りこんでしまった。


 それまでずっと二人の会話を聞いていた河合は、恐る恐る質問してみた。


「あのー、係長、私まだよく分かっていないのですが、一人でやっている探偵さんだと何が問題なのですか?」


「河合君、警察の捜査というものはね」


 堀野係長が答えようとすると、鈴木警部がそれに割り込むようにして河合に言った。


「警察の捜査っていうは、複数の人間で行う組織捜査なのさ。つまり、警察では原則として一人で捜査をやることは許されていない。だから民間の探偵に捜査協力の依頼をするときは、我々と協力して捜査ができるような奴じゃないとな。一匹狼ってのは、一人で好き勝手にやることに慣れているから、どうもその辺がうまくいかねえのさ」


「協調性に欠ける、ということですか?」


「まあ簡単に言うとそういうことだ」


「すみません。私そんなことも知らなくて」


「あんたはまだ新人さんだからその辺は仕方ないさ」


 鈴木の話をうなずきながら聞いていた堀野が言った。

「さあ河合君、これでわかっただろう? そういうことだから、ここはやはり彼に事情を説明してお引き取り願おう」


「なんだって? 堀野係長、もしかしてその探偵さん、もうここに来ているのか?」


「ええ、今、その角の待合室にいますよ」


「なるほど、二人してさっきから神妙な顔してたのはそういうことか。わざわざ呼び出しておいて、間違いでしたって、ただ返すってわけにも行かねえからな」


「おっしゃるとおりです。ですが、やはり仕方がありません」


「うーん、それなら、一応会うだけあってみるか」


「え? 警部、会ってどうされるおつもりですか?」


「仕事は他にもあるしな。もし使えそうな奴なら、別の仕事をそいつに頼んでもいい」


「本当ですか? もし警部がそうしてくださるなら、我々としても助かりますが……」


「よし、じゃあ早速行こう。角の待合室だったな?」


「ええ、そうです」


 鈴木、堀野、そして河合の三人は、その探偵の待っている待合室に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る