ナナナカジノ復興のお話
「グズグズしていた事は詫びる」
「でもさ、しょせん私たちは旅芸人と吟遊詩人だからね。戦闘では結局月子だよりだよ」
「背中を押してくれた事には感謝する」
結局北へと向かう事になった神林たち三人は、抱え込んだ路銀を握りしめながらペルエ市を出た。木村が大金を背負いながら歩く前後を、神林と日下が挟み込んでいる。
「山賊は退治されたらしいけどね、それでも気を引き締めないと」
「でも月子もさ、どうしてあの話を受けようと思わなかったの?」
「私自身、まだいい子ぶっていた所はあったのだ。本来ならば、酒場ですら出入りしたくなかったぐらいなんだぞ」
「その時のために月子がいてくれたからさ、私凄く感謝してるんだよ」
「個人的には木村の姿勢は好きだったからな。高卒したら芸能事務所に入り、10年後に冠番組を手に入れるんだろう?」
「無理かもしれないけどね。それでも私はもう決めたから」
歌舞伎役者が河原者扱いされていた時代でもないだろうが、それでもこの世界における芸人の地位は高くない。多くの者は種も仕掛けもある術とも言えないただの手品で、ましてやそのただの手品を一世一代の大魔術であるかのように披露して大金をせしめて逃げるような輩も多く、木村も最初その類の扱いを受けては日下の力で黙らせた事もあった。
「あー何それ、月子って私には冷たかったのにー」
一方で神林はそういう事はなく、比較的すぐにこの世界に馴染めていた。木村も最初は神林の前座扱いであり、今でもさほどその扱いは変わっていない。
その分だけ、日下の扱いも雑になって行った。
木村は決して美人ではない。
だがそれでもちゃんとした目標を持ち、そのために動くその姿は教師からもクラスメイトからもよく思われていた。もし友人の数と言う事でランク付けするならば、木村は間違いなく一位だっただろう。だがなぜか上田裕一だけは目に入らなかった。上田裕一と言う人間の事を頭に入れようとすると、なぜかすり抜けてしまうのだ。
「でも三田川を見てると少しだけガッカリするんだよね。こんなに面白くなれるのかなって」
「お前も言うな、その意見には同意だが」
「三田川ってさ、時々おばさん通り越して頑固ジジイなんだよね。なんて言うかわしはこんなに頑張って来たのにって感じで」
そんな木村でもある意味勝てないのが三田川恵梨香だった。決して平林や赤井にしたように高圧的な態度を取る訳ではないが、自分がテレビやYouTubeなどで見たネタを披露すると一日で確実に追いついて来る。その出来は別にしても、そうして自分なりに努力したはずのそれを一日で上書きして来るそのやり方は、正直善悪を別にしても恐怖感を与えるに十分だった。
マウント取りと言うにしてはやけに習熟しており、その上に彼女なりのこだわりがにじみ出ている。却ってそれゆえに滑稽になってしまっているとも言えたが、それだけに素人なりには本気だったつもりの自分が勝てない存在を見せつけられている気にもなっていた。
「しかしそれにしてもナナナカジノってほとんど行った事ないよね」
「一度だけだな、あの時は本気ですまなかったと思っている」
「でもやっぱりね、どうしてもギャラなんだよね」
「私たちは十分に後戻りできない所まで来てるんだからさ」
「遠藤君だってああなっちゃうぐらいにはこの世界は危険、とか言うのは簡単だけどね」
「…………だな」
日下は半月ほど前の事を思い出しながら冷や汗を掻いていた。
ナナナカジノでも三人は営業をした事もある。だが元よりカジノと言うだけで血の気の引いていた日下はギャラをかなり吊り上げる気満々で出向き、それを二人に強く止められた挙句見込みよりはるかに少ない額しか入らなかったために二度と行くなと強く怒鳴り付けたのである。
それでその噂を聞きつけたか知らないがナナナカジノと対立していたミーサンカジノの店主ミーサンが三人を招き入れ、日下が求めるギャラを払ってはショーをさせていた。日下がカジノを嫌がっている事を探知したかのようにグベキと言う名の少女を使ってその思いを解きほぐし、六回ほどショーをさせて懐を潤していた。
だがその後のミーサンによるナナナカジノ襲撃事件、ミーサン死亡と言う急展開に日下は内心愕然とし、さらにその上で遠藤をミーサンが抱え込んでいた事やグベキと遠藤がお尋ね者になっていた事にも日下は衝撃を受けていた。
「日下ったらさ、いつシンミ王国の取り調べが来るかと本当におびえててね」
「それで一晩眠れなくて観念した顔で北門へ向かった時には私たちの方が何言ってるんだってなったよ」
「私たちは不安定だからね、良くも悪くも」
事件の二日後に自分もミーサンカジノの関係者として何らかの取り調べを受けるのではないかと思いながら北門に半ば自首するつもりで向かった日下であったが、その取り調べはああはいはいで終わりその後半日ほどまともに歩けなかった事で物笑いの種になった。
遊芸人と言う存在など、冒険者以上にフリーター的な存在でしかない。特定の舞台や劇場の専属になれるのはエリートで、多くの存在は冒険者よろしく仕事を求めてあっちこっちの劇場やら酒場やら、あるいは路上を渡り歩く。手のひらを返す事はまったく珍しくもなく、良くも悪くも責任がない事を彼女たちは知らなかった。
「あ、ナナナカジノだよ」
「今度は別の意味で足を運びにくいんだけど」
そんな過去を背負った三人の女性が、ナナナカジノにまでやって来た。
外装こそさほど変わりないが、それでも事件からまだ十日ほどのせいか修繕作業は未だに進まず、依然として従業員以外立入禁止であった。
現代であったら黄色いテープでも張り巡らされていそうな建物に、ナナナカジノの従業員やハンドレ商会の下働き、それから冒険者たちが激しく出入りしている。その端っこでは一人の少女が指揮を取っていた。
「あの子がまさか修復の?」
「そうだよね、もしかしてかなり偉い身分なのかも」
「お嬢さんたち、冒険者かい?」
「ええまあ、その……」
「ああ知ってるよ、歌姫のカンバヤシちゃんに、人ひとり浮かせられるキムラちゃん、そんでカタブツ剣士のクサカちゃん」
「最後だけ余計です!」
「何でしょうかー」
冒険者がこのひと月で名前も顔も覚えられていた三人を呼び止める。日下が顔を赤くし神林が笑顔を作る中、木村は素早く駆け寄って行く。
「ナナナカジノの清掃なんだけどさ、あまりにも大変なもんで作業員の士気が下がってるんだよ。まあ最初の数日参ってた所に凄腕の男が来て死体や遺品は回収してくれたけどね」
「凄腕?」
「収納魔法って言うのかな、あれを使って山賊たちの武器を回収してくれてね、それからナナナカジノ内の壊れた備品もね。そのおかげでその男はYランクからWランクにまで上がったよ」
「すごい人が居るんだねー」
「それで今は新たに道具や新物のじゅうたんなどを貼っている段階なんだけど何せ損傷がひどくてね、それこそ半ば作り直し状態で」
「よしみなみ!」
持山武夫と言う名前を知らないまま、スターである神林を売り込みにかかる。
実際ペルエ市には神林のファンは既に多く、彼女の歌を真似て日銭を稼ぐ者まで出始めていた。もちろんうろ覚えの上にチート異能もないのでまともな成果は上がっていないのだが、いずれはアニソンがこの世界の流行歌になるかもしれないとか言う考えを抱くのには十分ではあった。
神林も慰労は大事な仕事だよねとばかりに、赤井の親世代のアニソンを歌うべく口を大きく開けた。
「さあ」
「うわぁ!」
そんないよいよのはずのタイミングで、少女の金切り声が木村の頭にバケツとなって落ちて来た。
「モモミお嬢様何してるんですか!」
「せっかく私応援しに来たのにー、なんで黒髪の人いるのー!わたし黒髪の人苦手なのー」
「お嬢様そういう事を言うもんじゃありませんよ」
モモミお嬢様と呼ばれた小柄な少女は神林たちの頭から目をそらしながら、大きく後ずさった。ガードマンらしき数名の男に頭を下げられながら、神林たちは遠ざけられて行く。
「何があったのですか」
「実はあのミーサン一党によるナナナカジノ襲撃の際、お嬢様は逃げ遅れてしまいまして、それで刃傷沙汰を目の前で見る羽目になってしまい……」
「その際に黒髪の人が斬り合ってたの、それも私が隠れたテーブルを真っ二つにしちゃって!私殺されるかと思ったんだよ!」
「申し訳ございませんが、どうかお引き取り願いたいです……」
「こりゃ相当深刻なトラウマだな……」
さっきまでは比較的毅然としていたはずの少女がここまで乱れてしまうほどの事が、日常茶飯事ではないにせよ起こる。それがこの世界の現実――――。
「一体何人ぐらい犠牲者が出たんです」
「六十人はくだらなかったはずだ、しかも囮の山賊たちがいてそれが十数人」
「つまり約八十人!八十人も一体誰が!」
「赤井くんたちでしょ」
バカと言う単語が日下の口から出る前に、またモモミの泣き声が起こった。
元々モモミは「でありますお兄ちゃん」と赤井を慕っていたが、ナナナカジノ内でのウエダたちの大立ち回りのせいでその印象も上書きされてしまい、ウエダの仲間として恐怖の対象になっていた。
「お嬢様がこれじゃこの工事どころか今後も差し支えるな……」
「最近お嬢様が夜尿が増えたって」
「増えてないから!増えてないから!」
泣きわめきながら増えてないと言い張るモモミであったが、目から出た液体が足元に水たまりを作ろうとしていた。
泣きたいのはこっちだと言わんばかりに日下がため息を吐き、神林も木村もなすすべなく立ち尽くすばかりだった。
「お嬢様、大丈夫ですよー」
「おばさん、誰……?」
作業に逃げたり神崎たちを追いやったりかける言葉を失ったりした大人たちがあふれる中、一人の女性が穏やかな笑顔と共に寄って来た。
(何この人、強面そうな人たちがみんな道を開けてる……)
ゆっくりながら不思議な存在感を持った中年女性は涙声にも水たまりにも構う事なくすっとモモミの懐に入り、そのまま決して軽くないはずのモモミを抱き上げた。
「私はキオナです。私昔、ハンドレ様にお乳をあげてたんですよ」
「えっお父さんに!?」
「そうですよ。ですから私がお嬢様を守ってあげますから」
「うん……」
キオナと呼ばれた女性はモモミを抱え込んで軽く揺らしながら、子守唄を歌う。
不思議なほどに心安らぐメロディとリズムに、あれほど泣いていたモモミがあっという間に安らかな顔になった。
(しかし、あの持ち方は……)
木村は他の人間共々素直に感心し、神林は歌とその音程を聞き取ろうと耳を傾け、日下はキオナがモモミを抱えあげる姿勢を観察していた。
決して力を込めている訳ではない。彼女の親であるハンドレをも見て来たと言う昔取った杵柄でもあるまいが、どこかで似たような物を見た記憶があった。
「お嬢様は少しお宿でお休みになりますので、これからもう一度どうか気合を入れてください。ああ後でそちらのお嬢様にも一曲」
「はーい!」
「声が大きい」
とにかくモモミの心を落ち着けた彼女のおかげで修繕作業は再開されて行く。
じゅうたんは血に染まり、カジノで使われるトランプや台なども破壊された。その中でも使える物を集めてリサイクルされたそれや、ミーサンカジノで使われていたそれを拝借した品物たちが運ばれて行く。
「トランプって高いんだよねー」
「少しは安くなったけどな、ミーサン一党が全滅したから」
「やっぱり赤井君はカッコいいよね!」
そんな中でも相変わらず神林は赤井をたたえ、木村は適当に雑用をこなし、日下は無言で神林の頭を叩こうとしていた。
「それであなたたち、ちょっと聞きたいんだけど」
「何でしょうか」
「もしかして、オオカワヒロミって名前を知らない?」
そこにあのキオナが舞い戻って来て手の行き場を失った日下があわてて手を下ろしながら平然を装うと、いきなりキオナから爆弾が投げ付けられて来た。
「知って……ますが?」
「やっぱりね、あなたもヒロミさんのお友達なのね」
「オオカワヒロミ」の存在そのものは、三人とも実は既に関知していた。
だが元から赤井との関係で不仲な神林・無事ならいいやの木村・余裕のない日下はオオカワヒロミに関わろうとせず、そのままペルエ市にいた。
「ヒロミさんはいってたわ、自分以外にも二十人も仲間がいるだなんてって」
「二十人……」
「本当はもっと一緒にいたかったんだけどね、どうしても迷惑がかかるからって」
(友だちか……)
日下の胸に、全く邪気のない友だちと言う単語が重くのしかかった。
日下は木村を比較的好いていたが、神林の事はあまり評価していなかった。
同じ芸能系の夢を追うにしても、どうにも足が地に付いていない感触を覚える。
(だいたい今だって……!)
既に神林は、多数のファンを抱えたある種の芸能人である。それが特定の異性に思いを寄せているとなれば、男としては面白くない。ましてやその相手がアカイと言う実力はともかく冴えない見た目の僧侶だとなると――――。
(友人を選べとも言えんな、とても……)
日下は神林のうかつさとこちらの空気を読む気配のないキオナのむやみやたらに温かい声に不安を覚えながらも、小銭と現実逃避のために木村の後を追うように雑用をへと集中した。
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