城下にて②
「——……俺はアイツ等の
ワッ、と歓声が上がった。
話し込んでいる間に、双子の活動も一先ず区切りを迎えたらしい。何時の間にか二人は合流していて、その周りに人だかりが出来ている。それなりの熱狂にアネモネは少し戸惑っているようだが、それを取り囲んでいる者達の中には害意や悪意の類は感じない。少しくらいは、彼女達には自分達の功績に浸らせてやるのもいいだろう。
「俺は一介の剣士に過ぎない。どっちが正しいとか、善悪の根源とか、規模の大きな話は手に余る」
だからホムラは、此処で初めてアネモネとリオルから視線を切った。アンガーは此方を見ていたが、フードに隠されてその表情は殆ど見えない。感情の気配も希薄だから、こうして見ていないと幻でも相手にしているんじゃないかと思えて来る。
亡霊みたいな奴だ。
なんとなく、そう思った。
「何が正しいか、じゃない。誰を守るか、だ。それが俺の精一杯だ」
「だが、アンタはあの若いオーガを斬り殺しただろ」
亡霊の声には、けれども質量がある。
冷たく、鋭い、心臓を貫き留める為に削られた氷柱のようだった。
「あの双子を守るだけなら、あんな授業なんてしなくてよかった筈だ。アンタにはアンタなりの正義があって、だからアンタはあの若造を戦士として葬ってやった」
「……」
広場の中に、それまでとは違う喧騒が混ざり始めたのはその時の事だった。
足音だ。普通の靴ではない、重い金属で石床を叩く硬質な音。それに付随する、金属同士が擦れ合う嫌な音。
「アンタにはアンタの
音の方に視線を遣ると、予想通り、鉄の鎧に身を固めた複数人の姿があった。あれは城の兵士だろうか。数は三名で、どいつもこいつもキョロキョロと周囲を見回している。どうやら、何かを探しているようだ。
「俺は、その
目が合った。
兵士の一人がホムラに気付いて、視線はホムラから外さないまま、他の二人に声を掛ける。他の二人もホムラを見て、彼等は何かを確認するように頷き合った。
彼等はそのまま人を掻き分けながら近付いて来て、ホムラの前に立つ。人の壁の向こうで、アネモネがリオルの袖を引っ張り、慌てて此方に向かって来ようとしているのが見えた。
「西門でオーガの軍勢を撃退してのけたってのはお前か?」
先ず最初に感じたのは、疑惑。それから、その感情に付随する侮蔑だった。
少なくとも三人の先頭に立つ人間族の兵士は、ホムラの実力を疑っているらしい。大柄で、身体能力にも優れていて、そしてそれを磨く努力を欠かしていない。尊大な態度は、その自負の表れだろう。
「……よりによって貧弱な”
「おい、失礼だぞ」
嗜めたのは、彼の後ろにいた二人の内の一人だ。背は高いが細身で、その代わりに手足が長い。控えめな性格からは思慮深い性格と、一種の悟りの境地のようなものが感じられた。
「話が本当なら彼は英雄様だ。尊敬と感謝こそすれ、挑発なんかすべきじゃない」
「へっ、コイツが嘘吐きのペテン師じゃなけりゃあな」
「おい……!」
「……あー、すまんな」
喧嘩を始めそうな二人の声に割って入ったのは、聞き覚えのある声だった。
兵士にしては覇気の無い声。クマの浮いた目に、くたびれた無精髭。中肉中背でおよそ兵士には見えないその男は、アネモネとリオルの知り合いらしい衛兵だ。名前は確か、アーロンとか言ったか。
「こんな状況だからな。二人とも気が立ってる。多少の失礼は許してやってくれ」
ホムラ達が地上に戻ってきた時、状況の説明をしてくれた時は、もう少しハキハキしていたような気がするが。これが彼の平常運転なのだろうか。
「……別に、気にしてない」
「そうかい、なら良かった」
さり気無く前に出て来て、他の二人から話の主導権を奪ってしまったアーロン。感情を読み取りにくい目でホムラを真っ直ぐに見詰め、彼はさっさと終わらせたいとばかりに言葉を続けた。
「すまないが、黙って俺らについて来てくれないか。救国の英雄サマに、王が是非ともお会いしたいとさ」
「……大袈裟だ」
「大袈裟なもんか。お前さんのお陰で、この王都は一先ず壊滅を免れた」
観念してくれ、とアーロンは
「……すまん、ちょっと行って来る」
とは言え、先ずはその前にケジメを付けなければ。
当然話は聞いてはいただろうが、物好きな隣の亡霊に一言断ろうと視線をそちらに向ける。
「質問の答えはまた今度——」
に、と口の形を固めた所で、ホムラは其処に、誰も居ない事に気が付いた。慌てて視線を巡らせて周囲を探すが、白灰色のフードにすっぽりと覆われた男の姿は何処にも見えない。周囲の人混みに紛れている様子も無い。本当の亡霊のように、煙のように消えてしまっていた。
「どうかしたのか?」
「……いや」
アネモネとリオルが、駆け付けて来る。アーロンがホムラを王の所へ連れていく事を伝え、当然のようについて行く気な様子のアネモネやリオルと口論になり、そこに二人の兵士やアネモネ達についてきた人々が加わってちょっとした騒ぎになった。そうなると姿を消したアングに拘る訳にもいかなくなって、ホムラはアーロンと一緒にアネモネとリオルを宥めに掛かる。
……ただ、最後に。
「——」
ふわり、と微かな灰の匂いが鼻腔を擽った気がしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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