第3話

【Princes Dragon】は外部システムのオートマチック・プロダクト・クエスト・システム【APQS】を採用する。要は、ゲームがプレイヤーの行動、思考を読み取り、勝手にクエストを生み出してくれる機能だ。


 フルダイブシステムにアトラクターを起用したことで、脳内物質の種類や量を記録し、使用者の感情まで判別してのクエスト生成はプレイヤーの心を揺さぶるようにできている。


 ──それが暖かい気持ちになるクエストなら良いんだけど、もし鬱展開MAXなやつが生成されるとほんと嫌になるんだよね。


 倫理的制限はもちろん含まれている。殺人や凌辱の表現は昔に比べるとずいぶん厳しくなった。個人用ゲームでもそれは変わらず、いや、フルダイブゲームだからこその高い規制は避けられず、世界人口の約二割が事前登録出来るような全年齢型ゲームであれば必要なものだ。


 が、それはそれ。

 

 表現の自由の名の下に、攻めるとこまで攻めているのが【Princes Dragon】。


 アトラクター使用者は、初遊戯時に登録する個人番号をもとに個々人の年齢に合ったクエストが生成されるようにプログラムされているから、表現可能レベルギリギリの暴力や凌辱は許されている。


 ──まあだから、デバッグ用キャラでここにいるあたしは、結構どぎついダウナークエに当たることもあるわけだけど……。


 その機能を停止させてプレイすればそのような不運など回避できるのだが──大本の量子コンピューターに大量のデータを蓄積させてゲームの質をあげる形を取った【Princes Dragon】なら、こういったデバッグ時であってもその経験を溜めないのは勿体ない! という製作者側の視点を忘れないポッケもとい小林はるかは、それを自らに課すマゾヒスト(もしくはナルシスト)。彼女はゲームに関してだけは貪欲だ。


 そしてその貪欲さが引き当てるのが、出会いたくないキャラクターとの出会いであり、その際に発生するクエストが断ることのできない強制クエだったりするわけで。


 モエイ村の酒場の小さなステージ横。ゲーム内時間では夜の八時。客の入りは、だ。


 ポッケは村の領主、ブイチャ・スキエブーハと同じ長椅子に座って、苦笑いを浮かべていた。


「妖精族と伝承種のハーフというだけで珍しいのに、そんな君が冒険者とは! 見目麗しい容姿と冒険者という力強さが同居した君に出会えた今日は何て素晴らしい日なんだ! 私はこの村の領主、ブイチャ・スキエブーハ。さあ、乾杯しようではないか。私たちの門出に!!」


「はぁ……(あたしたちの門出ってなに!?)」


 スキエブーハは眼に痛い白い歯を輝かせてグラスを掲げた。ポッケの頬がひきつる。スキエブーハの高笑いが店内に響いていく。その、横で。


 ──あぁ、嫌だなぁ。この展開ってモエイ村で発生するクエの中でも一二を争う面倒クエじゃん。確率七パーセント発生の強制クエをここで引くとか、ついてない……。強制なのは最初だけの連続クエだから、そう時間は取られないけどさ。この領主さま、事ある毎にちょっかいかけてくるからなあ。すぐ、肩組もうとしてくるし。コロンもキツイし……。


 ようは、モエイ村入手クエスト。


 このクエを最後までクリアすると貴族称号と一緒にこの村を入手できて、さらには、結婚相手紹介に繋ぐことが出来るおめでたいイベントだ。このクエストをオールクリアしておくことでゲーム終盤のモンスター大行進を少しだけ楽にクリアできるようになっている。


 ──でも、まあ……このままクエストを進めれば踊り子たちは出てくるから、その時に確かめればいいか……。


 ポマードでテカって匂う頭を自慢げに、こちらを流し目で見てくるスキエブーハ。ポッケは見せたくもない愛想笑いをプライスレス。


 不機嫌にでもなられたら、不敬罪とかなんとか言われて投獄される可能性もあるから仕方ないのだ……との言い訳が持ち上げる頬肉に引っ掛かっていた。


 ──投獄されたらされたで、別のストーリー分岐があるだけだけど。現状で一番早くこの村の踊り子の下着グラフィックを確認出来るのは、領主を上機嫌にさせるルートだもんね!


 しかし、いくら自分を鼓舞したからと言って、スキエブーハの生理的嫌悪感肩組み&流し目は無くならない。ポマードとコロンの組み合わせは強烈で目に染みる程だ。


 ──早く……早く出てきて踊り子ちゃん! お姉さん、君の下着が見たいだけなの!!


【ポッケは混乱しているようだ】という説明文がポップアップ。嫌悪感でポッケの目がクルクル回りだす直前で。


 店内照明が切り替わった。


 一瞬の静寂。酔いの回った客を煽るような妖艶な音楽が流れ、店のステージに照明が集まる。


 そして、奥から五人の美女たちが、スリットから覗く生足も優雅に現れた。


 躍り、舞う女たちは美しい──と言っても。


 ──日常生活にアトラクターが入り込んだお陰で、個人が感じる『美しさ』をゲーム内で表現できるようになっただけ、って言うことも出来るんだけどね。


 美的感覚は人それぞれ。そしてそれは普遍でもなく、時間と共に移り変わる。ならば、変わっていく『美しさ』をプレイヤーの脳を読み取ることで個人にあわせた適切な『美しさ』へと書き換えていけばいい。そうすれば、老若男女誰が見ても『美しい踊り子』で居続けられるのだから。


 店内では男衆の歓声がそこかしこであがっていた。踊り子の名前を呼んで、魅惑的に、蠱惑的に踊る美女へとエールを送る。


「うん、今日も素晴らしいね。君もそう思わないかい、ポッケくん」

「ええ、まあ……」


 ──あたしの脳を読み取って作られた女の子達だもん。そりゃあ、美人でしょうよ。あたしにとっては。あんたのそれはNPCの定型句からランダムチョイスされたものですけどね!


 と、少し長めに脳内文句を垂れ流すポッケ。


 しばらく自分の領内に在籍する踊り子の自慢が続き、唐突に、スキエブーハは自分の素晴らしい思い付きに満面の笑みを浮かべた。


「そうだ!」

「(──来た。ここで領主はあたしに踊り子を勧める。OKすると、領主の館で受領できるクエスト『領主の裏の顔』が発生。そのクエストで領主の裏金を見つけて王国の税務官に報せると、領主から貴族の称号を取り上げることが……──)」

?」

「………………はい?」


 ポッケの頭が真っ白になった。

 そんな文言、この領主から出るはずがない。


 しかし。

 そこは超有能デバッガーの小林はるか。フリーズする思考を再起動させて、頭を働かせていく。

 

 ──ステータス画面を呼び出して現在のクエストを確認。【モエイ村の領主】。クエスト名は正しい……じゃあ、クエストの変化? オートマチックプロダクトクエストシステム【APQS】が働いた? いやいや、モエイ村の酒場で発生する領主絡みのクエはこの一本以外に作られないように設定されてるって話だし。第一、最後の方のちょっとした介入であっても、モンスター大行進っていうは自動生成されないのが前提。そもそもが低確率発生クエなのに、それすら邪魔するようなゲームをプレイヤーは許さない。ゲームクリエイターたちはそんなこと重々承知だ。なら、これは……?


 領主の言葉が続く。


「なに、簡単な仕事さ。メイドといっても屋敷に入ってもらう必要はない。ここで働いてもらうだけさ。私の前で、私の為だけに踊ってはもらえないか? もちろん、給金は弾ませてもらう! 他の踊り子なんぞより私の眼を惹き付けたポッケくんに、私の薔薇になって欲しいんだ!」


 聞いた途端、ポッケの頬がひきつった。色んな臭いが鼻につき、背筋を震わせる。


 ──まてまて、領主。なんだそのくっさい台詞は……でも、あれ? 流れとしてはこの酒場に踊り子として勤めることになるのか……。なら、システムの異常って訳でもない、のかな。


 けれど、デバッガーとしての経験が小さなトゲを感じる。クエストの自動生成機能が何かしらの変化を加えてはいないか? あるいは……と。


 ──でも、今は優先しなくちゃいけない事があるからね!


 そこで、ふと気が付いた。


 いつの間にか店内照明が元に戻っていることに。なんなら、ステージの上から踊り子ちゃんたちが妖艶な笑みで観客に手を振って、裏に戻っていくことに。


「…………オッフ」


 ポッケは見た目に反してオッサンみたいな溜め息をはきだしたのだった。


 

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