一周回ってシンミ王国!(最終回)
「うわ……」
長い旅の果てに、ようやくたどり着いた旧ロッド国王都にしてシンミ王国第二の都市、ミワキ市。
三日ほど南ロッド国に滞在していた間に入って来た情報からある程度覚悟していたとは言え、そこは文字通りの廃墟だった。
南地区はまだまともであったが、北地区は荒れ果て執政官邸も打撃を受け、さらにクレーターまで空いている。
「私たちも復興事業に」
「ありがたい事だけど、正直またかってのもな……」
「またって、八年前の戦争の」
「それもあるけど、この前のあの女だよ!」
あの女ってまさか言葉を飲みこむと同時に、深いため息が飛び出して来た。
ミタガワエリカなのだろう。
「町ひとつ、こんなに壊しちゃうなんて信じられないんだけど、いったい何のために」
「英雄様を殺したいって」
「英雄様?」
「ウエダユーイチ殿率いる冒険者パーティーだよ。執政官様がお気に入りでね、私も見てたけど本当に強くてね」
その復興作業に努める女性から聞かされたウエダユーイチたちの武勇伝は、ある意味情けなく、それ以上に勇ましかった。
「しかし避け続けるだけで戦いに勝てるんですね」
「そうだってね、それですっかり力を使い果たしちゃったってさ…………」
「でもさ、こんなにしちゃってやつの事を許せるの?」
「許せるわきゃないよ、でも執政官様は殺したらそれでおしまいだからってさ、見てよあれを」
大きな板に描かれた、黒いドレスの女。
右手に杖を、左手に本を持った真っ黒な女の大きな絵。
——————だった物が、クレーターの上に立っていた。
「あそこにはずっと、大きなコロッセウムがあったんだ。それをあの魔王は壊してね、それで自分の言う事を聞かないからってケラケラ笑ってたらしくてね」
「何を言ってたんですか」
「執政官様は私の言う事を聞かないからって言ってたけどね、魔王ってのの考えはよくわかりゃしないよ」
すでに五枚目だというその絵は、隙間がないほどに落書きされ、刃物で付けた傷や焼け焦げの跡まで存在する。
「でもそれじゃウエダユーイチも」
「あの人は英雄様だよ。何せAランクだって言うからさ」
「Aランク?」
「冒険者の頂点を極めたそれでね、この力を手に入れる事は女神様に愛されたも同じだってさ。そのウエダユーイチ殿が今は北の魔王城に向かってるよ、新たなる魔王を倒しにね」
「魔王っていったい何人いるの~」
昭和の時代から魔王が単数でない事は周知の事実ではあったが、それでも新たなる魔王と聞かされるだけで気が滅入るのは日下のみならず神林も木村も同じだった。
「でも英雄様ってのは怖がられるもんなんだろうけどさ、それでも人的被害がなかったのは幸いだよ。執政官様も、お父君様と共に自ら陣頭指揮を取って下さっているし……魔王との再びの戦いもその執政官様がいればいけるはずだよ」
「執政官様ってどんな人なんです?」
「カッコいい青年で、不思議な貫禄のある人でね、正直あんな人めったにいないんじゃないかってぐらい。それで政治もうまくやってくれるし、さらに北ロッド国との戦いでも……」
その魔王と戦う事になる人間の総大将が、執政官様らしい。
その彼に対するあふれ出るほめ言葉に感心すると同時に、その存在に対する興味が沸き上がったのは至極当然の流れだった。
「キミたちもウエダユーイチの仲間なんだね」
「はい」
いの一番にそう答えたのは、日下だった。
玉座のような椅子に座り、物はいいはずなのにどこかラフな格好をした青年。
それが、執政官様だった。
「キミたちはこれから始まる戦いに参加したいのかい?」
「戦いって、魔王とのですか?」
「そりゃそうだよ。すでにシンミ王国軍の大半は魔王城へと向かっている。ウエダユーイチ率いる主力軍は早ければ明日にも最終決戦に臨んでるんじゃないかな」
「あーあ……」
日下が実に彼女らしくため息を吐くと、執政官様は自分がそうしてあげるとでも言いたげに右手を下に向けて差し出した。
「あの……」
その意味が分からない間に木村は駆け出し、執政官様の手の下に滑り込んだ。
「君は平気そうだけどね、でもさ、もうこれぐらいの事をされてもいいんじゃないのかな」
その手で頭を撫でられている木村を神林は悔しそうに見つめ、日下は他人事めいた目をしていた。
「自分こそが正しい、自分が言っている事は間違っていないはずだ。そんな考えに陥っちゃいけない。もちろん自信満々ってのは悪い事じゃないけど、少し間違うとそれは独善になっちゃう。なぜ正しい事なのにわからないのかって、それがいら立ちになり、見下しになり、暴走する。一人っきりで抱え込めばなおさらだ」
「さんざん思い知らされて来たつもりなんですけど……」
「そうして生きていれば必ず衝突する。そして挫折する。それを繰り返して人間は大きくなる」
頭を撫でられ損ねた日下の胸に、執政官の言葉は突き刺さった。
「私たちは、人殺しもめったにない世界で生きていました。それに一緒にいた二人はとてもその手の力のない存在、自分が何とかしなければと。あるいはずっとウエダユーイチに付いていくべきだったなと」
「なんでそうしなかったんだ?」
「えーと……私の力では」
「君の力って何だい?」
「武器に炎をまとわせる事ですけど……それじゃやっぱり足りませんよね……」
呆れるほど簡単に、自虐の言葉が出て来る。
木村が黙れと言わんばかりにチート異能で体を浮かせても、まったく止まる事がない。
日下自身、上田たちについていくべきだったとずっと思っていた。ただ楽だからという訳ではなく、もう少し楽な気分で旅ができたのではないか。
「君もミタガワエリカの仲間じゃないか」
「……わかっているんです、わかっているんですけど……」
「カンバヤシとキムラって言ったっけ、君らってそんなに頼りにならないと思われてる訳?」
「まあ私、歌しか特技ないんでー、木村も見ての通りで」
「自分が導きたいんだね。その頼りない二人を」
足元にまったく気づくことなく落ち込み続ける日下に対し、執政官は神林を通してさらに畳みかける。
「自分こそが総大将として、戦う力のない二人を率いてリーダーになりたいだなんて、お山の大将って奴だと思うけどね」
「そんな、って!」
「あーあやっと気づいたのか、大事な物が見えちゃうよ」
「ちょっと!」
神林と違ってスカートなど履いていないのにそんなことを言われて顔を真っ赤にした日下だったが、木村の力によってゆっくり下ろされると共に頭の血も下りた。
「言い方が悪かったね、戦う力って言うより危険性をわかってないと思った二人を抱え込んでウエダユーイチたちに迷惑をかけたくなかったんだろ」
「はい……いくら言っても……」
「もー、そういう堅苦しいカッコつけはダサいよ、正直言ってさ」
「どういう意味よ神林、堅苦しいカッコつけって!あなたたちがここは食うか食われるかの世界であってのほほんって旅を楽しんでればいい世界じゃないんだってとっとと理解して肩に力を入れてくれれば私はこんなにも苦労しなかったのにって言うかみんな誰も彼も少しでも気を引き締めようとすると緩める緩める方向にばかり!」
まごう事なき、日下月子の本音だった。
憧れの世界に来ましたと浮かれている神林、未知の世界に胸をときめかせている木村。こんなどう考えてもうかつに進んで殺されそうな二人の面倒を上田たちに押し付けるなどどう考えても論外だ、なんてずうずうしい話だ。
だからこそ、自分が引き取り、立派に責任感と危機感を持った一人前の存在に仕立てあげようと思った。それなのに、ぜんぜん言う事を聞かないしその機会も来ない。
「ちょっと、これ以上は地下牢でやってくれるかな」
そんな世界に日下も失望し、誰か何とかしたいと思っていた。
少し明るくなってもまるで悪い薬のようにすぐさま禁断症状が発生し、数倍の危機感が返って来る。
そんな状態に陥っていたのが、日下月子だった。
「ここにいるんですね」
三人は、地下牢へと向かわされていた。
「しかしさ、まさか第二、じゃなかった第三の魔王が河野だとはねー」
「もう、めちゃくちゃだよ本当!」
「三田川が魔王になり、その魔王の座を受け継いだのが河野、そしてそれを上田が倒そうとしている……」
その道中で聞かされた第一の魔王殺害犯のミタガワエリカが魔王となり、上田たちに敗れて牢獄に入れられ、そして今は河野速美が魔王になっていると言う現実が、三人の心を程度の違いこそあれど揺るがしていた。
「三田川にはもう力はないんだよね」
「そうだけどね、私たちをどんな顔をして見て来るのかなって」
「だが正直寒々しいな」
辺士名義雄の事もあったためショックは薄かったが、それでもクラスメイトがこんな薄暗い所に押し込められているかと思うとショックも大きい。
「ミタガワエリカは、ここにいるんですね」
「ああ、執政官様の言う通りに」
灰色しかない空間にたどり着いた少女たちは、鉄格子の向こうで座っているクラスメイトの姿を見とめた。
「恵梨香ー」
「あーみなみちゃーん!」
あまりにも予想外の声に、三人とももう一度、心を程度の違いこそあれど揺るがしされた。
「ちょっと……」
「なに日下ー、そんな顔しちゃってー、えりちゃんこわーい」
「………………………」
「もー、せっかく来たんだからお話しよーよー、ねっねっ……」
天才と言われるたびに凡人であると称し、少なくとも秀才であることを免れようのなかった、血の気の極めて多かったスーパーエリート。
「アハハハハハ……」
こんな場所で陽気に笑えるような人間じゃ、なかったはずなのに。
これが、ミタガワエリカなのか。
「疲れたでしょ、さんざん勉強してきてさ。もう休んでもいいんだよ」
「神林」
「しー!」
「私が歌ってあげるからさ」
神林が口にした歌は、およそ女子高生に向けたそれではなかった。
小学生、いやそれ以下。
どこでそれを覚えたのと言われればアニメで見たと答える程度には人口に膾炙していた歌を聞かされた三田川恵梨香は、まるでテレビの前の子どものようにはしゃいでいた。
(これが……)
うす暗い地下牢の中でさえも際立つ笑顔に、日下月子は泣きたくなった。
「日下~、猛烈に感動してるの~?」
「そ、そそ、そんな……」
「そうだよね、わたしわかるもん、楽しいから~!」
日下月子は、笑った。
神林みなみや木村迎子以上に、笑った。
ただただ、泣く事も嘆く事もせず、笑った。
「私たちは現場で働いてる人を慰労して来るよ」
「私は現場で作業しよう」
そして三人は、自分たちなりの最後の戦いへと向かった。
三田川恵梨香の変わりようにショックを受けなかったと言えば大噓吐きになる。
だが、思い詰めた果ての結末を見せられた日下には、もはやこれ以上二の舞を踏む理由はなかった。
何の憂いもない、笑顔で。
そう心から安らいで、目の前の仕事に努める事。
それが、自分のためでもある事を知ったからだ。
神林の歌声と木村の芸がみんなを癒し、日下の手にも力を与えて行く。
三人は今、間違いなく一つの旅を終え、新たなるステップへと前進したのである。
ぼちぼち外伝~三人娘のあっちゃこっちゃ旅~ @wizard-T
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