第2話
『Princes Dragon』
フルダイブゲームのRPGにしては珍しい、ソロプレイ専用のゲーム。
未確認の疫病や戦争を乗り越えて変化した世界に颯爽と輝こうとする、ソニテン
事前登録者数は二十億人を超え、資本主義の根幹を成す数字至上主義社会の影響から抜け出せていない民衆は、まだまだその船に乗ろうと数を増やし続けている。
しかし、どうして今になってソロプレイ専用のRPGにここまで人が集まるのか。ソニテンという大きな名札から配信される物ではあるけれど、その数とスピードは、通貨が廃止される前の社会からは異常とされるようなものだった。
社会心理の学者は、こう推測する。
『世界から通貨がなくなったことによる反動です。人は群れる動物であるのは間違いないですが、それは己の生命を維持する上で不可欠だったからであり、その生命維持が他者との繋がりが無くとも容易になったことで、他者より己への問いかけが重要だと判断するのでしょう』、と。
もちろん、反論もある。マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム。通称MMORPGは未だ健在であることもその一因であるが、『そもそも、ゲームの話しに生命維持など関係ないだろう』というネットの声が大きかった。
だから、明確な理由は判然としていない。
脳科学の分野に理由を求めても、アトラクターを通して脳内物質の種類や量が解析できるだけで、ならば何故、『ソロプレイ専用ゲーム』の一文に多量のセロトニンとドーパミンの検出が起こったのかは分からないのだ。
しかし、人間学は知っている。
『人間はひとつの答えによって動く生き物ではない』ことを。人とは、知り得ないということを、知っている。
そんな、配信前から都市伝説を作るような期待のゲーム『Princes Dragon』。これ迄に十年の歳月を費やした超巨大ゲーム。RPGの中にアドベンチャーゲームの要素やシュミレーションゲームの要素などを大量に混ぜ込み、ソロプレイRPGに三千種類以上のエンディングを用意する力の入れようは常軌を逸していると言えるかもしれない。
そんな、ソニテンの力を遺憾なく発揮したゲームに今、外部顧問の小林はるかが操るデバッグ用キャラクター【テンセニー・ポケット】が降り立った。
──
────
──────
「……」
小林はるか、もといテンセニー・ポケットの『ポッケ』は周囲を見渡した。妖精種×伝承種でキャラクターメイクされた小柄な女の子アバターで満足そうに頷く。
──いつ見てもこの始まりは高揚感があるね。
輝く運河。晴れ渡たる空。多種多様なNPCが行き交う雑踏の中。商店が並ぶ通りに活気のある商人の声が響き、これからの冒険に期待を膨らませる最初の一歩。
基本を押さえたキャラクターはエルフやドワーフといった人類の亜種から、魚人種、鳥人種、爬虫種、蟲種、魂霊種、鬼種、巨人種、一つ目種。獣人種、多相種、樹総種、星霊種、竜種、妖精種まで様々に存在し、伝承にしか語られない【伝承種】──伝承種は一般プレイヤーには解放される予定はない──や、宇宙の神秘や上位種として姿はなくとも存在しているとされている【思念種】、この世界にある七種の神話から概念として存在を認められた【神族】まで、それこそ目まぐるしい数のキャラクターが──、
──って、物思いに耽ってる場合じゃなかった。さっさと問題を確認しにいかなくちゃ。
ポッケは女性キャラクターの下着のデザインを確認するために動き出す。
──まずは……チュートリアルをスキップ。戦闘のしかたや、街の人たちからクエストを受注する方法ならいやというほど確認したし。
空中に浮かぶように現れたスキップの可否を選択し、ヘルプモード(右上に表示されるメインストーリーのクエストが受けられるマップ上のアイコン)を非表示に変える。
──それから、ステータスやアイテム、アビリティの確認、と。
思考し、ステータス画面を呼び出す。
表示されているのはレベル1のステータス。
──ステータスはOK。道具とアビリティも……うん、デバッグ用になってるね。
道具は各種ポーションや消費系アイテムが無限大表示で納められている。装備品は各一つずつ。アビリティに関しては、其々の職業の初級から上級、隠しアビリティまで揃っていた。
──キャラクターレベルは1だから、そのままじゃ使えないし、装備もできないけど。
画面を消して、思案する。
──えっと、聞いたフリル付きパンティの踊り子が居るのはモエイ村の酒場、か……。そこに転移して、確かめて、もし話の通りだったらチームに報告。自分で直せる程度ならいいけど、深い場所で混線とかしてたら直してもらわなきゃ……。
ポッケは小さな体で溜め息を吐いた。
──モエイ村は、領主のお偉いさんがいる場所。苦手なんだよなぁ、お偉いさんって。ファンタジーの王道で時代設定は中世ユーロピアンだから、貴族だし。まあこのゲーム、場所によって機械化が進んだ地域もあるし、スチームパンクな風景もあるけど、それとこれとは関係ないし……AIが選択する貴族言葉がもう、癇に触るっていうか……。
吐き出される溜め息の重いことったらなかった。
しかし、これもより良いゲームを作るためだと覚悟を決め、ステータス画面から道具欄を開くと【転移の車輪】というネックレスの効果を発動させる。
──いくら苦手っていても、相手はNPC。会話がとってもリアルで、本物の人間みたいだけど、全てはAIの選択。第一、目的地は酒場なんだし、会わなければ良いだけ! そう、会わなければ……!
そして、モエイ村に転移完了。
どう考えてもフラグにしかならなそうなことを考えつつ、モエイ村を足早に歩く。
──もう地図を見なくても何処だって進めるあたしは偉い。凄い。逞しい! だから神様、領主スキエブーハに会いませんようにぃ!
……でも、誰もが知っている。
そんなこと、そもそも考えちゃいけないと。
頭に浮かばせるだけで、世界線は確定されるのだ、と──。
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